表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
100/457

091 モスト川の悪夢

 「ん、還ったか。」


 クロは自分の意識が体に戻ったのを確認する。

 敵の艦長に亡霊の存在を証明するため、亡霊の中にいた指揮官に体を貸してみたが、意外にも艦長と知り合いだったようだ。しかも私怨あり。さらにはそれは誰が聞いても恨んで当然と言えるような艦長の過去の悪行と来た。それが帝国兵の亡霊たちの復讐心を助長し、目の前の惨劇を生んだ。

 艦長、ロナルド少将は、両手足を拘束されたまま第二宇宙速度を超える高速の砲弾を受け、砲弾に貫かれたところだけでなくその周囲まで衝撃波で破砕され、残るのは拘束された手足の先と、半壊して脳みそがはみ出した頭だけだ。

 しかしこれだけ思い切りやったおかげか、帝国兵の亡霊たちは軒並み成仏してくれたようだ。もう例の指揮官の声も聞こえない。


「成仏してくれたなら、殺った甲斐があったな。」


 魔力視で戦艦内を見渡した限り、生存者はいない。船員まるごと皆殺しとはやりすぎな気もするが、こうでもしなければ彼らの恨みは晴れなかっただろう。

 とはいえ、クロがいなければ亡霊たちが目覚めなかったのは事実。その点から見ればやはり無益な殺戮だったかもしれない。だが、復讐とはそういうものだ。無駄で無益で不幸しか生まない悪行。クロはそれを認識したうえで復讐をしている。

 やるべきではないと理解していることをやる。クロは戦うたびに心のどこかでその葛藤と戦っている。そして戦い続けるために、その復讐にやりがいを探す。傭兵として金を得るため、土地と仲間を守るため、誰かの恨みを晴らすため。後付けで理由をつけては復讐を実行する。

 そうでもなければ、耐えられないのだ。クロは明らかに狂っているが、そこまで精神が強いわけではない。強くないからこそ、狂ったとも言える。狂わなければ、やっていられない。戦っていられない。仲間を守れない。

 そして戦場では、そんな悩みに思いを巡らせる暇などない。思索に耽りそうになるクロを、また死者の声が呼ぶ。


「<赤鉄>。俺達の恨みはまだ晴れんぞ。」

「そうよ。このまま帝国を倒しましょう!」


 帝国兵の亡霊たちは成仏したが、王国兵の亡霊たちはまだ残っている。

 それを聞いたクロは明らかに嫌そうに溜息をつく。


「はあ、悪いがそこまで付き合う気はない。」


 彼らの無念は帝国を倒さない限り晴れないだろう。クロにはそこまで付き合う義理はなかった。

 確かにクロのこの力を維持したまま攻め上がれば、まさに敵なし。帝国軍を蹂躙できるに違いない。

 だがクロはこの力には代償があると予想していた。今は復讐心に身を任せて暴れているため気分がいいが、大きな力には代償がつきものだ。後でどんな反動が来るかわかったものではない。それを考慮すれば、長時間この状態を維持するのは望ましくない。

 クロの返答に、死者たちはいっせいに抗議の声を上げる。


「なぜだ!帝国兵の仇は討って、我らの望みは叶えてくれんのか!?」

「この力があれば楽勝だろうが!この機を逃すのか!?」


 うるさく訴える死者たちの声にも、クロは動じない。


「仇なら討ったろうが。王国軍を壊滅させた戦艦を止めた。艦長を血祭りにあげた。船員を皆殺しにした。それでも満足できないか?」

「しかし!」


 さらに言い募ろうとする死者の声を遮って、クロが言う。


「俺のこの力は無限じゃない。いつまで持続できるかもわからん。だから東岸の帝国兵にまで手を出すのは困難だ。途中で効果が切れるリスクが高い。」

「ぐぬぬ・・・」


 理詰めで説いても納得がいきそうにない死者たち。そこでクロは妥協案を述べる。


「だから、今ここで、効果が切れないうちに一気に使っちまおうと思う。この戦艦、使い物にならないくらい派手にぶっ潰そうじゃねえか。」


 クロの提案に、死者たちが乗り始める。


「おお、それはいい!」

「まあ、止むを得んか。中途半端になるよりは・・・」

「やるぜえええ!」

「帝国軍の奴らに恐怖を植え付けるぐらい派手にやろうぜ!」

「おおおおおおお!!」


 ・・・よしよし。乗って来たな。


 死者の思考は基本的に単純だ。クロの思惑通りに誘導できたようだ。最後にクロは自分の望みを伝える。


「じゃあ、始める前に一つだけ、注文を付けよう。ラストは・・・」


ーーーーーーーーーーーー


 モスト川の下流、西岸。その岸からドナルド副官は、戦艦の様子を見ていた。

 <赤鉄>の反撃を受け、撤退すべく転回を始めた戦艦だったが、180°回ったところで動きを止めてしまっていた。

 ドナルドは双眼鏡で数km離れた海に浮かぶ戦艦の様子を見る。


「・・・むごい。」


 双眼鏡で見えるのは甲板くらいだが、そこだけでもひどい惨状になっている。

 逃げ惑う帝国兵が、飛来する鉄板に切り刻まれていく。たまらず海に飛び込もうとした者すら、空中でバラバラにされている。海には帝国兵の死骸がばら撒かれ、獰猛な肉食魚が集まって来ていた。これでは海に飛び込めた者がいたとしても、生きてはいまい。


