115 戦艦オーラム防衛戦⑥-「暗愚」-
一面銀世界のミタテ平野。そのど真ん中に、巨大な鉄の塊が突き刺さっている。
戦艦オーラム。この真冬の戦争で、ライデン帝国とフレアネス王国が奪い合っているものだ。戦艦を守るのはフレアネスの縁の下の力持ち、執事ヴォルフ。<永久凍土>の二つ名を持ち、冬においては無敵とされる。
そして1時間ほど前、11月6日の未明。帝国は切り札とみられるネームド35人を送り込んできた。しかし、今はもう、誰もいない。この1時間のうちに降った新雪が地面を覆うのみである。
その真新しい雪の上に、足跡ができていく。銀世界を歩くのは、白髪交じりの犬系獣人。ヴォルフだ。
金色の棒を杖代わりに、ゆっくりと歩く。雪はまだうっすらとしか積もっておらず、足を取られることはない。つい先ほどまで、ここを帝国のネームドたちが雪を融かして進んでいたからだ。
ヴォルフはある地点で立ち止まり、足元の雪を足で払う。すると、完全に凍結したつるつるの地面が顔を出した。冬用のスパイク付きの靴でなければ、滑って転んでしまいそうだ。
さらに広い範囲の雪をどかしていくと、靴が何かに当たった。凍った地面から飛び出しているものがあった。ヴォルフはそこへ手をかざす。
「『スノーショット』」
本来は雪玉を飛ばす魔法だが、それによってヴォルフは足元の雪を手元に集めて取り除いた。
雪が除かれた地面から飛び出していたのは、装飾が付いた大鎌の先端だ。刃の付け根の部分が飛び出していた。
ヴォルフはしゃがんでそれに少し触れる。反応はない。
持ち主がいる魔剣に他人が触れると、拒否反応がある。反応の種類は魔剣によって異なるが、必ず他人に使わせないように抵抗するものだ。
それがないということは、持ち主である<大鎌>が死んだことを意味する。
・・・きっと、大変な実力者だったのでしょう。<大鎌>も、他の34名のネームドも。しかし、ここは戦場。敵方の人材まで考慮してはいられません。惜しくはありますが。
どんな強力な魔法も、対象がいなければ使えない。帝国側の敗因は、戦艦という大きな地の利を得た<永久凍土>に、馬鹿正直に力押しを選んだことだ。
確かにネームド35人もいれば、普通は力押しで押し切れる。しかし、倒すべきヴォルフは戦艦内に引き籠って見えない。戦艦にいるとわかっていても、姿が見えなければ魔法の対象に指定できない。辛うじて<大鎌>をはじめとした魔力視が得意な者はぎりぎり知覚できていたが、彼らはそんな遠くまで届く攻撃は持っていなかった。遠距離攻撃がまったくないわけではなかったが、戦艦内にいるヴォルフまで届くものはなかった。
かくして帝国のネームドたちは一方的な攻撃を受けた。ある者は氷の槍に貫かれ、ある者は泥の沼に沈んで、そのまま凍結された。
そして後方にいた3人。おそらく指揮官とその護衛だろう。彼らは、ヴォルフが起こした雪崩に飲み込まれていた。
普通、こんな平地で雪崩など起きない。だが、それをヴォルフは強引に魔法で起こした。やり方は単純。『スノーショット』を同時に無数に起動するだけ。
『スノーショット』は込める魔力に応じて様々に性質が変わる。雪玉の密度、大きさ、飛ばす速度等だ。雪崩を起こすときは、密度は低く、量は大きく、速度は速く。そんな感じで動かすと、疑似雪崩になる。
ヴォルフはしばらく歩いて雪崩が起きた地点に着いた。深い雪の上を全く沈まずに歩く。足元の雪を魔法で事前に固めてから歩いているのだ。
・・・さて、指揮官の顔を見ておきたかったのですが、どこにいるやら。戦艦の周囲はともかく、ここの雪は遠すぎてずっと制御しておくのは難しかったですからねえ。
ヴォルフは戦艦に陣取ったその時から、周囲に降り積もった雪全てを己のフィールドとして制御下に置いていた。ネームドたちが雪を融かして進んでいた時も、融けた雪が水となった後もその水はまだ制御下にあり、それが地面に浸透して沼を作っていた。
その範囲はおよそ1km弱。とんでもない魔法出力だ。流石に国王には負けるそうだが、それでも化物じみている。
そんなヴォルフのフィールドも、包囲を遠方から見ていた指揮官には届かなかった。そこであらかじめ防衛のためにフィールドの端に積んでいた雪で疑似雪崩を起こしたというわけだ。当然、フィールドから出て行った雪崩は、その時点でヴォルフの制御を離れた。
故にヴォルフは歩いて敵の指揮官を探す。犬系獣人の得意技能である嗅覚によって人間の匂いを探す。
そうして数分の間、探してところで、ヴォルフの鼻が、対象が近いことを知らせる。
「近いですね。」
そう呟いた時だった。突然、地面から赤い物が飛び出した。咄嗟にヴォルフは躱すが、それの攻撃範囲は広く、脇腹を掠めてしまう。
「むっ・・・」
「残念。仕損じたか。だが、手ごたえはあった。」
雪から大男が顔を出す。茶髪を逆立て、冬にしては軽装の男だ。ヴォルフは脇腹を抑えつつ、その男を観察する。そしてすぐにその正体に思い当たった。
