M08 お見合い
イーストランド王国の王都。10月も半ばを過ぎ、積雪も多くなってきた。炎魔法で溶かし切れない雪を屋根から降ろす人々が見られ始めている。王都の中心にある王城も例外ではなく、鍛錬代わりとばかりに雪かきに勤しむ衛兵が多数。その雪かきは、今日は中庭を優先的に進められ、昼食時には庭師による手入れまで終わっていた。
今日は国にとって大事なイベントがあるのだ。それは、勇者マサキと、国王の愛娘スー・イーストランドとのお見合いだ。
マサキが国王から提案されてから、事はとんとん拍子で進んだ。あっという間にマサキに名誉爵位が授与され、姫との見合いの席が設定された。あまりの仕事の速さにマサキが口をはさむ間もなく日取りが決まり、いよいよ今日、執り行われる。
場所は王城内の一室。来賓をもてなしたりするときに使う食堂だ。美しい中庭を臨むことができ、部屋にも装飾品が多い。
マサキは時間より早めにその部屋に来ていた。早めの行動は前世で身に付いたものだ。急いで城下町の服屋に行って買った正装を、王城の執事やメイドにチェックしてもらったから、身だしなみは問題ないだろう。心配なのはマナーだ。
国王は、気負うことはないと言っていたが、この世界に転生して以来、戦場にばかり出ていたマサキは食事のマナーなど知らない。まったくわからないわけではないが、平民レベルだ。
・・・前世のマナーで間違いないだろうか?服装とか見る限り、この世界の文化は前世と大差ないようだし、大丈夫だと信じたいけど、不安だ。
今でもマサキは、自分が姫と結婚など、信じれらないし分不相応な気がしてならない。
しかし、国王が言う政治的理由も分からなくはない。この婚姻がイーストランド国民に歓迎されるのも理解できる。となれば無下に断るわけにはいかない。マサキは基本的にお人好しだった。
マサキが緊張のあまり、部屋をうろうろしていると、正午を知らせる鐘が鳴った。同時に部屋に近づいてくる足音が聞こえ、魔力視で確認すれば、間違いなく国王だ。マサキは慌てて席に着く。
国王が入室すると、マサキはビシッと起立して敬礼する。本職の軍人ではないにせよ、軍人に囲まれていたマサキには、この敬礼が体に染みついていた。やってから、この場ですべき挨拶ではなかったか、と内心慌てる。
国王はそれをにこやかに受け止め、座るように促す。この国王の寛容さにはいつも助けられるが、もし間違っていたなら間違っていると指摘してほしい気もするマサキ。ともあれ、座れと示されたなら座るほかない。
マサキが座ると、護衛を伴って姫が入室してきた。
姫、スー・イーストランドは、わかりやすい美人だった。飾りが多い服装でもスタイルがいいことがわかる。父親であるリー国王が中国人っぽい顔なのに対して、スーはヨーロッパ系を思わせる顔立ちだ。きっと母親似なのだろう。金色の綺麗な髪が後ろで束ねられている。
「お初にお目にかかります。勇者マサキ様。国王リー・イーストランドの長女、スーです。本日はよろしくお願いしますね。」
思わずマサキは見惚れた。容姿が美しいのもあるが、何よりもその所作と雰囲気から、とても落ち着いた女性だと感じたからだ。どこぞのヒャッハー言いながら飛び回り、爆炎を撒き散らす男勝りな女性とはまるで違う。
反応が遅れているマサキに、ニヤニヤと笑いながら国王が声をかける。
「如何された?勇者殿。」
「はっ、し、失礼しました!マサキ・サブローと申します。こちらこそ、よろしくお願いします!」
国王に内心を見透かされたことは明らか。恥ずかしく思いながらもマサキは慌てて挨拶する。勇者という肩書は、自分で名乗る気にはなれなかった。
挨拶を終えると、昼食会が始まる。料理は少量ずつゆっくりと運ばれてくるので、合間に会話する余裕がある。
「勇者様は普段はどう過ごされておいでですか?」
「あ、できれば、名前の方で呼んでいただけると・・・」
「ああ、失礼しました。マサキ様は謙虚でいらっしゃるのですね。」
・・・勇者なんて、自分には過分な評価だと思っているだけなんだけど、まあ、彼女に好意的に取ってもらえたなら、いいか。
初めは断ることも視野に入れていたマサキだったが、今はもう断るという選択肢はほぼなくなっていた。むしろ、「僕なんかがこんな美人の嫁さんもらっていいんですか!?」と国王に確認したいくらいだ。
