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ほらっ、ホラ〜だよ  作者: 灰色の猫
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 引きこもりの俺の日課はジョギング。当然、明るい内は誰かと出会うのが嫌で深夜に走っている。社会性の無さを、身体を鍛えるという事でなんとか補おうとしていた。


 桜が散る頃、田舎である家の周りでは田んぼに水が張られていた。水場を得た蛙達は、競うように明け方まで鳴いていた。蛙が泣き止む頃、俺は寝た。


 季節が夏になり、田んぼの稲はより濃い緑になり俺の膝くらいまで成長していた。ただ部屋で無駄に酸素を消費する俺。かたや日々二酸化炭素を取り込み、酸素を生成してくれている稲。ダメ人間以下の様な気がした。それでも、深夜のジョギングだけはやめなかった。たいした学歴もない、俺の唯一の取り柄だった。


 その日も、蛙がわめく夜、半袖長ズボンで走っていた。ゲコゲコとテンポ良く。


 ふと下を向いた時に、チカチカッと光が点滅した気がした。立ち止まって用水路を見てみると、蛍の様な光だった。初めて見た蛍だった。感動した。ただ光はひとつだけだった。蛍が光るのは異性を求めて、そんな話は聞いた事があった。童貞である俺とちかしい物を感じ、孤独ではないんだなと、馬鹿みたいに感傷的になった。


 俺は汗が乾ききらない内にジョギングを再開した。とりあえず明日は昼間起きていよう、小さいながらも現状を打破するために掲げた目標。帰ってすぐにシャワーを浴び、眠った。


 次の日、なんとか朝の内に起きられた。諦めていた母親も少し嬉しそうに朝ごはんを作ってくれた。伸びていた髭を剃り、久しぶりに明るい内に外に出ようとした時、警察官が家を訪ねてきた。久しぶりに会った他人が公務員とは、なんだか嫌な気がした。


「今日の朝、近くの田んぼで殺人事件がありました。何か不審人物や変な音は聞いていませんか」


 訛りが酷い地元。よそ者らしき警官の、綺麗すぎる標準語が冷たく感じる。


「さ、殺人!? い、いや知りませんが」


 田舎には似合わない殺人という単語と、久しぶりに誰かと会話する恐怖とで、俺は昨日の出来事を忘れていた。


「そうですか、何か分かりましたらご連絡をお願いします。それでは失礼しました」


 外出前に母親に報告しに行ったら、地方版のニュースで早速報道されていた。


「いやねぇ、物騒だわ」


 煎餅をパリポリ食べながら呟く母親。俺には、近所の井戸端会議のためにネタを集めている記者の様にも見えた。


 ニュースによれば、被害者は隣県出身の若い女性。朝方まで息があった模様。身元は近くに落ちてあった携帯から判明した。被害者には悪いが、今の俺には犯人探しよりも就職先を見つける事の方が大事だった。


 それから一週間して、無事に就職先が見つかった。拙い会話能力だったが、ジョギングのおかげで身体は引き締まっていたため、肉体労働として期待された。続けといて良かった。内定をもらった帰りに蛍を思い出した。あの光のおかげで前に進めた。家に帰る前に蛍がいた場所に立ち寄った。しかし、


「えっ!?」


 花がなん束か供えられていた。黄色い花。まさか、ここが遺体発見場所なのか? それじゃあ、あの光って。


 家に着くと、酷く落ち込んだ母親が玄関に座っていた。


「どうしたの?」


 そう聞いた瞬間、家の中から警官が出てきた。


「えっ」


「実は君が事件のあった夜、現場にいたという目撃情報があってね。任意で署まで来てくれないかな」


 そう言い終わると、家の前にパトカーがゆっくりと停車した。


「いや、俺やってないから」


「……お母さん、信じてるから」


 言葉と母親の顔はかけ離れていた。家の周りには、パトカーのランプに近所の住民が群がっていた。なかば強引に車に乗せられ、俺は警察署で一晩過ごした。


 結局その後犯人は捕まったが、一度でも疑惑というものを持たれたら社会では生きてはいけないようだ。内定も取り消され、俺はまた部屋に籠っている。少しでも疑った罪悪感からか、母親も俺の行動に何も言わない。時おり聞こえる近所の人の声が、今は蛙よりも耳障りだ。



 あの時、携帯の光を見間違えなければこうならなかったかもしれない。結局、俺はまだ一度も蛍を見れていない。

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