ろく
樹に締め上げられ、貫かれたコンテナの並ぶ空間。
奈落の底まで続いているように見える大きな穴から、樹が亡者の手のように生えているただ広い空間。
高い天井と通路の下を、無数のレールが幾何学模様に走り、その模様を樹が滅茶苦茶に破壊した空間。
同じ形の板を敷き詰めた筐体が、巨大な柱のように立ち並び、その柱の間を樹が繋いでいる空間。
ひび割れたディスプレイが並び、キーボードの隙間を樹の末端部が埋める部屋。
ロッカーと思しき物が並んだ部屋もあったが、樹に侵食されるか叩き壊されるかして解放され、中身は空だった。
「やっぱり簡単には見つからないね」
「ん」
遺跡内部を歩き回った結果、成果はほとんどなかった。とは言っても小さな部品を、集めて売るだけでも、それなりの金額にはなるので、全くの無駄という訳では無かったが、第一目標である衣類が見つかっていない以上、成果は無いと言わざるを得ない。
小休憩にしようということで、近場に這っている巨大な樹に二人で座る。ちょうど隅を這うようになっているため、壁を背もたれにして座る事が出来る。座り心地はベンチのようだと青年は感じた。
二人は壁に体を預けて上を向き、眼を閉じて体の力を抜き息を吐く。息を吸ってもう一度息を吐き、眼を開いてどこかに焦点を合わせるでも無く視線を投げる。
「あ」
「ん?」
「あそこ」
少女が声をあげ、指差した先を見上げる。上に伸びながら絡み合う、薄暗い根のカーテンの隙間の奥から僅かに見える扉と思われるもの。根に侵食されているものの人が立ち入った形跡は無さそうだ。今まで歩いてきた区画から繋がるような通路は無いが、よく見てみれば元は階段のようなものが在ったのではないかと思しき構造物の残骸が根の所々に引っかかっている。
「本当だ! 本当に未踏破区域だ! ……でも何で今まで見つけられなかったんだ? 確かに足場が無い上に遠いけど……」
「化物、なったから」
「え?……ああ、そっか……目も良くなったんだね」
「ん」
普通の人間であれば、鬱蒼と茂る森の中と感じる程に遺跡内部は暗い。そんな状況下で絡み合う根のカーテンの隙間から、あの扉を見つけるのは厳しい。今でこそ木漏れ日の中を歩いている気でいるが、それでも少女に言われるまで気付かなかったのだから普通の人間は尚更だ。
鬱蒼と茂る森の中で、木々の枝葉の重なり合う中から一つの実を探し出せ、と言われたようなものだ。出来ない訳では無いがとてつもなく難しい。そこに在るとすら分からないのだから。見落とすのは当然だろう。
「あそこまで行くにはハーケンとか梯子とか、とにかく足場になるものが欲しいね」
「いら、ない。だいじょぶ。とぶ、いける」
そう言って少女は歩いていき膝を曲げて、身体のバネの力を使い少女は斜め前方に跳び上がる。その跳躍はは青年を悠々と跳び越せる程の高さを持ち、少女は横方向に絡まる樹の上に着地した。その動作は安定して少しも危うい所が無いもので、少女からしてみればちょっとした段差を跳び越えた程度の造作も無い事だったのだろう。
「はやく」
暗い色の上衣を翻しながらこちらを見下ろす少女は、本当に僅かな段差を乗り越えたかのような軽い調子の平坦な声で、青年を手招きする。
「いやぁいきなりやれって言われても……ちょっと練習しないと」
青年は少女の所に行こうにも自分の身体の能力を把握出来ていないため、様々な想像が頭の中に沸き上がり、二の足を踏んでいた。
「ん、そっか」
そう言って少女は根の上から階段を下りるかのような動作でストンと飛び降りた。
「れんしゅう」
少女は軽く跳ねながら青年の前まで寄ってくる。その上下の動きに合わせて滑らかな長い髪がクラゲの様に中を踊る。跳ねている高さは二十cm程。それを見て青年は少女と同程度の高さで跳ぶ。が、体感での加減は当てにならず、青年はいきなり二m程の跳躍をする羽目になった。
「わっ」
想定してたよりも遥かに高い視点になり青年は困惑するも、大きく態勢を崩す前に地面へと足を付けたがそれでも堪えきれず、後ろに倒れていくが尻餅を突く事は無かった。少女が支えてくれていた。
「あ、ありがと」
「んん、いい。わかった?」
「もうちょっとやった方が良さそうだ」
「そっか」
少女に起こされながら先ほどの跳躍の思い出し、脳内の感覚と実際の身体能力の誤差を推測して、脳内の感覚を調整する。何度か頭の中でシュミレーションを行い、高く跳ばないように努めて軽く踏み切る。今回の跳躍も想定よりも若干高く、少女の胸辺りまでつま先が来てしまった。足だけで跳んだにもかかわらずだ。しかし青年は高く跳んでしまう事を想定していた様子で、先ほどの混乱は見られずしっかりと着地した。
「まだちょっと感覚がずれてるかな……」
「れんしゅう」
「そうだね」
それからしばらくその場で、飛び跳ねることを繰り返す。少しずつ高度を上げていき、次はまた小さな跳躍をしてすぐに大きく跳んでみたり、大きな跳躍と小さな跳躍を交互に繰り返したりと、身体の感覚を合わせて無意識でも出来るように刷り込ませる。
そのうち少女も隣で一緒に跳ねだして、二人は楽しくなり出して遊び始める。
朽ち果てた遺跡の中を微かな笑い声が流れる。
ただ飛び跳ねるだけだったところへ、少女が壁を蹴り三角跳びを見せ、高所で青年に対し、薄い胸を張る。若干だが得意気な顔をしているように見える。それに対抗心か何かを燃やした青年が、少女の後を追ってどうにか三角跳びを成功させ、少女が立つ場所に上る。
しかし、その頃には少女は絡まりながら、乱立する樹の側面を蹴りジグザグに伝って、別の場所へ移動して手をひらひらさせている。それを青年も乱立する樹を蹴って追う。やっと着いたと思った青年の前で、なんと少女は上手く足を使って、上に伸びる樹を蹴って垂直に登っていた。さすがにそれを見た青年は唖然とし、しばしその場に立ち尽くす。
「こっち」
登り切った少女は青年を見て声を掛ける。青年は少女の真似をして垂直に登ろうとしたが、上手く行かず、最後には三角跳びを繰り返して少女の元へ辿り着く。
一連の行動に息も絶え絶えで、青年は膝を突き肩を上下させ、熱を含んだ息を吐く。
「こ、これは……きつい……」
「おつかれ、さま。がん、ばった、ね」
疲労困憊といった体の青年に、少女は優しげな声で言葉を掛ける。それに釣られて顔を上げる青年。
微笑を浮かべているように見える、優しげな顔をした少女。その少女の後ろには、絡まる樹の分厚いカーテンの隙間から僅かに覗いていた扉が静かに存在していた。