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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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102 クロ式スパルタ鍛錬法

「もう、無理・・・」


 鍛錬を始めて10分で、ムラサキは音を上げる。しかし、そんな弱音に応える者はいない。全員が無駄口を叩く余裕もないのだ。

 クロが考案した鍛錬法は、一言でいえば単純。回収した炭材を自宅まで持ち帰る。それだけだ。

 ところが回収した炭材の量は半端ではない。300kg以上ある。マシロが魔法で圧縮したので、体積は減っているが、重量は当然変わらない。それを手分けして運ぶのだ。アカネ以外、各々自分の体重の倍くらいの荷物を背負っている。

 そして運ぶ距離も尋常ではない。自宅から防溶岩林まで行きはマシロが全力で走って丸1日くらいで踏破したが、普通なら馬車でも1週間かかる道のりだ。正確な距離はわからないが、2500kmくらいあるだろう。

 つまり、クロの場合で言えば、100kg以上の木材を担いで、徒歩で日本縦断するようなものだ。人間なら明らかに不可能だが、クロ達はアカネを除いて魔族である。不可能ではない。理論上は。


 ちなみに、馬車で1週間と言ったが、前世の馬車ではなく、この世界の馬車基準だ。

 この世界の馬車は、ハイランドホースのようなどでかい馬が高速で曳く。故にかなり速度が出る。乗り心地は悪いが。


 ムラサキの担当は約50kg。運び方は指定していないので、ムラサキは猫形態で『エアテイル』を用いて運んでいる。

 荷物が宙に浮いているので、見た目は楽そうだが、魔法で物を運ぶときには当然、その重量に比例して魔力を消耗する。かなりきついはずだ。

 しかしきついのはクロもマシロも同じ。マシロに至っては150kgを超えている。体重に対する比では少ない方だが、これ以上は物がないから仕方がない。それでも150kgは重い。それを持って高速で走っているのだからなおきつい。

 クロもムラサキを励ます余裕はないが、ちらと様子を窺う。魔力視でムラサキを見た。


 ・・・まだ魔力は余裕があるな。


 そう判断すると、ムラサキの弱音を無視して視線を前に戻す。


「薄情者~。」


 続けてムラサキが訴えるが、無視して一行は前進する。

 足を止めかけたムラサキも、聞き入れられないと見るや、「くそっ」と悪態をついてまた走り出す。

 追い付いて来たムラサキがクロに訴える。


「なあ、せめてもう少し速度落とせないか?」

「だめだ。雪が積もる前に帰る必要がある。」


 さらにこの鍛錬は時間制限付であった。遅れは許されない。遅れれば置いていく、とは出発前からクロが言っていたことだ。

 これがクロ式鍛錬法。妥協しようがない状況を作って、限界を超えた運動を行う。すると肉体はその運動が可能なように作り替えられる。

 人間がこんなことを続ければそのうち身体を壊すが、魔族ならば際限なく修復、強化できる。



 クロは100kg超の荷物を肩に担ぎながら走りつつ、前方を睨む。

 クロの前方にはアカネが走っている。アカネは荷物を持っていないが、代わりに重要な任を帯びている。それは先導と敵の迎撃だ。

 先頭に立って走り、周囲の敵を探知。その敵を避けるルートを取ったり、先手を打って倒したりする。

 今、走っているのは森の中の獣道。森の中で敵を判別するのは難しい。敵となり得る獣だけでなく、無害な草食獣や大型昆虫も多数潜んでいる。それらまで回避していたら先へ進めないから、生物を探知し次第、避けるべき敵か、無視して構わないか、判断しなければならない。

 さらに、敵だった場合、避けるべきか倒すべきかも判断しなければならない。クロは獣を殺したくないので、基本避けるように言っているが、迂回が困難だったり大きなタイムロスになりそうなら、撃退も止む無しとしている。

 まだ若いアカネにその判断は難しい。だからクロとマシロがすぐ後ろについてサポートしているのだ。アカネが判断に迷ったら、すかさずマシロがアドバイス。アカネの索敵に漏れがあったら、クロとマシロが助ける。


