093 ハヤトの亡霊
雨を抜け出し、しばらく盾に乗って進む。雨を抜けてからは氷で滑走できないので、少し浮かせて飛ばしていた。
滑走時の惰性がなくなってきたあたりで盾から降りる。背負っていた「黒嘴」の上に盾を重ねて固定し、マシロを背負いなおして走る。
「なんとか逃げおおせたか。」
クロは後方を確認しながら、帰途につく。
思い返せば危ない橋を渡ったものだ。
まずモスト川から戦艦をミタテ平野まで飛ばした。数多いる魔導士の亡霊たちならば可能と考え、戦艦の派手な破壊方法の締めくくりとして提案したところ、上手く乗ってくれた。
ところが想定外だったのが、ミタテ平野に向けて飛ばした時点で、亡霊たちの大半が成仏してしまった。考えてみれば彼らの目的は戦艦の破壊なのだから、飛ばした時点で目的は達せられている。亡霊たちは善意でクロに協力しているわけではないので、さっさと退散したのだ。
慌てたクロは残った魔力を必死に戦艦に張り巡らせ、制御を試みた。
亡霊がまだ一部残っていたが、残った者たちは存在の気配がするだけで、碌に声もかけてこない。協力を仰ぐことができない、ただいるだけの連中だった。
クロが回復する魔力も次々とつぎ込んだ結果、どうにか着地地点をずらすぐらいができるようになった。艦首の穴から落下方向を見て、着地地点を予測。遠くにわずかに感じ取れるマシロの魔力にぶつからないように軌道を修正。
その結果、どうにか、マシロを助けに来てマシロを踏み潰す、という間抜けな結末は避けられた。実際は着地の衝撃波で止めを刺してしまうところだったが、クロはそれに気づいていない。気づく余裕がなかった。
なにせ着地の瞬間はクロもその衝撃で多大なダメージを負っていたからだ。艦首で方向を確認した後、急いで艦尾方向へ退避し、頑丈そうなところに掴まったのだが、予想以上の衝撃に体を抑えきれず、船室の壁に叩きつけられた。
なんとか気絶は免れ、急いで回復。同時に魔力視で壁を透視し、周囲の様子を見る。マシロの無事と、すぐそばにいる<雨>と思しき敵を確認。回復次第、艦首へ走って、錨を操作。着地で艦首は大破し、かなり深く地面に埋まっていたのだが、錨が地面すれすれで埋まらずに済んだのは幸いだった。
錨でマシロを引っ張るが、これを<雨>に阻止される。これにはクロも焦った。<雨>が邪魔してくるとは思ったが、明確な対抗策もなかった。今回ばかりは行き当たりばったりのクロ。以前、地中の<地竜>が雨に殺されたことを考えれば、艦内に雨が入り込んでくるのは想像に難くない。
何か策はないかと頭を捻るクロに声をかけてきたのは、聞き覚えのない声。しかしこちらを知っているらしい。しかも亡霊にしては珍しく、恨みで動いている風ではない。紳士的に協力を申し出てきた。
是非もないとクロが応じると、驚くべきことにその亡霊はクロの術式ではなく、独立して魔法を行使。クロの体を魔力操作の媒介としてだけ借り、魔力も術式も制御も自前で行った。実質クロがやったのは代理の詠唱のみ。
実際は闇の神が分析したように、クロの脳に負担がかかっているのだが、アドレナリン出まくりのクロは気が付かない。
そうして迫りくる雨水をどんどん凍結させ、無力化することに成功。錨を抑える水も凍らせて、マシロを回収できた。
後は逃げの一手。戦艦に残った魔力を総動員して、<雨>を足止め。砲弾もないのに主砲と副砲を動かすハッタリで<雨>を騙す。
これが思いのほかうまくいき、逃走の時間を稼げた。
追いすがる<雨>が雨水を集めてきたが、すべて氷の礫となり、「黒嘴」だけで防御可能だった。いくらか喰らっても、制御を失ったただの氷ならば、それほどのダメージではない。
そうして逃げ切ったクロ。そこへ未だ成仏せずについてきている亡霊が声をかける。
「迷わず逃げたね。俺と協力すれば、勝てなくもなかったんじゃないか?」
「疲れた。敵の情報が足りない。負傷したマシロが居る。逃げで決まりだろ。ここまで来るのにだって結構無茶したんだ。」
「三十六計逃げるに如かず、か。爺さんが時々言ってたな。」
「お前、まさかハヤトか?その物言いに氷魔法・・・」
「ご名答。ハヤト・ミタライだ。シロを助けてくれてありがとう。」
「マシロを助けたのは、俺のためだけどな。ここで失うわけにはいかん。・・・にしても、あんた、何者だ?俺についてくる死者は、俺の復讐魔法に反応した復讐心にかられた連中だけだと思ったんだが。」
ハヤトは少し笑い声を漏らしながら答える。
「そうか。自分でも不思議だったんだけどね。シロが心配で朦朧とした意識の中で彷徨ってたら、急に意識がはっきりしたんだ。そしたら目の前にシロがいて、俺を殺した奴に殺されかけてる。何かできることはないかと思った瞬間、君の気配を感じてね。彷徨っている間に君やシロのことを見ていたから、君の力はわかっていた。でも驚いたよ。戦艦で飛んで来るなんて。」
