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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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101 アカネの帰郷

 クロ一行はキュウビの巣だった広場に辿り着く。ここに来るのはおよそ1か月ぶりだ。

 一月経った今でも戦闘の爪痕は残っていた。周囲の木々は何本も焼けた跡があり、広場は固まった溶岩が埋め尽くしている。

 そして広場の中央。ここでキュウビとその子供たちは死んだはずだが、当然何も残っていない。


「まあ、一月も経てば、残ってるわけないか。」

「・・・ですね。」


 この世界の微生物は、かなり早く生物の死骸を分解する。一月もあれば、全て土に還るだろう。


「残ってるのはこれだけか。」


 クロは広場の中央、溶岩に埋まった金属片を引っ張り出す。それは、クロがキュウビと戦った際に、溶岩に潜るために作った鉄箱だった。今はほとんどが溶岩に融けて、破片しか残っていない。

 クロはその残骸の中から一番大きな1m×50cmくらいの破片を選ぶと、広場の中央に突き立てた。


「墓にしちゃ、粗末だけどな。」


 クロはそう言って、その鉄片に手を合わせる。マシロも獣人形態になって合掌する。ムラサキは猫形態のまま、前足を合わせた。アカネも空気を読んで目を閉じる。

 10秒ほど黙祷した後、マシロが口を開く。


「我々が来た証拠になってしまいませんかね?」

「いいさ。どうせ王国の首脳陣にはバレてるし。墓も何もない方が、俺が落ち着かない。」

「そうですか。」

「それに俺たちが弔わないと、他に誰も冥福を祈ったりしないだろうしな。」


 神獣は、世界中の人々から恐れられる災害そのものだ。その死は喜ばれこそすれ、悲しまれることはない。

 そんな嫌われ者たちの側に立ちたいのが、天邪鬼たるクロの生き方だ。



 キュウビたちの冥福を祈った後は、作業に取り掛かる。


「さて、冬支度の材料を集めよう。真白、この周囲の焦げた魔木から、炭を回収してくれ。それを材料にする。」

「構いませんが、炭ならわざわざここから運ばなくても良いのでは?」


 マシロの言う通り、炭になった魔木はもう生きていないし、特別な魔力も持っていない。当然、魔木が生きていた時に持っていた耐火性もない。わざわざここから運ぶメリットはないように思える。


「この炭だからいいんだ。確かに理論的には、魔法的な見地でも科学的な見地でもただの炭かもしれん。だが、この炭は、キュウビの炎で作られたものだ。きっとただの炭とは違う。」

「きっと、ですか。マスターにしては、あまり論理的ではないですね。」

「これは実験も兼ねてる。納得いかないかもしれんが、付き合ってくれるか?」

「仕方ありませんね。」


 マシロからすれば、無意味な労力に思えるだろう。しかしクロは確かめたいことがあった。

 この世界ではあらゆるものに魔力が宿り、生物の意志に反応して、現実に影響を及ぼす。であれば、この炭をただの炭ではなく、「キュウビの炎で作った炭」として特別に扱うことで、何らかの特殊効果が得られないか、と考えたのだ。もしかしたら、魔力が周囲の認識に合わせて、炭に特殊な魔力を宿してくれるかもしれない。

