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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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001 裏切り

 クロは長い廊下を黙々と歩く。歩くのは好きだ。無心で歩いていればストレスから解放される。しかし、今は無心ではいられない。これからやらねばならないことがある。そのためにこの1年、いや鍛錬や魔法開発も含めれば3年も準備してきたのだ。失敗は許されない。

 転生して3年。クロ、本名、鴉山明文はひたすら準備してきた。明文はとある理由から転生時に魔族になった。神を信仰しない魔族を選んだ明文はペナルティとして魔法に制限を受けていた。様々な種が暮らし、それ故に争いが絶えない世界と聞いていたため、そんな世界で能力に制限を受けた明文は、生きる力を得るまで力を蓄えることにした。魔族は高い能力を持つが、過去に勇者に討伐され、辺境に隠れ住んでいた。転生時に落とされた場所もそこだった。そこでとある魔族に拾われ、その魔族に雑用として使われながら、3年間鍛錬と魔法開発に費やした。だが、それも今日で終わる。

 これからやるのは命懸けの勝負だ。失敗は死を意味する。既に一度死んでこの世界に転生した身としては、別段そこまで恐れることでもないのだが、転生後の3年で積み上げたものは失うには惜しいくらいに多い。ならば、その積み上げたものを駆使して勝つのみ。そのための準備は十分にしてきた。本当なら独立しても生きていけると確信が得られるまで鍛えたかったが、そうも言っていられない状況になってしまった。

 歩きながら腰に差す脇差と手に持つ武器を確認する。脇差はおそらく今回は使わないだろう。脇差「鳥頸」は使用条件が厳しい。手に持つのは一見すると長剣に見えるもの。しかし、柄に細工がしてある。今回使うとしたらこの「黒嘴」だろう。

 クロは歩きながら壁に目をやる。土を圧縮して作られた建物。魔法が発達したここでは、このように土魔法で建築されたものが多い。魔法で圧縮された土壁は想像以上に堅牢で、家主が魔力を追加供給すれば、さらに強度が増す。土魔法が得意な者なら改築も簡単だ。

 立ち止まって土壁に触れ、魔力を流し、仕込みを確認する。

 ・・・うん。問題ない。いざという時の援軍もあるが、こっちはあまり期待しないようにしよう。あいつは気まぐれだから。

 やがて大きな扉の前に着く。


 扉を開けて中に入る。体育館かと思うほど広い大広間。その奥の無駄に豪華な椅子に、大柄な赤毛の男が座っている。男はクロに気付くと、口を開く。


「む?どうした、クロ?今日は大事な会議があるから、研究は休んで資料の整理を命じただろう?」

「それなら終わりましたよ。」

「相変わらず仕事が早いな。ならば今日は休んでいていいぞ。これから各部族の長がここに集まるのだ。・・・その剣はなんだ?そんなものウチにあったか?」

「そんなことよりも主。その会議の前に聞きたいことがあります。お時間をいただけますか?」

「構わん。どうせ使者を出したばかりで、連中が集まるまで30分はかかるからな。暇だったところだ。」


 暇だったんなら資料整理手伝えよ!とは思ったが、今回はこのずぼらな性格が幸いした。そのおかげで、準備ができた。


「このたびの会議、戦争を始めるための物ですよね?」

「知っていたか。研究助手のお前にわざわざ言うことではないと思って黙っていたが。・・・そうだ。先日完成した連鎖爆裂魔法を人間共の街にぶっ放す!その威力を見れば、かつて人間に敗れこんな奥地に引きこもっていた魔族の同胞たちも重い腰を上げるだろう。そしてそれを宣戦布告とし、俺は魔王となって戦争を開始する!なあに、余裕だ。お前も開発に関わったからあの魔法の威力は知っていよう。少ない魔力で町一つ吹っ飛ばせるぞ!人間共がどんな武器を持ち出そうと関係ない!」

「アレですか・・・まあ、私は雑用しかしてませんでしたけど。」

「おっと、そうだったな。お前には魔法は基礎しか教えていなかったな。理解しろというのは酷だったか。ハハハ!」


 高笑いが鬱陶しい。が、確認は取れた。予想通り戦争を始めようとしている。無謀な戦争を。

 そしてクロを基礎の魔法しかできない雑魚魔族と認識している。計画に支障なし。

 ・・・始めるか。


「いいえ。わかりますよ。炎魔法で起点となる物体の温度を一気に上昇させ、爆発を起こす。ここまでは既存の爆裂魔法ですね。しかし連鎖爆裂魔法はその爆風に乗せて次の魔法を飛ばす。爆風に巻き込まれた魔力を持つ存在、人間等から闇魔法で魔力を奪い、その魔力でさらに同様の爆発を起こす。確かにこれなら少ない魔力で町一つ吹き飛ばすことも可能でしょう。理論上は。」

「え?そ、そうだ。よくわかったな。」


 ・・・まさか俺が理解しているとは思わなかったって顔だな。


「しかし、それには問題点が多くあります。まず闇魔法は魔法制御力が格下の相手にしか通じませんから、術者以上の使い手には誘爆しません。それに敵が密集していないとうまく誘爆しないでしょうし、敵味方の区別もできません。第一、起点となる物をどうやって敵のど真ん中に設置するんですか。」

「う・・・だが、実験はうまくいったではないか!」

「さらってきた人間数名を使ったアレですか?実戦と実験は違います。」

「ぐ・・・!」


 まあ、逆に言えば、その問題さえクリアできれば有効な攻撃方法なのだが、それは言わない。目の前の魔王(予定)も馬鹿じゃないからすぐに気づくだろう。格下の従順な従者と思ってた奴から急に反論されて動揺しているだけだ。だが・・・