「<溶岩竜>ですか。」
「ほう、名高い<永久凍土>殿に覚えてもらっているとは光栄だな。」
「自分の苦手な相手はマークしておくものでしょう。もっとも、行方不明になった時点でマークを外していましたが。」
<溶岩竜>。イーストランドのネームドの中でも屈指の実力者。その名の通り、炎と土の複合属性である溶岩魔法を得意とする。雪や氷、泥を使うヴォルフにとっては戦いたくない相手だ。もしもイーストランド王国と戦うことになった場合、最も危険な相手として、ヴォルフはその情報を集めていた。それも、8年前に彼が行方不明になってからは情報収集をやめていた。なお、イーストランドが真に劣勢になり始めたのは、彼がいなくなったのが原因だと言われている。
「まさか生きていたとは。」
「俺が死ぬわけがあるまい。」
「死ぬよりひどいことになっているようですが?」
「ん?何のことだ?」
<溶岩竜>は首を傾げる。
・・・やはり、『メイク・フール』を受けた者に自覚症状はありませんか。フレアネスを攻めることに何の疑問も抱いていない。
「ふふふ、俺とて貴様のことは気になっていたのだ。<永久凍土>よ。一度、戦ってみたいと思っていた!よもやこんなところで機会を得られるとはな!いざ、勝負!」
「不意打ちで脇腹を抉っておいて、勝負も何もないでしょう。」
ヴォルフが忌々しそうに<溶岩竜>を睨む。すると、別の方向から声がした。
「その通り!もう勝負の必要もない。」
声がしたのは<溶岩竜>の背後。そこには黒髪の小柄な男と、同じくらいの背丈の森人の女性が立っていた。男はにやにやと勝ち誇った笑みを浮かべ、森人は無表情で自分の手を見ている。彼女の手を見れば、指が数本なくなっている。凍傷によるものだとヴォルフにはすぐにわかったが、その指は見る間に再生した。
「トルン様、再生完了しました。・・・私もマルトの側にいれば凍らずに済んだのですが?」
「お前はそのくらい余裕で治せるからいいだろうが!俺優先!そう命令しただろ?」
「はい、そうです。」
敵を目の前にしている緊張感を全く感じさせずに2人は言い合う。それをみてヴォルフはピンと来た。
・・・命令?もしやあのトルンとかいう男が件の闇魔法使いでしょうか?
もちろん、『メイク・フール』の性質上、ただ命令を与えるだけの普通の帝国兵という可能性も否めない。しかし、<溶岩竜>というトップクラスのネームドと、見た限り高レベルの木魔法が使える森人を侍らせている点から、トルンが『メイク・フール』で数々のネームドや王国兵を洗脳した闇魔法使いである可能性は高い。
ヴォルフがそんな推察をしているところで、トルンが急にヴォルフに向き直る。
「さて、見ての通りだ。」
「何がです?」
急に「わかってるだろ」的な態度を取られても、わかるわけがない。ヴォルフがそう返答すると、トルンはやれやれといった素振りを見せる。
「察しが悪い奴だな。その負傷でマルト、<溶岩竜>とは戦えまい。お前の負けだ、<永久凍土>のヴォルフ。俺の配下になれば、こいつに治療させてやる。」
そう言ってトルンは隣の森人を指さした。ヴォルフは少し考えた後、トルンに問う。
「それは、あなたの『メイク・フール』を私にかけるという意味ですか?」
「そうだ!この、<暗愚>の二つ名を持つトルン様の部下になれるんだ、光栄に思え!なに、先日けしかけた<炎刃>みてえにガチガチに縛ったりしないさ。こいつらと同じくらいの自由度は与えてやる。俺に絶対服従ってだけだ。」
「・・・・・・」
ヴォルフは数秒悩み、そして溜息を吐く。
「確かに、このままでは勝機はなさそうですね。犬死よりはマシでしょう。」
ヴォルフは武器である棒を傍の雪に突き立て、両手を上げて降参のポーズをとる。
それを見たトルンは笑みを深めて近づいて来た。
「そうそう、それでいいんだ。」
堂々と歩いてトルンは近づき、ヴォルフの頭に触れる。
「さあ、我が配下となれ!ヴォルフ・フロスト!『メイク・フール』!」
途端に多量の魔力がヴォルフの頭に流れ込む。その瞬間、ヴォルフの手が動く。手にしたのは氷のナイフ。トルンの首を狙って高速で降りぬく。
到底防御が間に合わないであろう速度。だが、氷のナイフは驚くべきことに、トルンの首に当たって砕けた。
それを見てトルンはまた笑う。
「はっはっは!そんなことだろうと思ったぜ!俺が魔法をかける隙を狙ってたんだろうが、残念だったな!」
「くっ・・・」
さらに攻撃を加えようとしたヴォルフだったが、その動きがぴたりと止まる。
「そして、抗魔力に自信があったようだが、残念!使用前に対象の真名を言うことで、抗魔力を下げるテクニックがあるんだよ!はっはははは!笑いが止まらん!これでフレアネスは終わりだ!冬に攻められないどころか、圧倒的有利になった!」
日が昇り始めた雪原に、トルンの高笑いが響き渡った。