 今も前方に敵を見つけた。クロもマシロも、そしてアカネも気づいている。しかし、アカネは判断に迷っているようだ。そこでマシロがアドバイスする。


「アカネ。前方の敵はあなたでも撃退可能です。やってみなさい。」


 マシロの言葉に、アカネは緊張した面持ちで頷く。

 アカネが速度落とし、歩く速度になる。アカネの速度に合わせて一行も速度を落とし、止まる。クロの後ろで「やっと休める・・・」と休憩するムラサキの声が聞こえた。

 狩りではなく、撃退だから、身を隠さずに進む。威嚇には全員で行った方が効果的だが、これはアカネの鍛錬なので、アカネ一人で行く。もちろん、クロとマシロはいつでも飛び出せるように準備する。

 アカネが向かった先にいたのは巨大な鹿だった。頭部に立派な角が生え、その角の一部が鋭利に尖っている。鹿はもくもくと地面の草を食んでいた。

 草食獣は本来無視してもいいのだが、この鹿、群れを成しており、その群れが東西に延びてクロ達の行く手を遮っていた。迂回するとなるとかなり遠回りになる。できればまっすぐ通過したいところだ。


 アカネは堂々と鹿の前に姿を現し、唸り声を上げる。

 気づいた鹿たちが一瞥するが、無視して草を食む。警戒に値しない、取るに足らない相手とみなされたようだ。

 それも仕方がない。アカネの体長は1m程度。対する鹿たちは2m以上ある。体格的にも数の上でも鹿が圧倒的に優位だ。鹿たちはアカネがまさか襲ってくるわけがない、と高をくくっている。

 その様子にアカネは悩む。攻撃すれば逃げるだろうか?いや、この群れが一斉に反撃して来たら危険だ。この群れをどかすには、この鹿たちに「敵わない強敵」と思わせなければならない。しかし、アカネにはまだこんな大物を倒せる実力はない。


 しばし思案したアカネ。そして意を決して、魔法を行使する。


「キャン!」


 アカネの可愛い声が響く。その声に乗せたのは闇魔法『オーディオ・ハルシネイション』。その幻聴で鹿たちに聞かせたのは・・・


「グオオオオオッ!」


 そんな感じの、巨大な獣を思わせる吠え声。イメージしたのはアカネの母キュウビ。アカネの記憶にある、力強い母がそこに実在するかのようにリアルにその声をイメージした。

 効果は覿面。鹿たちは突然聞こえた声にビクリと首を上げる。反射的に周囲を見渡すが、ここは視界が悪い森の中。強大な魔獣を思わせる声の主は見当たらない。

 数瞬迷った後、鹿たちは一斉に逃げ始める。魔獣ではない鹿たちには、その声が闇魔法による幻聴だと看破することはできないし、森に身を潜めた肉食獣を見つける魔力感知もない。不確実な情報でも、それが危険を告げるものならば逃げるべきだ、と判断したようだ。

