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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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094 ムラサキについて

「ぐえっ!」


 ムラサキは抵抗もできずに魔族の男サイクロンに踏みつけられる。クロほど鍛えてはいないが、仮にも魔族。サイクロンの力は獣人以上で、ムラサキは骨が折れ、内臓に深いダメージを受ける。

 ムラサキが魔族でなければ、それだけで十分致命傷だ。だがサイクロンは容赦なく攻撃を続ける。


「おらっ!」

「ぐほっ!」


 それを止めようと声をかけたのは、意外にもサイクロンの相方である魔族の女エレキ。


「ちょっと!やりすぎないでよ?無力化するだけでいいんだから。」


 そう言われたサイクロンは、鼻で笑う。


「フン!人質はそこのキツネで十分だろ。こいつには、嘗められた、お返しを、たっぷりと、してやる!」

「ぎゃっ!ぐへっ!」


 言いながらサイクロンはムラサキを蹴り続ける。


「コンダクターはそいつも戦力に加える気じゃないの?やっぱ生かしときなって。罰を受けるよ?」

「こいつが抵抗した場合は、殺るのもアリ、って言ってただろ。抵抗したのは事実だし、問題ねえ!」


 エレキの忠言にも耳を貸さず、サイクロンは鬱憤を晴らし続ける。

 元々魔力が多くないムラサキは、既に虫の息だ。朦朧とした意識で、ぼんやりと考える。


 ・・・痛え。マジで痛い。畜生。このまま死ぬのか、オレ。やっぱアカネを見捨ててでも逃げた方がよかったか?いや、できねえよ、そんなこと。だってあいつ、オレを頼ってくれてたし。そんなん、初めてだ。


 クロもムラサキを頼りにしているとよく言うが、ムラサキの主観ではそこまでクロがムラサキに頼っているとは思っていない。いた方がいい、程度だと思っている。ムラサキはクロが独立独歩の精神を重要視していることをよく知っている。


 ・・・だったら答えたくなるのが男ってもんだろ。ダメだな。やっぱり詰んでたわ。クロ達について行ってた方が正解だったかなあ。はは、今更か。


 だんだん、周囲の動きがゆっくりに見えてきた。ムラサキは自分の死が近いことを実感する。


 ・・・オレ、よくやった方だよな?あんな化け物みたいな2人に付いて来て、平凡なオレはよくやったよ。クロは闇の神子だし、マシロも話を聞いた限り、親がこの森の実力者だったらしいし。強者の血統って奴だ。それに比べてオレは、多少魔獣の血が入ってるとはいえ、元はただのイエネコだ。魔族になれたのも運が良かっただけだ。


 ムラサキは走馬灯のように自分が生まれた家を思い出す。


 ・・・あの時は幸せだったなあ。あったかい家。毎日十分に与えられる飯。そのうえ向かうところ敵なしだ。町の猫なんて相手じゃなかったし。好きに散歩に出て、腹が減ったら家に帰って。好きなところで寝て。あ、そういえば、あいつと作った子供、無事育ったかな?


 ムラサキが街を出たのは3歳後半。既に何度か交尾も経験していた。オス猫は基本、子育てに参加しないため、自分の子のその後は深く知らない。


 ・・・ってあの町、戦争で焼けちまったんだった。生き残ってるわけないかあ。家も焼けちまったんだよな。どんな家だったっけ?飼い主の名前、なんて言ったっけ?はは、覚えてねえや。飼い主は生きてるかな?オレはすぐ逃げたからわかんねえなあ。


 ふと、そこで住処を追われた恨みを思い出す。


 ・・・やっぱり帝国は許せねえよ。向こうにも事情があるんだろうが、やっぱり許せねえ。ああ、こんなところで死にたくねえなあ。せめて戦争が終わるまで、見届けたい。


 そんな思いを、文字通り踏みにじるように、サイクロンが足を振り上げる。ムラサキにはそれが止めだと直感した。


 ・・・考えてみれば、やりたいこと、いっぱいあるじゃねえか!諦めたくねえ!死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!