 ・・・つまり今こいつは動揺している。好機だな。

 魔王(予定)が座る椅子に目を向け、イメージし、キーワードを唱える。


「『拘束』」


 瞬時に椅子の後ろの飾りの部分が椅子の前方に折れ、魔王(予定)の全身に巻き付く。


「な!?」


 動揺していた魔王(予定)は反応が遅れ、あっさり捕まった。


「これは!?いや、貴様、裏切るのか!」

「・・・・・・」

「おのれ!『エクスプロージョン』!」

「『壁』」


 魔王(予定)がキーワードを唱えるとともに、クロの周囲に無数の魔力が凝縮した点が現れる。次の瞬間、爆炎をまき散らして爆発するが、その前に床や壁、天井から鉄柱が現れ、クロを囲むように配置される。

 熱い。流石に全部は防ぎきれず、隙間から入った炎で火傷した。だが、支障はない。

 隙間から魔王(ry)の様子を見る。椅子が鉄板で隙間なく覆われ、綺麗な立方体を形作っている。

 クロは鉄柱をどかして立方体に近づく。


「聞こえますか?主よ。」

「貴様!何だこの魔法は!?まさか・・・古代魔法の金属魔法か!?」


 くぐもった声が聞こえる。立方体を叩く音すらしないところからすると、まだ椅子に縛られたままなのだろう。

 金属魔法ではないが、わざわざ訂正する事も無い。黙っていると、質問を変えてきた。


「なんだこの椅子は!?なぜ壊れん!ぐううううううう!」

「無駄ですよ。あなたの腕力の3倍を想定した強度です。私の魔法で強化しています。」

「やはり金属魔法!だが、くっ、なぜこんな強度が!」

「ヒントをあげましょう。その椅子を用意したのは誰ですか?」

「な・・・まさか。」

「はい、私です。買ってきたと言いましたが、自作です。全力で魔力を込めて強化しています。」

「・・・3か月前だぞ!?そのときから準備していたというのか!?」

「いいえ、もっと前です。1年前の家の改築から。建設時の土壁に鉄柱を入れる提案をしたでしょう?それすべてが私の魔法で動かせます。」

「なに!?・・・だが、そんな魔力が込められていれば気づくはず!」

「ええ、だから込めたのは建築してからです。毎晩、土壁に穴を開けて鉄柱に少しずつ魔力を込めました。魔力視は物体を透過して見ることができるけれど、魔力が込められた物はその限りではない。魔力が込められたこの建物の土壁の中までは見えなかったでしょう?あと、椅子に込めたのは昨晩です。今朝気づかれたらどうしようと冷や冷やしていましたよ。戦争を始める興奮で気づかなかったようですが。」


 そう、今、クロの魔力が込められた立方体に閉じ込められた魔王は外を見ることができない。通常の視覚でも、魔力を放って反射したものを受け取ることで魔力を見る魔力視でも。ついでに高密度の魔力を、魔力は透過できないから、立方体の外に魔法を行使することもできない。完全に詰んだ。


「なぜ裏切った?」

「1つは私がここを出ていきたいから。私が出ていくと言ったら認めてくれますか?」

「・・・優秀な助手を手放すわけなかろう。」


 魔族化の研究者として、魔族として転生したクロを珍種のサンプルとして手元に置きたいのもあるだろう。


「ですよね。2つ目に無謀な戦争を止めるためです。さっき述べた問題が仮に解決したとしても、それでも勝てないと私は思います。確かに人間は我々魔族よりずっと弱い。しかし、技術を駆使して数を頼りに攻めてきます。過去の魔族はそれでやられたのでしょう?そして、少ないながらも魔族を凌駕する実力者もいる。神に遣わされた勇者をはじめとして、ね。それに勝つ算段はあるのですか?」

「・・・・・・」

「ないようですね。」

「では、俺を説得するために、こんな真似を?」

「・・・いいえ。」

「な!?」


 説得で済むなら、どれだけよかったか。確かにクロは他人に上から指図されるのが嫌いで、魔王に内心イラついてはいたが、殺すほどではない。

 ・・・だが、やらねばならない。俺は主、3年間嫌々ながらも仕えた主、基礎だけとはいえ魔法を教えてくれた師に殺す理由を告げる。


「神託にはまだ逆らえませんので。」

「お前・・・!じゃあ、お前は!」

「では、今までありがとうございました。師匠。『ヒート』!」


 本来ならば、物を少し温める程度の生活魔法。そのリミッターを外し、鉄の融解温度以上に加熱する。強化魔法を解くと同時に、椅子と立方体が融け、魔王がそれに包まれる。


「ぎゃああああああ!」


 溶けた鉄はクロの制御で、流れ落ちずに魔王にまとわりつき続ける。流石は魔王になろうとしただけはある。魔族固有の再生能力によって耐えている。


「『圧殺』」


 クロは追撃のために天井、壁、床に仕込んだすべての鉄柱を悶え苦しむ魔王に一斉に飛ばす。


「がっ・・・」


 そのうちの一本が頭を潰し、声が途絶える。だが、まだ安心はできない。魔族は魔力が残っている限り、再生する。体を鉄柱で叩き潰し続ける。


 やがて魔王の魔力がほぼ尽き、残り僅かな魔力で再生しようとした頭を、手に持った剣を抜いて、斬りつぶす。

 ・・・死亡、確認。

 軽く合掌し、踵を返して走り出す。召集された連中が来る前に逃げなければならない。

 ・・・倉庫で荷物と、アイツを回収しなければ。



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