いち
星一つない闇夜に佇む施設。
赤い非常灯が点灯する無機質で、冷え冷えとした金属地丸出しの通路。散発的に乾いた破裂音が響き、そのあとに咆哮と鈍い衝撃音が続く。その通路に面している扉。その向こうには幅一m程の金属製の柱が並ぶ部屋。
部屋のさらに奥、分厚い隔壁の中で青ざめ歯を鳴らす者がいる。その者は白衣を着ていることから、学者などの類のようだと推測できる。胸からはノイズ交じりの怒声と銃声、甲高く響く微かな金属音と咆哮。ノイズ交じりの声を聞くたびにさらに顔を青くして小さくなる。いくらか時間が経った頃、かなり近場から腹に響く振動が来る。
「……来たのか」
いつの間にか胸から聞こえるのはノイズのみ。隔壁の向こうから微かに破壊の音が伝わる。その音は少しずつ少しずつ隔壁の方へ近付いて来る。それに比例するように学者の顔は青く、体は小さくなっていく。ふとその音が止まり、静かになる。学者はゆっくりと顔をあげ、隔壁に向ける。
爆音とともに隔壁の一部がこちら側に膨らむ。唐突に起きた爆音に学者は飛び上がる。また、爆音が響き隔壁が形を変える。それが繰り返され段々と歪み、軋み、壊れていく。真っ青な顔でへたり込んでいた学者の口元が緩く弧を描く。
「はは……当たり前か」
小さな声でそう漏らす。金属の引き裂かれる甲高い音を鳴らし、隔壁が端からめくられる様に引き剥される。
そこには岩のようにがっしりとした巨躯が佇んでいた。〝それ〟はいたるところを血で染め上げ、部屋の僅かな光をキラキラと反射する二~三m程の白銀の鎧を纏ったものだった。
「やぁ、久しぶりだね〝アーティファクト〟私はどの様に死ぬんだい?」
笑いながら震える細い声でそう言った。
〝それ〟は目の前まで来る。頭を掴まれ、引き上げられる。頭と首からは軋む音が聞こえる。自然と口が開き息が漏れる。
「うあ……」
高くなった視界で〝それ〟の頭越しに見たのは横倒しにされた柱がひしゃげ隙間から赤黒い液体や塊が漏れ出ている部屋の惨状。金属製の柱は何かの培養層であった。
――ああ、ひどいな。せっかくの私たちの子供を壊したのかい? でもね? 私達の子供はまだここ以外にもいるんだよ?
苦し紛れのかすれた声でそう言った。心の声だったかもしれない。頭の軋む音は大きくなり視界が大きく揺さぶられる。
〝それ〟は怒ったのだろうか。その後の事は頭を失くした彼女には分からない。
〝それ〟は踵を返しチラと塊を一瞥して部屋を出ていく。
聞こえた咆哮、その直後に発生した上に突き上げるような強力な衝撃。その現象が断続的に繰り返し四度。
一度目で壁が割れ、二度目にフレームが歪み、三度目は断線した回路類から引火し施設の至る所から爆発が起こり始め、四度目には耐久を超えた衝撃と熱に耐えられず施設は崩壊した。
闇夜の空を赤く染める瓦礫の山、その中心に立つ〝それ〟は膝をついた。漆喰が剝がれるようにボロボロと腕から、背から、各所の白銀が落ちていく。
しばらくしてそれは巨躯を気怠げに起こし、しばし分厚い雲と黒煙の混ざり合う空を見つめる。その見つめた方向に向け、ゆるりゆるりと歩き出す。
爆音が轟くと共に鋼鉄の矢が翔ける。〝それ〟が音に気付き振り向いた時には彼我の距離は僅か。避けることは叶わず矢は〝それ〟の胸に深々と突き刺さる。赤黒い滴を数滴その場に残し、矢に弾かれ地面を跳ねた後〝それ〟は動かなくなった。
◆
部屋の中、黒い画面に緑色の文字をつらつら並べている液晶画面。画面が赤く点滅を始めた。その光は部屋を漂う靄に当たり乱反射して、照明のない部屋を淡く照らしている。その淡い光の中で動く影がある。
〝それ〟は小柄でピタリ……ピタリ……と小さな音を部屋の中に響かせながらゆっくりと移動している。〝それ〟は突如体を震わせ小さな音を発した後また体を震わせながらゆっくり動く。
液晶画面の前に行くと画面の文字列をじっと見つめている。しばらくすると背を向け、また移動を始める。壁を撫でるような仕草で移動し、目当ての物を見つけたようでしばらく押したり突いたりやっていたが、そのうち動きを止める。ゆらりと手を振り上げ、風を切る音と共に壁に振り下ろす。壁はまるで粘土で出来ていたかのように簡単に歪み、吹き飛ぶ。
しかし手の当たった時の衝撃音、そして今床を揺らしている重厚な金属音が、決して粘土などでは無かった事を示している。
〝それ〟は壁が破壊され出来た穴からその先へ進んでいった。