なお、マサキの名前は「サブロー」の方なのだが、その点についてはマサキはもう諦めている。
「お恥ずかしながら、無趣味な人間でして。休日は王都の散歩するくらいです。」
正直に言うマサキに、国王がフォローを入れる。
「ただの散歩ではないぞ。マサキ殿は王都で起きる軽犯罪を取り締まってくださっている。マサキ殿がいらっしゃって以降、王都の治安が目に見えて改善されたと警察庁の長官が申していた。」
国内の治安維持は警察が担当している。そこそこ腕は立つが、軍人になるほどではなかったり、家庭の事情で戦地に出られない者が警察になるそうだ。もっとも、戦況が厳しくなったここ数年は、多くが徴兵されて人手不足らしい。
そういった事情もあり、マサキの王都見回りは軽犯罪の取り締まりに手が回らなくなっていた警察にはありがたい話だったのだろう。
それを聞いたスーは顔を輝かせる。
「まあ、素晴らしい。休日も王国を助けてくださるなんて。」
感動しつつも、品の良さを失わない姫の反応に、またマサキは見惚れる。しかし今度はすぐに気を取り直して、返答する。そう何度も硬直してしまうのは、失礼だろう。
「いや、まあ、散歩のついでですよ。そもそも、困った人を見過ごせない質でして。」
「また、ご謙遜を。」
ふふふ、と品良く笑うスーの笑顔が、またマサキのツボに入る。
・・・国王の目論見通りなんだろうけど、もうそれでいいや。結婚しよ。
マサキは密かに決意を固める。それ以降は他愛もない歓談となった。
昼食もデザートが出てきて、食後のお茶を待つばかり、となったところへ、どたばたという音が近づいてくる。
咄嗟にマサキが魔力視で見れば、見慣れた魔力の塊が見えた。魔力強化された土壁越しでもはっきり見える、赤と黄色が混じった暑苦しいまでの大きな魔力。
・・・やばい。完全に忘れてた!
マサキがそう考えるのと同時、昼食会場の扉が、バーンと勢いよく開かれた。
そこに現れたのは息を荒げたヴェスタ。何をしに来たのかは、聞かずともマサキには見当がついた。
ヴェスタはのしのしとテーブルに近づきながら大きな声で言う。
「どういうことだ、こりゃ!いつの間にここの姫さんとくっつく話になってんだよ!」
「<炎星>殿!如何に同盟国のネームドと言えど、無礼が過ぎますぞ!」
姫や王の護衛がヴェスタに立ち塞がるが、ヴェスタは怒りに満ちた目を爛々と輝かせながら、獰猛な笑みを浮かべる。
「あんだ!?消し炭になりてえのか!?すっこんでろ!」
「うっ・・・」
護衛が剣を手に掛けつつも気圧される。しかし、ここで退いては職務怠慢だ。どうにか踏みとどまる。
数秒、ヴェスタと護衛が睨み合う。一触即発の空気が流れる。マサキが止めに入ろうと立ち上がりかけたところで、それより先に国王が口を開いた。
「お前たち、下がれ。」
「しかし・・・」
「ヴェスタ殿に連絡もせずに事を進めた私も悪い。ヴェスタ殿は暴力をふるいに来たわけではないのでしょう?」
「当然だ!」
怒りの形相でそう言っても説得力がないのだが、国王は護衛を下がらせた。すぐさまヴェスタはテーブルのすぐそばまで来る。
マサキが目の端でスーの様子を見ると、なんと肝の座ったことか、不安そうにしつつも動揺した気配はない。戦場に出たこともない若い女性が、この剣幕のヴェスタと、あわや刃傷沙汰という場面にあって、怯えることもないとは。
ついスーのほうを見てしまいそうになったマサキは、目の前に来たヴェスタに頭を掴まれてそれを強引に止められる。不思議と『光の盾』は作動しない。
「こっち向けよ、大将。」
「うぎ。」
振り向こうとしたところを強引に掴まれて、変な声が出た。固定された顔の正面には、笑顔のヴェスタ。
・・・ああ、恐い笑顔って、こういうのを言うのか。
そんな感想を抱くマサキに、ヴェスタはゆっくり言う。
「なあ、マサキ。アタイはあんたに、結婚したいという意思を伝えたよな?」
「うん。」
「じゃあ、なんで、アタイが超特急で実家に帰って許可取って来てる間に、別の女と結婚する話になってんだよ!せめてアタイに一言断るのが筋ってもんだるぉお!?」
「ごめん、ごめん!」
