112 戦艦オーラム防衛戦③-「炎刃」-
雪深い林の中で、マシロは<炎刃>と相対する。林の中は雪が厚く積もっているが、<炎刃>の周囲は雪がほとんどなくなり、ぬかるんでいる。<炎刃>が用いた炎魔法の熱で雪が融けたのだろう。
両者、まずは間合いの外から様子をうかがう。
<炎刃>は茶髪の短い髪を逆立たせた男で、精悍な顔つきをしている。服装は軍服だが、他の帝国兵と異なる。もちろん、フレアネス王国の物でもなく、マシロは見覚えがなかった。
・・・魔法を使う特殊な兵として、違う軍服を与えられているのでしょうか?いや、様式から全く違う。別の国の?帝国に敗れて属国になった小国の者でしょうか?
<炎刃>は右手に持つ細身の片刃剣を右肩のあたりに持ち上げ、垂直に構えた。マシロは知らないが、その剣は明らかに日本刀であった。
対するマシロはまだ構えない。というより、マシロは正式に剣術を習ったわけではないため、構えというものがない。度重なる戦いと鍛錬の中で、己が最適と感じた動きを行う。特に構えず、リラックスして両手に「黒剣」をぶら下げるだけ。
そして、まだ間合いが離れていると見て、マシロは観察を続ける。目の前の男から感じる違和感が気になっていた。
・・・匂いからして、人間族であるのは確か。しかし、この違和感は何でしょう?魔力が通常と何か異なる。違和感がある。
マシロが<炎刃>の魔力に注視していると、その魔力に動きがあった。魔法の予備動作だ。
魔法は通常、詠唱してから指定位置に魔力を送って発動させる。しかし、実戦で使うにはその魔力を送る時間が惜しい。そこで、熟練の魔法使いは、詠唱の前に準備を行う。事前に必要なだけの魔力を送信準備状態にしてから詠唱するのだ。送信準備状態のイメージは人によって異なるが、クロ曰く、ピストンの出口を塞いで圧をかけるような感じ、らしい。そうすることで、詠唱後に魔力を送る速度が速くなり、発動を早めることができる。もちろん、その工夫で短縮できる時間は1秒にも満たず、発動速度は魔法操作力の高さの方がずっと影響が大きい。それでも、実戦ではそのコンマ数秒が命に係わる。故に実戦的な魔法使いは皆、それをやっていた。
マシロはその準備動作を持ち前の高精度の魔力感知によって察知し、先読みして魔法を躱すことができる。今回も<炎刃>が魔法を使おうとしているのが事前にわかった。
・・・まだ距離がある。遠距離攻撃ですね。火球を飛ばすか、それとも・・・
マシロは回避に備える。前後左右、あるいは上。そのどちらへも動けるように身構える。
「焼き切れ!ホムラ!」
聞き慣れない詠唱と同時に<炎刃>が剣を振るった。すると、<炎刃>の魔力が剣に流れ込み、剣から炎が迸った。炎は細く収束し、長く伸びてマシロに迫る。
マシロは、周囲の木々を焼き斬りつつ左上から迫るそれを、右上に跳んで回避する。
・・・発動が速い!それにあの詠唱。本当に魔法なのでしょうか?
慌てて回避したために宙に浮いてしまったマシロを、炎の刃が追う。<炎刃>の剣から放出される炎は一振りでは収まらず、そのまま斬り上げに移行してきた。
「もらった!」
宙にいて移動できないであろうマシロを完全に捉えたと思った<炎刃>が声を上げるが、マシロは冷静に木の幹を蹴って炎を躱す。
「ちっ!ちょこまかと!」
マシロを焼き切ろうと<炎刃>は何度も剣を振るうが、マシロは3次元的に動いて悠々と回避する。
・・・タネは不明ですが、性質は把握しました。剣の間合いが伸びたと考えれば、回避はそう難しくないですね。
もちろん、<炎刃>が剣を振るう速度は並ではなく、普通なら回避など不可能だ。容易く回避できるのは、マシロの速度があってこそである。
10秒ほど、回避に専念したマシロが、隙を見て前進する。炎の刃はマシロ側から見れば遠いほど速い。近づいた方が回避しやすいと判断した。
そしてマシロが前進のために炎の刃を紙一重で回避しつつ前に出ようとしたとき、<炎刃>がにやりと笑った。
・・・罠!まずい!
