110 戦艦オーラム防衛戦①
ブラウンから参戦要請を受けた2日後。アカネを背負って全速力で走ったマシロは午後にミタテ平野に到着した。普段なら1日で移動できる距離だが、積雪のために倍の時間がかかってしまった。それでも普通の馬車なら半月かかる距離なのだが。
到着したマシロはアカネを伴ってすぐに司令部へ向かう。土魔法で作られた簡易の小屋は、かまくらのように雪を積んでカモフラージュしている。中に入ると兵士が慌ただしく行き交っていた。
マシロは比較的手が空いていそうな兵士を捕まえて尋ねる。
「お忙しいところ失礼します。援軍として参りました、<疾風>のマシロです。ヴォルフさんはいらっしゃいますか?」
「おお、<疾風>の!ようこそいらっしゃいました!ヴォルフ様は出陣中でこちらにはおられません。先にホフマン司令官にお会いいただけますか?」
「承知しました。行きますよ、アカネ。」
アカネは初めて見る大勢のヒトに少々怯えながらも、頷いてマシロについて行った。
小屋の奥の個室に入ると、年配の狸系獣人が書類を睨んでいた。
「失礼します。援軍として参りました、<疾風>のマシロです。」
「ああ、よく来てくれた。すまんが忙しいので、戦況の説明は仕事をしながらでいいかな?」
「問題ありません。」
ホフマン司令官は器用にも書類を読んだり書いたりしながら説明する。横を見れば2人の副官も必死に書類を処理したり、忙しなく部屋を出入りしたりしている。本当に忙しいようだ。
「我々もヴォルフ殿が来てからすぐは暇なくらいだったんだがね。なにしろ1人で千人、万人単位を相手にできるお方だ。我々が出てはむしろ邪魔になるくらいだった。」
「ヴォルフさんの武勇は聞き及んでいます。」
「うむ。それですぐにでも決着がつくのかと思いきや、帝国はいくら犠牲を出しても一向に攻め手を緩めない。かの国ではどうやらだいぶ人命が軽いらしい。ひどいものだ。」
「・・・戦場で大勢斬り捨てている私には、帝国の姿勢を責める権利はありません。」
「おっと、そう言ってしまえば、私もそうだな。失言だった。・・・ともかく、そうしてしばらくは帝国兵を減らす作業のような状態だったんだが、急に帝国が裏から攻めてきて驚いたよ。」
「裏とは?」
「初めは帝国軍は北から真っ直ぐ戦艦奪還に向かって来ていたんだが、東から別動隊が回り込んできたのさ。それも結構な数でね。帝国に雪上の輸送手段はまだないはずだから、徒歩の行軍なのだろう。無茶をするものだ。だが、我々は焦ったよ。その別動隊は戦艦ではなく我々を狙って来たんだ。ヴォルフ殿がカバーできるのは戦艦周辺だけだからね。我々は自分で対処しなければならなかったんだが・・・この雪では獣人の機動力も活かしにくい。少々不利でね。」
「氷魔法使いはいないのですか?」
「我が軍には5名しかいない。そのうち実戦で使えるレベルとなると2名だけだな。手が足りん。」
氷を操作するには、水と土適性が必要だ。その両方をハイレベルで行使できるとなれば貴重になる。とはいえ、何千人いるだろう軍団1つの中に、適性がある者だけでもそれしかいないと言うのはおかしい。
「なぜ5名しかいないのです?」
「ロクス軍に引き抜かれたんだよ。先の戦闘で水魔法使いが不足したと言ってね。で、彼らが異動した直後に帝国が攻めて来た。まったく、ついていない。」
ホフマン司令官は仕事の手を止めずに軽く溜息をつく。
「まあ、ない物ねだりをしても仕方ない。ともかく今我々は東から攻められている。嫌がらせのようにあちらこちらから攻められて、司令部はてんてこ舞いだ。<疾風>殿には遊撃を頼みたいがよろしいかな?」
「お任せください。索敵には自信がありますので。」
「うむ。頼もしいな。ではお願いする。」
「では、早速向かいます。」
すぐに退室しようとするマシロを、ホフマン司令官が呼び止めた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。」
「何でしょう?」
ホフマン司令官は手元の資料を睨んで素早く読むと、内容をマシロに告げる。
「南東、ミツルギ山麓付近に手練れが現れたそうだ。特徴から、10日ほど前にヴォルフ殿と交戦して撤退した者らしい。」
「ヴォルフさんが仕留めきれなかったのですか?」
「ああ。炎魔法を使うらしい。氷を融かされてはヴォルフ殿も分が悪いのだろう。」
