A2 とある平凡な異世界人の孤独な日記②
転生した一般人、見暗あかりの日記。転生初日。
基本的な設定を復讐する解説回を兼ねています。
転生した私は、まず街へ向かった。どうやら神様は親切に街の傍に下ろしてくれたらしい。
街は獣除けと思しき柵で囲まれ、入口以外からは入れそうになかった。そして入口には門番の兵士。私は何も考えずにそこへ近づいてしまった。
「ん?誰だ?見ない顔だな。」
そう言われて私は自分の無策を後悔した。
現代日本じゃないんだから、他所から来る者を簡単に街に入れてくれるとは限らない。第一私は身分を証明する物など何も持っていなかったのだ。神様からこの世界に下ろされた際に与えられたのは、衣服と最小限の食糧だけ。お金すらない。
正直に異世界人だと言うべきかと思ったが、それは躊躇った。読んだことがある小説では異世界人であることを極力隠していた気がする。何故だったかは忘れた。
「え、えーと・・・」
返答に困る私に、兵士は淡々と質問して来た。
「他所の町から来たのか?」
「は、はい。」
咄嗟に嘘をついてしまった。異世界から来たことを隠すなら、ちょうどいいと思ったからだ。
しかし浅はかな私の嘘はすぐに見破られた。
「どの町から?」
「え?」
「だから、出身は?」
「・・・と、隣の。」
「隣と言っても複数ある。どれだ?」
「に、西の方の・・・」
「町の名前は?」
「・・・・・・」
答えられるわけがない。私の頭はすぐに後悔と焦りでいっぱいになった。バレたらひどい目に逢うと、何の根拠もなく思い込んでいた。
ところが意外にも兵士は顔を綻ばせる。
「もしかして異世界人か!?」
「え?は、はい。すみません・・・」
一応予想していた質問だったものの、嬉しそうに尋ねられるとは思っていなかったので面食らった。勢いで正直に答えたうえ、嘘をついたことに罪悪感を覚えて謝罪の言葉が口を突いて出た。
しかし兵士は謝罪の言葉など聴こえなかったように追加の質問をしてくる。
「さっきの反応からすると、来たばかりか!?」
「えと、そうです。」
混乱する私を余所に、兵士のテンションはますます上がっていく。しかも私が質問を肯定した途端、なんと神に祈り始めた。
「おお!八神の御加護に感謝いたします!」
「ええ~・・・」
正直引いた。わけがわからない。
しばらく祈った後にようやく戸惑う私に気付いた兵士が説明してくれた。
この世界では異世界人が現れることはそう珍しくないので、異端扱いされることはないという。それどころか、異世界の技術をもって世界を発展させてくれることが多く、歓迎すべき存在らしい。
しかも異世界人が住み着いた町は、その恩恵に真っ先に与れるため、大層繁栄するのだそうだ。故にどの町も自分たちの町に異世界人が来てくれないか、と期待しているらしい。
そして過去の事例から、異世界人は転生して最初に入った街に住み着く可能性が高いらしい。まあ、余程ひどいことがない限り、愛着も湧くだろうし、そうなるのだろう。
しかし、異世界人がどこに転生するかはまさに神のみぞ知ること。過去事例を見ても規則性がないため、どこに転生してくるかは全くわからない。
つまり今回、私がここに転生したことで、この街は繁栄する可能性が高く、その恩恵に与れるのは、神様がここに私を転生させてくれたおかげ。だから神に感謝したそうだ。
ちなみにこの解説を聞いている間に、普通に日本語が通じていることにようやく私は気がついた。それも聞いてみると、100年前の異世界人である勇者が広めたらしい。ありがとう、勇者様。先人の偉業に感謝。
「異世界人の中には、異世界人であることを隠そうとするものが多いと聞いていたからね。出身地を答えられない様子からピンと来たんだ。」
「あはは、ありがとうございます。」
乾いた笑いが出た。バレたら何されるかわからないとか、びくびく怯えていた自分が馬鹿らしい。
そして今度は自分にかかる巨大な期待に胃が痛くなってきていた。私が街や世界を発展させる?いやいや、そんなことできるわけないでしょ。
プレッシャーに押しつぶされそうな私に気付かず、兵士は街の案内を買って出てくれた。門番は他の兵士がやってくれるそうだ。
「異世界人を迎え入れるなら、仕方ねえ。この街に住み着いてくれるように、しっかり案内しろよ。」
「わかってるって。さ、こちらです。ようこそ、ウーチンへ。」
「はい・・・」
兵士たちの会話にも私への期待の大きさが垣間見える。兵士さんが街の名前をさらっと言ったけど、それも耳に入らないくらい私はビビっていた。
やめて!私はそんな大層な者じゃないの!
