プロローグ
プロローグの作者より、この部分を読まなくても問題はありまん。ですが、彼の過去を知るにはいい話だと思います。
プロローグ
一人の少年、名前を天道時時雨という。
彼はちょっと変わった…………いや、結構変わった少年である。
彼が特別なのか、はたまた彼の目が特別なのか………どちらかはわからないが、とりあえず彼の見える世界は変わっていた。
とても視力が弱いとか、二キロ以上離れているものをしっかりと見ることができるという視力の持ち主ではない。
両方とも視力は一以上あるといったところだろうか?しかし、時雨の目は左目を瞑ると右目では相手の心を覗くことができたり、人間じゃないものが見えたりもする…………簡単に言うなら精神世界を見ることができるということだろう。
そして、右目を瞑ると………すなわち、左目のほうは機械が人権のようなものを手に入れてまもないこの世界では重宝するアクセス機能を持っているのである。これもまたセキュリティを一発で解析するのである。右目だけで。
以上のような能力を駆使すれば、悪の帝王になるなんて非常に簡単だったのだが………温厚な性格が功を制したのか、世界がのっとられるようなことはないだろう。だろうというのはこれから先、そういうことがあるかもしれないということなのだが…………
とりあえず、この天道時時雨という少年はごくごく普通に幼少期を過ごし、幼稚園にいた先生に甘え、小学生になったら上級生とかに甘えていたりもしたものである。砂場では山を作っては知り合いたちに崩され、かわらで石を積み上げていては色々と邪魔が入ったものである。
今回は中学生になったときの話をしたいと思う…………それは、よく晴れていた秋の日である…………
―――――
「あ〜つかれたな〜」
部活にはいると面倒だな〜というだけの理由でどの部活にも所属していない(時雨の通っている中学では部活に入っていないものは強制的に生徒会の雑用となる)天道時時雨は雑用係として苦楽(苦しみ9、楽しみ1)の生活を過ごしていた。
上級生に逆らうことも出来るのだが、それをした次の日にはきっと下駄箱に黒いラブレターか何かが入っていることは間違いないだろう。時雨には男からそういう類のものをもらいたくないということなので素直に従っているのである。
これが苦しみの殆どを占めており、残りの一は…………
「………今日も穴見センパイ、美しかったな〜」
そういって彼のちょっと童顔の鼻の下が伸びる…………これが、残りの一といったところだろうか?彼が入学してきて五ヶ月近くのときがこの中学で流れたのだが、毎日放課後そのセンパイを見るだけが楽しみとなっていた。
きっかけがあったのは新しく発足した生徒会の雑用をこなしていたときだろうか?彼女は前の生徒会のときも図書委員長をしており、今では生徒会長補佐である。そして、はっきり言って今の生徒会長よりも有能に違いない。
穴見幸恵…………これが生徒会長補佐の名前であり、憧れの穴見センパイの名前である。
天道時時雨の調べによれば、中学校近くのマンションに住んでおり、父母共に健在で彼女を含めて三人の兄弟がいるらしい。彼女が一番上ではなく、既に他の二人は高校や就職をしているそうである。天道時時雨の調べというよりも、生徒会室を掃除していた時雨がたまたま彼女の近辺書類を見つけた………といったほうがいいだろう。もっとも、この書類も今では厳重に保管されているので新しい情報とはいえないが。
「………明日も、きっと美しいんだろうな………」
時雨はそんなことを言いながら夕陽が沈む方向とは反対側の自宅へとだらだらと歩いていた。結構な道のりなので自転車許可を取り付けようとしたのだが距離ぎりぎりで申請が却下されてしまっていた。比較的仲良くなれた上級生の生徒会メンバーにそのことを言ったら来年から改正されるそうでほっとしている。
「今日の晩御飯、何かな〜」
ボーっとしながら考えるのは穴見センパイのことか、晩御飯のことだった。
中学生だったらもうちょっと学業面のことを考えたほうがいいと思うのだが、時雨の考えでは大体取れて高校受かればいいな〜と思っている程度という彼の担任教師が聞いたら間違いなく激怒するであろうてきとうな考えだ。
家に帰ったらゲームでもしようかな〜と思っている時雨の日々はこれからもつづくのだろう、と、彼自身考えている。明日も高嶺の花だが見るのは無料であるという穴見センパイのりりしい横顔を見ることができるだろうとも思っていた。
しかし、これからもつづくであろうこの怠惰な生活は十秒後、崩れ去ることとなった。
キキーーッ!!
