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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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113 戦艦オーラム防衛戦④

 斬る。斃す。獣人たちを斬り捨てる。なぜ?命令されたから。それだけだ。

 <炎刃>の二つ名を持つ男、エイイチ・リュウは無心で刀を振るう。彼の心は闇魔法で蝕まれ、帝国兵の命令に従う機械となっていた。命令されていない部分、戦い方などについては自由だが、誰と戦うか、どこに向かうか、等は完全に縛られていた。

 彼は闇魔法にかけられた状態になってもう何年も経っており、今の状態にもはや違和感を感じていない。元の精神に戻るのはほぼ不可能だった。

 しかし、その奴隷のように使われる日は今日で終わりそうだ。縛られた思考のわずかな自由な部分で、エイイチはそう考える。相対する白髪黒服の獣人らしき女性。白くピンと立った犬耳と、後頭部でまとめられた美しい長い白髪。

 接敵時はいつも通り斬り捨てるだけと思っていたが、エイイチの攻め手を悉く躱し、右腕を奪った。

 エイイチはもう自分がじり貧であることを理解している。切り札である『フレイムブラスター』と妖刀ホムラの波状攻撃。これによりどうにか接近を阻止しているが、攻撃が当たる気配はない。エイイチの魔力が切れればそれで終わりだろう。

 それでも諦めない。投降することも、敵の話を聞くことも命令で禁じられている以上、死ぬまで本気で戦わなければならないのだ。


 エイイチの魔力が残り少なくなった時、敵は急に大きく距離を取った。これ幸いとエイイチは攻撃をやめ、魔力の回復に努める。


 ・・・不利になった際の撤退は認められていたはず。今のうちに退くか?


 そう思った矢先、敵が急接近してきた。エイイチが妖刀ホムラで焼き切った木の切り株を足場にして、高速で近づいてくる。


「『フレイムブラスター』!焼き切れ、ホムラ!」


 再び波状攻撃を開始して接近を阻止しようとするが、敵はすべて巧みにかわし、また隙を見て近づいてくる。


 ・・・くそ、仕方ない。魔力消費は大きいが・・・


「焼け!ホムラ!」


 妖刀ホムラの炎の刃を広範囲に展開する。これはさっき確かに敵に効果があった。なぜか火傷はすぐに治癒したが、敵が回避したことから、効果があるのは明白だ。きっと炎適性が低く、耐熱結界が弱いのだろう。

 妖刀から炎が広がり、エイイチの視界全てを焼き尽くす。


 ・・・これで敵は距離を取るはず。視界が戻る前に撤退を・・・


 そう考えてエイイチが一歩引いた時だった。炎を突き破って、白と黒の塊が飛び出し、エイイチのすぐ横を通り過ぎた。後ろから、女性にしては低い声が聞こえた。


「『剣舞・天翔風牙』」


 エイイチが振り返ると、そこには炎の向こう側にいるはずの敵の姿があった。炎を突破してきたのに、焼けた様子がない。


 ・・・なぜ?どうやって突破した?いや、声が聞こえる?


 今まで、闇魔法で縛られて、敵の声はすべて耳に入っていなかった。それがなぜか聞こえる。

 ふと、エイイチが自分の体を見ると、胸から激しく血が噴き出していた。

 一閃。深々と胸が斬られており、明らかに心臓まで達していた。


「あ、そうか、死ぬのか、俺。は、はは、死ぬなら、命令なんて・・・関係、な・・・」


 死ぬ寸前までエイイチは自分が闇魔法で操られていた事実を忘れていた。そしてそのまま、妙に清々しい気分のまま、意識を失った。


ーーーーーーーーーーーー


 ・・・何とかなりましたね。


 血の海に沈む<炎刃>を見て、マシロはそう思う。

 <炎刃>の波状攻撃の攻略法を考えていた時にマシロが気づいたのは、アカネがいる位置だった。

 アカネはマシロから離れて戦いを見ていたが、その離れた位置でも初撃の広範囲燃焼攻撃に巻き込まれていたのだ。それでもアカネは平気そうだったのでマシロは放っておいたのだが、距離があったとはいえ、マシロが火傷を負った炎を受けて、アカネは無傷だったのだ。

 それに気づいたマシロは、アカネの耐熱結界で、十分炎に耐えられると踏んだ。そこで、炎に驚いて更に離れていたアカネのもとへ一旦下がり、アカネに耐熱結界をかけてもらって、その状態で突撃したのだ。

 後は想定通り。接近された<炎刃>はマシロを近づけまいと広範囲燃焼攻撃を放った。それは<炎刃>の視界も塞ぎ、その隙にマシロは一気に近づいた。マシロの必殺技の一つ、『剣舞・天翔風牙』で。

 『剣舞・天翔風牙』は、マシロの靴をほどいて空中に展開。それを足場として敵に突撃する技だ。靴をほどいてできた網の弾力も利用して一気に加速するため、その突撃速度は亜音速に達する。

