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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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012 白い犬

 シロは森を歩いていた。背に主を乗せて。もう走る気力はなかった。ただ惰性で、進むだけ。

 迷いながら逃げ、逃げてからも迷い、そして結局主のもとに戻ったときは、全て終わっていた。シロの目の前で、凍って立ったままだった主の亡骸は、氷が融けて倒れたのだった。

 死んだとわかっていても、あきらめきれず、主の臭いを嗅ぎ、突き、揺すり、起きてくれと懇願した。動かぬ主に、もはや否定しようもなく、主が死んだ事実を突きつけられた。

 叫びたかったが、それを噛み殺す。長い戦場での経験から、シロは感情のまま叫ぶことをやめていた。ただ、長く低い声で唸り続けた。

 気づいたときには主を背に乗せて、森を歩いていた。戦いが終わったら、主を乗せて家に帰る。そんないつものことを無意識にやっていたのかもしれない。


 そう、家。

 元々、シロは野生の犬で、親を失って人里に迷い込んだ子犬だった。

 その頃ハヤトは、孤独だった。

 魔族討伐戦争で活躍した異世界人の祖父を持ち、優秀だったハヤトは、優秀すぎて友人がいなかった。彼の力は、祖父に憧れ、幼い頃から鍛錬した結果、身についたものだったが、周囲は祖父の力を受け継いだに過ぎないと妬んでいた。

 ハヤトは寂しさから子犬を拾い、大事に育てた。

 やがてハヤトが成人し、自分の力を活かそうと、軍に入隊した。間もなく、帝国との戦争が始まる。

 戦争が激化するにつれ、国は国民に倹約に努めるよう、訴えた。当然、そんな時世に体格が大きい犬に食わせてやる食糧はなし。ハヤトは上司からシロを野に放つか、殺すように命じられた。

 ハヤトはそれに断固反対。しかし、軍としても国民に倹約を訴えるには、軍がまずその模範とならねばならない、と譲らなかった。

 結局、ハヤトはシロが戦争の役に立てば見逃してもらえるという約束を取り付けた。

 ハヤトはシロを戦争に出すことをシロに詫びたが、シロは嬉しかった。主の役に立てる、と。

 やがてハヤトとシロは頭角を現し、戦場を目にもとまらぬ速さで駆け抜け、敵を蹂躙する<疾風>となった。

 そして、敗れ、今、敗走している。


 頭の中では、後悔。

 ・・・なぜ逃げたのか。私はなぜ生き延びてしまったのか。主を失った私に意味は?価値はあるのか?あの場に残って、共に死ねばよかったではないか。なぜ逃げた?命令された。命令されたから?私は怖かったのだ。恐くて逃げ出したかったから、命令を受けてこれ幸いと逃げ出したのではないのか?私は臆病だから逃げたのだ。臆病で、弱い私が悪いのだ。

 弱い自分への怒りと罪悪感が、さらにシロの足取りを重くする。

 そんな時、後方から何かが近づいてくるのを感じる。本来なら走って逃げるべき。しかし、今、シロは己が逃げたことを後悔しており、逃げるに逃げられなかった。


 やがて、黒い男が近づいてくる。黒い髪に、真っ黒のコートとズボン。シャツは緑だが、手には剣。無表情だが、その黒い瞳から妙な威圧感と深い闇を感じた。獣の直感が囁く。これは死だ、と。生きる意味を失った私に死神が遣わされたのだ、と理解した。

 死に直面した獣は、普通、必死に抵抗する。だが、シロにはもう抵抗する気力もなかった。むしろ、歓迎すらしていた。どうぞ、殺してくれ、と。無意味な私に引導を渡してくれ、と。

 ところが死神は、その恐ろしい気配とは裏腹に、傍らの紫色の猫と暢気な会話を始める。


「綺麗な犬だな。いや、オオカミか?」

「えー、目つき悪いぜ。あと、オオカミってなんだ?」

「え、オオカミってこの世界にはいないのか?」

「知らねえけど・・・まさか、この犬も欲しいとか言わねえよな。」

「欲しい。むしろ銃よりこっちが欲しい。」

「ちょ、おま。」


 ・・・何を言っているのかよくわからない。早く私を眠らせてくれ。


「しかし、目つき悪いっていうより、覇気がないな。」

「最初に見た時みたいな眼光はねえなあ。主を亡くして意気消沈ってところか?」


 ・・・うるさい猫だ。ああ、そうだよ。だから、もういいんだ。終わらせてくれ。ただし、そっちの黒い死神で。こいつはなんか気に食わない。


「ふーん。生きる意味を見失ってるって感じか。」


 死神がシロの前にかがみこんで視線を合わせる。やはり深い闇。見ているだけで死を連想しそうなほど。


「どうせ死ぬなら、試してみるか?」


 そう言って死神は剣を抜くと、あろうことか自分の胸に突き刺した。しかし、怯む事も無く、自ら胸を切り開き、心臓を引きずり出す。その顔は痛みに堪えるどころか、笑っている。


