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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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092 ミタテ平野決戦③

 降りしきる雨の中、マシロは立っていた。正面には1人の男。互いに何も言わず、構えもせず、ただ向かい合って立っている。


 ・・・ああ、これは夢ですね。


 マシロは<雨>との戦闘中に意識を失ったことを自覚している。マシロは敗れたのだ。故にこれは夢だと悟る。敵に止めを刺されるまでの一瞬に見ている夢。

 それを裏付けるように、正面の男は見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。かつて主として敬愛し、彼が死んで、マシロが魔族となった後も何度も夢に見た顔。ハヤトだった。

 今までの夢では近づこうとしても近づけず、手を伸ばしても届かなかったハヤトが、今は手を伸ばせば届く距離にいる。しかし、マシロは手を伸ばさない。その場で頭を下げる。


「申し訳ありません、ハヤト。あなたの最期の命令を、守れませんでした。」


 最期にハヤトがマシロに与えた命令は「生きろ」というものだった。しかし今、宿敵に敗れて、自分もまた主と同じ場所にきている。手を伸ばし、ハヤトのところまで進めば、自分も死ぬのだろう。そしてそれは時間の問題だ、と思った。

 しかしハヤトは笑顔で首を横に振る。


「何故、謝るんだい?シロはよく頑張っているじゃないか。」


 懐かしい呼び名に涙が出そうになりながらも、マシロは答える。


「あなたの命令を受けた直後に、命の危険を冒して魔族に身を落としました。」

「結果としては、魔族になったことで延命できていると思うけど?」

「性懲りもなく戦場に出ていました。」

「俺以外にも守りたい者ができたんだろう?」

「力及ばずっ、こうして!戦死してしまいましたっ!」


 とうとう堪え切れずに涙を流しながら、マシロは謝り続ける。マシロが何を言っても肯定してくれるハヤトに、いっそ自分を責めてくれ、叱ってくれと言わんばかりにマシロは叫ぶ。

 それでもハヤトはマシロを責めたりしない。頭を下げるマシロの肩を叩いて、マシロの後ろを指差す。


「シロ。まだ終わってないよ。」

「え?」


 指さされた方向を振り向くと、見覚えのある腕が、雨の外からマシロに向かって伸びてきていた。

 比較的小さい手の平に対して指が長い、特徴的な手。クロの手だ。手が小さいのに不満を持ったクロが、自分で肉体改造して指を伸ばした、とムラサキが呆れて言っていた。その手によく鍛えられた腕が続き、腕は途中からネジや釘など鉄くずが集まったモノになっている。


「そんな。マスターは遠く離れた地で戦っているはず・・・」

「彼にとっては、シロを助けるのに、距離は関係ない様だ。」


 ハヤトがそんなことを言ったのと同時に、クロの手はマシロを掴み、引っ張り出そうとする。

 しかし足元の水や雨が邪魔して、マシロはその場から動けない。

 その強い水の力に、敵の強大さを思い知らされるようだ。だが、それが逆に、諦めかけていたマシロの闘争心に火をつける。マシロも水から逃れようと動き始めた。


「この!くっ!」


 しかしクロが引っ張っても、マシロが暴れても、大量の水が逃がさない。逆にクロの手も引き込んでしまいそうだ。

 それを見守っていたハヤトがゆっくりと言う。


「マシロはなぜ彼と戦いに来た?勝算があったわけではないだろう?」


 その言葉に、マシロは暴れるのをやめる。


「確かに、そうです。でも、勝ちたい、と思いました。」

「なぜ?復讐かい?」


 そう言われてマシロは少し悩む。そして首を横に振る。


「いいえ。違います。奴が憎くてやっていることではありません。ただ、奴に勝たなければ、あなたがいつまでもこうして雨に囚われているような気がして・・・そう思うと、私も雨を放っておけないのです。」


 きっと、ハヤトのことを忘れて、雨なんて無視して生きていく道もあるのだろう。きっとその方が楽なのだろう。だが、マシロにそんなことはできない。主を忘れることなどあり得ない。

