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第八話 キミらしい魔王の形

「ここだよー」

 案内役の恋歌さんを先頭に、俺たちは老人ホーム『桃源郷』を訪れた。

「…………っていうか、なに、あれ?」

 それを見た時、俺は思わず口をあんぐり開けてしまった。

 別に、施設が特殊だったわけじゃない。

 桃源郷なんて御大層な名前だけど、うちの町に相応しく、特筆すべきところのない施設だ。

 ものすごく綺麗ではなく、かといって今すぐ倒壊してしまいそう、という感じでもない。いわゆる老人ホームと言って、十人中八人が思い浮かべそうなぐらいにごくごく普通の施設だ。

 問題なのは、その前庭に巨大な横断幕が張られていたことだった。

 そこには恥ずかしげもなく、巨大なピンク色の丸文字で、『姫、LOVE!』と書かれていた。

「ふむ、余の出迎えじゃな」

「…………いやいやいや」

 前庭に集まった人だかり。その顔ぶれはみな、しわの寄ったお年寄りばかり。

 その誰もがみな、満面の笑みを浮かべて、今か今か、と体をそわそわさせていた。

 出迎えって言うか……、なんか、アイドルのファンクラブみたいだ。

 っと、お年寄りの一人がこちらを見た。カステヘルミの姿を見つけた途端、うぉおおおお、っと大地を揺るがす怒号のようなものが響き渡った。

「カステヘルミちゃーん!」

「うぉおおお、ラブー!」

「もへもへじゃー!」

 おいおい、じいさんや。もへもへって……。

 年がいもなく、カステヘルミを見てはしゃぐご老人の群れ、群れ、群れ。

 それは怪しげな宗教か、はたまた、国民的アイドルのコンサートのような光景だった。

「えーっと、恋歌さん、なんか、みんなお元気ですね?」

「そんなことないよ? この前まで、みなさん、全然元気なかったんだから」

「そうは思えないんですけど……」

 カステヘルミの手をとり、満面の笑みで飛び跳ねているおばあちゃんたち。すごいはしゃぎようだ。

「カステヘルミちゃんが来るようになったからなんだよ、こんなに元気になったのは」

「へぇ、それはどういう……」

「おー、恋歌ちゃんも来てくれたんか。もへもへー」

「もへもへー」

「……恋歌さん、ちなみにそれは?」

「んー? ああ、挨拶みたいなものかなぁ。誰だったか、おじいちゃんが最近のはやりを調べてきたとかでねー」

 ……おい、じいさん。

「ふむ、みなのもの、とりあえずここで立ち話もなんじゃ。建物の中へ参ろうぞ」

 カステヘルミの呼びかけに答えるのは、やはり地響きのような怒号だった。


 建物の中も歓迎ムード一色だ。

 カステヘルミが入るや否や、もっさもっさ紙吹雪が舞っている。どうやら、全部手作りらしい。

大変な歓迎っぷりだ。

「カステヘルミちゃん、こっちに来ていっしょにお話しましょう」

「なーにを言っとるか! ワシらの方が先じゃ! これだからばあさんは図々しいと言われるんじゃ!」

「そっちこそ、じいさんの相手なんざしてたって退屈なだけさね!」

 カステヘルミを見て、始まる乱闘。

 溢れる熱気に、頭がクラクラする。みんな若いなぁ。

「おー、アンネリースちゃんも来たんじゃな。あんたさんも今日も元気かねぇ?」

 カステヘルミに続き、アンネリースさんも大人気みたいだ。

 まぁ、こういう老人ホームだから、若い女の子が来るなんてことは滅多にないんだろうな。

「おい、お若いの、うらやましいの、きれいどころに囲まれて、このこのっ!」

 なんて言ってくるおじいさんもいたりして。

 いやね? 確かにアンネリースさんにしろ、カステヘルミにしろなにも知らない人から見たらものすごく可愛いし、恋愛でもしたらきっと楽しいんだろうとは思う。思うんだけれどもだ!

下手なことして、魔界との関係を悪化させた日にはとんでもないことになる。魔族と戦争なんてことになったらとても責任を負いきれないし、それ以前に、るり子ちゃんに殺されるわ!

「それにしても……」

 カステヘルミは見ている者を元気にさせるような明るい笑みを浮かべつつ、老人たちの間を回っている。

 差し出された手を握り、その目を見て話を聞き、時に微笑みかけ。

 その姿は確かに、王族の風格を漂わせるものだった。

「すごいな……」

「殿ヶ池殿、いかがいたしましたか?」

 ふと見ると、アンネリースさんが近づいてきた。レオタードのような服の上から、この施設のものであろうエプロンを身につけている。その新婚さんのような格好に、俺は思わず目を奪われかけた。