「お前さ~、見てるこっちが痛いから、そういうのやめろよ。」

「見なきゃいいだろ。心臓が一番効率いいと思うんだよ。おっと、『ヒール』」


 流石に死神もふらつくが、なんと生活魔法、すなわち最下級の回復魔法『ヒール』で胸の大穴を直してしまった。左手には血が滴る心臓。


「さて、選択肢だ。お前はこれを食えば、力が得られるかもしれない。力が得られれば、そうだな、主の敵討ちもできるかもな。しかし、食って失敗すると死ぬ。失敗の条件は不明だ。つまり、力が得られるかは運任せ。そんなことはしたくないって言うなら、無視して主を連れて国に帰ればいい。」


 ・・・力?敵討ち?敵討ちはするつもりはない。戦場で敵に倒されるのは仕方ないことだ。主もいつも言っていた。敵は悪くない。恨むのはお門違いだ。

 ・・・だが、力は欲しい。私が強ければ、もっと強ければ主を守れたかもしれない。怯えて逃げるなんてことはしなかったかもしれない。


「それと、これを食って力を得たら、お前は魔族だ。世界中の嫌われ者。国には帰れないだろう。」


 ・・・嫌われ者?結構。既に主と私は軍で浮いていた。現に今回も私たちを追ってもっと援軍が来るはずだったのに、結局来なかった。私は国に未練はない。だが、主は・・・

 シロはちらと主を見る。


「ああ、主を国に返せないのが心残りか。それは心配ない。魔族になっても、変身を駆使すれば人に紛れるくらいはできる。国に運ぶくらいはできるだろうさ。なんなら俺が請け負ってもいい。」


 シロは死神の目を見つめる。恐ろしい目だが、これは確認しなければならない。


「本当だ。ちゃんと王国の軍に渡して、正式な葬儀を頼むさ。・・・お前が失敗した場合もな。」


 ならばいい。国の連中は信用ならないが、仮にも名のある兵士、国民の英雄を無下に扱いはしないだろう。

 もう未練はなし。死んでも構わない。もし強くなれるなら、弱い自分を変えたい。例え外法を用いても。

 シロは死神に近づき、その手にある心臓をくわえ、飲み込む。


 やがて腹から鋭い痛みが広がり、全身を強烈な痛みが襲い始めた。この痛みだけで死ねそうだ。銃で撃たれた時の比じゃない。これを耐えれば強くなれるのだろうか?

 歯を食いしばって耐えていると、死神たちの会話が聞こえてくる。


「さて、どうなるかね。ムラサキ、経験者としてどう見る?成功するかな?」


 ・・・・経験者?この能天気そうな猫が?


「どうかねえ。今は全身痛いところか。体全体が魔族仕様に変わっていってるわけだから、当然の痛みだけど。しかしまあ、よく立ってられるなあ。」


 ・・・なるほど、より強靭な肉体に作り替えるのか。ならばこの痛みは当然受け入れるべきリスク。耐えて見せよう。


「山場は、頭かね。もう少ししたら頭の中も変わり始める。痛いだけじゃなく、なんかこう、・・・やばいぞ。」


 ・・・なに!?何がやばいんだ!?具体的に説明しろ!


「やっぱ脳も変わるのか。大丈夫かな。俺ら実は魔族化前の記憶改竄されてたりするのか?性格は多少変わるらしいけど。」

「多少、だろ?ならきっと大して変わってねえよ。性格は生まれつきが半分、経験が半分だ。」

「ムラサキが深いことを言ってる。・・・雪でも降るか?」


 ・・・今は夏だ。雪など降るわけがない、ってそんな場合じゃない。痛みが頭にも広がってきた。


「お、そろそろだな。」

「・・・何かアドバイスは?」

「んー、なんだろうな。オレはとにかくやりたいことを思い浮かべてた。そんで、死んでも死にきれないって思ったら、飛びかけた意識が強引に留まった感じ?」

「へえ、死んでも成し遂げたいような目的が必要とか?それなら普通の獣相手に魔族化をいくら試しても成功するわけないよなあ。」


 ・・・やりたいこと。目的?何かあるだろうか?今まで私は主の役に立つことだけを考えて生きてきた。主を失った私にやりたいことなど、あるだろうか?主の命に従うだけだった私に・・・命令?そうだ、私はなんと命令された?「生きろ」だ。なんてことだ。主の最期の命令を忘れていたなんて!こんな命懸けの博打をしている場合ではなかった!

