108 真冬の戦場へ
炭の大樹が完成して1週間以上経った。11月に入り、季節は真冬。積雪量も増えてきて、朝起きたら一面銀世界、ということも珍しくなくなってきた。
クロの家は炭の大樹の枝葉のおかげで雪に埋もれることはないが、その周囲は度々深い雪に覆われる。そのたびにクロとマシロは早朝、日の出前から雪かきを行う。重労働ではあるが、良い鍛錬になる、と2人は嬉々としてやっている。
スイーパー達は炭の大樹の利便性を理解して、大部分が大樹に移り住んだ。真っ黒な大樹にいれば、真っ黒なスイーパーは保護色で敵に見つかりにくい。また、視点が高くなるため、索敵能力も向上する。時々マシロが枝を動かすのに驚くこともあるが、その不便を補って余りある利点だった。
11月3日。今日も朝からクロとマシロは雪かきを行う。
クロが作った鉄製シャベルを2人は高速で振るう。先が尖った大きく四角い刃のシャベルだ。一度に多くの雪を掘れるが、常人では掘り出した雪が多すぎて持ち上げるのも苦労する大きさになってしまうが、2人にとっては問題ない重さだ。
さらに、2人とも軽々と雪を掘り進めているが、雪の中には氷も混じり、普通に掘ったのでは、いかにクロ特性の魔法強化鉄製シャベルでも歯が立たないことがある。そこで2人はシャベルを『ヒート』で熱することで氷をサクサク掘っている。クロに比べると炎適性がないマシロは加熱できる温度が低いが、そこは持ち前の膂力で強引に掘っている。
魔法を使いつつ、氷を裂いて雪を大量に掘り出し、それを遠く、森の入口辺りまで投げ飛ばす。かなり距離があるが、シャベルの扱いに慣れれば、正確に狙った辺りに落とせる。魔族の膂力と、肉体制御の最適化の賜物だ。
こんな雪かきをほぼ毎日やっているものだから、森と、クロ達の家がある荒れ地の間には高い雪山ができ、バリケードのようになっている。この魔獣の森では冬でも多くの獣が活動しているが、これを乗り越えて来る者はほとんどいないだろう。
そんな城壁のごとき雪山は、東側の一部が開いている。この地への出入り口だ。そこに、1人、人影が現れる。
「マスター、来客のようです。」
「こんな早朝に?誰だ?」
空を見れば、まだ日が昇り始めたばかり。6時過ぎといったところか。朝8時から正午までは材料の入荷から地金製造で忙しいため、クロに用事がある者はその前か後に訪れるしかない。とはいえ、こんな朝早く来るのは、緊急の用事だろう。
「ブラウンさんですね。」
「あー、あいつか。今日は何の用だろうな。」
ブラウンは、ヴォルフの部下で、クロの領地の線引きを担当してくれている。クロにとってはそんな程度の認識だが、実際はヴォルフの補佐筆頭として多くの仕事をこなしている。
「わかりませんが、かなり焦っているようです。あと、だいぶお疲れですね。」
ブラウンが近づいてくる前に、持ち前の嗅覚式魔力感知でマシロがブラウンの状態を告げる。
「じゃあ、いいお茶を出してやらなきゃな。先に戻って準備しててくれ。俺が応対する。」
「かしこまりました。」
マシロがさっと家に戻る。クロはそれを見送ってから、ブラウンに向き直って迎える。
近づいてきたブラウンを見れば、確かにやつれている。目のクマもひどい。何日寝ていないのだろう。
「おはよう。ブラウン。」
「おはようございます。クロさん。朝早くにすみません。」
「いや、急ぎの用みたいだしな。まあ、上がってくれ。ここじゃ寒かろう。」
「ありがとうございます。」
クロがブラウンを家に案内すると、マシロが既にお茶を用意していた。
「お、速いな。もう出たのか。」
「ちょうどムラサキがお湯の準備をしていましたので、使いました。」
そこへ獣人形態のムラサキも顔を出す。
「タイミングよかったなあ。しかし、こんな朝早くに何の用だよ。また面倒ごとか?」
挨拶も無しに訝しむムラサキ。かなり失礼な態度だが、ブラウンは気にするどころか申し訳なさそうにする。
「申し訳ないのですが、その通りです。」
ブラウンが客間のソファーに座り、クロとムラサキが対面に座る。マシロはクロの脇に立つ。そこへちょうど起きて来たアカネがマシロの足元に寄り、欠伸と伸びをする。
暖炉は火をつけたばかりで、まだ部屋は暖まっていない。冷えた体に淹れたての緑茶が沁みる。
いくらかお茶を飲んで落ち着いてから、ブラウンが状況を説明する。
「3週間ほど前、先のモスト川の戦闘の事後処理に目途がついた頃、ヴォルフ様が戦場に出られました。」