理屈を考えるよりも先に、マシロは急ブレーキをかける。今感じ取った敵の感情は、確かに「敵が術中にはまった」と感じた物だった。
マシロが急ブレーキをかけたのと同時、<炎刃>が叫ぶ。
「焼け!ホムラ!」
その言葉に応じて、細く収束していた炎の刃が広がり、広範囲を炎で焼いた。急いで飛び退いたマシロだったが、その炎を浴びてしまう。
「つっ・・・」
直撃は避けたが、炎を浴びた部分の服が少し焼けた。肌を出していた顔にも火傷がある。マシロが身に纏う服「影縫」は魔法強化炭素繊維でできているため、多少の熱では焼けない。敵が放つ炎はかなりの高温であることがわかる。直撃すれば、火傷では済まないかもしれない。
飛び退いたマシロは、着地と同時にまたもう一歩後ろへ下がる。すると、マシロが着地していた場所を剣の刃が通り過ぎた。<炎刃>が炎の中を進み、間合いを詰めてきていたのだ。それをマシロは炎で視界と魔力感知を塞がれながらも嗅覚で察知していた。
<炎刃>は剣を空振りした際に少し驚いたが、すぐに剣を引き戻して再度マシロに斬りかかる。もう剣から炎は出ていない。マシロは魔力感知のみでそれを回避しつつ、顔の再生に努める。
・・・炎を受けた際に咄嗟に鼻をかばったのは正解でしたね。しかし、目が見えないのは不便です。早く再生させなければ。
目が焼き潰されているのに正確に斬撃を回避するマシロに、<炎刃>がさらに驚愕する。そしてわずか5秒後、マシロが反撃に出た。
<炎刃>の袈裟斬りを身をかがめて回避しつつ、右手の「黒剣」で<炎刃>の右腕を斬った。
「ぐうっ!」
たまらず<炎刃>が後退する。マシロはそれを追ってもよかったが、顔の回復が不完全なために見送った。まだ右目が何とか見えるようになった程度だ。
<炎刃>は斬られて動かなくなった右腕を見て、焦りと恐怖を覚えていた。通常の剣術では考えられない現象だった。回避中のマシロは明らかに不完全な体勢。あんな体勢から剣を振るっても、ここまですっぱりと腕が切れるわけがない。刀は当てただけでは切れないのだ。
マシロが剣を当てただけで切れたのは、「黒剣」がただの剣ではなく、刃先で極細の炭素繊維が高速で回転しているチェーンソーであるからだ。しかし、そんなものは一見してはわからない。<炎刃>は不可思議な現象に戸惑っていた。
マシロは顔を治癒する時間を稼ぐ目的で、敵に話しかける。
「どうします?その右腕はまだ魔法ならば治癒可能ですよ。今すぐ退けば治せるでしょう。」
「・・・・・・」
「もし帝国に木魔法使いがいないのであれば、捕虜になることをお勧めしますが。」
「・・・・・・」
<炎刃>は答えない。それにマシロは違和感を感じる。
敵の問いかけに応じないこと自体は不自然ではない。マシロが気になっているのは、その内心までもまったく反応がないことだ。先程から<炎刃>が漏らしている言葉から、彼は全く無感情な人間ではないことがわかる。にもかかわらず、マシロの言葉に一切感情が反応しない。
確認のため、マシロは質問を続ける。
「貴方の名前は?」
「・・・・・・」
質問に答えず、内心もマシロを警戒しているだけだ。
「好きな食べ物は?」
「・・・・・・」
まったく無関係な質問をしても反応なし。普通なら、なぜそんな質問をするのか、訝しむくらいしそうなものだ。
耳が聞こえていない様子でもない。そこでマシロは一つ仮説を立てた。
・・・こちらの言葉を機械的に聞き流している。この機械的な反応は、闇魔法で操られている?もしそうなら、奴から感じる魔力の違和感にも納得がいきます。
マシロが接敵時から気にしていた<炎刃>の体内の魔力の違和感。今までうまく言葉に表せなかったが、今なら表現できる。<炎刃>の体内には、彼自身の魔力の他に、別人の魔力が存在している。2人分の魔力があるから、違和感を感じたのだ。
・・・不純物の魔力は、奴の頭に入り込み、奴自身の魔力に複雑に絡みついています。低レベルな術者の闇魔法は軽い衝撃でも解除できると聞いたことがありますが、これはおそらく、容易には解除できませんね。腕を斬られた痛みでも正気に戻らないようですし。
思わぬところで、敵の闇魔法使いに関する情報が得られそうだ。詳しい分析のためには<炎刃>を捕獲したいところだ。
マシロはこれ以上の様子見は不要、と踏み込むと、<炎刃>は左手だけで構える。
「焼け!ホムラ!」
またしても剣から炎が広がる。今度はマシロは十分余裕をもって回避した。しかし炎が広範囲に広がるため、後ろに下がらざるを得ない。
先程はこの炎を牽制として飛び込んできた<炎刃>だが、接近は逆に危険だと判断したのか、近づいてこない。代わりに、剣を持つ左手の人差し指をマシロに向けて伸ばした。マシロはそれを魔法攻撃の準備だと察知する。
「『フレイムブラスター』!」
<炎刃>の指先から炎が迸り、マシロめがけて細く収束した炎が伸びてきた。これを回避したマシロへ、今度は<炎刃>は剣を振るう。
「焼き切れ!ホムラ!」
通常の炎魔法攻撃と剣からの炎の刃の波状攻撃。マシロはこれを何とか回避する。
・・・これが奴の奥の手ですか。右腕も使えていたら、もっと厄介だったでしょう。しかし、魔力の消費が激しいようですね。
引き続き炎魔法と炎の刃を組み合わせて遠距離攻撃に徹する<炎刃>。それを回避しつつ、敵の魔力枯渇を待つのが堅実かとマシロが思い始めたとき、状況が変わる。
マシロの感知に多数の人の接近が引っかかった。北から友軍、東から帝国軍だ。
・・・まずいですね。今はどちらも歓迎できません。
帝国軍の増援は言わずもがな。友軍が今ここに来れば、<炎刃>の猛攻に巻き込まれる可能性が高い。そうなれば被害甚大だ。今後の防衛線維持に大きな支障をきたす恐れがある。
とすれば、早めに決着をつけなければならない。しかし、どうやってこの猛攻を掻い潜るか。もし掻い潜って接近できても、また広範囲を焼く炎を展開されれば、接近は不可能だ。
回避しながらマシロが攻略法を考えていると、一つの事実に気が付く。そして、策を見出した。
「少々無茶かもしれませんが、やる価値はありますね。・・・マスターの無茶を非難できなくなりそうですが。」
覚悟を決めて、マシロは策の準備に取り掛かる。




