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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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011 雨

 シロ達は帝国軍を押し返し、逆襲に備えて休息をとっていた。ハヤトはシロの状態を確認。被弾した傷の応急処置を行う。シロは痛がる様子も見せず、ハヤトも淡々と処理する。脚に食い込んだ弾丸を抜き取り、傷口を縫う。シロは魔獣の中でも特に自然治癒が速く、すぐに弾を摘出しないと、体内に残したまま傷口が塞がってしまうことがあった。


「よし・・・後はないか?」


 コクリとシロは頷く。そして姿勢を低くして、ハヤトに乗るように促した。

 ハヤトはそれに応えてシロの背に再び乗ろうとしたとき、妙な感覚に気がつく。具体的に何が変と言うわけではないが、嫌な予感がしたのだ。

 そして、「それ」は降ってきた。


「雨・・・?」


 ハヤトは上空を見上げて呟き、獣人部隊もつられて見上げる。

 それの異常さにいち早く気がついたのは、ハヤトだった。咄嗟にシロの鼻と口を押えて閉じさせる。


「退避ぃ!逃げろ!『ウォーターシールド』『フリーズ』!」


 ハヤトは逃げるように促すが、周囲の者はまだ何が危険なのか分からず右往左往している。急いで特大の氷の盾を頭上に作るが、手遅れだった。


「がはっ!?」

「ぐ!?ごほっ!」


 ハヤトも周囲の者も血を吐いて倒れ始めた。雨は次第に強くなっていく。無事なのはシロのみ。ハヤトは震える手で氷の盾をシロの鞍に取り付け、かすれた声を張り上げる。


「シロッ!逃げろ!絶対に雨に当たるな!」


 シロは初めて恐怖していた。無数の銃口を向けられても恐れず戦うシロが、降り注ぐ謎の雨を恐れていた。そして、主の危機にも。

 ・・・主を失う。それだけはだめだ。この盾を外してくれ。これでは主を乗せられない。主を助けられない。

 自分の思いをありったけ込めてシロは主を見つめるが、ハヤトは首を横に振る。


「俺はもうだめだ。雨に体に入られた。生き残れるのはもうお前しかいない!急げ!この盾も持たなくなる!」


 シロはためらう。

 ・・・いやだ。置いていけない!


「シロぉ!命令だ!行け!生きろ!」


 シロは走り出した。雨は既に夕立のようになり、氷の盾にヒビが入り始める。だが、そんなことを気にも留めないほど、シロは混乱していた。

 ・・・自分はなぜ走っている?なぜ主を置いて逃げた?命令だから?命令されたから反射的に動いてしまった?そうだ。つい走ってしまっただけだ。主を迎えに行かなくては。いや、命令に反してしまう。しかし・・・

 混乱しながらもシロは走り続けた。


ーーーーーーーーーーーー


 シロが逃げてから10分後、戦場に降り注いでいた雨はやみ、2人の男が立っていた。片方は背中までかかる長い青色の髪を簡単に束ねた長身の男。青髪の男は腕を組み、目の前に立つ犬の獣人を見つめていた。

 獣人は既に死んでいた。立っているのは、彼が凍っているからだった。周囲1km程の範囲を丸ごと、彼が凍らせたのだった。フレアネス王国の『疾風』の二つ名を持つハヤト・ミタライは死力を尽くして青髪の男の足止めをしたのだ。