「あの……?」

「あっ、いえ……」

 いかんいかん、と首を振り、俺は改めてカステヘルミの方に目を移した。

「すごいなと思いまして」

「すごい? なにがですか?」

「カステヘルミがここに来るようになってから、まだそんなに日は経ってないですよね?」

「ええ、まだ一か月ほどです。来たのも今日で四回目です」

「それでこんなに慕われるようになったんですか?」

 そんな短い期間で、あんなに熱烈な歓迎を受けるようになるなんて、結構すごいことなんじゃないだろうか。

「それが姫さまの才能です」

 心持ち美しい胸を張り、アンネリースさんは言った。その声には隠しようもない誇らしさが滲み出ているようだった。

「魔族の間でも、姫さまは大変に慕われております。その人気は魔王さまのものをも凌ぐほどです」

「へぇ……」

 なるほど、アンネリースさんの言葉も、なんとなく頷ける気がする。

 普段の姿を見ていると、思わず忘れてしまいそうになるけど、彼女は魔族の姫だ。

 王族として、こういう施設に表敬訪問することっていうのは当たり前のことなのかもしれない。それでも、あそこまで熱心に話を聞いてくれる人はあまりないんじゃないだろうか。

「なるほど、才能、か……、力か」

 ふいに、何かが閃きかける。

 力、カステヘルミの力……、カステヘルミらしい魔王の形は……。

「これ、ツグル、さぼってないで、こちらに来るが良い」

 ……っと、姫のお呼びだ。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「はい、姫さまのこと、よろしくお願いいたします」

 アンネリースさんに見送られて、俺はカステヘルミのもとへ。

「今から、なにやるんだい?」

「各個室の訪問じゃな。ホールに来られない者もおるのでな。全員に余の姿を見せてやらねば不公平になろう?」

 などと胸を張る。

 それは聞きようによっては実にごう慢な発言だ。どっかの総理大臣などが口にしたらきっと総スカンを食らうに違いない。

 けれど、カステヘルミの場合、あながちそれが間違っていないのが驚異的だ。

 彼女は確かにその発言が許されるほどに、この施設では人気だった。

 訪れる部屋、訪れる部屋、全てがカステヘルミを待ち望み、そして、別れ際には名残惜しそうに見送ってくれる。

 時にお茶を振る舞われながら、時に話に耳を傾け、時に笑い、時に憤り。

 カステヘルミは精力的に部屋を回って行った。

 主な仕事は話を聞いて回ることだった。ボランティアみたいな肉体労働があるのかと思ったけど、そんなのはほとんどなく、みんなカステヘルミと話をしてはにこにこ嬉しそうに、頬を綻ばせていた。

「カステヘルミちゃん、これ作ったんだけど、どうかしら?」

 ある部屋を訪れた時のことだ。

 品のいいおばあちゃんが、カステヘルミになにかを手渡した。

「ふむ、これは?」

 それは毛糸で編んだキーホルダーのようなものだった。

 ビー玉をくるんで作ったのだろう。女の子が喜びそうな可愛らしい小物だ。

「これは……、ふむ、なるほど。供物じゃな」

 カステヘルミは、諒解したとばかりに頷く。

「まぁ、民衆の要望に答えるも、王族の務めじゃな。それで、今日はどこを癒してほしいのじゃ?」

「いいえ、大丈夫。この前、治してもらって以来、すごく調子がいいのよ。あの時はありがとうね」

 おばあちゃんは、柔らかな笑みを浮かべて、そう答えた。

「そうなのか? じゃが……」

 釈然としない顔をするカステヘルミに、おばあちゃんが尋ねる。

「それより、どう? それ、気に入ってもらえたかしら?」

「ふむ……」

 ほっそりとした指でキーホルダーをつまみ上げて、カステヘルミが唸る。縫いつけられた小さな鈴がちりん、ときれいな音を鳴らした。

「なかなかきれいじゃな。気に入ったぞ。これ、アンネリース! 余のかばんを持て」

「はっ!」

 呼ばれて数秒でアンネリースさんが部屋に入ってきた。彼女の持ってきたカバンにキーホルダーをつけて、カステヘルミは満足そうに頷いた。

 それから、おばあちゃんの方を見て、華やかな笑みを浮かべる。

「礼を言うぞ。良き物をいただいた。このこと、しっかり覚えておこう」

「うふふ、喜んでもらえて良かったわ」

 カステヘルミのあどけない笑顔を見て、おばあちゃんは、なんとも嬉しそうな声で言った。


 二時間ほどの滞在の後、俺たちは老人ホーム、桃源郷を後にした。

 カステヘルミは嬉しそうにカバンのキーホルダーを眺めていたが、ふと首を傾げた。

「しかし、解せぬな」

「ん? なにが?」

「この貢物じゃ。普通、貢物というのは、何かを求めてするものであろう?」

 腕組みをして、難しい顔をするカステヘルミ。

「余のような王族に貢物をする際には寵愛が欲しいとか、あるいは領地が欲しいとか、そういう下心があるものであろう? この国にしろ、税を払うのはインフラを整備したり、自分たちの益となるためにすることのはずじゃ」

