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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
133/457

117 帝国の鉱山事情

1話だけ、ライデン帝国内の状況の話を挟みます。

 ライデン帝国西部の鉱山都市マインサイト。帝国発足当時から鉱山として稼働していたこの都市は、今でも帝国有数の金属製品生産地として栄えている。その金属製品のほとんどは銃などの武器や戦車などの兵器だ。当然、都市には多くの軍需工場がある。

 まさに帝国の要衝の一つだ。ならば当然、常駐の軍が都市を守っており、警備も厳しい。町中を銃を担いだ兵士が頻繁に歩いている。

 しかしそれでも、完全な防備というわけではない。どんなに人を動員しようと、守るのが人である限り、穴はあるものだ。

 例えば、道端に生える雑草を一々気にする兵士がいるだろうか?植物学者でもなければ気にも留めないだろう。


 そして、彼はそんな何の変哲もない雑草のように、その都市に住んでいる。義足の左足を引きずりながら、工場の事務所を掃除する。工場のシンボルマークが入ったキャップを深く被り、その下に狸の耳を隠している。

 彼は獣人だ。帽子を被り、尻尾をズボン押し込めてそれを隠しているが、この工場の従業員は彼が獣人であることを知っている。

 帝国は人間至上主義ではあるが、帝国南部に獣人の特区を設けて受け入れている。時折その特区からあぶれた獣人が仕事を求めて別の都市に行き、安い労働力を欲した工場などがそれをこっそり雇い入れることはままあった。

 だから、彼が獣人であることは従業員皆が知っていても、対外的にはそれを隠さなければならない。今は工場の事務所に役人が来ていた。

 この工場は鉱山での採掘と製錬を行っており、役人はそれを買い取りに来たのだろう。ここで作った地金を国が買い取り、軍需工場で兵器に加工する。ここは帝国の戦争を支える一番根元の部分と言ってもいいだろう。


 事務所を掃除する彼は、いつも通りに掃除しているように見せて、今日は掃除の手順を少し変えた。何気ない素振りで、まるで「今日はそんな気分だから」とでも言うように、会議室に入る。応接室の隣だ。

 誰もいないことを確認し、それでも念のためモップを床に押し付けながら、応接室の会話に耳をそばだてる。

 そう、彼はヴォルフ直属の諜報部隊<草>の一員だった。帝国の兵器生産の大動脈たるこの都市で、情報を集めて定期的にヴォルフに連絡している。

 キャップの被りを浅くして耳を開くと、応接室の会話が聞こえてくる。


「なんとかもっと安くならんか。」

「バカ言っちゃいけねえ。これ以上安くしたら、ウチはもう食っていけねえよ。」

「そこをなんとか・・・」

「ふざけんな!そう言って何社潰した!もうここで山掘ってるのはウチだけじゃねえか!」


 それは諜報員の彼もとっくに知っていること。地金の価格は年々上昇している。理由は、質のいい鉱石を掘りつくしたからだ。質が悪い鉱石ほど、目的の金属の含有量が低く、同じ量の地金を生産するにも、より多く掘って加工しなければならないのだから当然だ。

 ところが国は今まで通りの価格で売れと言って来る。それは無茶というものだろう。鉱山側からしてみれば、金属資源は有限であり、時が経つにつれて貴重品と化していくのは当たり前なのだ。

 しかし国はどうもそれを理解してくれないらしい。頑なに従来通りの価格を求め、あげくこの都市の多くの鉱山会社を潰してしまった。

 この会社はそうして掘るものがいなくなった鉱山まで引き受けて、唯一営業を続けているのだ。諜報員である彼は、危険だからと鉱山に入れてもらえないから、どうやってこんな広大な山の管理を1社で行っているのかわからないが、この会社の技術が国一番なのは疑う余地がない。


「技術改善で何とかならんか?以前はコスト削減に成功していただろう?」

「何年前の話をしてやがる。それに価格を下げられるほどの工程改善なんてそうそうできねえよ。限度ってもんがある。」


 この会社は帝国発足から山を掘っている老舗だ。工程改善は何十年も続けており、これ以上の改善はなかなか難しい。余地がゼロとは言わないが、やれと言われてすぐには案が出てこない程度には、やり尽くされている。


