095 黄色の鳶
鳥でありながら2m近くある巨躯。体高でも小柄な人間くらいあるだろう。その身を覆うのは地味な茶色の羽毛。対照的に頭部には鮮やかな山吹色の冠羽が揺れている。
その猛禽はぐるりと首を回して振り向き、倒れて動けないムラサキを見る。目も嘴も黄色。いや、眼はむしろ黄金色に近い。その眼がまっすぐにムラサキを見据える。
圧倒的強者に睨まれる。野生では死を覚悟すべき状態だが、ムラサキは不思議と身の危険を感じない。先程までの死にかけの状態から解放されたことから、感覚がマヒしているのか。
ムラサキとその鳥の目が合っていたのは、ほんの数秒。鳥は別の物に気がついて視線を切る。
「このトリ!サイから離れろ!『サンダーボルト』!」
鳥の視線の先にはエレキ。彼女は詠唱と同時に鳥の左右に魔力を集める。
集め始めて5秒強。鳥の左右に配置された魔力塊が一定量を超えると、電気を帯び始める。一方の電位を上げ、もう一方を下げることで、その間に電流を流す、雷魔法の基本『サンダーボルト』。しかし基本とはいえ、発動さえすれば威力・速度ともに優れる攻撃魔法だ。うまく魔力塊の間に相手を挟みさえすれば、ほぼ確実に決まる。
エレキが声をかけなければ、不意打ちで当たっていただろう。だがエレキの目的は攻撃ではなく、サイクロンの救出。一見サイクロンは炭化して死亡したように見えるが、まだ生きている。魔族の再生能力をもってすれば、こんな状態からでも再生が可能だった。
つまり、エレキは鳥が雷魔法に気付いて避けると思っていた。だが、鳥は動かない。感情の見えない目でエレキを見据えながら、サイクロンの上に乗ったままだ。
予想外のことにエレキは少し戸惑うが、発動した魔法は止められない。ならばこのまま焼き殺してくれようと、鳥に電流を流す。
バチイ!
蒼い光を伴って、大電流が流れた。しかし。
「う、うそでしょ?」
思わずエレキがそう零す。
鳥は電流を受けながら、平然としていた。我慢している様子もなく、けろりとしている。そして、何かしたのか?、とでも言わんばかりに首を傾げて見せる。
その様子を見ていたムラサキは、クロの魔法講義を思い出していた。勉強嫌いのムラサキに、クロが事あるごとに魔法の性質や魔法を用いた戦闘の定石について語っていたのだ。
曰く、同属性の魔法使い同士が戦った場合、例外もあるが、基本的に基礎能力が高い方が圧倒的に有利だ、と。
例えば、土、水、風の物体操作系。これは魔法操作力が高い者が有利だ。2人の土魔法使いが、ちょうど2人の中間にある岩を同時に操作しようとした場合、魔法操作力が高い方がより早く多くの魔力を岩に注げる。同じものを複数の者が同時に操作しようとした場合、主導権を握るのは一番多く魔力を注いだ者だ。結果として、魔法操作力が高い方が、より多くの物体を操作でき、有利になる。とはいえ、それで勝敗が決するほど、実戦は甘くないが。
闇属性も影響が大きい。前に説明した通り、闇属性の精神魔法が決まるかどうかは、術者の魔法出力と被術者の抗魔力で決まる。
木属性は例外だ。これは互いの基礎能力はそこまで影響しない。そもそも木魔法のほとんどが、敵にかけるような魔法ではない。
そして、もっとも基礎能力が影響するのが、炎と雷だ。炎同士、雷同士の戦いは、魔法出力の高さが勝敗を決めると言っても過言ではない。そうなる原因が、炎魔法使いが使う耐熱結界と、雷魔法使いが使う絶縁結界だ。
この2種の結界は、それぞれの魔法の使い手なら必ず覚える。自分が使った魔法で自分が傷つかないようにするためだ。
そしてこの結界は防御にも使える。そういう意味では、炎魔法使いが苦手なのは炎魔法使い。雷魔法使いが苦手なのは雷魔法使い。と言えるかもしれない。
その結界の性能は、魔法出力で決まる。出力が高いほど、結界の断熱性や電気抵抗が高くなるわけだ。
つまり、この状況。エレキの電撃が鳥に全く通じていない、この状況は、エレキが鳥に魔法出力で完全に劣っていることを示している。エレキに勝ち目はない。
エレキは一応水魔法も使えるので、そちらに切り替えればよかったのだが、絶対の自信を持っていた雷魔法が正面から破られたことで冷静さを失っていた。
