表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

よん

 目が覚める。

 頬には鈍い痛みがある。頬を擦りながらゆっくりと身を起こす青年。立ち上がって、硬直する。


「……………………」


 ゆっくりと顔の前に両腕を持っていく。


「……なんでだ? なんで……」


 震える声で呟きながら、両手を開閉し、手の平と手の甲を交互に返す。


「……なんで……あれは……夢? いやそんな……袖が……なんで……」


 まとまらない思考を整理しようと単語を吐く。


「化物、なる、した、から」


 鈴を転がすような可憐な声が平坦に言う。


「……化物?」


 首が軋みながら振り向き繰り返す。


「化物」


 少女もそう繰り返す。


「どうして」

「しぬ、いや」

「……なんで?」

「わたし、たすけるした、あなた、なんで?」

「……それは……なんとなく」

「おなじ、なんとなく」

「……そっか」

「ん」

「ありがとう」

「こっち、も」


 少女は小さく笑った。笑ったように見えた。

 青年の脳裏ではその顔が記憶にある家族に重なって見えた。これが見たかったから助けようと思ったのかもしれない。

 青年はそう胸の中で呟いた。


「ああ、そうだ。僕はヘクトール・エイセル。考古学者の端くれをやってるんだ。君は?」

「わかるない」

「じゃあ、なんて呼ばれてた?」

「……わかるない」


 少女を眉を顰め、首を傾げる。


「えーと、それじゃあ……どこから来たんだい? 」

「……あっち」


 そういって遺跡の奥を指し示す。


「……あっち側に入り口なんてあったかなぁ」


 事前に頭に入れてきた資料を呼び起こし確認する。


「ちがう、あっち、なか、から、でるきた」

「……へ?」


 想定外のさらに外からのような答えだった。


「中って……え? でも……え?」


 青年、ヘクトールは少女の答えが理解できない。


「……こっち」


 少女は立ち上がり彼の手を引き、導く。若干混乱していた上に思ったよりも強い力で引かれ、青年はふらついたがすぐに後ろを付いていく。

 樹が這い、潜り込んだ床は変形して凸凹している。そんな床を進んで行くと、樹が絡み合った壁に綺麗に四角く切り取られた黒い穴が開いていた。


「ここ」

「……この穴から出てきたのかい?この先はトンネル?」


 この先に通路があるのであろうとあたりを付けて問う。


「……ちがう、ここ、へや」


 問いは外れる。


「え!? もしかしてここで暮らしてるの?」


 幾ら解放済みでトラップやらが外されたとは言ってもここは遺跡だ。

 少女は顔を盛大に顰め、ぶんぶんと首を振る。


「ちーがーう!」


 不機嫌な少女にグイグイと押され、中に入る。部屋は真っ暗で明かりがない。


「真っ暗だな……ちょっと待って明かり付けるから」


 胸ポケットに差していたペンライトを手に取り、捻じり明かりをつける。その小さな光で一旦ぐるりと部屋を見渡す。


「ここは侵食が少ないな……」


 樹は生えてきているものの、先ほどまでの道に比べればずいぶん少ない。少々歪んだ壁と床、電源の切れたコンソール、大きな装置が設置されている。


「これは……?」


 何の装置かは分からないが、理解の外にあるものだとは何となく分かった。


「あれは……触っても大丈夫な物?」

「ん」


 小さく頷く少女の反応を見る限りトラップの類ではなさそうだ。ゆっくりと足元に気を付けながら近付いていく。近付いて改めて思うのが蓋を跳ね上げた棺桶という印象。触った質感は特に変わったものではない。鉄色の外装の材質は分からないが、金属であることは確かだろう。

 棺桶もどきの内側は何とも言えない不思議な弾力性のある白い革のような素材が張られている。分解をしてみればまた違うかもしれないが、内側にはそれ以外に何か特別な仕掛けは見つけられない。


 取りあえず蓋を閉じてみる。


 電源はもう死んでいるようで何らかの補助は無く、バタンと蓋が閉じる。何か仕掛けが動いた気配はない。蓋を閉じたことで外側全体が見えるようになり、蓋の上面にはプレートが止めてあった。

 赤銅色のプレートには文字が彫ってある。


「この言葉は……連合ペラスゴか。まあそうだよね」


胸元から手帳を取り出し開くと、しばしパラ……パラ……と紙の擦れる音が響く。音が響く間、帳面とプレートの間を目線が行き来する。紙をめくる音が止まり音が消える。暗い中、彼の表情は見えない。


「……君はこの部屋から出てきた。……で……この装置は……冷凍睡眠コールドスリープ装置。……この部屋には他に……出入り口が無い。……つまりだ……君は……古代人……ペラスゴ人……なのか?」


声は震えている。少女はその言葉に首を傾げる。


「ぺら? ちがう。えと……」


眉根を寄せ口を尖らせ、うんうんと唸っている。


「……ペラスゴって国は分かる?」


少女の前に屈み、目線を合わせる。少女はこちらと目を合わせる。


「わかるない。くにって、なに?」

「へ?」

「くに、って、なに?」

「国は国で……ええと」


国とは何か? 余りにも予想外の疑問だった。あまりにも当たり前過ぎてすんなりと説明の言葉が出てこない。しばし考えてみても具体的に国についての概念や定義を教えられる事も無かったように思われ、結果すぐに答えが出せるものではなかった。


「?」

「ええと……それは国が無かったって……ことかい?」

「……たぶん……」


曖昧なようだ。


「えぇ……まあ、そこら辺は後にしようか」

「ん」


自分の仕事をしようと調査用の帳面を出す。


「とりあえず君はこの装置から出てきた……合ってる?」

「ん」

「君は記憶がない……合ってる?」

「……ん」


少し悩んだ後、首を縦に振った。


「全く覚えていない訳では無いんだね?」

「ん」

「じゃあ、覚えていることは?」

「……化物、いわれるした」


少女は目を伏せそう言った。


「――……他は?」

「……んん……」


少女は考え込むが駄目だったようで首を横に振った。


「……そっか。まあいいさ、ゆっくり思い出せば」

「……ん」


突如少女の顔が歪み、くしゃみと共に大量のつばが撒き散らされる。真正面に居た彼はまともに受けてしまい、顔中がじっとりと湿り気を帯びた。


「……そういえば何も着てなかったね……」

「ん」

「服……探そうか……」

「ん」


血みどろの青年と真っ裸の少女は部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