 戦う前から、色々と理由を考えていたけれど、それが一番の理由だった。


「そうか・・・」


 それを聞いたハヤトは、少し目を閉じ、次の瞬間、一歩踏み出した。

 マシロはそれに驚く。ハヤトは死者であり、その助けは期待できないと思っていたからだ。

 しかしそんな考えを吹き飛ばすように、ハヤトは水を雨をかき分けて前進する。


「俺のために来てくれたなら、手助けくらいはしてもいいよな!」


 ハヤトがそう言って腕を伸ばした先は、マシロではなく、その隣にいつの間にか伸びてきていた、もう1本のクロの手だった。

 ハヤトがクロの手をがっしりと掴むと、そこから魔力が手渡されていくのがわかる。

 それによってマシロを引くクロの手に力が入り、一気にマシロを水から引きずり出した。それを確認したハヤトはクロの手を放す。


「待ってください、マスター!ハヤトが!」


 まだ話をしたい。結局謝ってばかりで触れてすらいない。そう思ってマシロは引っ張られながらハヤトに手を伸ばす。

 そんなマシロをハヤトは手を振って見送る。


「行け!シロ!次は勝てよ!」


 遠ざかるハヤトからの激励を受け、マシロは歯を食いしばる。


「勝ちます。今は敗れましたが、次こそは!もっともっと、強くなる・・・!」


 そして雨を抜け、差し込んだ光が眩しいと感じた瞬間、マシロの夢は醒めた。


ーーーーーーーーーーーー


 現実の雨の中。カイルは、膝をつき動かなくなった<疾風>を見下ろす。

 まだ生きているようだが、継続的に脳を水で破壊し続けているため、目覚めることはない。


 ・・・脳を破壊しても再生するとはたまげた生命力だが、意識が戻らないなら、これで詰みだ。


 カイルは左手のソードブレイカーを納刀し、自身の後ろ髪と首を確認する。

 髪は半分ほど斬られ、首にも少しあとが残っていた。カイルの防御が間に合わなければ、<疾風>がカイルの髪の予想以上の強度に戸惑わなければ、首を斬り落とされていたかもしれない。まさに紙一重の勝負だった。


「認めよう。2代目<疾風>。お前もまた強者だった。」


 カイルが止めを刺さんと、右手のソードブレイカーを構えたとき、雨が上空から接近する物体を感知する。


「なっ・・・」


 それを感知してカイルが言えたのはそれだけだった。初めの一瞬は巨大なものが雨雲に突っ込んだのを感知。あまりの大きさに驚いて、次の瞬間に顔を上げると、それが鉄の塊だということにさらに驚く。

 そして回避にようやく頭がいった瞬間、降って来た鉄の塊はとんでもない速度で着地。カイルが寝泊まりしていたテントを下敷きにした。

 水流で<疾風>を吹っ飛ばし、それを追いかけてテントから離れていなければ、カイルも下敷きになっていただろう。

 だが、直撃しなくても被害は被った。まるで隕石が落ちてきたようなものだ。鉄塊は着地と同時に地面を抉り、クレーターを作った。そして抉り出した土砂を周辺に撒き散らす。

 カイルはまず衝撃波に転倒させられ、地に伏せる。土砂の接近に気づくと、それに逆らうように全力で水流を起こし、身を守った。それが図らずも付近に倒れた<疾風>も守ることになる。

 土砂との押し合いは数秒で済んだが、カイルにはとても長い時間に感じられた。多大な魔力を消費し、襲い来る疲労感に、地に伏せたまま眠ってしまいたくなるが、ここは戦場だ。気力を振り絞って起き上がる。

 防ぎきれなかった泥を振り払って立ち上がると、落ちてきた鉄塊の正体がわかった。


「なぜこれが、ここに?」


 それは帝国の新造戦艦オーラム。帝国の秘匿戦力であるカイルにもそれは知らされていた。モスト川で出陣する予定だったことも。


 ・・・まさか飛行機能でもついていたのか?