さらに一つの事実が彼女の冷静さをさらに失わせる。
「あ。ああああ!?」
エレキがあることに気がついて、悲鳴を上げる。
簡単な話だ。絶縁結界で守られた鳥に電流を流した。電流は鳥に流れなかった。では電流がどこを通ったかと言えば、鳥が乗っていたサイクロンだ。
既に死にかけだったサイクロンには、それがとどめとなった。その身にわずかに残っていた魔力が消失し、完全に絶命する。
自分の手で相棒を殺したショックにエレキが衝撃を受けていると、それを隙と見た鳥が動く。
翼を広げ、羽ばたいて舞い上がった。数十m離れたムラサキにもいくらか風が感じられるほどの強風を起こしながら、ゆっくりと上昇する。同時に魔力を大量に高速で飛ばしているのが、ムラサキには見えた。
鳥が魔力を送り、エレキの左右に配置するまで、1秒程度。5秒以上かかっていたエレキとは比べ物にならない。そして次の瞬間、エレキが使った『サンダーボルト』と同様の電流がエレキを貫く。
「きゃああああ!」
冷静さを失っていたエレキは避け切れず、感電する。魔法出力で劣る彼女の絶縁結界は容易く破られた。しかしある程度は地面に逃がすことができたようで、負傷はそれほどでもない。
なんとか倒れることなく、立ったエレキだったが、顔を上げれてみれば、絶望的な光景が待っていた。
まるで取り囲むように10個以上の魔力塊が浮かんでいたのだ。そのいずれもが致死レベルの威力を持っていることが見て取れる。
痺れて動けないエレキへ、容赦なく電流が叩き込まれる。1発ずつ、その効果を確かめるように。鳥はホバリングしたまま、機械的に睨む。
「ぎゃあああああ!!」
一発受けるごとにエレキが悲鳴を上げる。そして倒れようとするが、そこへまた電撃が入る。とうとう地面に倒れるが、ピクリと動いた瞬間、さらに追撃。
10回ほど電流を受けて、悲鳴すら上げなくなったエレキに、鳥が舞い降りる。そして全身焼けて動けないエレキの上に着地した。
「うっ、この、クソトリ・・・」
辛うじてエレキは悪態をつくが、鳥は相変わらず無感情な目で見つめる。
そして、その嘴を、エレキの顔面に突き立てた。
「がっ!?ぎゃあああ!やめろ!やめて!」
エレキが悲鳴を上げるが、鳥は嘴を止めない。啄み、引き千切り、エレキを喰らっていく。
ムラサキは呆然とそれを見ていた。結果的には助けられた。だがその鳥の正体も、目的もわからない。単に食事に来ただけなのか。そう思ったとき、場違いなコメントが口をついて漏れる。
「ああ、あいつ料理してたのか・・・」
先の威力を調節した連続電撃。確かに焼き加減を見ながら肉を焼くのに似ていたかもしれない。鳥はエレキを食べやすいように、焼いていたのだ。
ムラサキのぼんやりとした思考が、料理のことを考えているうちに晴れて来た。同時に視界も広がり、ようやく重大なことに気がつく。
「そうだ!アカネ!」
ふらつく身体を起こし、アカネを探す。
アカネは悲鳴を上げながら喰われているエレキから少し離れたところに、未だうずくまっていた。
「大丈夫か?アカネ。」
「クウン・・・」
力なく返事をするアカネ。見たところケガは軽度の感電傷のみ。元気がないのは、首輪のせいだろう。
「今外してやるからな。」
ムラサキは『エアテイル』で首輪を外そうとする。ところが、『エアテイル』は首輪に触れたところから消失し、触れることができない。
「ええ。なんじゃこら。もしかして、魔力を消すのか?」
実際には魔力の働きを止める効果があるのだが、動きを止めた魔力は消えたようにも見える。
魔法で外せないなら、手で外すしかない。ムラサキは獣人形態に『変化』して、手で首輪を外そうとする。服がないので全裸になってしまうが、ここにはアカネと鳥だけ。エレキはもう前も見えていないだろう。気にすることはない。
そしてムラサキが首輪に手をかけると、触れたところから手が痺れてしまった。痛みすらある。
「いででで!なんなんだよ!こんなん触れるか!」
外すのは諦めようか。そんな考えがよぎった瞬間、ムラサキはハッとする。
・・・これを首に巻かれてるって、アカネ滅茶苦茶痛い思いをしているのか!?くっ、くそおおおお!
