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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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013 魔族化の効果

 ・・・犬の魔族化が完了した。俺にはオオカミに見えるんだが、この世界ではオオカミもひっくるめて犬と呼んでいるのかもしれん。ともかく素で強そうだったし、戦闘能力に関しては期待できるだろう。そして、今は戦闘後で汚れているが、美しい真っ白な毛並み。モフモフ。最高だな。っと、まだこいつが仲間になるかわからないんだ。皮算用はいかんな。しかし、欲しい。どうにか仲間にしたいな。

 クロは逸る気持ちを抑えて今後の話をする。


「さて、これからお前の主を王国まで運ぶわけだが、いや、先に司令部に寄るべきか。でも、その前に少し体を動かしてみるか?」

「というと?」

「魔族化してどの程度強化されたか知りたいだろ?軽く走ってみればいい。」

「わかりました。」


 魔族化した犬、シロは早くも流暢に話せるようになってきている。長いこと人間と生活し、戦場で生きるために人々の会話を詳細に理解する必要があったためであろう。大柄な割にはわりと高い声だ。

 シロは走り出すと一気に加速し、木々の間を走り抜ける。


「速っ!」

「すごいな。こんな鬱蒼とした森の中を、あんな速度で。」


 加速、減速、急カーブ、ターン、次々と動きを変え、速いところで時速60kmはありそうだ。開けた場所ならどれだけ速いのやら。

 やがてシロが戻ってくるが、まるで息を切らしていない。それどころか衝撃的な発言をする。


「あまり変わったように感じません。」

「「マジで?」」


 つまり、魔族化前からあのスペックということだ。


「力が得られるのではなかったのですか?」

「あー、この際だから一から説明するか。歩きながら話そう。」


 クロはシロの主を丁寧に持ち上げて、シロの背の鞍のようなものに乗せ、持ち歩いていたロープで軽く固定する。クロは生活必需品は最低限しか持たないが、こういう道具は無駄に持ち歩いていた。


「まず、魔族化してすぐに得られる効果が、最適化だ。」

「最適化?」

「体が魔力に順応して、自分の意志で体内の魔力を動かし、その魔力で体の動きをサポートする。それによって、自分の意図通りに体を動かせる。意外と人間の体は自分の思った通りに動かないものなんだ。自分の体の動きをいかにイメージに近づけるか、が武術では重要らしい。ボディコントロールとかいうんだったか?それを完全にイメージ通りにするには膨大な鍛錬が必要らしい。そのボディコントロールを魔力でもって完璧にするんだ。その他、体内の生命活動も魔力が助けて、常に体調を万全に維持する。それが最適化だ。」

「肉体制御と体調管理ですか。重要ですね。」

「そう。そして、シロの場合、既にかなり最適化されていたんだろう。鍛錬の賜物か、魔獣故か、その両方か。」


 普通の人間は、この最適化だけでかなり強くなる。武術の達人が何年もかけて至る領域にあっという間に至れるのだ。もちろん、それはボディコントロールだけの話で、技術は自分で身に付けなければならない。それでも、普通の人間より習得は断然早いだろう。


「では私の力の最大値は上がらない?」

「いやいや。魔族化の効果はまだまだあるぞ。戦闘能力に関するところで言えば、魔力がある限り無限に治癒できることか。」

「それは確かに戦闘において重要でしょうか、力は変わらないのでは?」

「重要なのはその先だ。無限に治癒可能だということは、つまり鍛え放題ってことだ。普通、鍛錬はやりすぎると体を壊すだろう?だが、魔族は壊れてもすぐ治るし、これ以上は逆効果っていう鍛錬の上限がない。鍛えたら鍛えた分だけ強くなれると思っていい。」

「それは素晴らしいですね。」


 若干、高揚している雰囲気の声だ。魔族化前からあそこまで鍛えられていたのだから、鍛錬好きかと予想して話を振ってみれば、当たりのようだ。


「ついでに傷の治し方を教えておこう。といっても教えるほどのものでもないが。傷を意識して治るイメージを持てば、体が勝手に反映してくれる。」


 シロが歩きながら自分の左前脚の付け根に目をやる。そこにあった塞がりかけの傷が、みるみる塞がり、跡形もなくなる。


「おお、早いな。」

「・・・・・・」


 通常の魔族の再生よりかなり早かった。しかし、シロはあまり嬉しそうではない。

 今度はその隣の傷が塞がり始めたが、さっきより遅く、わずかに跡が残った。


「これは便利ですね。治癒の速度や程度も調整できるとは。」

「別に最速で完治させればいいんじゃないか?」


 シロは傷跡をわざと残せることを喜んでいる。しかしクロが指摘すると、すぐに悲しそうな様子になり、チラリと自分の背を見る。


「この傷跡は、主と共に戦った証です。できるだけ残したいと思います。・・・よろしいでしょうか?」

「俺に許可を求めるようなことじゃない。好きにすればいい。」

「ありがとうございます。」


 その後は、魔族の特性を説明を続けた。魔力の扱いに慣れれば、動きの一つ一つを強化できるブーストや、病気にならないこと、毒が効かないこと、ケガをしない限り食事が不要なこと、睡眠も(精神に異常をきたさない範囲で)不要なこと、寿命がないこと、生殖能力がないこと、などなど。