 あまりのあり得ない出来事に、そんな突拍子もない考えが浮かんでしまうが、すぐにそれが違うとわかる。

 よく見れば戦艦は大きく損傷していた。着地の衝撃だけではないことがわかる損傷が確かにある。しかも着地後に連絡も援護もないことから、味方が操縦して飛んできたのではないのは明らかだ。だいたい、人間なら今の着地の衝撃で死んでいるだろう。


 ・・・そうすると、何者かにここまで飛ばされた、ということになるのだが・・・どうやって?


 カイルはかなり魔法には精通している。それゆえに断言できる。こんな重量物を数百km離れたモスト川からここまで飛ばすことなど、誰にもできはしない。魔法で実行するなら、神のごとき魔法出力が必要だ。そもそも、金属を操る魔法自体が希少だ。

 そこまで考えたカイルが、金属を操る敵を思い浮かべた瞬間、戦艦に動きがあった。

 ぶら下がっていた錨が急に動き出し、カイルに襲い掛かる。動きは緩慢だが、その重量は脅威だ。魔力を消耗したばかりのカイルは、魔力の節約を考えて回避を選択。

 すると錨はカイルがいた場所を通り過ぎ、その先でぴたりと止まる。そしてそっと地面に先端を刺すと、その下に埋まっていた<疾風>を引っ張り出した。


 ・・・やはり<赤鉄>!<疾風>の救助に来たか!ここで逃がすわけにはいかん!


 カイルは雨水を集めて錨を捕らえ、その動きを封じる。<疾風>への攻撃は継続中だ。まだ彼女の意識は戻っていない。

 さらにカイルは『レインメイカー』の自動攻撃を起動する。これで雨の中にいる者は、カイルが認識しなくても攻撃される。


 ・・・戦艦を操るとは、<赤鉄>。とんでもない魔力だが、ここで死んでもらうぞ。<疾風>共々な。


 カイルも疲弊しているが、今のところ、錨の引き合いはカイルが勝っている。どうやら<赤鉄>も戦艦を飛ばしてくるのに魔力の大半を消費して、疲弊しているようだ。

 自動攻撃を始めた雨が、戦艦内部に侵入していく。それを触覚式魔力感知でカイルは把握する。

 戦艦内に多数の人を確認するが、いずれも無惨な死体ばかり。


「どこだ?<赤鉄>・・・」


 錨を引いている以上、<赤鉄>はそこまで離れたところにはいないはずだ。戦艦内に潜んでいる可能性が高い。見つけて攻撃し、脳を破壊して意識を奪えば、カイルの勝ちだ。

 すでに戦艦は雨水で包囲し、逃げ場もない。カイルの勝利は時間の問題に見えた。

 だが。


「なに!?」


 カイルの魔力感知が、戦艦内を進む雨水に異常が発生したことを感知する。

 氷だ。戦艦内の一部の雨水が凍り始めた。それはどんどん広がり、戦艦を包囲していた雨水は次々と氷に代わって、動きを止められていく。


「ばかな・・・<赤鉄>は凍結魔法すら得手だというのか?」


 『フリーズ』等の冷却、凍結魔法は使い手が少ない。そのうえ、これほど大量の水を凍結させるとなれば、かなり炎適性が高くないと無理だ。

 金属を操るという情報から、過去に存在したという金属魔法なら土適性特化、電磁力で金属を操っているなら雷適性特化と考えていたカイル。炎適性まで高いとは予想外だった。

 どんどん広がる氷に、カイルは初代<疾風>を思い出す。彼は初手で既に体内を破壊されながら、周囲の雨を次々凍らせて、必死の抵抗を見せた。その抵抗は彼の魔力がある限り続き、その間カイルは彼に接近すらできなかった。初手で致命傷を負わせていなければ、どれだけ手古摺ったかわからない、強敵だった。

 氷を操作するには、水適性だけでは足りない。土適性も必要だ。カイルにはそれが不足していた。故に、自身が降らせた雨でも、凍ってしまえば制御できなくなる。カイルの『レインメイカー』の弱点の一つだ。