 ムラサキの思いに応じ、敵の足を止めるように酸素が集まる。

 しかしその思いの強さとは裏腹に、残り少ない魔力では大した抵抗にもならず、蹴り足を止めるには至らない。

 無情にもその足はムラサキの頭めがけて振り下ろされ、砕いた。




 ムラサキの頭の、横の地面を。


 ・・・あれ?


 ムラサキはなぜ自分が生きているのか理解できない。

 対して魔族2人は慌てた様子だ。


「なんだ今のは!」

「雷鳴!?」


 どうやら朦朧とした意識のムラサキには聞こえなかったが、付近で落雷があり、その轟音と揺れで、バランスを崩したサイクロンが狙いを外したため、ムラサキは命拾いしたらしい。


「サイ!あの落雷の方向・・・」


 エレキが慌てて落雷が起きたらしい地点を指差す。荒れ地から少し離れた森の中だ。エレキが指さした方向を見て、サイクロンも動揺する。


「まさか、ヴォイスが!?おい!ヴォイス!」


 サイクロンが、エレキが指さした方向に叫ぶ。数秒、耳を澄ますそぶりを見せた後、怒りの形相でムラサキの首を掴む。


「がっ!」

「てめえ!まだ伏兵がいたのか!?」

「な、何のことだよ!?」


 突然、妙なことを聞かれて、ムラサキはうろたえる。見渡せば、いつの間にかスイーパー達が1羽もいない。

 次の瞬間、鈍い音とともに、急にムラサキの首を地面に押さえつけていたサイクロンの手が離れる。


「へ?」


 ムラサキは間抜けな声を上げる。何か高速で動く者が、サイクロンを吹っ飛ばしたのが見えたからだ。その速度はムラサキの動体視力でも追えないほど。そんな速度を出せるのは、ムラサキは1人しか知らない。


「マシロ?」


 マシロが戻って来た。

 そう思ってムラサキが身を起こした瞬間、聞こえたのは雷鳴。見えたのは閃光。


 ・・・雷魔法!?マシロじゃない?


 閃光が止んだ後、焦げた地面の上にあったのは、炭と化したサイクロンと、その上に立つ大きな猛禽だった。


ーーーーーーーーーーーー


 初めの雷鳴の数十秒前。森の中にはもう1人の魔族がいた。


「何やってんだ、サイクロンの奴。」


 通り名をヴォイスといい、魔族の族長の1人、コンダクターの配下に属する魔族の1人だ。その名の通り風属性の音声系魔法が得意で、情報伝達を担当している。

 今回もサイクロンとエレキの連携補助のため、ついて来ていた。また、万が一の時の伏兵でもある。

 しかし、見ている限り伏兵としての出番はなさそうだった。サイクロン1人では苦戦したものの、裏から回ったエレキが合流したことで形勢逆転。予定通りに狐を人質に取り、猫の無力化もできた。

 あとは2匹を連れて撤退するだけなのだが、サイクロンが猫をいたぶり続けていて、撤退する様子がない。エレキが諫めているようだが、聞く耳持たないようだ。


「決着はついたみたいだし、俺もサイクロンの説得に行くべきかなあ。」


 ここから魔法で声だけ飛ばすこともできるが、熱くなったサイクロンは聞き流す可能性が高い。エレキも本気で止める気はないようだし、自分が行かなければ生かして連れ帰る予定の猫を殺しかねない。

 そう思って伏せていた草むらからヴォイスが顔を出したときのことだ。ヴォイスは自身に魔力感知波が当たったことを知覚する。


「なっ!?」


 驚くヴォイス。魔族にとって魔力感知波を当てられること自体は驚くべきことではない。戦うにも魔法を行使するにも、まずは対象を認識することから始まる。そして認識する方法と言えば主に魔力感知だ。