 そのどれを聞いてもシロは大して動じる事も無かった。己の目的以外にはまるで無頓着な様子。クロはその目的を知らないが、気が合いそうだと思った。

 対してムラサキは、シロのリアクションがないことにつまらないと感じていた。ちゃっかりシロの背に乗りながら。

 シロはムラサキを振り落としたかったが、そうすると主も落としてしまいそうなので、仕方なくムラサキを乗せたまま歩いていた。


 やがてまもなく森から出るというところで、シロが立ち止まる。


「王国の兵士が来ています。」

「援軍か?」

「ええ。間に合わなかった役立たずですが。」

「辛辣だな。」


 シロは敵意むき出しで唸る。


「妥当な評価です。軍の連中は主を妬み、疎んでいました。本当ならもっと早く来れらたはず。事前に帝国の動きを掴んでいながら、あれこれ理由をつけて出発を後らせ、あげく間に合わないと悪いから、と主と私だけを先行させたのです。」

「ふむ。」


 クロとしてはどう評価すべきか迷う。その遅れた理由がやむを得ない物なら、軍の落ち度とは限らない。戦争にはどうしても政治が絡むもの。詳しくはわからないが、現状では判断できない。少なくとも王国軍を初めから否定的に見るのは止めておくことにする。


「とりあえず会ってみよう。どのみちお前の主の正式な葬儀を依頼しなきゃならん。」

「そうですね・・・」


 一行が森から出ると、後始末をしていた連邦軍、王国軍兵士の両方がこちらに気付く。


「クロ殿!探しましたぞ!」

「申し訳ない。気になる足跡を見つけて、追っていた。そしたら彼らが・・・」

「<疾風>!?生きていたか!」

「いえ、残念ながら。」


 シロに駆け寄る王国軍兵士は、仲間の生還を喜ぶが、返事がなく動かないシロの主を見ると、すぐに表情が一変、哀しい顔つきになる。クロが見た限りでは、疎まれているようには見えない。


「そんな・・・くっ、我らが間に合っていれば・・・」

「何かあったのか?」

「お恥ずかしい限りですが、我らの出陣が予定より遅れてしまったのです。王国内の貴族に、連邦との同盟に賛成派と反対派がいまして、王の一声で一度は同盟が成ったのですが、いざ出陣という時に反対派が難癖をつけて妨害してきまして・・・その妨害をすり抜けて行けたのは<疾風>ハヤト殿だけでした。・・・こんな結果になるならば、引き留めておけば・・・いや、すみません。」


 謝罪する王国軍兵士に、同行していた連邦軍兵士が口を挟む。


「いや、こちらこそ申し訳ない。ハヤト殿のおかげで、司令部への帝国の強襲が防がれたのです。そこまで尽力していただいたのに、こんなことに・・・貴国の貴重な戦力を・・・」


 両国の兵士が互いに謝罪する。クロは王国軍もできる限りはやっていたのかもしれないと思うが、シロは納得していないようで、周囲に聞こえない程度の小声で「言い訳だ」と呟く。シロからすれば、人間の政治なんて知ったことじゃないのだろう。正直クロも政治には関わりたくない。さっさと本題に入ることにした。


「王国では戦死した兵をどのように弔う?」

「規則では戦地で火葬または埋葬します。」

「そうか。・・・では、できるだけ丁重にお願いします。」

「当然です。」


 クロがそう言って依頼しながら、ちらとシロを見れば、王国軍兵士も理解したのか、敬礼する。シロが人語を解するのは周知の事実なのだろう。ぞんざいに扱えば、シロが暴れることは容易に想像できる。

 それから全員で司令部に戻り、適当な場所でハヤトを埋葬した。他の兵士はまとめて火葬されていたのに比べれば、かなり特別扱いだ。即席だが墓石が用意され、名前も刻まれる。


「他の兵士には申し訳ないですが、彼が挙げた戦果と、王国の英雄としての評価を考えれば、このくらいの差を設けなければ。」

「他の兵士にも墓くらいはありますよね?」


 連邦軍の司令部付の隊員に尋ねる。


「ええ。それぞれの故郷に墓が作られるでしょう。遺体は入れられませんが、遺品は後程送られます。ハヤト殿もこことは別に故郷にも墓が建てられるでしょう。もちろん遺品は持って帰ります。」

