120 戦艦オーラム防衛戦⑩-「鎌鼬」-
帝国軍別動隊の補給線への猛攻が始まって4日目。この4日間、帝国は休むことなく攻め続けて来た。
別動隊とは思えない兵数で広範囲を同時に攻めて来たが、ホフマン軍は最終防衛ラインでどうにか持ちこたえられている。
まだ耐えることができているのは、地の利と、マシロ・アカネコンビの奔走の賜物だ。しかし、それだけではないことは、薄々ホフマン軍の兵士たちも気づいていた。
早朝、まだ薄暗い時間。マシロとアカネは防衛線を守るホフマン軍の兵士たちと休憩をとっていた。兵士たちは携行食を齧っている。兵士の一人がマシロに携行食の一部を差し出す。
「<疾風>殿もいかがですか?」
「いえ、結構です。貴重な食糧でしょう?」
マシロは魔族であるため、負傷しない限り食事は必要ない。活動のためのエネルギーは自然に存在する魔力を吸収すれば事足りる。アカネは食事が必要だが、野生の獣である。調理された食事は必ずしも必要ない。食べ物は、敵を斃せば、手に入る。
そんな事情は知らない兵士は、マシロがホフマン軍の苦境を察して遠慮したのだろうと理解したようだ。
「お恥ずかしながら、その通りです。補給線はまだ守れているとはいえ、危うい状況です。補給部隊も警戒しながらでは輸送が遅れるようで。」
そこへ別の兵士が会話に加わる。
「ああ。まだ、なんだよな。このままじゃ、いずれは突破される。<疾風>殿も気づいているだろう?敵は本気で攻めてきていない。」
「・・・本気ではない、というのは語弊があるでしょう。戦力を温存するように戦っている、と言った方が適切かと。」
「・・・ですね。」
流石に4日も戦っていればわかる。今回の帝国軍の攻め方は、今までとはまるで違う。
今までは、豊富な兵士を使い潰すようにガンガン突撃して来た。ホフマン軍もそれを想定して、罠を張るように防衛戦で待ち構えていた。
ところが今回は、とにかく帝国兵は無理をしない。攻めて来たと思ったら、すぐに引き返したり、防衛線深くまで攻め込んで来ても、不利と見たら即撤退したり。
王国側としては逃げる敵兵を追撃したい。だが、それを実行した一部の部隊が突出したところを横から突かれて壊滅し、その部隊が抜けた穴を危うく突破されるところだったのだ。それ以来、皆、追撃には二の足を踏んでしまっている。敵を逃さず仕留めることができているのは、マシロくらいだ。
「今回の奴らは、なんというか、えらく賢い。力押しじゃなく、こちらの消耗を狙っているようだ。」
「このままじゃ、奴らの狙い通りだ。どうにかならないのか・・・」
攻撃と防御では、防御側の方が精神的な消耗が大きい。いつ攻めて来るかわからない敵に対し、ずっと気を張っていなければならない。
初日は帝国軍も積極的に攻めてきていたが、2日目からは嫌がらせのような小規模攻撃を頻繁に繰り返すようになった。おそらくは、戦艦方面でヴォルフが敵を撃退したことを知り、同時攻撃をあきらめて消耗戦を開始したのだろう。
しかしここは帝国軍にとってアウェイのはず。しかも冬季の輸送手段もないのならば、敵はどうやって補給しているのか。
疑問に思ったマシロは兵士に尋ねる。
「逆に敵の補給線を突けないでしょうか?」
マシロの質問に、兵士たちは少しキョトンとしてから、すぐに合点がいったという表情になって説明してくれる。
「そうか。<疾風>殿には通知されていなかったか。それはウチの司令官も考えて、偵察部隊に敵の補給ルートを調べさせてたんだ。その調査結果が、これだ。」
兵士はそう言って、走り書きの通知書をマシロに渡す。マシロはそれを素早く読み、理解した。
「現地調達?」
「そ。ここ、ミタテ平野は農業が盛んな土地だった。帝国の奴ら、ここを占領した後もしっかり農地を管理して、たっぷり物資を貯めこんでいたらしい。奴らが拠点にしている砦には、数か月籠城できそうなくらい蓄えがありそうだ、とさ。」
「しかもその砦は以前王国で使ってた奴だ。土魔法で作った頑丈な奴だよ。帝国の大砲にだって耐えてた自慢の砦だったのに、今じゃ逆に利用されちまってる。まったく腹立たしい。」
ベテランの風格がある犬系獣人の兵士が干し肉を噛みちぎりながら言う。彼はこの戦争初期から戦っているのだろう。その言葉には実感が籠っていた。
・・・この通知書によれば、武器弾薬の類も十分備えがあるようです。本当にヴォルフさんの言うように、帝国は金属資源不足なのでしょうか?いや、枯渇し始めたのは最近の話。ここの砦の貯蓄は以前から行っていたのならば、ここではその影響は現れないですか。
マシロが通知書を睨みながら、思考を巡らしていたその時だ。マシロの魔力感知に反応があった。
水平に引かれた、一本の線。そう感じ取れた。その「線」は急速にこちらに接近してきていた。
「敵襲!」
「なに!」
マシロは反射的に警告を発した。だが、それが仇となる。
マシロの警告を聞いた兵士たちは、瞬時に立ち上がった。戦場慣れした兵士らしい機敏な動きだ。だが、今ばかりは、立つべきではなかった。
マシロが警告したその一瞬のうちに「線」はもう間近に迫っていた。
「違う!伏せなさい!」
「えっ。」
マシロは叫ぶびながら、傍らのアカネの頭を低く抑えつつ、自身も地に伏せる。
そして「線」が通り過ぎた。
反応が遅れ、立ったままだった兵士たちは、全員、腰から上が切り離されて地面に落ち、内臓と血を地面にぶちまけた。一拍遅れて、周囲の木々も1本残らず同じ高さで切られて倒れる。
マシロはすぐに起き上がり、アカネを抱えて倒れてくる木々を回避しつつ、「線」が飛んできた方向を睨む。
・・・風属性の魔法攻撃!『ウィンドカッター』?それにしては威力が高すぎます!私の感知範囲外、1km以上離れたところから、人も木もまるごと薙ぎ倒すなど!