とはいえ、ここで「私は役に立ちません」宣言などできるわけもない。この街を追い出されたら生きていけないのだから。
大きな不安を抱えながら門をくぐり、街に入った。街並みは中世ヨーロッパ風、だと思う。多分。ヨーロッパの古い町並みを残す辺りを想像すれば大体合っている。しかしどこか違和感を感じて、家に近づいてよく見ると違和感の正体に気付いた。
「この建物、継ぎ目とかないんですか?」
家はどれも一繋ぎの石材でできていて、まるで大きな岩から家の形に彫り出して塗装したもののように見えた。
それに兵士さんは一瞬驚き、すぐに納得した顔になる。
「ああ、異世界に魔法はないんだっけ?なら珍しく見えるかもね。ここの家はどれも土魔法で建てられているから、土だけでできているんだよ。土を圧縮して、石みたいに頑丈にしているのさ。」
「へえ~。」
よく見れば地面とも繋がっている。確かに頑丈そうだが、地震には弱いかもしれない。
そして一通り街を見て回ったところ、いろいろとわかった。
まずこの街、建物は中世ヨーロッパ風でも、生活水準は近代的なようだ。水道はないけど水魔法で水は簡単に調達できるし、ガスはないけど火魔法で調理できるし暖まれる。電気は通じてないけど光魔法で照らせるし、雷魔法を利用した電気で動く道具もなくはないそうだ。
次に衣服。これは時代も場所もまちまち。古代ローマみたいな服装もいれば、普通に現代日本いそうなジーンズ姿もいる。イスラム教徒のように全身隠した女性もいれば、ミニスカートで露出が多い女性もいる。豪華なドレスの女性もいた。
兵士さんに聞いてみたら、豪華なドレスの人はお貴族様らしい。ここ、ネオ・ローマン魔法王国にはまだ身分制度が残っていて、政治はそのお貴族様たちが取り仕切っているようだ。
「あなたも功績が国に認められれば、特別に名誉爵位がいただけるかもしれませんよ。」
「へ、へえ~。」
兵士さんは、凄いでしょう、とでも言わんばかりだが、私は全くほしいと思わなかった。別に貴族じゃなくても豊かな生活が送れそうだし、むしろ政治に関わりたくないので、遠慮したい。
後でわかったことだが、この国、というかこの世界ではまだ身分制度が根強く残っていて、平民が貴族になることなど通常あり得ないそうだ。確かに平民でも豊かな生活が送れるが、仕事によっては上司が貴族で絶対服従だったり、商売をすれば貴族の一声でずいぶん大変な思いをすることも多いらしい。普通に生活していれば、そういった出来事にはよく逢うそうで、その度に妬ましく思うのが一般的なようだ。
その辺、先人達が改善しなかったのか、と思うが、考えてみれば、功績を上げた異世界人は次々貴族に取り立てられ、上に立つことになる。すると、皆それを改善しようという意気込みをなくしてしまうのだろう。人間、同情だけではなかなか頑張り続けられないものだ。自分が被害を被らない限り、本気で改善には取り組まない。
過去にクーデターとかもあったそうだが、この世界ではそういう下克上は起きにくい。その原因は、魔法の存在だ。魔法の才能は遺伝するらしい。すなわち、過去に偉業を成し遂げた者は大抵魔法の才能も優れ、それが遺伝するから、貴族は一様に平民より強い魔法が使える。したがって、貴族と平民が戦えば、貴族が圧倒的に有利なのだ。特に武闘派の貴族などは、1人で平民の暴動を鎮圧できる猛者がうじゃうじゃいるとか。何それ怖い。
話を戻して、貴族になることに興味がない私は、その話をスルーした。
そして街を一周したところで、兵士さんがある建物に案内してくれた。
「ここが最後です。」
「ここは?」
豪華な装飾が施された建物。窓には色とりどりのガラスが使われていて美しい。入口の扉は大きく、その扉の上に、円の周りに8つの点が等間隔に並んだ紋章が飾られている。8つの点はそれぞれ色が違う。