アカネが耐えている痛みを、自分が避けるのは格好悪い。それだけだが、ムラサキを本気にさせるのには十分だった。
痛みに耐え、痺れる手を強引に動かし、やっとの思いでムラサキは首輪を外した。
「へへへ、どうだ・・・」
「クン?キャン!」
アカネが急に動くようになった体を不思議そうに動かし始め、身をぶるりと振るわせると、元のように元気になった。
礼を述べるようにアカネがムラサキに擦り寄る。
「はは、どういたしまし・・・うおお!?」
寄って来たアカネをムラサキが撫でようとして、自分の手の異変に気がつく。
両手の指が崩れ落ちていた。砂のようになって消えている。
「な、なんじゃこりゃあああああ!」
「キャン!?」
ムラサキの大声に、驚くアカネ。
大騒ぎする2人の脇で、エレキはもう声も上げられなくなり、ビクンビクンと身を震わせる状態になっていた。
・・・うわあああ!?どうしよう?どうしよう!指がなくなっちまった!これじゃ料理もできないし本も読めない!?俺の生きがいがあああ!あ、飯は食えるか。って!誰かの介護なしじゃ食えないなんて、やだーーー!!!
そんなことを考えながらムラサキは慌てふためき、アカネもそれを見てわけがわからないまでも、とりあえず一緒に慌てる。
冷静に考えれば、手がなくても『エアテイル』で操作すればいいのだが、ムラサキは気がつかない。
というか、この傷、時間が経てば治る。だから慌てる必要はない。すぐに治らないのは、サイクロンから受けた傷を治すのにストックを使い切ったせいで、何か食べればゆっくりとだが簡単に治癒するだろう。
そもそもなぜムラサキの指が崩れたかと言えば、首輪の機能が原因だ。
とある鉱山から最近、魔力の働きを阻害する魔法金属が発掘された。まだ名前もないその希少金属は現在ネオ・ローマン魔法王国で活用方法を検討中だが、闇ルートでは既に少数だが流通していた。使用方法は簡単。首輪の内側にその金属を並べて貼り付けただけ。それでも効果は十分。この首輪をつけられたものは体内の魔力が不活性化し、魔法が使えなくなる。主に人身売買を行う連中が活用していた。
しかも、人間も魔獣も体の働きの多くを魔力に助けられている。したがって、首輪をつけられると体の力が抜けてしまう。しかも、魔力が高い者ほど依存度が高く、人によっては動けなくなる。アカネもそういう状態だった。
さらに、生命活動全てを魔力で賄う魔族に至っては、それだけでは済まない。触れたところからあらゆる生命活動が停止していき、最悪、死に至る。ムラサキの指が痛み、崩れたのは、魔族の体は細胞一つに至るまで魔力ありきでできているためだ。魔力が不活性化すると細胞の働きに異常が発生し、激痛が走る。さらに魔力が活動を完全に停止すると、細胞が形を保てなくなり、壊死して崩れ去る。
このため、魔族の死骸や体から離れた一部は、数分で砂のように崩れる。既にヴォイスもサイクロンも跡形もなくなっていた。
つまり、首輪に触って激痛が走ったのは、ムラサキが魔族だからで、ムラサキが心配したような激痛などアカネは感じていなかった。完全にムラサキの勘違いだったわけだ。