 そんなことを考えている間に、錨を覆う水まで凍り、カイルの制御を離れた。

 直後、氷を砕いて錨が動き、一気に<疾風>を引き寄せる。そして戦艦にぶつかる直前、錨を提げる穴がひしゃげて広がり、そのまま錨ごと戦艦内に<疾風>を引き入れた。


 ・・・<疾風>を奪われたか。ますます戦艦から逃がすわけにはいかないな。


 せっかく撃破した<疾風>を復帰させられれば、この平野での戦果は0だ。カイルは正確には帝国軍所属ではないので、処罰を受けることはないが、信用を幾何か減じられる可能性が高い。ここまで必勝・必殺で通してきたから、帝国に信用され、厚遇されているのだ。その実力を疑われては堪らない。

 そこでカイルはさらに戦艦に雨を集める。凍るならば、そのまま分厚い氷で戦艦を覆ってしまえばいい。そして持久戦に持ち込み、敵の魔力が尽きて凍結魔法が切れたところで一気に決める狙いだ。

 そのカイルの狙いを知らず、<赤鉄>が放つ冷気は広がり、戦艦の周囲は雪になり始めた。それでもカイルはその外側から雨を集めて、戦艦を覆う氷を分厚くしていく。

 しかし氷が十分な厚さに達する前に戦艦が動く。主砲と副砲がゆっくりと氷を砕きながら動き、カイルの方を向いたのだ。


「な!」


 ・・・しまった!攻めに転じるにしても、それを使うとは!


 <赤鉄>が疲弊し、反撃の余裕がないと判断していたカイル。まさか大砲のような大きなものを操って来るとは、想定外だった。

 いくらカイルでも、戦艦の砲撃を防ぐのは難しい。先程土砂を防いだように、全力で水流をぶつければ止められなくもない。しかし今は疲弊している。しかも主砲と副砲、合わせて9発は飛んで来る。とても防ぎきれない。

 防御は不可と考え、カイルは体を水で覆い、自己の身体能力を底上げする。下方への砲撃は弾速が速く、見てから回避はできないので、動き回って狙いを定めさせない。

 主砲と副砲はカイルを追ってぐるぐる動く。カイルはその砲口から逃げる。その追いかけっこで雨水の集束速度が衰えたとき、突然主砲と副砲の動きが止まった。


「・・・魔力が尽きたか?」


 カイルが息を切らして立ち止まり、様子を見るが、戦艦に動きはない。

 カイルが不可解に思っていると、雨の魔力感知に引っかかるものがあった。瞬間、カイルは<赤鉄>の狙いを悟る。


 ・・・やられた!反撃する気などなかった!初めから逃げの一手か!


 雨の魔力感知が捉えたのは、カイルと反対側に高速で逃げる<赤鉄>だった。<疾風>を背負って鉄板に乗り、地面の水を凍らせて滑っていく。方向は南。戦艦を挟んで向こう側、すでにかなり距離を取られている。

 大砲を動かしたのは、カイルの攻め手を緩めるための囮。カイルがそれに気を取られている間に、戦艦を脱出。戦艦の周囲は雪になっていて感知が及ばず、集めている雨もまばらなので、感知が不完全なため、発見が遅れた。何より、<赤鉄>に近づいた雨はすべて凍ってカイルの制御下から放れてしまっている。

 慌ててカイルは走って追うが、当然追いつけない。何とか足を止めようと、逃げる<赤鉄>に雨を集めるが、集めた傍から凍り、せいぜい氷の礫を降らせる程度。<赤鉄>はそれを剣で払い落として防ぎ、減速することはない。

 結局、カイルは<赤鉄>も<疾風>も取り逃がした。息を切らせながら、その場に座り込む。


「ハア。やれやれ。参謀連中に嫌味を言われそうだな。」


 カイルは追跡を諦め、帝国参謀本部への言い訳を考え始めた。


決戦とか言いつつ、決着せず。カイルとの決着は当分先になります。

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