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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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116 戦艦オーラム防衛戦⑦

 ヴォルフに『メイク・フール』をかけた<暗愚>ことトルンは、一しきり勝ち誇った後、ヴォルフに命令する。


「さて、早速働いてもらうか。このまま何食わぬ顔でフレアネスの司令部に戻り、皆殺しにして来い。」

「・・・・・・」


 ヴォルフは黙って脇に突き立てていた棒を取り、歩き出す。

 それを見届けたトルンは<溶岩竜>マルトに振り返る。


「さあ、俺たちは帰って風呂にでも入るか。すっかり冷えちまったぜ。」


 マルトはトルンを見ず、その後方、上を見ながら答える。


「ああ。俺は、そうしよう。あんたは、無理そうだがな。」

「は?」


 トルンが理解できずに首を傾げた瞬間、その首に巨大な氷が落ちて来た。

 トルンはその氷に潰された・・・かに見えたが、驚くべきことに生きており、這い出して来た。しかし、重症のようで、頭から血を流している。


「くっそ、なんだ!?」

「頑丈ですねえ、無駄に。」


 立ち上がろうとしたトルンの前に立ったのは、ヴォルフだった。


「なっ!?」

「ふっ!」


 驚くトルンの胸部に、ヴォルフが勢いよく突き出した金色の棒が突き刺さる。先端には氷の槍がついていた。しかし、その氷は砕け、致命傷にはならなかった。それでも胸部を勢いよく突かれたトルンは吹っ飛んで、雪の上を転がる。


「これでも貫けないとは。どんな硬さですか。」

「てめえ、なぜ!?」

「ふん!」

「ごおっ!?」


 なぜ『メイク・フール』が成功しなかったのか、問おうとしたトルンに、再びヴォルフが攻撃する。目にも留まらぬ刺突攻撃は、トルンに一切の回避を許さない。


「なぜ、『メイク・フール』が失敗したか?」

「ぐほっ!」

「なぜ真名を言うテクニックが通じなかったか?」

「がはっ!」


 攻撃しながらヴォルフは答えていく。トルンに反撃の隙を与えない。


「答えは簡単です。」

「があっ!」

「それは私の真名ではない。」

「なっ、ぐえっ!」

「私がその魔法を知っている時点で、気づくべきでしたね。」

「がっ!」

「当時は、魔族と戦う時は常識でしたよ。真名を隠すくらい。」


 ヴォルフは実際に100年前の対魔族戦争で戦っている。真名を言うテクニックは、闇魔法を使うものが多い魔族が使う技術の一つだった。それを知った当時の有力者は、すぐに偽名を名乗り始めた。既に有名だったものは隠しようがなかったが、当時若手だったヴォルフはすぐにその慣習に倣った。


「しかし、不便なものですね。」

「ごほっ!」

「命令がなければ、貴方を守ることすらしないわけですか。」


 トルンの配下になっているマルトと森人の女性は、トルンが一方的に痛めつけられても、それを見ることすらなく、歩き始めている。彼らは先程、トルンから帰還命令を言われたばかり。「俺たちは帰って風呂に入る」。そう言われたので、帰ることしか考えていない。いや、先程のマルトの言葉から、状況を理解はしているのかもしれない。だが、命令に逆らえない以上、彼らは帰るだけだ。それ以外できない。


「おま、ぼおっ!?」

「言わせませんよ。」


 命令の更新を試みたトルンだが、その口にヴォルフの氷の槍が突き刺さる。口から真っ赤な血が溢れ出て来た。


「流石に、口の中は硬くなかったようですね。」


 ヴォルフの棒の先端に付いた氷の槍は、トルンの頭を貫いて後頭部から飛び出していた。

 ヴォルフは棒から氷の槍を外す。トルンの死体が無残に雪の上に転がった。


 ・・・思ったより手古摺りましたね。彼が確かに『メイク・フール』の使い手かどうか確認するためにわざわざ演技をしましたが、魔法出力の高さは本物だった。「ニヌルタロッド」に仕込んだ対闇魔法用の自傷システムに助けられましたね。


 『メイク・フール』は確かにヴォルフに効いていた。しかし浅く、僅かな刺激で解除できるレベルだった。

 そこへヴォルフが「ニヌルタロッド」を手に取った際、ヴォルフが「ニヌルタロッド」にあらかじめ指示していた、「たとえ自分が触れていても、他者の魔力が触れたら氷の棘を生やして攻撃しろ」という指示に従ってヴォルフの手を刺したのだ。それでヴォルフは目を覚ました。