ともあれ、2人とも重篤な状態にならずに済んだ。万々歳と言える結果だが、まだムラサキは指がなくなったことに慌てている。猫形態に戻ってみるが、やっぱり再生しない。ストックを補充していないのだから当然だ。身体の他の部分を削って補填することも可能だが、これまで派手な負傷をした経験がないムラサキはそんな方法は知らない。
わたわたと慌てる2人に、落ち着いた男の声がかけられる。
「そこの、2人。」
ハッとしてムラサキとアカネが振り返ると、そこには先程の鳥。地面に降りたち、少し離れて2人を見下ろしている。背後には砂に還りつつあるエレキの亡骸。頭部と胴体を無惨に食い散らかされた跡が見て取れた。
そこまで見てムラサキはようやく気がつく。この鳥は、エレキを喰って魔族化したのだと。だからヒトの言葉を喋っている。
すぐさま警戒する2人。助けてもらったからといって、味方とは限らない。2人とも疲弊しているが、疲れているからと言って見逃してもらえないのが野生というものだ。
2人の警戒を見ても、鳥は構える様子もない。悠然と、落ち着いて、喉の調子を確かめるように首をひねる。
「あー、んん。警戒は、必要ない。殺す気はない。」
そう言われたからと言って、馬鹿正直に警戒を解く奴はいない。だが敵意がないのは本当のようだ、とムラサキとアカネは直感する。警戒は解かないが、ムラサキは話を聞く姿勢を取る。
「なんだよ。何か用か?」
「お前の、名前、を、聞いておきたい。」
「・・・尋ねるなら先にそっちが名乗りな。」
「そうか。しかし、俺は、名前は、ない。しかし、俺は、神獣だ。」
「へえ。」
何の神獣かは尋ねるまでもないだろう。そして、この鳥が雷の神獣であることに、特に驚きはない。魔族を圧倒する魔力量と魔法制御力。これで神獣でなかったら、その方が驚きだ。
「やっぱ、狙いはクロか?」
「そうだ。」
雷の神獣は首肯する。それを見たアカネが明確に警戒を強めた。唸り声を上げている。
「なら、なぜオレ達を殺さない?ここでオレ達を消した方が、クロの戦力を削れるんじゃないか?」
ムラサキは神獣の意図を計りかねてそう尋ねる。それに対して神獣は首を横に振った。
「それでは、いけない。狙う、のは、クロ、だけ、だ。」
「なぜいけない?」
さらにムラサキは尋ねるが、今度は神獣は答えず、首をひねる。そして数秒後にようやく口を開く。
「説明、難しい。また、鍛える。また、来る。待って、いろ。」
そう言って雷の神獣は翼を広げ、羽ばたいて上昇。急に強風が吹いて、ムラサキは吹き飛ばされそうになる。
飛ばされないように、ムラサキとアカネが踏ん張っているうちに、神獣は見る見る上昇し、そして飛び去って行った。
それを見送るムラサキがぽつりと言う。
「鍛える、か・・・お前の親以上の難敵かもしれないな。」
「クウ・・・」
鍛える。すなわち、既に魔族を複数相手取って余裕で勝てる実力を持ちながら、さらに強くなるということだ。力任せで無闇に襲ってくる獣とは違う、知恵をもって攻撃してくる。前回のキュウビはこちらから攻めて、準備をさせなかったが、今度の敵はしっかりこちらを倒す算段を付けて来るだろう。
しばらく神獣が飛び去った方向を見てムラサキは悩んでいたが、考えるのはクロの仕事、と割り切って家に戻ったのだった。