「・・・私が運ばせて貰えませんか?」


 今までハヤトの墓の前で座り、別れを惜しむようにじっとしていたシロが口を開いた。


「「し、喋った!?」」

「あー、俺の固有魔法だ。獣に人の能力を付加するものなんだ。」


 ・・・ということにしておこう。


「森で見つけたとき、既にハヤトは死亡していたので、事情を知るために使ったんだ。」

「そ、そうでしたか。」

「それで、私が運んでもいいでしょうか?」

「構わないが・・・持てるのか?」


 遺品は結構多い。拳銃を初め、剣、鎧、靴、等々。重さは問題ないが、シロは手で持てない。


「どなたか遺品を持って私に乗っていただければ。クロ様、お願いできますか?」

「俺は構わないが・・・いいのか?」


 クロは王国軍兵士に確認するが、兵士は言い淀む。


「ええと、その・・・」

「王国軍には私の背に乗れるものはいません。鍛え方が足りないので。」

「うっ。お恥ずかしながら、その通りです。申し訳ないですが、クロ殿、お願いできますか?」

「承った。遺品を届ける先はシロが知っているな?」

「はい。お任せください。」


 早速出発しようと遺品を袋にまとめると、司令部隊員が引き留める。


「お待ちください!その犬が喋れるのであれば、あの場で何が起きたのか報告していただきたい!」

「あ、それもそうか。」


 クロは完全に失念していた。


 司令部に戻ると、シロは雨に襲われた顛末を説明する。想定外の圧倒的な敵の力を知り、司令部は俄かにざわつき始める。


「雨に毒でも入っていたのか?」

「どうやって雨にいれるというんだ。そもそもそんな雨粒程度の量で即効性の効果がある毒など・・・」

「いや、帝国は未知の技術を用いる。ないとは言い切れん。」

「水魔法では?」

「視認外の距離から雨粒全てを操るというのか?それも殺傷能力がある威力で!非現実的だ。どれだけの魔法制御力と魔力量があればできるんだ?」

「そもそも帝国は魔法排斥を訴えているだろう。魔法ということはあり得ない。」

「いや、中央戦線と同様に、魔族が乱入していたのでは?魔族ならその強大な魔法も使えるかも。」


 様々な憶測が飛び交うが、確信が得られるようなものはない。結局、不自然な雨に気をつける、という役に立つかもわからない注意喚起しか出なかった。

 ちなみに、クロは犯人が魔族である説は否定している。シロの認識外から雨を操るほどの制御力があるならば、クロの(平常時の)制御力を超えており、そんな奴が魔族にいたら、事前にチェックしている。まあ、見逃しがないとは言い切れないが。


 報告を終えると、クロ達は早速王国へ向けて駆ける。シロの背にクロが乗り、ムラサキがクロにしがみつく。途轍もない速度で、並の人間では急カーブの時にかかる負荷で気絶するだろう。直線では時速300kmくらい出ていそうだ。

 2時間後、曲がりくねった街道では思うようにスピードが出ず、王国の国境にもまだ着かない。既に日は傾き、西日が後ろから照らしている。


「このままだと、王国に着く前に一度野営することになります。」

「ああ。そのために夕方に出た。」

「何でだよ!町で飯食って一泊すればよかっただろ!」


 ムラサキが文句を言うが、これは必要なことだ。


「魔族に関する説明は終わったが、まだ話があるんだ。人目がないところでする必要がある。」

「承知しました。周囲に人がいない野営地点を目指します。」


 一行は風になって駆ける。連邦対帝国の初戦、その長い一日が終わろうとしていた。


ーーーーーーーーーーーー


 「まいったな。」


 青髪の男カイルは光沢のある大地の上で、一人呟く。

 わずかに残る残骸から、ここが帝国の対王国最前線司令部であったことは間違いない。救援要請を受けて来てみれば、既に終わっていた。帝国軍は司令部含めて全滅。残ったのはガラス化した地面と、いくつかの残骸、そして残った壁に刻まれた人型の影だ。


「火の神子、とんでもない火力だ。核爆弾でも落としたのか?」


 ここから数km北にある建設中の基地は無傷のようだ。火の神子は戦場を一直線に焼き払いながら進み、司令部を消滅させた後、帰ったらしい。


「火力の代わりに持久力がない?それとも突出を嫌ったのか・・・前者だと有難いんだが。そうでもなければ、こんな奴と戦いたくない。」


 カイルは戦闘にかなり自信があるが、この爆心地を見ると、その自信も揺らぐ。少なくとも、食らったら即死は免れないだろう。たかが同盟国の支援のためだけに、そんな危険を冒したくはなかった。


「追撃は・・・情報秘匿を理由に辞退するか。やれやれ。」


 カイルは北の基地に向かい、歩いていく。この戦争から離脱する方策を考えながら。


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