「ほう。かつて大暴れして帝国兵2万人返り討ちにした伝説の老兵がいよいよ出陣か。しかしまた、なんで?」
クロが聞いていた話では、冬は休戦するはずだ。それに、ヴォルフは国内の仕事が多すぎて、前線に出られない、とも言っていたはずだ。
「クロ殿が鹵獲してミタテ平野に飛ばしたあの戦艦を、帝国が奪還しに来たのです。その迎撃に。」
「へえ。いや、待て。どうやって奪還する気だ?陸に上がった戦艦は動かせないだろう?」
「私は現地を見たわけではないので、詳しくはわかりませんが、なんでも少しずつ解体して運び出そうとしているようで。それを人海戦術でなんとかしているようです。」
「まあ、それなら回収できるだろうが・・・解体したら、戦艦として使えないだろうに。何でそこまでして?」
「そこは、私にはなんとも・・・しかし、ヴォルフ様は見当がついていた様子でした。そして、この戦艦を奪還させないことが、勝利につながる、とおっしゃっていました。」
「あの爺さんが?」
ヴォルフは決して楽観的に物事を見る性格ではない。かなり慎重なはずだ。そのヴォルフが、勝ち筋を見出したというのなら、勝てるのだろう。
「もしかして、戦艦の防衛に協力しろってか?」
「結論を言えばそうです。」
「爺さん1人で十分だろ?」
直接見たわけではないが、ヴォルフの強さはなんとなく想像がつく。何しろ冬限定とはいえ、1人で2万の軍勢を撃退した実力者だ。今はその力を十全に発揮できるはず。苦戦する姿など想像もつかない。
ところがブラウンは渋い顔だ。
「我々もそう思っていました。ヴォルフ様の力で撃退すれば、その力に恐れをなして帝国はすぐに引き上げるはず。そうでなくとも殲滅すら可能と思っていました。ヴォルフ様も3週間もあればケリがつく、と考えておいででした。しかし・・・」
そこでブラウンは言葉を切り、懐から1通の手紙を取り出す。
「いまだヴォルフ様は戻らず、代わりにこれが届きました。冬で手紙が届くのが遅れているので、これを書いたのは3日ほど前でしょう。」
クロは黙って手紙を受け取り、読む。内容はまとめるとこうだ。
・帝国は想定以上に粘り、一行に退く様子を見せない。
・帝国兵に魔法を使う者が混じっており、装備からして帝国の者ではない。
・友軍の中に、敵の闇魔法にかかって操られる者が出て来た。友軍の動揺が激しい。
・以上の点から、少数精鋭の援軍を要請する。無用な増援は敵に操られる者を増やすことになりかねない。
「『フォース・スレイブ』、もしくは『コンフューズ』か。」
クロは即座に敵が使用した魔法に当たりをつける。
「ご存知ですか。」
「一応、専門だしな。」
魔族の下で魔法研究の助手をしていたクロは、魔法にはそこそこ精通している。知らないのは、魔族が一切研究していなかった木魔法くらいだ。
『フォース・スレイブ』は対象を完全に支配下に置く闇魔法だ。かけられた者は意識はあるが言動をすべて縛られ、術者の指示通りのことしかできなくなる。しかし強力であるがゆえに成功率が低い。実戦で使うには相当な魔法出力が必要だ。
対して『コンフューズ』は、対象を混乱させる魔法だ。かけられた者は敵味方の区別がつかない錯乱状態になる。うまくいけば同士討ちを狙えるが、完全な制御下に置けるわけではないので、状況を選ぶ。そのうえ、軽い衝撃でも解除できてしまうことがある。しかし効果が低い分、成功率は比較的高い。
「どちらを使っているか・・・いや、あるいは未知の固有魔法の可能性もあるか。」
「異世界人ですか。敵に回ると厄介ですね。」
「全くだ。・・・とにかく状況は分かった。ちなみに、<地竜>は出られないのか?」
ヴォルフの指定は少数精鋭であること。クロを指名しているわけではない。少数精鋭と言うなら、<地竜>も当てはまる。
「残念ながら、<地竜>は冬はその実力を発揮しきれないのです。凍土を掘り進むのは大変なようで。」
「あー、確かに。」
<地竜>の基本戦法は、地中を掘り進んで敵の下に回り、奇襲をかけることだ。固い凍土を掘るには多くの魔力が必要だろうし、地上に飛び出て奇襲するにも深い雪が邪魔をする。雪や氷は土魔法だけでは動かせない。水適性も必要となる。
一応、理論上は土魔法はあらゆる固形物を操作できるのだが、それは神だけが把握していることだ。仮に知ったとしても、魔法にはイメージが重要だ。土魔法で雪を動かせる、と心底から信じられなければ操作できない。「雪は水が凍ったもの」「水を動かすのは水魔法」という固定観念がある限り、土魔法だけで雪を動かすことはできない。同様に、「土魔法は土を動かすもの」という固定観念がある限り、土魔法では土しか操作できない。