「ん?」
横を向くと、黒塗りでスモークガラスがつけられている車が止まる。
なんだろう?それが時雨の第一に思った考えで、見えそうで見えない車の中身が気になったのだが、なんだか怪しい感じがした。
誘拐か?急いで離れようとした時雨の頭にそんなことが思い浮かぶ………しかし、男を誘拐してどうするのだろうか?という考えが思い浮かんだ。
身代金狙いなのかもしれないなと思ったのだが、それなら夕飯の買い物をしているおばさんたちが町を歩いているこの時間帯に帰っている自分より、もっと早い時間帯に帰っている小学生をさらったほうが計画的ではないのか?と時雨は考える。まぁ、時雨も見た目は小学生に見えないでもないのだが学ランを着ていることが唯一中学生といえることだろう。
それならば、あの車の扉が開いて露出度の高い服を着て手に鞭を持った大人のお姉さんが出てくるのではないか?そして、自分を鞭で叩いておーほっほっほ!とか叫ぶのかもしれない………と考えて自分が馬鹿な考えをしていることに気がついて思考を止めた。
結論として単なる車であるというのが時雨の見解であった。
だが、彼が考えていた考えは外れていた………いや、少し前に考えていたこととは関係していたのだが…………
ガチャリ………
「ん?」
どうやらあの黒塗りの車から人が出てきたようだ。時雨は相手と目をあわさないようにちらりと相手を確認した。
「?」
相手は白衣を着ており、細身だった。どこかでみたような顔をしているのだが………思い出せない。
その白衣の男性は時雨のほうに近づいており、薄ら笑いのような、含んだ笑いをしている。
時雨は思った………この人はあれだ、どこか危ないところの白い薬を吸って頭がぱっぱらぱ〜になってしまった人なのだと…………今に奇妙奇天烈摩訶不思議な行動をするに違いないとも思ったのだが、現実は違った。
身構えていた時雨の目の前に彼は立つと、白衣から一枚の名刺を取り出した。
「はじめまして、天道時時雨君………私はこういうものだ」
渡された名刺を手に取り、名前を確認する…………
「………穴見………陽?穴見?」
名前よりも苗字のほうに考えが回り、ああ、どこかで見た顔だと思った時雨は生徒会室で落ちていた書類でみたことを思い出したのである。
「君、生徒会のメンバーだよね?」
知り合い(まぁ、穴見センパイのほうは時雨のことを知り合いと認識しているかわからないという一方的な片道切符だが)の父なので時雨は警戒(奇妙奇天烈摩訶不思議な行動をしたときにどういった行動を自分がするべきか)をとくと頭を下げた。
「いつも、穴見センパイにはお世話になってます」
主に、心の安定剤として…………
「いやいや、君のような優れた部下がいると職務が進むと幸恵も言っていたからお礼を言うのは幸恵のほうだろう………私が娘に代わって礼を述べたいと思う」
お互いに頭を下げている状態で、どちらからというわけでもなく顔を上げる。
「それで、僕に何か用でもあるんですか?」
穴見センパイに何かをしてもらったとか、ちょっかいを出したとかそういう記憶がないので首をかしげる時雨に穴見センパイの父であると名乗った男は告げる。
「単刀直入に言うと、君の目に付いて興味があるものなんだが………」
やっぱり、それか…………時雨は思った。
彼の目に付いては結構情報が流れている。
これは小学校の頃の教頭先生がその情報を時雨を監禁してまで聞きだし、悪〜い組織とか研究施設とかに高値で売りさばいたのである。
その後、教頭先生は逮捕されたのだが情報が流れるスピードを緩めることが出来ず、時雨のことについて知ろう思えば小学生の体重から身長、好きな女の子の好みに歩き出すときの左右の足というプライベートな情報を誰でもお茶の間から知ることが出来るまでになったのである。
ろくでもない教頭のおかげで時雨はまれに危なそうな組織にお菓子で誘われたり、綺麗なお姉さんにさらわれそうにもなった。まぁ、そのつど警察が押さえてくれてはいたのだが…………そういうわけで、時雨は目に付いてどうするべきかわかっていた。時雨を狙っていた施設や団体、おまけに組織なんかは重要なセキュリティをかいくぐるためにはっきり言うと時雨の左目を欲していたのである。だから、今回も時雨は言った。
「…………残念ながら、僕の左目はもう使えませんよ?右目ならお化けを見ることぐらいはできそうですけどね………」
右目は精神面………まぁ、こちらについては知らないところのほうが多く、お化けとかそういう未だに存在があやふやな存在などを求めているのは宗教団体ぐらいだろうと時雨は思っていたのだ。見た目がどうみても研究員である穴見センパイの父には無用の長物だと判断したのである。
人を見た目で判断してはいけない…………それを知ったのは五秒後だったのだ。
「おお!やっぱりそうか!」
「え?」
時雨はこのとき、自分が何か大きな渦に巻き込まれていっている途中だと気がついていなかった。
肩をつかまれ、その手には痛いぐらいの力がこもっている…………
「その右目!相手の心を見ることができるんだろう?なぁ、そうなんだろう?」
「………い、痛い」
言われて、正解だと思ってこの人は危ないとも同時に感じた。逃げようにも相手の力が強すぎてはなれることも出来ない。
「どうなんだ?はっきり言ってくれ!」
きっとこの人は嘘をついて自分を騙しているのだろうと時雨は思った……このままではやられると実感していた彼の耳に、相手の要求が聞こえてくる。
「頼む!娘が………幸恵が私のことをどう思っているか覗いてきてくれないか?」
「…………は?」
痛みも忘れて相手の顔をまじまじと見る時雨。この親父は今、なんと言っただろうか?