「認めよう。<疾風>は強かった。」


 男の任務は防衛。ただし、見たものは確実に殺す条件が付けられていた。青髪の男は帝国の秘匿戦力であり、その存在を知る者は極力少なくしなければならなかった。


「一匹取り逃がしたが・・・口のきけぬ犬なら、情報が漏れることもあるまい。」


 むしろ追いかけて誰かに見られるリスクの方が高い。そう思っていた時、伝令が走ってきた。


「カイル様、援軍要請です。」

「次はどこだ?」

「対王国戦線の中央、火の神子が現れたとのことです。」

「国王自ら出陣とは、思い切ったものだ。」

「しかし、実力は本物です。まるで歯が立ちません。このままでは徒に兵を失うばかり。ご助力願えませんか?」

「俺でも奴を倒せるかは怪しい。仮に勝てても派手に戦えば、俺の存在は知れ渡る。まだ我らと帝国の同盟関係は伏せねばならんのだろう?」

「しかし、他に手がありません。皇帝陛下からも最悪の場合は、それも止む無し、と。」

「わかった。」


 青髪の男カイルは立ち去る。氷はもう解け始めていた。


 カイルが対連邦戦線を離れた数十分後、この戦線の帝国軍は、魔族が放った連鎖爆裂魔法で壊滅した。全体的に見れば、帝国軍は連邦軍を終始圧倒していたが、乱入した魔族により、帝国軍が壊滅。連邦軍は第3防衛ラインを放棄し、最終防衛ラインまで後退中であったため、巻き添えを食わずに済んだ。結局、どちらが勝ったとも言えぬ悲惨な結末であった。


ーーーーーーーーーーーー


 捕虜を司令部に連れて行ったクロは、報告を終えると、すぐに帝国軍撤退の連絡を聞いた。もちろんクロは左翼の部隊壊滅後、決死の戦闘で帝国軍を押し返したところまでしか話していないため、謎の魔族の乱入、ということになった。

 甚大すぎる被害にとても喜べるものではなかったが、とりあえず帝国を追い返すことはできた。となれば、戦場の後始末である。

 クロは傭兵であるため、後始末への参加は義務ではなかったが、参加することにした。今は、東側の戦場跡に来ていた。


「東は一時援軍で押し返したが、結局全滅。生存者なしとは。連邦の獣人部隊が完全壊滅じゃないか。」

「ひどいものです。・・・しかし、申し訳ない。戦功一番の傭兵にこんな作業に手伝わせてしまって。」

「いや、俺は結局ギルバート隊長を守れなかった。であれば、今回だけでも彼の代わりをすべきかと思っただけだ。」

「ありがとうございます。彼も喜びましょう。」

「・・・俺はもう少し先の方を見て来る。」


 同行していた兵士と別れ、先に進む。隣を猫に戻ったムラサキが歩く。


「やっぱ、この方が落ち着くぜ~。」

「あの服は倉庫から拝借してたのか?」

「ああ、ちゃんと返してきたぞ?」

「洗ってから返せよ。まあ、そんな時間はないけど。」


 話しながらもクロは歩く。後始末をする様子はない。


「で?クロ。後始末に参加した本当の理由は?」

「・・・『疾風』って奴も戦死したんだよな。」

「ああ、そう聞いてる。パッと見、強そうだったけど、あんな奴でも死ぬときゃ死ぬんだな。」

「そいつは拳銃を持ってたって言ったよな。」

「おい、まさか。」

「ネームドが持つくらいだ。性能よさそうだし、あわよくばいただけないかと。」


 ムラサキが呆れたような声を出す。


「お前なー。そういうのは置いといてやれよ。その、ほら、遺族に渡すとか。」

「遺族がいたらな。でも、せっかくの銃、使わないのはもったいないだろ。」

「そういう問題かあ?」


 やがて地面がぬかるんだ場所に着いた。そこには数十人の獣人が息絶えて倒れている。


「どうだ?いるか?」

「いや、いねえな。あんなデカい犬ならすぐ見つかると思ったが・・・お、それっぽい臭いがする。あ、足跡。」


 見れば、ぬかるんだ範囲の中央に大きな獣の足跡が多数。そして東の森に向かっている。


「犬は生きてたってことか。東ってことは、主を連れて国に帰ったのか?主も生きてたのか?」

「主が生きていれば、司令部に顔出すだろ。重症で治療が必要だったとしても、司令部の方が近い。となると・・・」

「あー、犬は忠誠心高いからなあ。死体でもせめて国元へ、ってか?」

「ただの帰巣本能かもしれないが・・・臭いが残ってるなら、まだ近くにいるか?」

「さあ?あいつ足めっちゃ速かったからなあ。追う気か?そんなに銃ほしいか?」

「いや、犬の方が気になる。行くぞ。」


 足跡ならクロの眼でも追える。クロは森に向かって走り出し、ムラサキもあとを追う。


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