「そうすると、俺らにお鉢が回ってくるわけか。王国の人材不足は深刻だな。」
「お恥ずかしい限りで。」
「まあ、報酬次第では受けてもいいんだが・・・今回はどうするかね?」
クロはマシロを見て尋ねる。曖昧な質問だが、マシロはその意図を汲み取って答える。
「私とマスターが出払うと、ここが狙われることがわかりましたからね。私とマスターが出るのは危険でしょう。」
「いっそ全員で行くか?」
「ここを空にするのは不安だなあ。帰ったら家が雪に埋もれてたとか、マジ勘弁。」
「その時は掘るだけだろ。」
「前みたいにクロがぶっ倒れてたら、掘るのも大変だろうけどな。」
「う・・・」
ムラサキの指摘に、クロは言い返せない。さらにそれを聞いたマシロが力強く提案する。
「今回はマスターは留守番でお願いします。また無茶をされては困りますからね。私1人で行きます。」
「いや、それじゃマシロが心配だ。」
「同じ轍は踏みませんよ。もう深追いはしません。」
「それ言ったら俺だって・・・」
「いーや、クロは間違いなく無茶するね。賭けてもいい。」
何を賭けるとは言わずとも、ムラサキがそう断言する。
クロが何かいい反論はないかと考えているうちに、マシロがダメ押しを加える。
「それに、マスターが残れば、製錬業を休みにする必要がありません。いい案だと思いますが?」
「ぐっ・・・」
確かに魅力的な提案だ。製錬業はようやく滞留分が処理できたところだ。ここでまた休業して材料が溜まったら、いつになったら休日ができるのか。
それを察したムラサキもマシロに賛同する。
「おっ、そうだな。ほら、クロ。観念して留守番して仕事しろ。そしてオレに休日をくれ。」
「お前は休みたいだけだろ。」
「そうだ。何が悪い?」
「・・・いや、悪くない。」
労働者が休日を要求するのは、至極真っ当な権利だ。むしろ管理者側に休みを与える義務があると言ってもいい。
しばし悩んだ末、クロはとうとう観念する。
「わかったよ。俺は今回留守番だ。マシロに任せる。」
「お任せください。」
「おうおう、そうしろ。」
ホッとするマシロと、喜ぶムラサキ。しかしクロはただ要求をのんだだけでは終わらない。
「だが、やはり心配だな。だから・・・茜。」
「キャウ?」
「何?」といった感じで、首を傾げつつアカネがクロを見る。
「真白について行け。」
「キャン!」
「え!?いや、マスター、それは!」
「了解!」とばかりに元気な返事をするアカネと、狼狽えるマシロ。クロはにやにやと笑いながらマシロに説明する。
「いいか、真白。絶対に茜を守れよ。防衛に努めて、攻勢には出るな。あと、茜を軍の連中に任せるのも無しだ。信用できない。まあ、言われなくてもそうするだろうけど。いや、そうするしかないよな?」
「そうですが、危険すぎます!守り切れる保証はありません!」
「なに、茜だって、鍛錬でだいぶ索敵能力も上がった。敵から隠れるくらいはできる。無理に真白が前進したりしなければ、問題ない。」
「しかし・・・!」
尚も反論しようとするマシロだが、ふと足元のアカネと目が合った。アカネはじっとマシロを見ている。「連れてって。お願い!」という意思が伝わって来る。
今度はマシロがしばし悩み、溜息をついて観念する。
「わかりました。連れて行きましょう。」
「キャン!キャン!」
アカネが喜びの声を上げる。戦場がどんなところか知らないからこそ喜べるのかもしれないが。
ともかく、これでマシロは無茶はしないだろう、とクロは安心する。
マシロは的確な状況判断ができる性格だ。だが、的確に判断ができるからこそ、勝ち目があると見れば、勝率が半分ほどでも果敢に攻めてしまう。不確定要素を無視して。戦場ではそういった思い切りが必要だが、クロ達はその身を捨てて国のために戦う兵士ではない。もっと保身に走っていいのだ。
アカネがいれば、マシロは勝利よりもアカネを守ることに意識を向けるはずだ。そうすれば、より高い勝率でしか攻めなくなる。ついでにクロが釘を刺したことで、無理をすることはないだろう。
「さて、班分けは決まった。ブラウン、報酬の話をしようか。」
「わかりました。」
そうしてその後の話し合いで、報酬はクロの領地拡大と決まり、春になったら領地境界線を引き直すことになった。
マシロとアカネはその日のうちに出発。できる限り早く帰る、と言い残して、マシロはアカネを背負って駆けて行った。