「あの、今なんていいました?」
「娘が私のことをどう思っているか覗いてきてほしいといったんだ!」
時雨は年頃の娘を持つ中年男性が大体抱くであろうそういう気持ちをまだ知らなかった。
「何故?」
「知りたいからだよ」
中年男性に対して汚いとか、不潔だとかそういう気持ちを娘が抱いていないか………いや、別に思っていても構わないのだが、とりあえず自分のことを粗大ごみか何かと娘が勘違いしていないかどうかと父………穴見陽は時雨に説明したのだった。わざわざ近くのファミレスまで行って時雨の前にはオレンジジュースが置かれている。
その説明に対して学校での彼女の行動を思い返して時雨は告げる。
「いや、大丈夫でしょう。穴見センパイはそんな人じゃないと思いますけど?」
「それは君が家での娘を知らないから言えるのだよ………私は恥ずかしながら妻に尻に敷かれていてね…………そんな私を娘がどう思っているのか、それも知りたいのだ」
右腕に傷があるのを時雨に見せる。
「これ、どうしたと思う?」
「え〜と、研究か何かで事故を起こしたとかそういうのですか?痛々しいですね」
ガラス管が砕けてこの人に当たっているのを想像して青くなる時雨………だが、現実はより厳しかった。
「…………浮気がばれて危うく妻にやられるところだった」
「…………」
時雨はそれを聞いてどう答えたらいいかわからなかった。
「これでわかっただろう?男女平等の世界はすばらしいと思うが、女尊男卑はいけないと思うのだ」
わかってくれるだろう?という視線を送られてくるのだが、別に彼女とかそういうのがいない時雨にはさっぱりわからない。それならばと思って自分の父を想像するのだが、母親とラブラブで今日も何回目かわからない新婚旅行に旅立っている。今度帰ってくるのはいつだっただろうか?と考えたところで現実へと戻された。
「浮気………男だったらすると思わないかね?」
「………いや、よくわからないんですけど………話が逸れている気がするんですけど?」
「おっと、悪かったね………」
すまないといって話は元に戻る。
「………母親にしかれている私を娘がどう感じるか………勿論、私も娘に粗大ごみだとかそういう目で見られないように整理整頓には気をつけているのだ。お風呂から上がったらパンツ一つで動き回るとか、休日は寝転がって新聞を見るということは断じてしていない!」
どん!とテーブルを叩き………客がいっせいに時雨たちに視線を向ける。幸い、客が少なかったので時雨はそこまで恥ずかしくはなかった。
「わ、わかりました…………穴見センパイの心を覗いてくればいいんですね?」
「そうだ!わかってくれたのか………よかったよかった」
ありがとうと中年の男性が心から涙を流している。その光景を見るに耐えなくなった時雨は厄介なことを引き受けてしまったと感じたのだった。
―――――
「………どうしたものだろうか?」
穴見陽からの依頼を受けたのは昨日………そして、その悩みを実践するために生徒会室へと早めにやってきた。既に穴見センパイは生徒会室におり、まだ他の会員たちは来る気配がなかった。
扉の外から麗しい穴見センパイを眺めるのはいいのだが…………いかんせん、今から心を覗くのには罪悪感が感じる。それに、心を覗いている状態で誰かに話しかけられたりしてしまったら厄介である。なぜなら、時雨の力を知らないものは殆どいないのでとりあえず何かをしているのがばれてしまい詰問されるだろう…………そろそろ会員たちが全員きそうなのである。
もっとも、この考えは時雨だけのものであって実態としては会員たちは一時間後にようやく全員が揃うという遅刻振りであった。
扉の窓から穴見センパイがこちらを見つけたようだ。手招きをしてくる。
「………し、失礼しまーす」
そして時雨は思った………今思えば、自分と穴見センパイが話すのはこれがはじめてではないか?と。
「天道時君、ちょっと話があるんだけど…………」