 基本的に魔力感知は五感より距離も精度も優れている。だから攻撃するとき、基本の手順は、魔力感知、対象の確認、魔力送付、魔法起動となる。故に、他者から魔力感知波が当てられたら、それは攻撃を受ける前兆と言える。だから実戦派の魔族は皆、自分に魔力感知波が当てられたらすぐ気がつくように訓練している。

 ヴォイスが驚いたのは、その感知波が飛んできた方向だ。その感知波が来たのは真上。しかし真上と言えば木の上くらいしかない。その木の上は、ヴォイスの聴覚式魔力感知ですでに索敵し、獣1匹いないことを確認しているのだ。上から感知波が来ることはあり得なかった。


「くそ!なんなんだ!」


 ヴォイスはすぐに走り出す。正体不明の攻撃を受けたら、即座に行動すべし。逃走か迎撃かは状況に応じて判断せよ。それがコンダクターからの教え。ヴォイスはそれを忠実に守り、荒れ地へと走り出す。

 まずは自分が移動すること。感知されたのに悠長に同じ場所に留まっていたら、いい的だ。そして走りながら声を送る魔法『センド・ボイス』を準備する。正体不明の敵が来ていることをサイクロン達に伝えなければならない。

 ヴォイスは口の前にメガホンのように手を構え、サイクロン達がいる荒れ地に向ける。


「『センド・ボイス』!逃げろ!新手だ!」


 その声は魔力を伴って、荒れ地へと飛ぶ。

 しかし、その声は荒れ地まで届かなかった。ヴォイスの口から出たその声は、出た瞬間に上方から来た巨大な魔力に押し潰された。声に乗った魔力は拡散し、ヴォイスの声はただの音となって、森の木々に阻まれた。

 その降ってきた巨大な魔力は、ヴォイス自身も押し潰した。魔法を行使していない魔力に物理的圧力はないが、魔力に敏感な魔族には巨人に踏み潰されたような圧力を感じた。思わずヴォイスはその場に膝をつく。


「ぐっ!や、やばい!」


 その巨大な魔力が、遠距離魔法攻撃の前兆であることは疑いの余地はない。逃げなければ、この巨大な魔力に応じた、強大な魔法を喰らうことになる。

 ヴォイスがフィールドを展開して魔力を押し返す方法もあるが、押し返せないことを即座に直感できるほど、その魔力は強大だった。


 ・・・立て!逃げろ!大丈夫だ。この魔力は雷属性。発動は遅いはず!


 魔力は魔法を行使する直前、その魔法の属性を帯びる。そして確かにヴォイスを包む魔力は雷属性だった。

 だが、ここでヴォイスは見誤った。雷魔法は確かに発動が遅い。それは有名な話だ。だが、彼はその理由を失念していた。雷魔法の発動が遅いのは、発動に必要な最低魔力量が多く、それだけの量の魔力を目標に送付するのに時間がかかるためだ。したがって、距離が近ければ早く発動できるし、魔法操作力が高ければ、魔力の送付も速く、発動も速くなる。

 そしてこの場合、すでに十分な魔力がヴォイスのもとに送られていた。発動に十分な、ではない。ヴォイスを一撃で葬るのに十分な、である。


 ドオオオン!ゴロゴロゴロ・・・・


 まばゆい光と共に雷鳴が轟いた。自然の雷よりも膨大なエネルギーが込められた魔法の雷は、大気だけでなく大地をも揺るがした。

 そしてヴォイスがいた場所には、炭化した人型のみが残された。


 翼を広げ、上空を滑空しながらそれを見届けた猛禽は、荒れ地へ向かう。

 相手が魔族だろうが獣だろうが、獲物を逃さず仕留める。最適な方法で、論理的に、機械的に。猛禽の目には既に、荒れ地で猫を押さえつける、次の獲物の姿が映っていた。


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