 この実験に必要なのは、運ぶ労力だけ。それも鍛錬と考えれば損ではない。ダメで元々、やってみようと考えた。

 マシロは早速作業に取り掛かる。焦げた木に触れ、魔力を通して炭になった部分だけを剥ぎ取っていく。


「驚きました。この魔木はまだ生きていますね。」

「本当か?すごいな、魔木の生命力は。」


 約1か月も外側を炭になった外皮に覆われ、葉も大部分燃え落ちていたのに、まだ生きているという。確かに魔力視で見れば、炭の奥に魔力が残っている。


「これなら炭の部分はわかりやすいです。魔力が通っていない部分だけ採れば・・・」


 マシロは言いながら、次々と炭になった外皮を剥いでいく。やがて白っぽい生木の部分が出て来た。


「1本完了です。」

「流石、速いな。この調子でできるだけたくさん集めてくれ。」

「承知しました。」


 マシロは剥ぎ取った材料から、炭でない部分をさっと取り除いた後、すぐに次の木に向かう。

 そこへムラサキとアカネが寄って来た。


「なあ、オレらは?」

「ああ、アカネは久しぶりの故郷を見回って来るといい。ムラサキ、アカネの御守りを任せたぞ。」

「キャン!」

「ああ、いいぜ。」


 アカネは嬉しそうに鳴いて、すぐに巣穴へ向かう。ムラサキも了承してアカネについて行った。


「さて、俺も始めるか。」


 クロは外皮を剥ぎ取られた魔木に触れる。


「『ヒール』」


 クロが使える唯一の木魔法、自然治癒力を高める『ヒール』をかけてみる。すると、徐々に新たな外皮ができ始めた。見上げれば小さな若葉も生え始めている。剥ぎ取られた分、だいぶ細いが、さっきより木らしい外見になった。


「よし。どの程度効果があるかわからんが、やらないよりはマシだろ。」


 そうしてクロは、マシロが外皮を剥ぎ取った魔木を次々回復させていった。


ーーーーーーーーーーーー


 自由行動を許されたアカネは、早速巣穴へ向かった。懐かしい、生まれ育った巣穴。

 防溶岩林が近づき、この地に帰って来たと気づいた時から気になっていた。後ろをついてくるムラサキを気にも留めずに、全力で走り込む。

 そして、巣穴の中に、何もいないことを確認した。同時に高揚していた気分が萎えていく。

 何を期待していたのだろう。ここに戻れば、家族が待っていると、思ってしまっていた。もういないと、クロ達から聞いていたのに。


 巣穴から初めて外に出たのはいつだったか。臆病なアカネは兄弟の中で一番後に外に出た。先導するように我先に外へ出た兄達。その背中を追って、恐る恐る外へ出たのを覚えている。

 外の世界は初めて見るものばかりだった。何もかもが興味深く、面白かった。たまに恐ろしい天敵もいたけれど、すべて母が追い払ってくれた。

 ある日突然、大きくなった母。それでもそれが母だとわかったし、力強い母の姿はとても頼もしかった。

 大きくなった母は誰にも負けない。どんな魔獣が襲ってきても追い返した。その母が守る巣は、絶対安全。そう信じていた。

 ちょっと巣から離れて遊んでいて、そこで天敵に遭っても、巣に逃げ込めば、必ず母が守ってくれた。兄弟が巣穴で迎えてくれた。それがアカネの日常だった。


 クロ達が来て、クロ達に連れられて巣を離れる時も、いつもの散歩の延長のようなものだと思っていた。

 クロの家に着き、母や兄弟は死んで、もう会えないと言われた時は、意味がよくわからなかった。もう会えない、というところだけ理解し、本能的に巣立ちのようなものだと察した。

 そう、ただの巣立ちだと思っていた。自分は巣を離れただけで、巣にはまだ家族がいると、思っていた。確かに、もう会えない、と教えられていたはずなのに。


 もぬけの殻となった巣穴は、アカネに嫌でも親兄弟の死を、その意味を突きつけた。もう会えない、ということの意味をようやく理解した。


「オオォーン!」


 アカネは吠える。その大きな声は巣穴で反響し、外にまで響く。悲し気なその声は、涙は出なくても、アカネが泣いているのだと感じさせた。

 ムラサキは声をかけず、黙って見ていた。



 しばらく吠えた後、アカネは巣穴をうろうろと彷徨い、匂いを嗅ぐ。わずかに残った家族の匂いを忘れまい、とするように。

 そのまま、巣穴の外、広場もうろうろし始めた。

 姉と取っ組み合って遊んだ草地。今は溶岩で覆われているが、位置はちゃんと覚えている。

 兄を追いかけて登った大岩。滑り落ちてケガをしそうになったことを覚えている。

 そういった思い出の場所を辿っていく。


 チラリとムラサキの様子を窺うと、少し離れたところで、溶岩の隙間から生えたキノコを楽しそうに採取していた。

 どんな時でも能天気なムラサキに呆れるような、救われるような、そんな複雑な気分になった。


ーーーーーーーーーーーー


 クロとマシロは、作業中にアカネの遠吠えを聞く。遠くて小さくしか聞こえなくても、なぜ吠えているかは想像がついた。


「今頃、親兄弟の死を理解しているころか。家に連れ帰ってすぐに説明したときは、わかってない様子だったからな。」

「仕方ないでしょう。身内の死というものは、死がどういうものか理解していても、なかなか実感が湧かないものです。時が経ってから、その意味を理解します。・・・私もそうでした。」