ヴェスタに激しく頭を揺すられるマサキ。女性とは思えない握力で頭を締め上げられつつ、高速で揺さぶられて意識が遠のく。この世界に来て初めてのダメージだ。マサキは必死に謝る。
ここ1週間ほど姿を見ないと思ったら、ヴェスタは実家に帰って結婚の許可と嫁入り準備をしていたらしい。
なかなかマサキを放さず、締め上げ続けるヴェスタ。そこへ、見かねた国王が助け船を出してくれた。
「ヴェスタ殿、先も述べたが、事を早く進めたのは私だ。マサキ殿に落ち度はない。ヴェスタ殿にも説明しようかと思ったのだが、所在がつかめなくてな。」
「しかしよお・・・」
国王の言葉に、ヴェスタはマサキを揺さぶる動作を止めた。しかしまだ不満そうだ。
そこへ国王は以前マサキにした説明をヴェスタにもする。イーストランド王国のため、マサキには次期国王となってもらいたい、と。
久々のダメージに、少しふらつきつつも、マサキは腕組みしてむすっとしたまま国王の話を聞くヴェスタを見る。
・・・あ~、そんなの知ったこっちゃねえ、とか言いそうだなあ。どうしよう。
気の強いヴェスタのことだ。政治的な問題なんて、国王が何とかしろ、とでも言って我を通す様が容易に想像できる。
マサキは先回りして、ヴェスタをなだめる方法を模索し始めた。
そして国王の説明が終わる。
「以上の問題を解決するために、是非マサキ殿には娘を貰ってほしい。また、1人の父親として娘に良縁を、という願いもある。短期間ではあるが、マサキ殿の人柄は私もある程度わかっているつもりだ。」
「まあ、マサキがいい男なのは、その通りだな。」
少しずれた返答をするヴェスタ。そこは別に強調しなくても、と恥ずかしくなるマサキ。そこへスーも説得に加わる。
「お願いします、ヴェスタ様。あなたという先約がありながら、割り込んでしまったのは謝ります。しかし、この国のため、譲ってはいただけないでしょうか?」
「いや、先約が入っていたわけでは・・・」
マサキが口を挟もうとすると、ヴェスタの強烈な蹴りがマサキの脛を襲った。しかし今度は『光の盾』が作動し、ヴェスタの足はマサキの脛に届かなかった。チッとヴェスタが舌打ちしてマサキを睨む。
なぜか当事者のはずのマサキが口を挟めない雰囲気になっていた。
ヴェスタはスーに向き直って問う。
「国のため?姫さん、あんた、嫌々結婚するのか?」
ヴェスタの問いに、スーはそっと首を横に振る。
「いいえ。とんでもございません。私個人としても、マサキ様は素敵な方だと思います。」
じっと睨むヴェスタに、スーは臆することなく目を合わせる。
その毅然とした態度に、マサキはまたスーに見惚れる。するとなぜかヴェスタに足を踏まれた。今度は『光の盾』が作動せず、ぐりぐりと踏まれる。
「痛っ!?痛いって!なんで!?」
「なんとなくだ。」
マサキが理不尽を心中で嘆いている間に、ヴェスタはスーを再度見る。やはりスーは臆することなくヴェスタを見ている。
数秒、それを続けると、急にヴェスタの怒りの雰囲気が霧散した。
「じゃあ、いいや。一番は譲ろう。」
「え?」
ヴェスタが意外にもあっさり引いたことで、マサキはつい声を上げてしまう。またしてもヴェスタに睨まれた。
「なんだよ?」
「いや、もっとごねるかと・・・」
「あんたは、アタイをなんだと思ってるんだっ!?」
「いたたた!」
今度は頬を抓られた。ヴェスタが地味に『光の盾』の突破方法を見出している。『光の盾』の作動条件は、敵意と、一定速度だ。敵意がなく、ゆっくりと近づく者には、たとえそれが攻撃であっても作動しない。
「アタイだって貴族だ。他所の王女様を押しのけて結婚できると思っちゃいない。」
・・・普通の貴族なら、他所の王族の前で、こんな無礼はしないと思うけど。
マサキはそう思ったが、流石に口には出さなかった。
「申し訳ありません、ヴェスタ様。」
「いいんだよ、姫さん。あと、王族があんまり軽々と謝罪するもんじゃないぜ。」
「そうですね。・・・ありがとうございます。」
スーはほっとした様子だ。やはり戦場慣れしたヴェスタとの睨み合いは恐かったのだろう。
「私からも礼を言う、ヴェスタ殿。」
「いいって、王様。あ、ただし・・・」
ヴェスタはビシッと2本指を立てて言う。