「は、はい!?」
憧れのセンパイからそういわれて一気に有頂天になってしまった時雨。彼の頭の中には勝手に幸せそうなストーリーが展開され、穴見陽との約束はどこかに行ってしまった。
「昨日、父から何を言われたの?」
「…………」
しかし、穴見陽はすぐさま時雨の頭の中にリターンしてきた。どうやら、吹き飛ばされる前に命綱をしていたようだ。
昨日、一緒にいたところを見られたようだと時雨は思って嘘を思いついた。
「え、えーと、た、たまたま会いまして………」
「ふ〜ん、たまたまね〜………私さ、嘘つく人、大嫌いなの」
大嫌い、大嫌い、大嫌い…………このとき、時雨ははじめてあの穴見陽の気持ちがわかった気がしたのだった。ああ、自分は嫌われてしまった、名実共に………と時雨は一撃必殺を食らった者のように感じたのだった。
「…………」
無言の時雨に穴見センパイはにこりとして答える。
「………でも、素直に答えてくれる人は大好きなんだけど………」
「実はですね………」
命綱で助かっていた穴見陽だったが、大好きという言葉にはさみで綱を切られて時雨に裏切られたのだった…………天道時時雨、彼はスパイとかそういう隠密行動に長けてはいないのかもしれない。
――――――
「はぁ…………」
すっかりしゃべってしまった時雨(このことは幸恵には内緒であるということまで)に対して穴見センパイはこういった。
「………私、約束を破っちゃう人も大嫌いなのよ………天道時君、今日はもう帰っていいわ。私、大嫌いな人と一緒にいたくないから」
冷たい、冷たすぎる…………とは時雨は思っていなかった。それよりもうっかり口を滑ってしまった自分に対して情けないとおもう気持ちのほうが大きかったからである。
「…………まぁ、心を覗けただけでよかったか」
心を覗いた結果、わかったことがあった。時雨は近くの公衆電話に入って穴見陽の携帯電話の番号をプッシュする。
「………あ、もしもし?陽さんですか?」
『ああ、私だ………で、どうだった?』
「どうもこうも…………全部、話してしまいました………すみません………ですが、どうやら陽さんのことを嫌っているというより………尊敬しているようです。穴見センパイの心はそう言っていました」
それを告げるとたいそう嬉しそうであった。
『そうかそうか!実にいい結果だった…………ああ、そういえば昨日君とあったときから既に私たちは相手の罠にかかっていたようだ』
「罠?」
何か罠を仕掛けられていたのだろうかと時雨は考えるが、何も思いつかない。
『どうやら私の白衣に盗聴器が仕込まれていたようだったのだ』
「!?」
『もう一つわかったことがあるが、娘は完全に妻の手先だ………この盗聴器は幸恵のものだったからね』
盗聴器を持っている中学生って何者だよ………と、時雨は思いながら話を聞き続ける。
『まぁ、今のところは幸恵に嫌われていなかったことを喜ぶことにしよう。何かお礼は必要かね?』
「いえ、いりません………しいて言うならもうこういうことを頼むのはやめて欲しいと…………」
『わかった、これから先、私たちは無関係だ』
最後に心からのありがとうをもらった時雨は公衆電話の受話器を元に戻したのだった。
「…………」
無関係になったとはいえ、あの憧れであった穴見センパイからは嫌われてしまった事実はもう変わらない。
「…………」
ほろ苦い一方的な恋心が見事に(主に父親の所為で)崩れ去ったことを時雨は感じると昨日よりも高いところに位置している太陽を眺めることなく、下を向いて彼は家へと向かって歩き出した。
「………まぁ、こんなものかもしれないな〜」
穴見センパイには彼氏がいるって噂だからな〜と最後に呟いて走り出したのだった。
次の日、時雨が大食い部なるただ食べるだけの部活にはいったのはやけ食いのためか、穴見センパイがいる生徒会にいたくなくなったのかの両方であろう…………