ヴォルフほどの魔法使いが操る氷は、生半可な炎では融かせない。また、融けて水になっても水魔法で操ればいい。それができないということは、氷を一瞬で蒸発させるレベルの高レベルの炎魔法使いと予想できる。
・・・そういえば、ヴォルフさんの手紙に、魔法を使う、帝国兵でない者がいるとありましたね。
マシロはヴォルフの手紙を思い返すと、同時に確認し忘れたことを思い出した。
「ところで、強力な闇魔法使いがいると聞いたのですが。」
次の書類に目を通し始めていたホフマン司令官の動きが止まる。少し逡巡してから口を開いた。
「・・・ああ、いる。だが姿を確認できていない。接敵した部隊が急に消息を絶ち、数日後に敵軍に混じっているのが目撃された。状況から闇魔法使いだろうと推測されただけだ。どんな闇魔法を使うのか、どれほどの手練れなのか、全く情報がない。最悪、この司令部に洗脳済みの者が紛れ込んでいる可能性もある。」
「なるほど。それでここにいる兵士たちが皆、不安を抱えているわけですか。」
マシロにはすでに司令部中の兵士が一様に不安を抱えているのに気がついていた。戦況に関する不安かと思っていたが、どうやら裏切り者を心配していたらしい。
マシロはくんくんと軽く鼻を鳴らし、周囲を探る。そしてさらりと告げた。
「ご心配なく。司令部内には闇魔法を受けた者はいません。」
マシロの宣言に、ホフマン司令官が驚く。淡々と仕事をしていた副官たちもマシロを見た。
「わかるのか?」
「ええ。闇魔法をかけられた者には、術者の魔力が宿っているものです。そのような不純物を抱えた者は、ここにはいません。」
それを聞いた2人の副官はホッとした様子だったが、ホフマン司令官は複雑な表情だ。
「感知が優れているとは聞いたが、そこまでわかるのか。」
「はい。」
「・・・ありがたい申告だが、鵜呑みにするわけにもいかん。警戒は続けるよ。」
「それがよろしいかと。」
ホフマン司令官の言葉に、副官たちはホッとしたことを恥じたようで、慌てて仕事に戻った。
「とりあえず、闇魔法使いについては情報を集めている段階だ。<疾風>殿も十分注意してくれ。」
「ご忠告感謝します。」
「それと、もし洗脳された友軍を見つけたら、可能なら捕縛してもらえると助かる。どんな魔法をかけられているか知りたい。」
「・・・約束はできません。」
戦場で敵を捕らえるのは難しい。少なくとも、マシロ単独では手が足りない。そのうえ、今はアカネがいる。できるだけ危険は冒したくない。
それを聞いてもホフマン司令官は落胆した様子もなく、むしろ納得しているようだ。
「だろうな。そう甘くもないだろう。・・・もし、正気に戻せそうになければ・・・斬っても構わん。」
「・・・・・・」
マシロは返答に困る。今は王国に所属しているわけではないとはいえ、かつては従軍した身だ。マシロとてできれば獣人を斬りたくはない。
迷うマシロにホフマンは捕捉する。
「正直言うと、洗脳された仲間に手が出せずにやられる者が多すぎるのだ。これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。苦渋の決断だが、やるしかない。」
「わかりました。」
マシロは力強く頷く。マシロにとっても心苦しいが、やらねばならないのならば、やる。
マシロはクロの言葉を思い出していた。いつ言っていたかは思い出せないが、何気ない会話の中で言っていたことだ。それでも、マシロには印象に残っていた。
・・・「俺たちはイレギュラーだ。イレギュラーにはイレギュラーの役割がある。大多数の普通の奴ができないことを、少数派の俺たちがやることで、世界はうまく回るんだ」、でしたか。王国の兵士にできないことを、私がやる。それが役割。ならば、全うしましょう。
ついでとばかりにマシロは付け加える。クロならばこう言うだろうと思ったからだ。
「洗脳された兵士は、私の独断で、斬ります。」
「それは・・・わかった。お願いする。」
マシロの意図を汲み取ったホフマン司令官が頷く。
「まずは南東に現れた炎魔法使いへの対処をお願いしたい。位置からして補給線狙いかもしれん。補給部隊を守ってくれ。」
雪深い北部で戦い続けるホフマン軍を支えているのは、南部から補給部隊が運んでくる物資だ。雪上を走れる獣にそりを曳かせて運んでいるらしい。それがやられれば、ホフマン軍は一気に劣勢になる。
「承知しました。すぐに。」
そうしてマシロは司令部を出て、南東に向かった。




