T03 雪中行軍
吹雪が吹きすさぶ北の大地。北大陸北部の平原をテツヤたちは進む。9月末から降り始めた雪は深く深く積もり、あらゆる交通手段を阻む。深い雪は車輪を持つ乗り物を悉く絡めとり、激しい吹雪は空を行く飛行船を足踏みさせる。
そんな厳しい自然の中、テツヤたちはなんと徒歩で移動していた。馬車も自動車も使えないのだから仕方ないとはいえ、これはつらい。帝都を出発してからだいぶ経つが、テツヤはまだ愚痴をこぼしている。
「あー、車が使えればなあ。」
テツヤがこの世界に来てからしばらく経つとはいえ、テツヤはやはり前世の基準で考えてしまう。こんな長距離を徒歩で移動なんてありえない、と思ってしまう。
「せっかく改造したのになー。」
「・・・・・・確かにあれは便利そうだった。」
「だが、あれは目立つ。すぐに軍に見つかってしまうぞ。」
「そうなんだよなあ。はあ。」
テツヤは何度目になるかわからない溜息を吐く。その息は白く曇り、そしてすぐに吹雪に散らされる。
テツヤは帝都を出て拠点を移すと聞き、大急ぎで雪道を進めるように大型車を改造したのだ。テツヤたちが所属する組織<夜明け>が偶然持っていた貴重な大型車。これに雪をかき分けて進めるようにシールドをつけてみた。
改造の結果は良好。速度は出ないものの、ある程度の雪までならかき分けて進むことができた。荷台に乗せれば結構な人数を運べるし、何より吹雪に晒されて寒い思いをしなくて済む。
大喜びしたテツヤだったが、すぐにセレブロ経由で組織の長から連絡がきた。
「その車に非戦闘員を乗せて移動させるように。」
そう言われれば確かにその方がいい。テツヤは了承して非戦闘員の集合を待った。すると、予想以上に非戦闘員が多く、テツヤたちが乗るスペースがなくなってしまったのだ。
何とか運転手に立候補できないか交渉してみたが、セレブロの一言で断念させられた。
「こんな目立つ車は、私の能力で隠さないと使えないわ。運転手は私。」
そういうわけで、テツヤの班、テツヤ、メーチ、ビャーチの3人は徒歩移動となったのだ。
もう1台作ろうかとも思ったが、材料も大型車もないし、あっても目立って使えない。徒歩しかなかった。
ザクザクと雪をかき分けて進む一行。何日もかけて町から町へ。時には宿もない田舎の村に滞在したこともあった。現代人であるテツヤにはつらい日々。愚痴もこぼしたくなるだろう。
また溜息を吐くテツヤをビャーチが励ます。
「・・・・・・次の町でセレが迎えに来る予定。それまで頑張る。」
「そうだな。」
あともう少しで迎えが来るのだ。それまでの辛抱、とテツヤは気を取り直す。
しかし、ただ励ますだけで終わらないのがビャーチクオリティ。
「・・・・・・第一、一番大変なのは先頭のメーチ。最後尾のテツヤがぐちぐち言うのはカッコ悪い。」
「ぐう!」
テツヤは精神に深いダメージを受けた。メンバーの紅一点、自分よりも小さい女の子にカッコ悪いと言われた。
しかし正論である。一番大柄で力があるメーチが先頭で雪をかき分けるのは適材適所とはいえ、大変なのに変わりはない。
さらに言えば、ビャーチは光魔法で方角を確認する役目を担っているが、テツヤはただの荷物持ちだ。しかも背負っている荷物もメーチの方が多い始末。一番役に立っていない。
落ち込んだテツヤだが、しばらくして意を決し、前に出る。
「む?どうしたゾル。」
ずっと先頭で雪をかき分け続けていたはずなのに、疲れた様子もないメーチが、急に前に出たテツヤに声をかける。
するとテツヤはメーチからシャベルを奪い取って、先頭を進み始める。
「交代する!メーチは最後尾で休んでろ!」
「それは有難いが、大丈夫か?」