 アカネは逃げていく鹿たちを見ながら一息つく。そこへクロ達が合流した。


「よくやりました、アカネ。いい判断でしたよ。」

「キャン!」


 マシロに褒められて、アカネは嬉しそうに答える。

 クロも撫でて褒めてやりたいところだが、今は荷物を下すわけにはいかない。クロは鍛錬で妥協はしない質だ。


「さ、休憩終了だ。行くぞ、皆。」

「はい。」

「え~。」

「キャン!」


 そうして4人は休みなく進む。下手をすれば明日にも雪が積もるかもしれないのだ。一刻も早く帰宅する必要がある。



 鍛錬1日目の夕方。クロが、後ろのムラサキの愚痴が止んだことに気がついて振り向く。

 見ればムラサキは虚ろな目つきで走っている。魔力が底をつきそうになっていた。


 ・・・おっと、やばいやばい。


 クロはさっと荷物を抱え直して片手を開けると、ムラサキに近寄って抱き上げる。するとムラサキが寝ていたところを起こされたように驚いた顔になる。


「ハッ!?な、なんだ!?」

「やっぱ、意識なかったか。マシロ、荷物頼む。」

「はい。」


 ムラサキがもはや無意識に持ち上げていた荷物を、マシロは魔法で操作して自分の背に固定した荷物に加える。


「え?オレ、どうなってた?」

「そろそろ死にかけだったからな。ムラサキは魔力が回復するまで休憩だ。」

「マジか・・・」


 自分が魔力枯渇で死にかけていた事実に軽くショックを受けているムラサキ。そんなムラサキをクロは脇に抱えて走る。荷物が増えたが、何ということはない。マシロも荷物が200kg超に増えたが、速度を落とす様子はない。

 疲れ切ってだらんと力を抜くムラサキを左腕で感じつつ、クロはムラサキの根性を内心で讃える。


 ・・・普段、怠けてるように見えて、実は裏でちゃんと努力してるのがムラサキだよな。この通り、かなり根性があるし。


 魔族は肉体的な疲労はないが、魔力欠乏による倦怠感はある。魔族の場合は魔力の枯渇が命に関わるから、こんなギリギリを攻めるものはまずいない。倦怠感を感じたら鍛錬を止めるのが普通だ。

 クロは魔族の集落に住んでいた時からこの手の鍛錬をよくやっていた。復讐魔法なしなら魔族としては平凡な能力のクロは、鍛えなければ生き残れないと考えた。それも生半可なものでは他者を超えられない、と始めたのがこの鍛錬法だった。いまや魔力欠乏の倦怠感を心地いいと感じるほどだ。


 クロの意識がムラサキに向いていたその数秒の間に、マシロが動いた。


「アカネ!」


 そう叫ぶと背中の炭材を1本抜き取ってアカネに向かって飛ばした。アカネは驚いて躱す。事前に声をかけられたとはいえ、後方からの攻撃に素早く反応できた。


 ・・・ちょ、真白、それはスパルタ過ぎないか?


 そうクロは思ったが、それを声に出す前に、マシロの行動の理由に気付いた。

 マシロは飛ばした炭材を、アカネがいた場所に静止させていた。その炭材にコンッと軽く高い音がした。

 見ればその炭材に、小さな生物が取り付いていた。全長はわずか数cm。高速で前後に動く羽は虫のようだが、灰色の羽毛と炭材に突き刺さった鋭い嘴から鳥だとわかる。

 一見するとただ小さいだけの鳥だ。しかし魔力視でよく見れば、その体内に高密度の魔力を濃縮しているのがわかった。


「魔獣・・・」

「索敵漏れですよ、アカネ。マスターもです。」

「クウン・・・」

「悪い・・・」


 クロが見落としたのは、完全にクロの落ち度だ。ムラサキに意識を向けている間、索敵がおろそかになっていた。

 しかしアカネにこれの判別はまだ難しかろう。この鳥はその身の魔力を体の内部に押し込め、体表の魔力を薄くすることで、自身が魔獣であることを隠していたのだ。しかもこのサイズ。普通の魔力感知では、ただの昆虫だと思ってしまうのも無理はない。

 この偽装を見抜くには、マシロ並みの感知精度が必要だ。常人の魔力感知では、そこに魔力の塊があることと、その多寡までしかわからない。熟練してようやく、その魔力の属性や個人差を見抜けるようになる。マシロのように対象の感情まで読み取れるのは、嗅覚式の特性と、マシロの才能によるものだ。クロが目で見て見抜けたのも、クロの視覚式魔力感知が人並み以上であればこそ。アカネにまでそれを求めるのは酷だろう。

 3人が会話をしている間に、鳥はようやく突き刺さった嘴を抜いたようだ。宙に浮く炭材から飛び立ち、ブンブンと蜂のような羽音を立てながら飛び回る。


 ・・・ハチドリの類か。


 クロの前世にいたハチドリという鳥によく似ていた。しかし前世のハチドリは花の蜜を吸う鳥であり、獣に飛び掛かっては来ないはずだし、頑丈な炭材に穴を開けるような強力な嘴は持っていないはずだ。