 ・・・いや、こうなってしまっては仕方がない。何としてもこの試練を乗り越えなくては。

 痛みに堪えながら耳をすませば、また死神たちの会話が聞こえてくる。


「そういえば魔族って自己中心的な奴が多いよな。」

「そうだなあ~。オレもお前も突き詰めれば自分のためにしか動いてないよな。だから魔族は嫌われ者なんだろ?」

「嫌われる理由はそれだけじゃないと思うが・・・ともかく、仮説としてそういう自己中しか魔族になれないというものがある。」

「へえ。」

「魔族は寿命がなくなるだろ?魔力欠乏にならない限り、永遠に生きられるわけだ。そうすると、自分以外に生きる意味を見出してるような奴では、永い人生に耐えられないだろ。まあ、自殺が可能だから、あくまで一つの仮説だが。」

「案外あるかもなあ。それなら獣が魔族になりにくい説明にもなるぞ?普通の獣は自分より種の存続を優先するからな。」

「じゃあ、ムラサキは異常なんだな。」

「・・・浮いてた自覚はある。」


 ・・・自分のため、か。主の命を全うする目的では不十分ということか。ならば、もっと別の生きる理由が必要だ。何がある?・・・力。力が欲しい。大事な物を守れる力が。・・・これではだめか?

 悩んでいるうちに、次第に意識が体から離れるような感覚を覚える。痛みに堪えながら立っていた体が崩れ落ちた。

 ・・・この感覚は、まさか、時間切れ!?待ってくれ!

 必死に体にしがみつく。意識だけで手もないのに、どうやっているか自分でもわからないが、とにかくしがみつく。死ぬには未練が多すぎる。


「倒れた・・・失敗か?」

「やっぱ犬じゃ無理だなあ。忠誠心じゃあ魔族にはなれねえってことだな。」


 ・・・うるさい、猫だ。まだ、死んでない。終わってない。

 死神がかかんで顔を近づけて来た。死を連想させる恐ろしい目が、哀しそうに見える。


「せっかく魔族になるんだ。もっとわがままでいいんだぞ?」


 ・・・わがまま・・・自分のため・・・生きたい。力が欲しい。それでは足りない?何が・・・


「もうくたばっただろ?帰ろうぜ。その死体はクロが担いでくれよ。」


 キレた。主の死体をぞんざいに扱う猫の言動にシロは今までにないくらい怒った。

 ・・・ふざけるな!このクソ猫!!この試練を超えたくらいで、いい気になりやがって!そのふざけた態度からして、初めから気に食わなかったんだ!こんな奴には負けない!こいつには負けられない!なんだ、この程度の試練!こいつが乗り越えられて、私にできないはずがない!私は強くなる!こいつよりも!誰よりも!

 その感情に任せて、体を動かす。離れかけた意識が体に戻るが、どこか前と違う。自分の足なのに、違和感がある。動かしにくいわけではない。むしろ快調だ。痛みはいつの間にか消えていた。

 立ち上がり、体の具合を確かめる。外見も動かした感じも前と変わりないのに、どこか違う。何というか、体を操作している、という感覚がある。


「成功か。」

「なんだ、生きてたのかよ。」


 死神はホッと息を吐き、猫が近づいてくる。ムカつくのでとりあえず前足で払った。


「ぶへええ!?」


 猫は奇声を発しながら地面を転がり、木にぶつかって止まった。少しすっとした。

 猫はすぐにヨロヨロと起き上がった。


「おま、何しやがる!」

「ちっ。」

「舌打ち!?」


 ・・・生きていたか。死ねばよかったのに。


「お前が早々にこいつを見捨てようとしたからだろ。一発くらいはもらっとけ。・・・さて、シロ、だっけか?魔族化成功おめでとう。喋れるか?」

「え?」


 自分で自分の口から出た言葉に驚く。犬の唸り声ではない、主と同じ、人間の声だ。


「うん、声帯の人化はできてるようだな。あとは慣れだ。人間の言葉はわかるんだろ?」

「は、い。」


 それから、何度か発音を練習すると、喋れるようになってきた。そうしているうちに死神の目への恐怖心も薄れてきた。それと同時に今後のことへの不安が膨れ上がってくる。

 ・・・力を欲し、生きたいと願い、私は魔族になった。これから私はどうなるのだろうか。


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