 そのまま敵にぶつかるとマシロのダメージも激しいので、すれ違いざまに「黒剣」で斬りつけた。接触時間が短いため、真っ二つとはいかなかったが、撫でるように胸部を斬り、心臓と肺まで切り裂いた。


「さて、アカネ、急いで退きますよ。敵増援は友軍に任せましょう。」

「キャン!」


 役に立てたのがうれしいのか、アカネが元気よく返事をする。

 マシロは返り血と泥で汚れた服を気にしつつも『変化』で犬形態になり、撤退する。依頼を受けたのは<炎刃>の撃破まで。これ以上リスクを負う必要はない。マシロ単独ならこのまま戦い続けても良かったが、アカネをできるだけ危険に晒したくなかった。


 ・・・<炎刃>は捕獲が理想的だったでしょうが、無理はできません。


 仮に捕獲に成功しても、魔法使いを捕らえて移送するのは至難の業だ。四肢を縛っても、魔法を使える可能性はあるのだから。口を塞ごうと、手練れならば無詠唱を使うこともある。

 せめて少しでも情報を得ようと、マシロは<炎刃>が持っていた剣を回収する。明らかにただの剣ではない以上、<炎刃>に関する重要な資料となるはずだ。

 そしてマシロはすれ違った友軍に情報を提供しつつ、司令部へと戻った。



 司令部に戻ったマシロは、ホフマン司令官らに<炎刃>の撃破を報告した後、ヴォルフを訪ねた。

 ヴォルフは戦艦オーラムを守るために戦艦内に留まっており、日が暮れると司令部に戻って来るそうだが、時々そのまま戦艦内で一夜を明かすこともあるらしい。今日はたまたまその日だった。

 ヴォルフが司令部に戻るかどうかはホフマン司令官にすら知らされない。先に司令官が懸念していたように、司令部内に洗脳された者がいないともか限らないからだ。ヴォルフが戦艦内に残ったり残らなかったりすることで、夜間に戦艦に接近しようとする帝国軍を牽制しているそうだ。

 日が暮れる直前にマシロは戦艦オーラムに辿り着く。これがここに着地した瞬間、マシロはこの場にいたが、気絶していたので見るのは今日が初めてだ。


 ・・・大きい。人間はこんなに大きなものを作れるのですね。


 そんな感想を抱きつつ、ヴォルフの匂いを辿って戦艦内に入る。初めて見るマシロにとっては迷路のような戦艦内を進み、かつて食堂であったスペースに入ると、ヴォルフが野戦糧食を調理していた。


「いらっしゃい。お手数おかけしてすみませんね。」

「いえ、相応の報酬は約束していただきましたので。」

「なら、よかった。ブラウンはよくやっているようですね。」

「ブラウンさんはかなりやつれていましたよ。早めに帰還すべきだと思います。」

「そうしたいのは山々なのですがね・・・まあ、それも含めて説明しましょう。」


 ヴォルフは戦艦の食堂に残っていた調味料で、味気ない糧食に味をつけて食べている。マシロは食事が必要ないので、見ているだけだ。食事をしつつ、情報を交換する。アカネは糧食を分けてもらった後は、2人の会話をじっと聞いていた。

 ヴォルフが食べている間にマシロが今日の戦闘の報告をすると、報告を終えた頃にはヴォルフは食事を終えてお茶を飲んでいた。老紳士たるヴォルフが似合わない無骨なカップで茶を飲んでいる。


「なるほど。流石ですね。到着早々、<炎刃>を倒すとは。」

「ヴォルフさんは苦戦したと聞きましたが。」

「まあ、そうですね。能力の相性が悪かったのもありますが・・・生け捕りを試みたので。」


 ヴォルフによれば、<炎刃>はイーストランド王国のネームドだったそうだ。何年も前に行方不明になっていたらしい。


「生け捕りにすれば、イーストランドとの交渉に使えるかと思ったのですがね。」

「それは、申し訳ありません。」

「いえいえ。戦場ですから、仕方ありません。むしろ、捕らえられないと分かった時点で殺す方に意識を切り替えられなかった私が甘かったと言えるでしょう。私が先日のうちに仕留めていれば、今日の被害はなかったでしょうから。」


 ヴォルフは<炎刃>に殺された部隊を惜しんでいる。確かにバズをはじめ、有能な者が揃った部隊だったようだ。ヴォルフが<炎刃>を仕留めていれば、彼らは死なずに済んだだろう。

