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3/9

さん

各話の文章量が隙間時間、目安としては3~5分で読むには微妙に長いかと感じました。

故に投稿済みの二話と今後投稿する話を分割して投稿する事と致しました。

 あまり明るくない部屋。隣の部屋から入ってくる光源に照らされながら、僕はテーブルに座っている。光源の下に人影がある。

 火にかけた鍋から湯気を燻らせ、それに包まれながら一定のリズムで腕を上下させている。水が沸く音、包丁で物を切る音、包丁とまな板がぶつかる音、小さな時計の音が聞こえる。ふいに手を止め、湯気の幕の向こうからこちらに笑いかけ何事か口にする。声は聞こえなかったけれど、迷いなく僕は動く。


 これが記憶、それを流す夢だから。


 動いた先には、テーブルの天板に届くかどうか位の背丈の少女が、熊のぬいぐるみを抱き、やや俯き加減で眼を擦りながらヨタヨタとこちらに歩いてくる。少女と頭の高さを合わせて僕は口を動かす。声を聞いて少女は顔を上げる。

 すらりとした黒髪、大きな瞳を潤ませ光を讃える。感情は読み取り辛い。

 この子はそうだった、昔から感情を表に出さない、無表情で、少しボンヤリとしたおとなしい子だった。だからしっかりと目を合わせて読み取らなければならない。

 不安がっているように見える。寝かしつけられた後に起きて、一人だった事が寂しかったのだろうか。

 手を伸ばして頭に乗せ、撫でる。さらさらと柔らかく細い髪が指の間を滑る。その感触がこそばゆい様で微笑みながら首を竦め、眼を細める。乗せた手を離し少女を連れて寝床へ導く。横になり、少女が寝付くまで様子を見る。


 ◆


 目が覚める。

 絡みついた根の隙間から漏れる光は柔らかで、林の中に差す木漏れ日のよう。土嚢を布団代わりにして寝ているかと思うほど身体は重く、固まっている。関節からギシギシと軋む音を聞きながら肘を突いて上体を起こし始める。

 動かしたときにさらさらと何かが腕を滑り落ちる感覚と、指先をフニフニ押し返す柔らかいもの。首を巡らせ見てみれば、剝き出しになっている己の腕に少女が巻き付いて眠っている。木漏れ日のような光に照らされる少女は一層美しい。流れる絹糸のような髪も、ミルクの様に柔らかい肌も、より鮮明に映る。

 一糸まとわぬ少女が鮮明に映る。


「……うわぁ!! 」


 どたばたと転げるように少女から離れ、尻餅をつく青年。起き抜けの体では十分な動作が取れなかったようだ。少女の拘束は無いようなものだった故、楽に抜け出す事が出来た。少女の方を向いて尻餅をついたまま軽く顔を赤くしている。

 一連の出来事に反応してか少女がむくりと起き上がる。割座おんなのこすわりで両腕を上に挙げゆっくりと伸びをする。

 その後左右の瞼をそれぞれの手を使い軽い力でクシクシと擦る。パチパチと瞬きをするが、その眼は開き切っておらず顔はまだ緩んでいる。そのまま横のなり膝を抱え眠りにつく。


「……寝ないでよ。ちょっと……おーい。ふぐっ!? 」


 少女の近くまで行き、顔を寄せ声を掛ける。

 青年の声を疎ましく思ったのか、少女は眉を顰め腕を振り、その手の甲が青年の頬を捉え打ち抜く。少女の腕の外観と釣り合わない威力の裏拳を食らった青年は、横倒しに倒れながら二度目の睡眠へと速やかに移行することになった。


 ◆


 仰向けになっている。

 身動ぎしようにも手足を固定されているようで動かすことができない。顔はまっすぐ天井の方を見ている。首を動かし周囲を見ようとしたが首筋の上辺り、おおよそ延髄のある所に棒か何かが繋がっていて動かす事が出来ない。

 顔の真正面には円形の強力な光源が設置されており、その光に遮られてか周りの様子は真っ暗で見えない。眼から情報を取得しようとすることを一旦諦め、耳に意識を集中させて遠くの喧騒の音を拾うことにした。


「……――な! ――ら世界に危――――――るとしても! こんな!! まだ年―――かぬ少女を!! 患者を!! あなたは―――ると! 本気で言っているんですか! 人間の命を何だと――――るんです!?」


 若い男が早口でまくし立てる怒声が聞こえる。バタバタと動く音が聞こえる。


「―――――――。―――、―――――――――――――――。―――――――――?」


 落ち着き払った低い声、ただ静かに諭すように話す声は小さく、聞き取ることは出来なかった。


「あの少女は化物などではない!! 無論あなた方が治安部に撃たせている者たちも! ……本来であれば病院で治療を受けなければいけない患者だ!! それをあなたは事もあろ――」

「そう言うのであれば!! 抗体なり!! 治療薬なり!! ワクチンなり!! さっさと作って外の化物共にぶち込んで来い!! 話はそれからだ小僧!!」


 反論をする若い声は被せるように怒鳴る低い声にかき消される。


「……私とて、道徳観念などはある。だが、人を、世界を、守るには、外道だと、残虐だと、締め上げられてもやらなければならない。今はその状況なのだ。さっきは化物と言ったが、彼女らが未知のウイルス感染者であり、ただの病人であるという事は分かっているつもりだ」


 静かに声が響く。小さく呻くような声が聞こえる。


「……そこの少女や、外の感染者、軍に倒されたもの、その家族。皆、私を、私たち政治家を恨むだろう。当然だ、至極当たり前のことだ。だが、それでも私たちは一方を選び、一方を捨てねばならぬのだ。神ではない、ただの人に全て掬い上げるなど出来ない事なのだ」


 静かな声でも聞こえる位に近くまで来ていたらしい。


「……わかり……ました……大変、失礼しました。」

「構わん。君が人の尊厳を守ろうとしてのことだ。狂った学者マッドどもの言葉に魅了され、彼女らを兵器として扱おうとする我々がおかしいのだ。」


 カツカツと音が響き、光に埋め尽くされた視界の横から黒が二つ侵食してきた。


「私を恨んでくれていい。勝手な話だが人々を守らなければいけないのだ。……君には〝守護者ガーディアン〟を担ってもらいたい。人々をどうか救ってくれ。……救ってくれたなら最上級の待遇の生活を提供する。不自由は絶対にさせない。もちろん彼が抗体を作って元に戻れた後もだ……」


 そういって一方の黒がもう一方の黒を指した。


「それでも不満があったなら……私を……私を殺してくれて構わない。それが私に出来る最大限の敬意と謝罪だと思っている。……それで足りなかったとしても、せめて君が救った人々を手に掛けるのは我慢してほしい」


 黒い塊の一つがそう言葉を吐いて、引いていった。


「ごめんね……さっさと抗体を見つければ君も他の人たちも元に戻せたかもしれないのに……」


 若い声、とても優し気な声だった。そう言って黒い塊は引いていく。

 近くで僅かな音が聞こえ、視界を埋め尽くしていた光が消え、闇に呑まれる。微弱な振動と小さな低い音が聞こえている。

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