「だいたい、改善だって元手が必要だ。工場のラインを変えるんだから建設費用がかかる。それを根こそぎ搾り取ってんのはお前らだろ!」


 社長、というよりお頭と言いたくなるような工場の代表が、役人に向かって吠える。

 以前は役人にも礼儀正しく応対していたこの社長も、役人があまりに無理難題を押し付けてくるものだから、だいぶ対応が荒くなった。


「改善しろってんなら金を寄こせ!まともな価格で買い取れよ!」

「・・・これ以上高くは買えん。」

「ならこっちももう売らん!」

「売らずにどうするというのだ。他に買い手がいるのか?」

「あんたには関係ないだろ。」


 社長はごまかすが、諜報員の彼は知っている。いない。少なくとも、この会社を維持できるほど買ってくれる客はいない。

 役人は売らなければ苦しいだろう、と強気に脅しているが、苦しいのは役人も同じはずだ。他の鉱山都市にいる<草>の情報によれば、他の鉱山もここと同様でまともに生産できていない。作っても作っても赤字では、当然会社は潰れる。都市内の鉱山会社が全滅して、町の産業がなくなった都市は、今はもうひどいものらしい。


 ・・・ここもじきにそうなるかな。


 彼は聞き耳を立てつつ、そんな感想を抱いた。この都市が廃れて、帝国の要衝でなくなれば、ここで諜報活動する意味は薄れる。

 そうなったら故郷に帰ろうか。そう思った時だ。彼の魔力感知が違和感を感じ取った。


「嘗めてんじゃねえぞ!鉄がなくなって困るのはどっちだ!」


 ・・・あれ?


 今、応接室の社長が激昂して叫んだ際、魔力の大きな動きを感知した気がした。勘違いでなければ、社長から。

 同時に、応接室の会話も変化する。


「お前、今・・・」

「え?・・・あ。」


 戸惑う役人の声と、しまった、という感じの社長の声。具体的に何があったのかはわからない。しかし、何かがあった。

 その後、社長はそそくさと役人を追い返した。何があったのか聞くわけにもいかず、諜報員の彼は清掃員としての仕事を続ける。ヴォルフに何と報告すべきか考えながら。


ーーーーーーーーーーーー


「なんだったんだ、あれは・・・」


 マインサイトで唯一稼働する鉱山会社から追い出された役人、マーリンは先程見た物が気になっていた。

 いつも通り社長と価格交渉でやりあった。安くしろ、これ以上は無理だ、と言い合った。いつもなら一通り言い合った後に、ギリギリのところで価格を決めるのだが、今日は決めずに追い返されてしまった。また明日、交渉に出向かなければならないだろう。

 そんなことより気になったのはさっきの出来事だ。いつも以上に怒り狂った社長が怒鳴った瞬間、一瞬、社長の姿が消えたのだ。にもかかわらず、声だけは聞こえていた。


「彼の途轍もない怒りに充てられて、私の目がいかれたのだろうか?目の錯覚?うーむ。」


 結局考えても理解できなかったマーリンは、明日直接聞いてみよう、と宿に帰る。外に出る気になれず、宿で夕食を取ったが、値段の割に食事が貧相だった。


 ・・・この町が財政的に厳しいのを物語ってるみたいだな。


 マーリンとて、この町が苦しいのはわかっている。国が地金を安く買い叩くせいで、町に金が入らず、マインサイトは財政難に陥っている。

 マーリン個人としては、十分な金を払ってやりたい。しかし、大臣がそれを許さない。帝国の貨幣は数十年前から紙幣になり、印刷すれば金を作れるが、そんなことをすれば帝国全体の財政が危うくなる。