「第二夫人の座は譲らねえからな!」
「ええ!?」
その発言にマサキは驚くが、国王とスーは驚くこともなく快諾する。
「もちろんだ。ネオ・ローマンとの関係強化のためにも、ありがたい話だ。」
「ええ。仲良くしましょうね、ヴェスタ様。」
ちょっと待って、と言おうとしたマサキだが、スーの満面の笑みに見惚れて、言いそびれてしまった。
「おう!フフフ・・・マサキが次期国王なら、玉の輿だぜ。」
熱く、直情的ながらも、計算高い。それがヴェスタだった。
結局、一夫多妻制に慣れないマサキが戸惑うのも無視して、結婚式の日取りまですぐに決まってしまった。来年の春にはまた開戦するから、この冬の間に執り行うらしい。そういった事情に、せっかちなヴェスタの意見が加わって、結婚式は1か月後、11月中旬と決まった。
「その頃には、シンの旦那も戻って来るだろ。」
なんとなく言ったヴェスタの言葉を聞き、マサキはそういえばシンはどうしているだろう、と思った。
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ネオ・ローマン魔法王国の南西、西大陸との交易の中心である港町シイハイ。故郷であるこの町に、シンは帰って来ていた。
自宅に荷物を置いて整理した後、実家に挨拶。それから恋人の墓参りをした後に、港に出ていた。
シンは40過ぎだが独身だ。理由は恋人を亡くしたから。それもただ亡くしただけではなかった。
シンがその女性と恋仲だったのは18歳の頃。当時のシンは魔法の能力が優れていたが、平民であるという理由で一兵卒だった。二つ名もなく、それどころか貴族から疎まれている節すらあった。
通常、貴族は平民と一線を画す魔力量や魔法制御力を有する。身分だけでなく能力面でも貴族は平民より上。それが魔法王国の常識だった。シンはその常識を覆す存在だったのだ。
異世界人である両親が名誉爵位を授かっていれば違ったのだろうが、シンの両親は平民の建築家として活躍していた。有名にはなったが、爵位を授かるほどではなかった。
それでもシンは腐らずに、親譲りの魔力で多くの戦果を挙げていた。当時は帝国との戦争は遠い国の話で、南のカイ連邦との小競り合いが主だったが。
シンは故郷と戦地を往復する傍ら、その恋人と結婚の話を進めていた。しかし、その話はなかなか進まなかった。理由は恋人が遠慮したからだ。
「私ではあなたとは釣り合わない。」
恋人はそう言って結婚を渋った。実際、その恋人は魔法の能力は平均以下。それでもシンは彼女の人柄に惚れていた。
魔法王国では、魔法の能力が劣るものは軽んじられる傾向がある。一種の差別だ。しかし、シンは両親が異世界人であるため、そういった差別は持っていなかった。
シンは何度も恋人を説得し、ようやく恋人の了承を得た矢先。来月には結婚を控えて、戦地に赴いた時だった。唐突にそれは現れた。
「汝を土の神子に選定した。」
地面が口を開いて喋った。奇怪ではあったが、シンはそれが土の神からの神託だと察した。
神子の選定は、選ばれた神子だけでなく、他の神子にも同時に神託として知らされる。そして、八神教会などを通じて世界中に周知されるのだ。
魔法王国は大いに沸き立った。世界の国々の中でも特に八神への信仰が篤い魔法王国。自国に神子が選定されたのは大変な名誉だった。
即座にシンは国王に呼び出され、二つ名とともに名誉爵位を授かった。同時に貴族らしい立派な邸宅も与えられた。しかも故郷に建てることを許されたのだ。
シンは所用を終えると、急いで帰郷した。両親と、そして何より恋人にこの吉報を伝えたかった。
そして両親も恋人も、シンを祝福してくれた。だが、恋人の一言で、シンの幸福は一気に崩れ去る。
「でも、貴族と平民じゃ、結婚なんてできないわよね。やっぱりやめましょう。」
そんなことはない、とシンは言いたかった。しかし、貴族というのは多くのしがらみやルールがある。貴族と平民は結婚できるのか?シンはそれがわからなかった。
常識を無視して強行することもできなくはなかっただろうが、シンは軍人だ。規律を破ることは、できなかった。