「ここが八神の教会です。あの紋章は異世界人の転生の儀の際に八神が集う円卓を表しています。」
「そうなんですか。」
宗教関係には興味がない、と言おうとした私に、兵士さんがとても重要なことを言った。
「ここで魔法を登録します。」
「登録?」
「魔法はそれぞれに使用条件があり、その条件を満たした状態で、ここで神に祈ることにより、神から魔法が授けられるのです。」
何、そのゲームみたいなの、と思わずにはいられなかった。しかし詳しく聞いてみれば、その理由もわかった。
まず、魔法というのは体内の魔力を別のエネルギーに変換し、現象を引き起こすもの。どんなエネルギーに変換するか、何を対象とするかによって属性が変わり、人それぞれ得意な属性が異なる。それが適性だ。
適性とは、エネルギーの変換効率のことのようだ。適性が高いとより少ない魔力で現象を起こすことができ、その分威力も上がるようだ。では100%が最大かと思えば、例外的に100%を超える人もいるらしい。なんでも、魔法発動時に周囲の魔力まで集めて威力を高めるんだとか。
次に魔法を使う腕前にも個人差が出る。その腕前のことを魔法制御力と言い、細かく分けると、
魔法出力。一度に操作できる魔力量を指す。これで魔法の威力はほぼ決まる。
魔法操作力。魔力を動かす速さや精度を指す。操作精度だけとって器用さと呼ぶこともある。
魔法回復力。消費した魔力を回復する速さ。これが高い人ほど長く魔法を使えたり、頻繁に魔法を使ってもばてない。
抗魔力。魔法で攻撃を受けたときに抵抗する力。主に闇魔法への耐性を表す。
最後に、体内に保持できる最大魔力量が魔力容量だ。
魔法の使用条件に、魔法出力と操作力が一定以上求められる場合が多い。当然、必要な値は魔法ごとに異なる。各魔法に習得に必要な適性、出力、操作力が決まっているのだ。
で、条件がある理由は簡単。最低限、それだけの能力がないと、そもそも発動できないからだという。
「じゃあ、人によって習得できる魔法は初めから決まってるってことですか?」
「いえ。適性以外は魔法を使い続けることで成長しますから、後から習得可能になる魔法もあります。まあ、伸びしろはそれほど多くないので、生まれつき決まっていると言っても過言ではありませんが。」
そこまで説明した後、兵士さんは仕事に戻って行った。兵士さんを見送った私は教会に入る。
前世では宗教施設なんてほぼ縁がなかった私は、凄い緊張して重い扉を開けた。いや、正確には開けようとして少し押したら、内側に勝手に開いた。
「いらっしゃいませ。」
「あ、どうも。」
扉の内側にいた神官らしき人が扉を開けてくれたのだ。
教会の中はキリスト教の教会っぽい作りだ。私は前世で行ったことがないので、映画で見たような感じ、という意味だ。椅子が並び、黙々と手を合わせて祈る人たちがいる。ただの魔法登録施設ではなく、宗教施設としても機能していることがわかった。
「話は聞いております。魔法の登録ですか?」
「はい。お願いします。」
固有魔法は神様からもらったけど、他は未習得だ。せっかく異世界に来たんだから、魔法を使いたいよね。
そんな安直な理由でも、ちゃんと登録してくれた。
登録方法は簡単。まずは誰でも無条件で習得できる生活魔法6種、『ヒート』『ウォーター』『ウィンド』『ヒール』『ディグ』『ライト』を習得する。
習得は祭壇で神に祈るだけ。神官が何か難しい祝詞を喋ってたけど、私は『ヒート』とかの詠唱を一言いうだけだ。神から許可が下りれば、ほんの数秒で天から魔力が飛んできて、身体に入る。それで習得完了だ。
こんな簡単でいいのかと思ったけど、頭の中で適当に祈りながら『ヒート』と唱えれるだけで掌が温かくなったのには驚いた。
魔法を使えた感動も束の間、すぐに神官に次のステップへ移される。
次に魔法の使い方の講義。魔力の流れを意識する方法と、魔法の歴史や知識、その危険性を教わる。