 異世界から政治家でも来てくれないか、と思うが、そんな都合のいいことはなかなかない。ここ100年ほど、政治に詳しい異世界人が来たことはなかった。

 ともあれ、マーリンは胃が痛い日々を送っている。鉱山からは金を寄こせと言われ、国からは金を出すなと言われる。板挟みだ。

 それでもどうにか今まで地金を買えていたのは、ひとえにあの社長のおかげだ。怒鳴りつつも、最後には何とかしてくれる。本当なら、頭を下げてお願いし、感謝を捧げたいくらいだ。だが、役人であるマーリンには体面がある。

 帝国の代表として来ているのだ。下手に出て、皇帝の権威を落とす真似はできない。それに、実力主義となった今では形骸化しつつあるが、マーリンは貴族だ。平民に頭を下げたなどと実家に知られたら何を言われるか。マーリンの世代はもう貴族と平民を分ける考え方が廃れつつあるが、マーリンの親の世代はまだ根強く特権階級の意識が残っている。


 ・・・まったく頭が痛く、胃も痛い。


 マーリンはつい、ウィスキーを頼みたくなったが、医者に胃潰瘍を治したければ、酒を控えるように言われていたことを思い出し、思い止まった。



 翌日、午前中にマーリンは再度鉱山会社を訪れた。しかし、予想外の光景が待っていた。


「ん?今日は休日ではなかったはずだが・・・」


 事務所に誰もいないのだ。工場も稼働している音がしない。煙突から煙が出ていないことから、炉も止まっているようだ。

 事務所やその周辺を探すと、昨日見かけた清掃員を見つけた。工場を前に呆然としている。


「君!ここの清掃員だな。」

「あ、はい。」


 声をかけられた清掃員は、帽子を被り直して姿勢を正す。普通は帽子を取るべきではないかと思うが、マーリンにそれを気にする余裕はない。


「今日は休日なのかね?」

「いえ、そんなはずは、ありません。私も驚いていまして・・・予告もなしに炉が止まってるのなんて、初めて見ましたし。」


 高温で稼働する炉は、一度火を落とすと、再加熱に多大な燃料を使うので、基本的に火を落とさない。止めるのは年1回程度。整備の時だけだ。


「おかしいです。休日だって、誰かしらいつもいるのに。」

「・・・社長に聞いてみるか。自宅を知っているかね?」

「いえ、知りません。」

「そうか。課長は?」

「存じません。」

「・・・誰か、ここの従業員の自宅を知っているか?」

「・・・知りません。そういえば、ここの誰とも、プライベートで会ったことがないです。」

「・・・・・・」


 そんなことがあるのだろうか。ここは町一番の大会社で、従業員も多い。その従業員が皆、他の町から通っているということもないだろう。


 ・・・そういえば、ここには何年も来ているが、町中でここの従業員と会ったことがない。


「社員寮にいるのでは?」

「ああ、確かに工場内に寮があります。ただ、社員以外は立ち入り禁止になっていて?」

「立ち入り禁止?」


 それも妙な話だ。ここに入社した者は、外界から隔絶されるというのか?そんな待遇で満足する人間が、こんなにたくさんいるだろうか?

 マーリンは清掃員に案内させて、寮に向かう。寮には確かに立ち入り禁止の看板。簡易だが門まであった。

 鍵がかかっていたが、どうにも気になってマーリンは壁をよじ登って寮に入った。清掃員はついてこなかった。何故だか呆然としている。

 寮に入り、中を見たマーリンは驚愕する。綺麗だ。いや、綺麗すぎる。人が生活していた痕跡がまるでなかった。


「なんだ、この寮は・・・まったく使っていないじゃないか。じゃあ、ここの社員は、どこで生活していたというんだ?」


 何もない寮を後にして、門を内側から開けて出ると、清掃員はもうどこにもいなかった。


「夢でも見ているのか、私は・・・」


 マーリンはそう呟きながら、帰っていった。


 結局、この鉱山会社の社員は1人も戻ることなく、一夜にしてマインサイト最後の鉱山会社は消えた。マインサイトがこのまま廃れるのか、別の産業を見出すのかは、ここに住む者たち次第だが、鉱山都市としてのマインサイトは終わりを告げた。

 そして、これを機に帝国の鉱物資源不足は一気に加速していく。


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