 どうやら灰色の羽毛は同色の木の幹の上では保護色となるようだ。木に潜んで獲物を待ち、嘴を突き立てて血を吸うのだろう。そうなると、襲った獲物の血を確実に吸うために、獲物の動きを止める毒を持っている可能性がある。

 ハチドリがフェイントを交えつつ、アカネに迫る。


 ・・・速い!


 高速で飛び掛かって来たハチドリを、アカネは慌てて回避する。しかし、その体勢を崩したところへ、ハチドリは鋭角に向きを変えて再度襲い掛かった。

 見かねたマシロが再度炭材を飛ばして防ぐ。今度はハチドリは炭材の前で急停止し、炭材を回避した。


 ・・・なんて機動力だ!狙いが付けられねえ。


 クロも攻撃しようとするが、ハチドリの動きが高速かつ不規則なため、捉えられない。

 マシロが操作する炭材と、アカネの炎魔法で牽制しているため、ハチドリからの攻撃は防げているが、こちらの攻撃も当たらない。

 そんな膠着状態が数十秒続いた時、クロの左手に抱えられていたムラサキがぼそっと言う。


「手ぇ出していいのか?」

「ん?」


 ムラサキは、鍛錬開始前に、ギリギリまでアカネに手を貸さないようにクロが言っていたのを気にしているようだ。


「アレは手強い。もうマシロも手を出してるし、構わないが・・・大丈夫か?」

「・・・少し時間くれ。」


 ムラサキはそう言って一呼吸置くと、一気に魔力を広げた。


 ・・・流石の操作力。しかもより速くなってるな。


 ムラサキは魔力をちょうどハチドリを中心とする球状に展開する。魔力を察知したハチドリは慌ててその範囲外から逃れようとするが、ムラサキの魔力はそれに正確に追随。徐々に範囲を狭め、ハチドリの全身より少し大きいくらいまで狭めたら、魔法を発動。ハチドリはポトリと地面に落ちた。

 ハチドリの周囲の酸素を追い出して、窒息させたのだ。クロが近寄って確認すると、まだ死んではいない。気絶しただけのようだ。


「相変わらず、対生物は反則的に強いな。」

「キュウビにもこれができれば楽でしたがね。」

「キュウビは先読みで躱してたから、捕まえられなかったんだよ。それにあれだけでかいと、こんなすぐには気絶しないしな。」


 そんな会話をしながら、クロは一旦炭材を地面において、気絶したハチドリを木の上に移動させる。ここなら保護色で見つかりづらいだろう。

 たとえこちらを狩りに来たのだとしても、できる限り鳥獣は殺さない。それがクロの主義だ。


 クロ一行は、ハチドリが目を覚ます前にさっさと移動を再開する。

 すでに枯渇寸前だった魔力を、回復した傍から消費したムラサキはすぐに寝てしまった。もう少し起きていれば、出発前にアカネがムラサキに尊敬のまなざしを向けていたのに気づけただろう。惜しいことをしたものだ。

 クロとマシロは周囲の警戒を怠らないようにしながら会話する。話題はさっきのハチドリだ。


「あんな場所でよかったのですか?」

「あれ以外思いつかん。あれでも見つかって食われるようなら、運がなかったと思ってもらうしかない。」

「まあ、仕方ないですか。」


 マシロはそこまで鳥獣保護に興味はないが、クロの精神的な安定を考え、クロの主義に合わせるように行動している。クロにはそれがありがたい。


「ところで、日が暮れて来たな。そろそろ休むか?」

「夜間行軍の訓練も兼ねて、もう少し行きましょう。」

「そうだな。悠長にしてて雪が積もっちまったら目も当てられん。」


 そうして暗くなってきた森の中を、一行は進んでいった。


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