ついでに質問してみた。
「魔法出力と回復力ってどっちも魔力を操るから、比例するんですか?」
「相関はありませんね。魔法出力は既に自分の支配下にある魔力を動かすのに対し、回復は周囲にある誰の支配下にもない魔力を自分の物にしていくものですから。」
「魔法発動に魔法出力が足りなくても、少しずつ出して行って必要なエネルギーが溜まれば、発動できるんじゃないですか?」
「魔法出力とは、体外に出して制御できる魔力の量です。魔法出力以上の魔力を体外に出すと、意識から外れた魔力から霧散して自然に返っていきます。」
「じゃあ、一度に多くのことを考えられる頭のいい人ほど出力が高いんですかね。」
「その統計を取った人はいませんが・・・恐らくそうでしょう。」
講義を受けて魔力の流れを意識できるようになると、魔法の効果はさらに上昇。掌がお湯でも沸かせそうな温度まで熱くなった。熱くなっている手そのものはまるで熱さを感じないのに、反対側の手でその掌に触れると、火傷しそうになった。
そこまでできたら、魔法制御力測定と適性判定。生活魔法6種を実際に使って見せて、それぞれの効果を見る。属性ごとの差異から適性を見て、その補正を考慮したうえで過去データと比較し、魔法出力と操作力を大雑把に求める。残念ながら数値化はされず、神官が簡単にランク分けするだけだ。
なお、測定時に重要なのは、平常心になることだ。魔法制御力は感情で増減するためらしい。私は初めての魔法に興奮して、なかなか落ち着けなかった。神官は何かの魔法で私の精神状態を確認していたけど、何という魔法を使っていたかは聞いていなかった。
「ようやく落ち着きましたね。少々お待ちを。」
「すみません。興奮してしまって。」
「いえ、よくあることですから。」
「ありがとうございます。」
この時は、いい人だなあ、とだけ思ったけれど、これは現地の子供が測定しに来たときによくあること、という意味だったと思う。つまり私は子供のようにはしゃいでいたわけだ。ちょっと恥ずかしい。
そして計算を終えた神官が結果を述べる。
「出力、操作力、ともにレベル5。平均ですね。」
「あ、そうですか。」
うん、知ってた。
申請すれば魔力容量や回復力、抗魔力も測定できるそうだが、どうせ平均値だろう、と思ってやらなかった。
後は、わかったレベルと適性で習得できる魔法を神官が判断し、私が選ぶ。もちろん、全部習得してもいい。習得方法は生活魔法と同じだ。ただし、今度は1つごとに費用が掛かる。そりゃ、教会も運営するのにお金がいるよね。
お金がない私は、今日はここまで。
ちなみに、この国の人たちは、5歳で皆これを受けて生活魔法を習得するらしい。これがなければここでは家事手伝いもままならないから当然か。ただし、攻撃に使える他の魔法は15歳で成人するまで習得できないそうだ。
その説明をしたとき、「闇で取引して教会を通さずに習得する輩がいて困ります」と神官が零していた。
教会を出たら、日が暮れかけていた。講義が長かったから、仕方ないだろう。
さて宿へ・・・と思って気づいた。私、宿ない。お金もない。
しばらく街をうろうろし、兵士に相談して、結局私はその日、教会に善意で泊めてもらうことになった。
頭を下げて感謝する私に、神官は、「来たばかりの異世界人にはよくあることだと聞いています」の一言で笑ってくれた。
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転生初日の出来事を日記に書いたあかりは、筆をおいて背伸びする。
「今日はこの辺にしようかな。」
そう言ってあかりはベッドにもぐりこむ。寝る前に今日日記に書いた日に出会った人たちのことを思い出していた。
・・・あの兵士さんに、神官さん。元気にしてるかなあ。