 ヴォルフ専用武器「ニヌルタロッド」。熱伝導や電気伝導に優れた魔法金属で作られた棒で、ヴォルフはこれに氷の槍や氷塊を付けて、槍やハンマーとして使う。

 ヴォルフが「ニヌルタロッド」についた血を拭きとりつつ、トルンの死体を確認しようとした時、突然、地面が揺れ、溶岩が噴き出した。今度はヴォルフは完璧に躱す。


「ヴォルフぅううう!勝負だ!」


 命令者の死亡により、命令による縛りがなくなったマルトが、ヴォルフを攻撃してきた。


「もうトルンは死にましたよ。戦う理由はないはずです。」

「関係ない!俺が!お前と戦いたいのだ!」

「まったく、これだから戦闘狂は・・・」


 トルンの死体は今の溶岩流に飲み込まれてしまった。これでは調べられない。


 ・・・あの頑丈さの原因を突き止めておきたかったのですが、仕方ありません。


 森人の女性は去ったようだ。もしかしたら、『メイク・フール』をかけられて日が浅く、正気に戻ったのかもしれない。

 冷静に周囲を確認するヴォルフと対照的に、マルトは猪突猛進に突っ込んでくる。


「『マグマショット』!ふん!くらえ!溶岩拳!」


 マルトが地面から飛び出した溶岩を素手で掴み、その手で殴って来た。それをヴォルフは余裕をもって大きく回避する。飛散する溶岩を避けるためだ。


「殴る意味がありません。こんな出鱈目な戦い方で、イーストランドのネームド筆頭とは。」


 ヴォルフの言う通り、『マグマショット』でそのまま飛ばすだけでいいのに、わざわざ手で持って殴る意味はない。耐熱結界で守られた手は無事なようだが、持たなければそもそも耐熱結界に無駄に魔力を消費する必要はない。


「気合の問題だ!」

「・・・理解しかねます。」


 正反対の性格の2人。用いる魔法も、炎属性と土属性が共通しているにもかかわらず対照的。そんな2人は日が昇り始めた雪原で睨み合う。世界最高峰の魔導士の決戦が始まった。


ーーーーーーーーーーーー


 その頃、マシロとアカネは別の戦場にいた。

 戦艦から離脱し、司令部に戻った2人を待っていたのは、いつも以上に慌ただしい司令部。聞けば未明から帝国の別動隊が総攻撃を仕掛けて来たらしい。

 戦艦を包囲したネームド達の襲撃に合わせたのは明白。いつも通りの物量に任せた帝国のやり口。先の戦争でフレアネスがやろうとしてヴォルフが無謀と断じていた2点同時攻撃も、豊富に兵士がいる帝国ならば有効打になる。

 戦艦への襲撃に関するマシロの報告もそこそこに、ホフマン司令官はマシロに協力を要請した。


「敵さん、別動隊のくせに数が多すぎる。どこかに拠点があるはずだ。そこを探して潰してもらえないだろうか?」

「先に頭を潰して指揮系統を破壊する作戦ですか。」

「そうだ。現状、数で圧倒的に不利。防衛線を突破されて補給路が破壊されるのも時間の問題だ。それしかない。」

「・・・・・・」


 マシロは悩んだ。いつもなら快諾するところだ。自分の速度と索敵能力を鑑みれば、その役目を成すのにマシロ以上の適格者はいない。実際、その作戦を成功させる自信もある。

 しかし、今はアカネがいる。敵陣に斬り込んで敵の拠点を探すとなれば、前も後ろも敵だらけになる。そんな中でアカネを守り切る自信はない。


 ・・・なるほど、マスターの言う通りです。アカネがいなければ、私は単独で敵陣に乗り込む無茶をしていたでしょう。


 敵拠点を潰す自信はあるが、100%ではない。思わぬ事故に遭ったら?想定以上の強敵が待ち構えていたら?敵中でそんなことになれば、まず生きては帰れない。ただでさえ、ついさっき20以上のネームドという通常あり得ない強敵を目の当たりにしてきたばかりだ。そういう可能性は大いにあり得る。


「申し訳ありませんが、不確定要素が多すぎます。その作戦には賛同できません。」

「軍令に背くのかね?」


 ホフマン司令官が書類を見る目をマシロに移してギラリと睨むが、マシロは一切怯まずに睨み返す。クロの目の方が100倍恐ろしい。それに慣れたマシロにはこの程度の威嚇はなんということはなかった。


「勘違いなさらないように。私は兵士ではなく傭兵です。不利な条件の仕事は、引き受けないだけです。」

「ああ、そうだった。すまない。失念していたよ。・・・下手な兵士より、よっぽど立派だったので、つい、ね。」


 マシロは魔族化前にハヤトに随行して軍に長くいた。それゆえに軍の形式や規律をよく知っていたので、ここでもまるで兵士のように振舞っていた。そのうえ、荒っぽい獣人の中ではマシロの礼儀正しさは珍しい。規律が行き届いた兵士に見えても仕方がないだろう。



 そんなわけでマシロとアカネは危険な突撃任務を拒否し、防衛線を走り回って遊撃する任務に就いていた。


 ・・・もしかしたら、守るばかりでは戦況は好転しないかもしれません。しかし、ヴォルフさんの言葉が本当なら、帝国も余裕がないはず。あちらが音を上げるまで耐えきれば・・・


 ヴォルフが言うには、帝国は金属資源が枯渇し、徐々に武器の生産ができなくなりつつあるらしい。戦艦を解体してでも回収しようとしているのは、金属を集めるためだ、という。

 正直、ここまで大勢で攻め込んできている帝国が、今まで物量にものを言わせてきた帝国が、まさかそんな理由で限界を迎えるなど、マシロには何かの冗談のような気がするのだが、それを述べたヴォルフは確信めいたものを持っていた。

 いずれにせよ、無理をしないと決めたマシロに、遊撃以外にできることはない。今はここを守り抜くだけだ。

 犬形態でアカネを背負って走っていたマシロが、魔力の激しい動きを感知する。


「戦闘行動を感知。行きますよ、アカネ。」

「キャン!」


 白と黒に赤茶色を添えた疾風が雪原を駆け抜ける。苦戦を強いられる友軍を救うべく突撃していった。


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