「大丈夫だ!問題ない!」
フラグを立てつつ、テツヤは猛然と雪をかき分けて進む。
メーチはそれを心配そうに見ながらも、その心意気を組んでやるべきか、と先頭を譲って後ろに下がった。
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数日後。どうにか町に着いたテツヤたちは、宿で休んでいた。
メーチは買い出しと情報収集に。ビャーチは留守番。テツヤは・・・
「痛え・・・」
「・・・・・・慣れないのに無茶するから。」
腰を痛めてベッドに寝ていた。あれから2日ほど、メーチと先頭を交代で担うようになっていたのだが、雪かきの経験が乏しいテツヤは腰を痛めてしまった。それでも2日続けられたのは、ひとえに魔法による身体強化のおかげだろう。
「あそこで黙ってたら、男が廃るだろ。」
「・・・・・・あっそう。」
ちょっとかっこいいセリフを言ってみたが、ビャーチは素気無く返す。再び落ち込むテツヤ。それすらビャーチは無視して銃の手入れを続ける。
そこへメーチが戻って来た。
「今、戻った。」
「「おかえり。」」
「また雪が降ってきたわい。どうだ、ゾル。腰の調子は。」
「まだ痛い。」
「そうか。」
メーチは買ってきた食料を整理すると、懐から手紙を取り出した。
「セレからの連絡だ。」
「おっ。」
テツヤが飛び起きる。腰の痛みはどうしたのだ、と言いたくなるほど機敏な動きだ。
帝国内には町の間を結ぶ電話も普及し始めているが、すべて軍に監視されている。仕方ないので従来の伝書鳩方式で手紙が送られてきたようだ。
「吹雪で予定より我々の到着が遅れたからな。隼便の奴、待ちくたびれておった。」
「いいから、手紙を見せてくれよ。」
伝書鳩の鳥などどうでもいいと、急かすテツヤ。やれやれと言う感じでメーチが手紙を読み始める。
「ふむ。・・・どうやら例の車では来れないようだ。」
「えええええええ!?」
希望が絶たれたとばかりにテツヤが大声で嘆く。近くにいたビャーチが五月蠅そうに耳を塞いだ。
「まあ、落ち着け。雪が深すぎて例の車は使えないが、代わりの物で迎えに来るそうだ。」
「そ、そうか。よかった~。」
安心したのか、ベッドに崩れ落ちるテツヤ。リアクションが激しいテツヤに、ビャーチが不快そうに舌打ちする。
「・・・・・・ゾル、うるさい。今、私たちは隠密行動中。」
「あ、ごめん・・・」
ビャーチに叱られてまたテツヤは落ち込む。しかし何か思い当たったのか、急に顔を上げた。
「あ、そうだ。メーチ、代わりの物ってなんだ?」
「新型の乗り物らしい。試運転を兼ねて貸与されたそうだ。」
「大丈夫なのかそれ。」
科学技術の発展が目覚ましい帝国では、次々と新型が出る。しかしその全てが実用化されるわけはない。必ず試運転を行い、その性能と信頼性をテストしなければならない。そして、大半が失敗作となってお蔵入りになるか、改良されることになる。
すなわち、これから試運転の新型というのは、信頼性未確認であり、事故が起こる可能性が高いということだ。
こんな吹雪の中、そんなものを運転してくるセレブロも心配だし、無事に来たとしてもそれに自分達も乗ることになる。安全性が不明の物にはあまり乗りたくない。
「なんでも、異世界で使われているものをそのまま真似たから大丈夫、と博士が言っているそうだ。博士の言葉は胡散臭いが、セレが大丈夫と言ってるから、まあ大丈夫であろう。」
「へえ。まあ、セレが保証するなら・・・」
博士とは、帝国の研究所にいる異世界人の技術者だ。国に属していながら、裏でこっそり<夜明け>に武器や乗り物を貸与してくれる。