シンは平民と結婚する方法を必死に探した。しかし、シンを妬む貴族たちは、シンに協力してくれない。貴族の常識も慣習も知らないシンは、孤立無援となり、調べもの一つうまくいかなかった。
そうしてシンが手をこまねいているうちに、不幸が重なる。恋人が病にかかった。シンは手を尽くしたが、最高位の木魔法使いをもってしても治癒できなかった。どうやら遺伝的なものだったらしい。
彼女はこうなることをわかって、結婚を拒んでいたのだろう。どうせ結婚しても、すぐに別れることになる、と。
そうして結局、シンは何もできぬまま、恋人を見送った。
「ほんの短い間でも、よかったのに・・・」
シンは墓の前でそう呟いた。
それから数年後、前線で活躍するうちに貴族たちがシンを妬む目が軽減された。
すると、土の神子というネームバリューにつられた貴族の女性が多く言い寄るようになったが、シンはすべて断った。彼女以上の女性などいない、と。
そして現在。シンは独身を貫いている。せっかくの爵位も、シン一代で途絶えてしまうが、両親もそれを咎めはしない。
・・・夕飯の材料でも買っていくか。
港をぶらつくシンがそう思っていると、ふと目についた人物があった。
人混みをすり抜けるように歩く、子供。フードを被っているが、正面から見れば、女性だとわかった。女の子ではない。外見は幼いが、顔を見たシンは直感的に子供ではないと感じた。そして何より、やや大きい耳が見えた。
「森人?」
かつて南のカイ連邦と戦った経験があるシンは、森人を見たことがある。普通の人間族|(森人は野人と呼ぶ)に比べて、耳が大きい。視界が悪い森の中で生活しているため、耳が発達したと言われている。そして、生活環境の違い故か、長寿だ。平均寿命は120歳と言われている。小柄な者が多いのも特徴の一つだ。
森人は南のカイ連邦にしか住んでいない。間違いなく国境を越えて来たのだろう。小競り合いが多いとはいえ、カイ連邦とまったく交易がないわけではない。故に森人がここにいてもおかしくはないのだが、どうも気になった。
違法ではなくても差別はある。森人にとって、魔法王国は好き好んで来たい場所ではないはず。
・・・見た目は子供だが、森人なら大人の可能性もある。ただの商人ならいいが、最悪テロリストの可能性もある。少し話してみるか。
そう思ってシンはその森人に近づこうとしたが、森人はすっと人混みを抜けて、船に向かった。
シンに気付いたのかどうかはわからない。とりあえずシンは追おうとした。しかし、意外な光景を目にする。
「船に?」
森人は迷いなく船に向かい、船員に身分証のような物を提示した。船員はそれを確認すると、普通に彼女を通した。
シンはその船員を捕まえて問う。
「すまん、君、ちょっといいか?」
「え!?シン殿!?」
この町ではシンは有名人だ。周囲の視線がこちらに向くのを感じる。しかしそれは慣れているのでスルーする。
「今、小柄な森人が船に乗っただろう?」
「ええ。あれでも森人の重役だそうで。身分証も本物でした。なんでも、西のカイ連邦にいる同族に用があるとか。カイ連邦とは敵対していますが、交易を封鎖しているわけではありませんし・・・」
「いや、それはわかっている。邪魔してすまんな。」
「いえ。」
魔法王国はカイ連邦を敵視しているものの、正式な戦争にはなっていない。理由は、理由がないからだ。敵視する理由は、種族差別だけ。人間至上主義のネオ・ローマン魔法王国が、あらゆる種族に寛容なカイ連邦が気に食わない。それだけだ。本格的な戦争を仕掛ける口実としては弱い。
故に、魔法王国は口実を探している。もし身分を明らかにしたあの森人がここで問題を起こせば、魔法王国は口実を得る。そんな真似は流石にしないだろう。
この港を利用するのも不自然ではない。南のカイ連邦からも西大陸への交易船は出ているが、船の性能は魔法王国の方が優れている。安全性でも速度でも。カイ連邦からわざわざ魔法王国を経由しても、直接カイ連邦から出るより早く西大陸に着くほどだ。
「まあ、問題はないか。」
シンはそう口にしつつも、一抹の不安を拭えずにいた。
・・・フードの下にちらりと見えたあの目。深い闇を感じた。まともではないような・・・杞憂であればいいが。
結論を言えば、シンの懸念は杞憂に終わる。シンにとっては。