 それについて、マシロは慰める言葉は思いつかない。自分の役割ではないとも思っている。だから、黙って戦利品を渡す。


「<炎刃>が使っていた剣です。」

「おお、持ってきてくれましたか。」


 ヴォルフは表情を少しばかり明るくして、剣を受け取る。慣れた手つきで少し鞘から抜き、すぐに戻す。今度は柄の目釘を抜いて、柄を外した。中にある銘を確認している。


「ふむ。確かに妖刀ホムラですね。」

「ようとう、ホムラ?」

「この剣の名前ですよ。魔剣の一種です。」

「魔剣・・・」

「魔法金属でできた剣で、意思があります。それ故に、この魔剣自体が持ち主の意志に応じて魔法を使います。」

「なるほど。」


 つまり、<炎刃>が剣から炎を出す際に叫んでいた単語は、魔法の詠唱ではなく魔剣に意思を伝えるための言葉で、炎を出していたのは魔剣だったというわけだ。それならば、あの発動速度にも納得がいく。


「魔剣の類は、持ち主以外には扱えません。気難しいものならば、持ち主以外に触れることすら許さないと言います。ホムラは持ち主を失ったので、今は無反応ですが。」

「新たな持ち主はどうやって決まるのですか?」

「さあ?彼次第ですね。」


 そう言ってヴォルフは視線で妖刀ホムラを指し示す。


「まあ、とりあえずは私が預かりますよ。これだけでもイーストランドとの交渉材料になるかもしれませんし。」

「お任せします。」


 ヴォルフは妖刀を手荷物の傍に置くと、立ったついでとばかりにお茶を入れていたカップを洗って片付ける。こんな場所でも食器を洗えるのだから、魔法とは便利なものだ。

 席に戻ったヴォルフは話を再開する。


「さて、イーストランドの<炎刃>が帝国軍に混じっていた時は、彼が帝国に寝返っていたのかとも思いましたが、マシロさんの仮説が正しければ、何者かの闇魔法で捕まり、今までずっと操られていたことになります。」

「ええ。」

「そうすると、ずっと制御下に置くタイプの闇魔法は考えにくいですね。特定の精神状態に対象の精神を固定するタイプ・・・『メイク・フール』でしょうか。」

「フール?」

「はい。字面そのままなら対象を愚かにする、というなんとも間抜けな感じですが、その効果は恐ろしいものです。対象の判断能力の一部を失わせ、どんな命令でも疑わずに聞き入れてしまう状態にします。」


 人は誰かから何かを命令されても、「はい、そうですか」と何でも受け入れるわけがない。それは人が自分で考え、判断できるからだ。

 しかし『メイク・フール』を受けた者は、命令されたことを拒否する、という判断ができなくなる。

 戦えと命じられれば、疑うことなく戦う。友人や家族を殺せと言われても、平然と実行するだろう。3回回ってワンと鳴け、と言われればその通りにするし、今すぐ死ねと言われれば、すぐに自決する。


「恐ろしい魔法ですね。」

「ええ。かつて魔族が使っていたのを見たことがあります。かなり高い闇適性が必要ですし、相当な力量差がなければ成功しないはずですが・・・現にネームドすらその支配下に置いている。」

「<炎刃>の抗魔力が特別低かったのでは?」

「ありえなくもないですが、楽観的に過ぎますね。敵は相当な手練れと見るべきでしょう。・・・おそらく、<雨>クラスの。帝国の秘匿戦力の可能性が高い。」

「<雨>・・・」


 マシロは<雨>と実際に戦い、敗れている。その強さは身に染みてわかっている。そのレベルが、帝国に複数いる。

 マシロは楽観論を即座に切り捨てて、対策を考える。


「『メイク・フール』を回避する方法はわかりますか?」

「闇魔法の成功条件は、個別に設定されているわけではありません。他と同じですよ。敵が放つ光や音を見ないこと、触れられないこと、そして何より、闇魔法をかけられるかもしれないと警戒していることです。警戒心がもっとも抗魔力を高めます。」

「わかりました。」

「しかし、現状はその警戒も難しい。その闇魔法使いの人相でもわかればいいのですが、全く情報がない。常に警戒し続けるわけにもいきませんし・・・クロさんじゃあるまいし。」

「確かに、そうですね。」


 マシロは自身の兄妹分であり、師でもあるクロを思い浮かべる。クロは相手がヒトと見れば、誰が相手でもまず警戒する。とにかくヒトを信用しない。だから、異様に抗魔力が高い。闇魔法に強いのは便利だが、あの人間不信っぷりは、なんとも生き辛そうだ。


「さて、マシロさん。今日はここに泊まりますか?寝室は無駄に多くありますよ。夜襲を受ける心配はありますが、寝心地は司令部の宿舎でスシ詰めになるよりだいぶマシです。」


 確かに、ここにはヴォルフ以外いないのだから、空きスペースはいくらでもある。アカネを守るにも、信用しきれない獣人の兵士たちの傍にいるよりずっといいだろう。それに、夜襲に備えるなど、森で生活していれば当たり前のことだ。デメリットでも何でもない。


「では、お言葉に甘えて。」


 マシロは犬形態に『変化』すると、アカネを伴って船室の一つに入って休んだ。アカネはマシロに寄り添って丸くなる。2人は戦地での束の間の休息を堪能した。


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