現存の魔法にはいずれも威力上限のリミッターが存在するはずだ。リミッターは、かつて人類が魔法の威力を上げ過ぎて世界を滅ぼしそうになったために神々が設定したもの。だから現存の魔法は地形を変えるような威力は出せないはずだ。
この威力は明らかにそのリミッターを超えている。そんな魔法が使えるのは、魔法の術式を神々に依存していない魔族か魔獣だけのはず。
・・・魔族の襲撃?こんなときに、厄介な。
マシロは敵の方へ移動しようとするが、そこでアカネの処遇に迷う。
明らかに危険な敵。連れて行くことはできない。しかし、ここに残しても、ここが敵の攻撃射程内であることは先の攻撃でわかっている。
少し迷った後、マシロは西の方を指さす。そこには倒れていない木々が生えていた。
「アカネ。私が戻るまであの林に退避していなさい。あそこはまだ射程外のはずです。」
「・・・・・・」
「もちろん、あそこも安全ではないでしょう。自分の身は自分で守ること。いいですね?」
アカネは黙って頷く。力になれない己の未熟さを噛みしめながら。
アカネが林に向かって走り出したのを見届けたマシロは、獣人形態のまま「線」が来た方向、東に走り出した。
マシロが走り始めると同時、再び行く先から「線」が飛んできた。水平に1本、斜めに×印を描くように2本。斜めの2本が地面を抉りながら進んでくる。
・・・連射も可能とは!
少々驚きつつも、マシロは冷静に回避する。隙間を縫うように身を屈めて走り抜けた。
すると、また「線」が飛んでくる。今度は5本。それもまた回避する。
・・・連射できるのは脅威ですが、キュウビの炎に比べれば、対応可能な速さですね。
この「線」も亜音速で飛んでくる恐ろしい速度なのだが、マシロにとっては自身のトップスピードより少し速い程度。銃弾より遅いとなれば、見てから回避が可能だ。
そうして進み、木々が薙ぎ倒された林を抜けると、敵の姿が見えて来る。そしてマシロの魔力感知は、予想外の情報を伝えて来た。
・・・魔族ではない?