ただし、どれもこれも試作品だったり、試運転未実施の新型だったり、要は実験台として貸与しているようだ。どうやら国の予算で実施される試運転ではデータ不足らしく、より多くのデータを取るために<夜明け>にも試運転を依頼しているのだとか。
当然違法だが、なぜかばれていないらしい。
そんな博士は異世界の知識で次々新製品を開発するが、どうも胡散臭いうえ、よく失敗作も作る。テツヤ達もあまり信頼していなかった。
「それと、異世界の物とほぼ同一だから、ゾルが運転できるだろう、と書いてあるぞ。」
「俺が?知ってる奴だといいんだけど。」
一抹の不安を覚えながら、テツヤたちは迎えを数日待つことになった。
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数日後、未明。人目を避けて夜明け前に町外れにて集合となっている。テツヤ、メーチ、ビャーチの3人は防寒着を着込んでセレブロを待つ。
待つこと数十分。ようやく機械的なライトが東から近づいてきた。
「お、来たな。」
3人の中で最も目がいいメーチが真っ先に気が付く。
そしてエンジンの駆動音を立てながら、セレブロが乗る乗り物が近づいてきた。それを見てテツヤは新型の乗り物の正体を知る。
「スノーモービルか。」
底部にそりを備え、それで雪上を滑りながら、後ろのプロペラを回して推進力を生む。2人乗りのようだ。1台をセレブロが運転し、2台目は牽引してきている。
「お待たせ。」
「よく来てくれた、セレ。これが新型の乗り物か?」
「ええ。雪の上を移動できるの。雪上をまともに移動できるのは帝国初かも。」
「俺が知ってるのはプロペラじゃなかった気がするんだけど。」
テツヤがそう言うと、セレブロは残念そうに答える。
「私もトラックベルトがいいって言ったんだけど、博士はなにか思惑があるみたいでね。」
「なんだそりゃ。」
「私に博士の考えがわかるわけないでしょ。プロペラ式のおかげで速度が出なくて困るわ。」
聞けば、後ろに大きなプロペラがあるせいで、かなり風に煽られるらしい。それは困る。
「しかしこれで雪上を動けるならば、革命が起きるな。」
「・・・・・・うん。便利そう。」
これまで冬の帝国はほとんどの町や村が陸の孤島と化し、碌に流通がなくなっていた。だからこそ、テツヤ達も帝国軍に見つからずにここまで来れたのだが。
しかしこのスノーモービルが実用化されれば、少人数とはいえ、冬も移動が可能になる。軍に採用されるのも遠くないだろう。
「で、ゾル。運転できる?」
「やったことはねえが・・・基本はバイクと同じか?」
「ええ。難しくないから今教えるわ。」
そうしてセレブロからテツヤが操縦方法を教わり、早速移動開始となった。
セレブロが運転するスノーモービルにビャーチが同乗。テツヤの方にメーチだ。
「体重のバランス考えたら、逆の方がよくないか?」
「そうかもしれないけど、私たちが先行するから、別にいいんじゃない?」
セレブロの言う通り、方角を確認する光魔法はセレブロかビャーチしか使えない。それに、一度ここまでの道を通って来たセレブロの方が最適なルートがわかっているだろう。
それもそうか、と納得しているテツヤに、またビャーチが辛辣なことを言う。
「・・・・・・女性に体重の話をするとか、ゾルは無神経。」
「なっ、重いとは言ってないだろ!」
「あんまりゆっくりしてられないから、さっさと出発するわよ。」
テツヤの反論は、セレブロの正論であっさり無視されてしまった。
言ったとおりにさっさと出発するセレブロに、テツヤは慌ててついて行く。
そうして一行は目的地に向かう。向かうのは帝国の最先端都市ザーフトラスクだ。




