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 取り敢えずの第一目標は服を探すこと。とは言ったもののこの遺跡は、先ほどの部屋の様にまだ未踏破の部分が在るかも知れないとはいえ、粗方探索し尽くされたので都合よく新しい部屋が見つかる事など、早々在る話では無いだろう。


「……服があったら良いけど」

「ん……あっ、たら良い」


 先ほどまで居た広い空間に戻る。

 空間には未だに戦闘の匂いが残っていて気分が悪くなる。焼けた鉄の臭いだけならまだ良い。しかし、そこに蒸れた肉の匂いと生臭い血の臭い、そして鼻に直接感じる訳では無いが、体の内側にまで纏わり付くような死の匂い、とでも言うようなものが混ざり合い、鳩尾から嫌悪感がじわじわと実体を持って登ってくる。耐えきれずに這いまわる樹の陰でそれを吐き出す。

 耳障りな音と共に、微妙に粘性を持った半固体状のものが床を打つ。荒い呼吸と共に感じるのは、締め上げるような胃の痛みと全身が粟立あわだつ感覚、舌の根に広がる苦みと、口内にこびり付くドロリとした感触。

 バックパックに吊るした水筒を手繰るも、先の戦闘で傷付いていた様でとても軽い。仕方なく不快感を堪えて口内の物を飲み下す。その感触は最悪の一言に尽きる。全身を粟立たせ身体を震わせることで、また這い上がろうとするものを無理やり降す。


「……うぁ……あぁ……うっ……はぁ」


 這い上がるものを抑えつつ、荒くなった呼吸を緩やかに大人しくさせていく。落ち着いてきた辺りにペチペチペチリと床を叩く音が近づいてくる。


「あった!」


 傍に来た少女の声を聞いて顔を上げる。

 成人男性用のサイズに作られた暗い色の上衣。着ているものは何かと問われれば、ただそれだけである。しかしそれを少女が着るとどうなるか。

 大きな襟元は、少女の肩峰で何とか踏み留まり、鎖骨のラインやや下からを隠す。

 それに伴い、ただでさえ余っていた袖は延長され、指先すらも見えなくなっている。

 裾はスカートの代わりとして、少女の太腿中程までを覆い、少女の白い柔肌とコントラストを作り出している。

 片腕を挙げれば、余った袖が指先の部分で折れ曲がって揺れ、反対側は緩んだ襟が肩峰から滑り落ち、脇が見えるが危ういところで隠している。

 そんな姿はどこか無防備で見ている万人に間違いなく庇護欲を抱かせ、一歩踏み外した人種は、その姿を見れば狂乱確実。結論から言えばとても愛らしいものになるのだろう。ただし、ここが遺跡のような場所でなく、少女の着ている服が血染めになっていなければの話だが。


「……あー、うん」


 フンス、と鼻を鳴らし薄い胸を張る少女。どうだ、見つけたのだから褒めろ、とそのような満足げな表情である。そんな気がする。そんな姿もまた愛らしいのだろう。まま後方に、半裸の中折れ死体がいなければの話だが。


「……ダメです」


 腕を胸の前で交差させ、疲れたような声で青年は言う。


「むー!」


 頬を膨らませてむくれた顔で、両手をバタバタと鳥が羽ばたくように上下させ飛び跳ねながら、その場でくるくると回っている。上衣が揺れ風に煽られて、危ういようで寸でのところを何とか保っている。バタバタと手を振り回した時に、袖に染みていた液体がそこらに撒き散らされ、少女の頬やら細い足に赤黒い点を付けていく。無論、近くにいる青年にも跳ねている。


「……分かったから止めて……」


 赤黒い染みが広がる。辺りに鉄錆の臭いが強くなり青年は気分が悪くなる。しかも一滴口の中に入ってしまう。生臭い臭いが口の中に広がり、そこに場違いな甘みがあるように感じられ、その気持ち悪さにまた吐き出す。今度はほとんど液体だけしか出なかったものの、胃を絞るような痛みなどが再来し、疲労感が波のように押し寄せる。

 突如、雷鳴のような音がすぐ近くで鳴り響き、驚きで身体が若干浮き上がるような、背筋の毛が逆立つような感覚。その後、音が鳴ったことを脳が理解してから、大きな心拍と脂汗が溢れるように表れる。青年は一瞬心臓が止まったのだと遅ればせながら感じた。


「……」


 衝撃で何も言えない少年が振り返ると、そこには大きく中央に向けて拉げた、四角い金属製外装板が落ちていた。その横には険しい顔で、何も言わない少女が拉げた外装を睨みつけている。

 少女は何の前触れもなく外装を踏み付ける。また雷鳴のような音が鳴り響き、青年はビクリと身体を震わせる。それに構わず少女は二度、三度と踏み付けていく。少女の細い足が下ろされるたびに、外装板は形を変え歪んでいく。


「……あの」

「なに?」


 青年に声を掛けられた少女は細めた眼だけを動かし答える。流し目になった眼差しはとても鋭く、まぶたの隙間から見える瞳は、冷たい光をしている。そんな瞳に身体の熱が全て吹き飛ぶような悪寒に襲われる青年。


「……あ、その、足が危ないから、その……」


 取り敢えずの言葉で答えた。実際、そろそろ金属が硬くなり、鋸刃のこばのように鋭い断面になってしまいそうだったので、あながち間違いではない。


「……そう、だね……ありがと、だいじょぶ」


 少女は目元を幾らか緩め、足を下ろす事をやめた。その顔からは先ほどの鋭さは弱くなったものの、暗い雰囲気は収まることなく、先ほどまでとは変わって静かだった。突然の変化だった。


「……えと」

「これ、いや、だった」


 青年の言葉に被せるように少女は言って指差したのは外装板。少女が言っているのは、外装板自体の事では無いのだろう。青年は歪み切った外装板に近寄り、表裏を返してみたり凹凸を色々な角度から眺めて、汚れきった外装には全体にかけて何かマークが書かれている事に気付いた。


「このマークが嫌だった?」

「ん」


 合っていたようだ。

 少女が嫌悪感を示したそのマークは連合ペラスゴの国章。つまり少女は連合人かは不明でも、少なくとも連合に所属していた訳では無い、もしくは敵対していた勢力の人間ということになる。


「君はこれを付けた人達と……その」

「たたかう、あった……たぶん」


 記憶は無いと言っていた。ならば思い出したのだろうか。

 それとも見た瞬間の嫌悪感に伴う、衝動的な発作のようなものだったのだろうか。多分と言ったことから戦った記憶が曖昧のようだとも考えられる。何か記憶が復元されてはいないだろうか、と考えた青年は少女に問いかける。


「何か思い出したのかい?」

「……んん。ただ、ぞわって、みたら」

「……そう」


 記憶が復元された訳では無く、衝動的な発作だったようだ。取り敢えず少女の気分を気遣って、外装板を遠くへ放り投げる。風を切る音が鳴った後に遠くで落雷のような音が聞こえる。外装板を投げ音が聞こえた方を見たまま確認する。


あれマークを付けた人達と……遭遇したことがあるんだね?」

「……ん」

「そっか」


 少女の方は見ない。どんな顔をしているかも、どんな顔をすれば良いかも分からなかったから。

 次に言うべき言葉も見つからない。二人はしばし、静寂の中で虚空を見つめていた。


「……さがす」

「そう、しようか」


 少女の言葉に青年は乗る。そこからゆっくりのろのろと二人で動き出し、当初の目的を達成するために当ても無い遺跡の中に進んでいく。

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