そう、魔族ではなかった。魔族は生命活動のほとんどを魔力で行うため、その体の魔力の流れが特徴的だ。マシロの高精度の魔力感知で見れば、すぐにわかる。
・・・魔族でないならば、なぜ魔族の魔法を使えるのでしょう?いや、今考えることはそこではないですね。
何者だろうと、敵であることに変わりはない。戦って倒すのみだ。
マシロは気を取り直して、絶えず飛んでくる「線」を回避しながら接近しつつ分析する。
外見から、おそらく女性と思われる。長い真っ直ぐな水色の長髪を後ろでポニーテールにしている。服装は軍服ではない。マシロは知らないが、巫女装束を動きやすくした物のようだ。長い柄に対して小さめの刃を備えた鎌を振るっており、それを振るたびに「線」が生み出されているようだ。
・・・魔剣の類でしょうか?この距離ではわかりませんが、あの武器がこの「線」を生み出す一助となっているのは確かなようです。そうとわかれば回避は容易いですね。
近づくにつれて回避が困難になるかと思ったが、敵が武器を振るう軌道に合わせて「線」は形作られているようだ。であれば、武器の軌道さえ見ていれば回避できる。
・・・それよりも問題なのは、その周りですね。
目視では見えないが、マシロの魔力感知は、「線」を飛ばす敵の周囲に潜む多数の帝国兵を捉えていた。真っ白な服で雪の上に伏せているようだ。
マシロが警戒しつつ近づくと、案の定、姿を現して発砲を始めた。
「来たぞ!撃て!」
「<鎌鼬>を守れ!」
<鎌鼬>と呼ばれた「線」を飛ばす敵の横や背後から帝国兵が現れ、マシロに向かって弾幕を張る。
弾幕だけ、もしくは「線」だけならば、回避しつつ反撃も可能だが、同時攻撃となると、マシロも回避に専念せざるを得ない。
・・・ここはマスターを真似てみますか。
マシロは戦利品として拾っていた手榴弾を投げつける。かつてクロが敵の弾幕を強引に突破する際に用いた手だ。
しかしこれに<鎌鼬>が反応する。
「甘い。『ウィンドショット』!」
空気を固めた弾丸を飛ばし、放物線を描いて飛んでくる手榴弾を迎撃。マシロの方へはじき返した。それも、「線」を飛ばし続けながら。
返って来た手榴弾はマシロの至近で炸裂し、マシロは破片と衝撃を受けた。後方に跳んで多少和らげたものの、この隙は大きい。
「もらった!『デスサイス』!」
マシロの着地を狙って、「線」が飛来する。確実に直撃するコースだったが、マシロは自身が身に纏う服「影縫」を魔法で操作して宙に浮き、やり過ごす。
「線」が通り過ぎた後に着地したマシロは、同時に『換装』でズボンをスカートに瞬時に変形し、その場でくるりと回る。
「『剣舞・黒縄彼岸花』」
マシロの両袖とスカートから、ナイフ「黒爪」が飛び出す。手榴弾に反応して一瞬、帝国兵が銃撃を止めていた隙をついた。
だが、<鎌鼬>に油断はなかった。
「『カミカゼ』!」
突如、<鎌鼬>の背後から魔力を含んだ突風が吹きつけ、「黒爪」はいずれも押し返されて、敵に届かなかった。
・・・まずい!
さらにその突風は、マシロの魔力感知を狂わせた。強烈な風に雪が混じり、視界も遮られる。
咄嗟にマシロは「黒爪」につないだ紐を手繰り寄せつつ、上空へ思いっきりジャンプした。
いくらか風に煽られつつ、上空に到達。その場にいれば『デスサイス』で切り刻まれていただろうことは、「黒爪」につながる紐がバラバラに刻まれていたことからわかる。
・・・この紐もかなり頑丈に編んだはずなのですが。これでは「影縫」では防ぎきれないでしょうね。
マシロが編んだ紐は、鋼の剣で斬りかかっても切れない強度がある。この紐で作った服の強度は防弾チョッキ以上だ。それをあの「線」は容易く断ち切っている。
・・・無理、か。撤退するしかないですね。
撤退を決めたマシロは、「黒爪」そのものを魔法で操作して回収し、『剣舞・天翔風牙』と同じ要領で空中に足場を作って離脱する。離脱直後にその足場も切り刻まれた。
「もはや補給線の維持は困難。司令官に撤兵を進言すべきですかね。」
林に向かって跳びつつ、マシロは撤退の算段を進めていた。
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「逃げられましたか。」
巫女装束の女性<鎌鼬>が長柄の鎌を片手に<疾風>が去った方角を見据える。そこへ兵士の1人が近づいて来た。
「お疲れ様です。<鎌鼬>様。」
「あなた達もご苦労様。あと、カエデでいいですよ。」
「かしこまりました。カエデ様。しかし、申し訳ありません。我らが射撃を継続していれば、仕留められたかもしれませんのに。」
兵士は手榴弾に怯んで射撃を止めたことを悔いていた。しかし、<鎌鼬>こと、カエデは気にした様子もない。
「仕方ないでしょう。手榴弾が投擲されれば、退避行動をとるのが常識ですもの。責めはしません。」
「ありがとうございます。」
「あれを仕留めきれなかったことを責めるのであれば、むしろ私の落ち度です。なるほど、軍師殿の言う通り、砦で待ち構えていれば、仕留められたでしょうに。」
カエデは軍師の提案で、砦に待機していた。軍師が言うには、ハラスメント攻撃を繰り返せば、王国軍は打開策として拠点を奇襲するはず。そのときに来るのはきっと<疾風>だろう。銃弾を躱す足があっても、砦内のような閉所であれば、必ず倒せる、と。
しかし、待てど暮らせど奇襲が来ない。痺れを切らしたカエデが前線に出て来たのだった。
「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。本来の目的は敵補給線の破壊ですし、このまま進みましょう。ついでに退路も絶てれば上出来でしょう。」
「承知しました。よし!進むぞ!」
「「はっ!」」
そうしてカエデ達が薙ぎ倒された林へと歩を進めようとした時だ。無線に凶報が入る。
「拠点が落とされた!これ以上の継戦は困難!別動隊は全軍撤退せよ!」