「あれがクロ殿の魔法なのか?遠隔、自動で人を切り刻むような、凄惨な魔法・・・人が使っていい魔法ではない。」


 クロ本人はとても悪党には見えないほど、誠実な男に見えた。だがこの惨劇を生み出したのが彼だとするなら、評価を改める必要がある。

 実際には自動ではなく鉄板に意思が宿り、相手を選んで攻撃しているのだが、遠目に見るドナルドには無差別攻撃にしか見えない。


 やがて甲板で動く者がいなくなり、鉄板が艦内に戻って行くと、その数分後に艦橋の窓から何かが飛び出した。それは一直線に空へ上がっていった。放物線など描くことなく、一直線に。

 その途轍もない威力に、それが何かもわからずにドナルドは戦慄する。


「化物・・・国王陛下、本当に我らは<赤鉄>と肩を並べていていいのでしょうか?」


 もはや魔法を熟知し、神獣なども知る王国の士官でさえも化物と評さざるを得ない<赤鉄>。共に戦うことに、ドナルドは疑問を覚え始める。


 ・・・彼は、本当に信頼していいのか?世界を滅ぼす悪魔なのではないのか?・・・いや、彼本人を見ただろう。悪党では、ない、はず・・・


 判断に迷うドナルドに追い打ちをかけるように事態は進行する。


 ドカアアアン!!


 爆音と共に、戦艦の後部が爆発する。


 ・・・弾薬庫に誘爆したのか!?


 ドナルドが双眼鏡を構え直して戦艦を見ると、確かに爆発で壁が吹っ飛び、見えるようになった艦内では、継続的に爆発が続いており、そこが弾薬庫であることを示している。

 しかし、異常なのはそこから飛び出しているものだ。爆風に乗って砲弾が飛び出すのだが、よく見れば軌道が不自然。砲身を通っているわけでもないのに正確に東岸の帝国軍陣地に飛んで行くのだ。飛び出した全ての砲弾が。

 爆発が起きるたびに飛び出す砲弾は、次々と帝国軍陣地に降り注ぎ、甚大な被害を与えていく。

 振り返って上流を見れば、東岸から反攻を開始しようとしていた帝国軍が、その光景に足を止め、進軍を停止している。


「<赤鉄>の仕業か。助けられたと見ていいのか?」


 数分かけて、ありったけの砲弾を東岸に撃ち出した後は、一旦静まり返る。

 帝国軍は砲撃が止んだと見て、慌てて陣地に引き返していく。仲間は?物資は?どのくらいやられたのか?司令部は無事か?そんな懸念が彼らの足を止め、引き返させる。

 ドナルドもこれで終わりと考えて、司令部に報告に戻ろうとした時、異音に気がつく。

 金属が軋むような、ギギギという音。大きくはないが、確かに戦艦から聞こえてくる。ドナルドが振り返って海を見れば、そこに驚愕の光景が見えた。

 浮いている。戦艦が浮いている。巨大な戦艦が。何トンあるのか、重量を量るのも馬鹿らしいほどの超重量物が、浮いている。

 ドナルドは我が目を疑い、双眼鏡で確認しようとするが、その必要はなくなる。

 戦艦はさらに高度を上げ、上昇速度を上げ、そして風を切る音と共に空の彼方へ飛び去ってしまった。

 これにはもうドナルドは何も言えない。余りに常識外れで、理解不能だ。なんとか絞り出した言葉は、たった一言。


「夢か?これは。」


 この出来事は、後にクロの名を世界に轟かせた最初の事件として、「モスト川の悪夢」と呼ばれることになる。


ーーーーーーーーーーーー


 神域。事の次第をずっと観察していた闇の神と火の神はソファーに並んで座っている。闇の神はにやにやと笑い、対象的に火の神は難しい顔をしている。


「なあ、闇の神。」

「なんだ?」


 闇の神が上機嫌に答える。いつも怪しい笑みは浮かべても、不機嫌なことが多い闇の神には珍しい。


「このイレギュラーが変質させた復讐魔法は、汎用化するのか?」

「そうだなあ・・・」


 異世界人に与える固有魔法は、神々が作った新作魔法である。異世界人に与えるのは、すなわち試作品。実際に使ってみて、その効果、安定性、世界に与える影響を見る。

 その結果、現地人に普及させても問題ないと判断されたものは、汎用化される。しかしこれまでの結果を見れば、完全に汎用化されるのは稀で、異世界人限定で汎用化されるのが多い。中には使い物にならない、とお蔵入りするものもある。