「自分でもよくあんなもの飛ばしたと思うよ。」
「はは。でもその君でもシロを救うのに難儀している様子だったから、助けになれないかと近づいたんだ。だから、恨みでは動いていないね。単純に、シロが心配で、それが未練で現世に居残ってた。」
「ふうん。恨みに関係なく、死者が寄って来るのか?それはちょっと困るんだが。」
「無条件ではないんじゃないかな?もしそうなら、とっくに君は無数の死者に囲まれてるはずだよ。この辺はずっと戦場だったんだから。」
ハヤトが言う通り、ミタテ平野は10年前からずっと戦場だ。ここで死んだ者は数知れないだろう。すべての死者が反応するなら、とっくに大勢集まっているはずだ。
「その条件はおいおい検証するか。」
「そうだね。ところでクロ。」
「なんだ?」
「すごい鼻血出てるけど。」
「あ?」
ハヤトに言われて顔に触れてみれば、鼻から下が血だらけだった。こんなに出血していたのに、まるで気が付かなかった。
「なんだこりゃ?治癒が追いついてないのか?」
「そのようだね。大丈夫?」
「動きに問題はないが・・・」
クロは走りながら体の具合を確かめるが、不調は見られない。鼻血以外の負傷は治癒しているから、治癒能力の低下でもなさそうだ。
鼻血は脳の連続的な損傷によるものなのだが、やはりクロは気づかない。結局後回しにする。
「まあいいや。それより、どっかに足がないかね。この疲弊具合で家までダッシュはきつい。」
「シロが戦い始める前に近くに誰かいた気がしたけど・・・もう移動しちゃったかな。ただの連絡員だったみたいだし。」
「俺が着いた時点でマシロは気絶してたみたいだし、決着がついたと思ってモスト川の主戦場に行ったのかもな。」
「じゃあ、足は期待できないね。大人しく途中の町で宿を取ったら?」
「・・・野宿の方がマシだ。仕方ない。」
実際はリュウイチ副官達は、クロが想像した通り、マシロが敗れたのを見て、その連絡と主戦線への合流のためにモスト川へ移動した。
しかし、その直後の轟音、すなわちクロが飛ばした戦艦の着地の音を聞いて引き返したのだが、クロとは入れ違いになっていた。
クロが野宿を決めた時、「あ」とハヤトが声を上げる。
「どうした?」
「意識が薄れてきた。どうやら君の魔法の効果が切れるみたいだね。」
「ああ、そうか。まあ、今回は長くもったほうかな。」
「あまり時間がなさそうだ。シロに伝えてくれ。見守ってるって。」
「わかった。」
「じゃあ、また会おう。」
その声の直後、ハヤトの声は途切れ、感じていた気配も感じ取れなくなった。
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そのころ、神域では火の神がまた闇の神を質問攻めにしていた。
「おい!闇の神!死者が魔法を使ったぞ!」
「あー、うるさい。何をそんなに驚く。」
怒鳴るような大声の火の神に、辟易とした様子を隠そうともしない闇の神。あからさまに耳を塞いで見せる。
「奴の新たな復讐魔法は、死者の魔力を利用して自分の魔法を行使させるものではなかったのか?」
「基本はそうだ。」
「だが、あのハヤトとかいう現地人は、自分の魔法を使ったぞ!」
確かに先の説明では、死者は自分の魔法を使えない。パソコンに例えれば、マイパソコンを持っていないのだから。
「そのハヤトというものが、例外だ。」
「例外?」
「肉体を持たぬまま、魔法を行使する術を無意識のうちに見出したのだろう。」
またパソコンに例えるなら、タブレットやスマホを使用したようなものだ。そこから神々のネットワークに接続。自分のアカウントでログインして、ソフトを使用。それだけだ。
ただし、タブレットからネットワークに接続する方法は、通常のパソコンとは異なる。それを誰にも教わらずにできる者が少ないのだ。
闇の神の説明に、火の神が驚く。
「そんな方法があるのか!?」
その様子を見た闇の神が呆れ果てたように溜息をつく。
「お前は馬鹿か?いや、馬鹿だったな。」
「何を!」
「お前も肉体を持っていないだろうが。」
「あ。」
「要はあのハヤトというもの、ワシらと同じ存在になりつつあるのよ。もちろん、有する力はワシらに比べれば極小だがな。」
「そうか。」
ようやく理解できた、という様子の火の神。満足げにソファーから立つ。
「今日は面白いものが見れた!礼を言うぞ、闇の神!」
「礼はいいから、自分で下界に接続くらいできるようになれ。」
「接続はできるぞ!面倒なだけだ!ハハハ!」
「はあ、もういい。帰れ。」
「はっはっは!ではまたな!」
そうして陽気に火の神は帰っていった。
静かになった自室で闇の神が視線をクロの映像に戻す。
「さて、新たな復讐魔法。使い方によっては相当強力だが・・・代償は如何ほどかな?」