「そういうものか。」

「マスターは、そういう経験はないのですか?」

「んー、前世ではあった、はずだ。親しい者を失った経験はいくつもあったと思う。だが、具体的に誰だったかは、思い出せん。」


 クロの記憶はまだ断片的だ。特に自身の人間関係についてはほとんど思い出せていない。


「その経験の中に、ヒトを恨む切欠があったと思いますか?」

「どうだろうな・・・多分、あるとは思うが、わからん。」


 記憶を失ってなお、ヒトを恨むくらいだ。何か大事な物を奪われた経験があって然るべきだろう。しかし、やはり思い出せない。


「ただ、たくさん失ったと思う。大事な者を。だから転生直後は、ほとんど記憶がなくても、仲間を作ろうと思わなかった。」

「なぜです?」

「失うのが恐かったんだな。前世でひどく悲しいことが多かったから、もうそんな目に逢いたくない、と身内を作らない様にしようとした。」

「・・・・・・」

「でも、転生して、ムラサキに会って、変わった。」

「ムラサキが、ですか?」

「ああ。あいつは魔族化前、多少魔獣の血が入っているとはいえ、ほとんどただの猫だった。それが必死に生きようとして、魔族化に耐えた。なんかあの執着心を見たら、こいつはしぶとそうだな、って思ってな。こいつなら、俺を置いて死んだりしないんじゃないかと。それにその後の能力測定で大した力がなかったのもある。ほっとけなくてな。」


 そのクロの言葉で、マシロは自分の身を捨てて<雨>に挑んだことを少し後悔した。クロは身内を失うことを、それほど恐れていたのか、と。


「その、この間は無謀なことをして、申し訳ありません。」

「いや、いいよ。身内を失うのは嫌だけど・・・それ以上に、そのためにお前らを縛るのはもっと嫌だからな。」

「・・・ありがとうございます。」


 その後は、2人は黙々と作業を続けた。



 太陽が一日で一番高く昇った頃、作業が終わった。回収した大量の炭は、できるだけ圧縮して運びやすいようにしている。その炭を広場に集めると、アカネとムラサキが戻って来た。


「見ろよ、クロ。こんなキノコが生えてたぞ。」


 ムラサキは窒素で作った透明な籠に、山盛りのキノコを見せつける。キノコは傘が溶岩のような黒色で、その傘に隠れた柄は燃えるような赤色だ。


「お前、アカネを見てろって言っただろ。」

「見ながら採ってたんだよ。」

「ならいいけど・・・これ、食えるのか?」

「大丈夫だ。ちゃんと味見したぜ。帰ったらこれで鍋にしよう!」

「取りすぎてないだろうな?」

「抜かりはないぜ!」


 クロ達魔族は食事が必要ない。そんな者が生物を狩りすぎて生態系に影響を及ぼすなど言語道断だ。

 だが、見渡せばムラサキが言う通り、同じようなキノコが無数に生えている。取りつくしたりはしていないようだ。


 ・・・むしろちょうどいい間引きになったか?ならいいか。



 クロとムラサキがキノコの話をしている間に、マシロはしゃがんでアカネに話しかける。


「別れは済ませましたか?マスターによれば、ここに次来るのは何年も先になるそうです。」


 マシロの言葉に、アカネはこくりと頷く。マシロはじっとアカネの目を見て、親兄弟の死を受け入れたのを確認する。


「もう大丈夫そうですね。」


 そう言ってマシロはアカネに笑いかけ、立ち上がる。


 ・・・アカネはもう前を向いていますね。私は、前に進めているでしょうか?


 マシロはそう思いながら、それは表情に出さない。


 各々準備ができたところで、一行は帰路につく。しかし、ここからが本番だ。


「さあ、これを家まで持って帰るぞ。鍛錬開始だ。」

「え?」


 既に予想がついていたマシロは反応せず、ムラサキだけが理解できないという声を出す。アカネも首を傾げた。

 自身も含めた仲間全員を鍛え直す、クロ式スパルタ鍛錬法の始まりだった。


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