「まず、完全汎用化は無理だな。現地人が復讐しあい始めたら、収拾がつかん。」

「それはそうだな。やはり限定汎用化か?」

「ああ。その予定だ。クロの死後、きっちり解析して、汎用化する。だが・・・使い手はそうそう現れないだろうな。」

「なぜだ?たった今、イレギュラーが見せた使用方法なら、従来の復讐魔法のような術者への負荷は軽微なようだが。」


 火の神は記憶力がいい方ではないが、印象に残ったことはよく覚えている。かつて復讐魔法『ヴェンジェンス』で一瞬とはいえ途轍もない力を使った異世界人を見たことは、忘れようがなかった。その威力も、使った瞬間、術者の肉体が自壊したことも。


「確かに従来の『ヴェンジェンス』で起きるような肉体の自壊は起きていない。あれは、大量の魔力が術者の肉体を高速で出入りするために起きるからな。今回クロが使った方法なら、魔力はクロの周囲に漂い、クロの指示に従い、各自の判断で動く。肉体は通らないから、肉体の崩壊もない。しかし・・・」

「何か問題が?」

「魔法を使用している以上、術式を使っている。今回で言えば、漂う死者の魔力は死者の判断で動いているが、使用している魔法はクロの原子魔法だ。魔力は他人の物を使っても、魔法を行使しているのはクロだ。」

「んん?どういうことだ?あの鉄板とかを動かしていたのは死者たちだろう?」

「そうだ。あれは死者の意志で動いていた。しかし、それを動かす魔法はクロが使っていた。」

「んー?」

「まあ、特殊な事例だからな。理解しがたいのも無理はない。」


 例えるなら、術式はパソコンのソフト。魔法はソフトの実行だ。術者は魔力というエネルギーでパソコンに電源を入れ、ソフトを起動し、実行して魔法を使う。

 普通のこの世界の者たちは、神々がネットワークの共有フォルダに置いているソフトをマイパソコンからアクセス。アクセス許可を得た物だけ使用できる。魔族はソフトを自作してマイパソコンに入れている。これだけ聞くと、魔族の方がソフトの実行が速そうだが、神々が管理するネットワーク環境は良好なので、大きな差はない。むしろ、パソコン内の整理ができていない魔族の方が、パソコンの動きが遅いくらいだ。ちなみにクロは魔法を禁止されている分、マイパソコンに入れているソフトが少ないので、きれいに整理されている。

 では今回のケースはというと、クロのマイパソコンに入っている原子魔法のソフト1つを、多数の術者が同時に使用しているような状況だ。なにしろ、死者たちは肉体がないので、マイパソコンを持っていない。つまり、クロが死者にマイパソコンを貸している状況だ。そして死者たちはクロのパソコン1台に集まって作業している。

 1つのパソコンで1つのソフトを何重にも起動して並行に実行したら、どうなるか。

 その結論だけを闇の神は述べる。


「結論だけ言えば、脳が壊れる。」

「は?」


 先程の例えで言う、マイパソコンは、術者の脳だ。パソコンが過剰に動いて熱を持つように、クロの脳には通常ありえない負荷がかかっている。


「脳すら自己再生する魔族だからこそ生きている状態だ。今、クロの脳には致命的な負荷がかかっているはずだ。」

「・・・・・・」


 流石の火の神も絶句。脳が過剰に働いて崩壊し、徐々に頭が破壊されていくというのだ。発動直後に肉体が崩壊してすぐに死ねる従来の復讐魔法とどちらがマシだろうか。

 結局、リスクのない復讐などない。復讐者には相応の末路が用意されているものだ。


「それにおそらく、その脳の負荷に耐えられても、他にもリスクがあるだろう。」

「ま、まだあるのか?」

「おそらく、だ。要経過観察だな。」


 闇の神はそんな分析をした後も、まだにやにやと笑っている。闇の神にとっては、クロは興味深い実験動物に過ぎないのだ。どこでどう死のうが、面白い実験結果さえ残してくれればそれでいい。

 対して火の神は、同情こそしないものの、クロへの敵愾心はもうなくなっていた。何もしなくてもいずれ自ら滅びる。そんな未来が見えたような気がしたからだ。

 火の神はもう神獣を差し向けたりはせず、ただ見守ろうと決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