 まぁ、ダメな政治家が跋扈する今の状況だと、そうとばかりは言い切れないのが辛いところだけど……。

「それはつまりは物々交換じゃ。いささか聞こえは悪いがな。じゃが、あの老婆は余になにも求めなかった。先日の礼と言うわけでもないようじゃし、次になにかあった時の備え、というのも今一つ釈然とせぬ。我が魔族がこの地を占領した際に覚えをよくしておこうという意図も考えられなくはないがな……、んむ、理由がわからぬ贈り物には、いささか不安を覚えるな」

 深刻そうに眉間にしわを寄せるカステヘルミ。俺は思わず苦笑しつつ、

「いや、別に深い理由なんかないんじゃないか?」

「むっ? というと?」

「いや、つまりさ、カステヘルミが好きってことだろ?」

 魔王の娘ではなく、カステヘルミ個人を喜ばせたいがための贈り物。

 それは貢物ではなく、プレゼントと呼ぶべき物だ。

「どういう意味じゃ? いまいちわからんのじゃが……」

 カステヘルミは全く理解できない、とばかりに首をひねった。

「ねぇ、カステヘルミ、強さの形ってさ、一つだけじゃないと思うんだ」

 気づいた時には、話し始めていた。

 老人ホームで気がついたこと。カステヘルミの、カステヘルミらしい“強さ”のこと。

「? 急に、なにを言っておるのじゃ、ツグル?」

「忘れちゃった? ここに来る前に言ったじゃないか。カステヘルミらしい魔王を目指せばいいって話だよ」

 そう、それはカステヘルミが魔界に帰らなくてもいいように、納得させるための理屈だ。

 俺はゆっくり、頭の中で考えを整理していく。

「確かに強さ、暴力的な力があれば、みんな言うことを聞いてくれるかもしれない。誰よりも強ければ、王さまって敬ってもらえるかもしれない」

 恐怖で縛るのは最も簡単な統治の形、なんだろう。こっちが銃を持っていれば大抵の人間は言うことを聞く。人を思いどおりにするには実に簡単な方法だ。

「けどさ、そういう人たちは、力がなくなったら離れていくよ」

 ごく単純な話だ。力で押さえつけて従わせていたのだから、力を失えば反発を受ける。

「そうじゃ、だから、余は誰よりも強く……」

「でもさ、あの桃源郷の人たちは、カステヘルミが弱い時に力になってくれるよ」

「なに?」

「カステヘルミが困ってる時にこそ助けてくれる。カステヘルミの味方なんだ」

 腕組みをし、眉間に皺を寄せるカステヘルミ。どうやら、俺の話を検討しているようだ。

「ふむ、言わんとするところはわからぬでもないが、それとても余が魔法で癒してやったからではないか? それではやはり、余が力を失えば離れていくのではないか?」

 それは……、そうなんだろうか?

 あのお年寄りの人たちは、カステヘルミが魔法で癒してくれるから、彼女を慕っていたのだろうか?

俺は、老人ホームにいた一人一人の顔を思い出して……。

いや、たぶん、きっと……違う。

「今日、カステヘルミは魔法を使ったのかい?」

「むっ? いや、そう言えば一度も使わなかったのう」

 カステヘルミは小首を傾げた。

「というか、じゃあ、なんで余のことを呼んだんじゃ?」

 心底不思議そうにつぶやくカステヘルミに、答えたのは恋歌さんだった。

「会いたかったからでしょ?」

 なに言ってんの? といわんばかりに首を傾げる恋歌さん。

「会いたい? 余の威光を目にしたかった、ということか?」

「違うよ。カステヘルミちゃんと話したり、いっしょにお茶飲んだりしたかったんだよ」

「むむむ……わけがわからぬ」

 まるで、テスト中、難問を前にした時の子どものように、両手で頭を抱えて、カステヘルミが唸った。羽がわさわさと落ちつかなげに動いている。

「あの人たちは君が力を持ってるから慕ってるんじゃないってことだよ。手を差し伸べてくれたから、それが嬉しかったから、君を慕ってるんだ」

 恋歌さんは言っていた。カステヘルミが来る前はみんな元気がなかったって。

 けれど、今日行った時の彼らの反応はどうだ?

 あの元気は決して、カステヘルミの魔法によって引き出されているわけではないはずだ。

 カステヘルミが力を持っていたから慕うんじゃない。その力を自分たちのために使ってくれたから。

 自分たちの不満や苦しさに耳を傾け、手を差し伸べてくれたから。

 それが、嬉しかったからこそ、カステヘルミを慕っているんじゃないか?

「だから、あの人たちはきっとカステヘルミの力になってくれるよ。お年寄りだから戦ったりはできないかもしれないけど、それでも、君のために何かしたいって思ってくれるはずだ」

 もしかしたら、彼女の周りの人たちも、そうなのかもしれない。

 アンネリースさんも、彼女のことを大切にしている魔族の人たちも。

 きっと、みんな、カステヘルミのことが大好きなんだ。

「君は敵をなぎ倒す魔王にはなれないかもしれないけど、それよりよっぽど強い魔王になれるよ」

 誰も彼女に逆らわない。誰も彼女に敵対しない。

 なぜなら、彼女のことが大好きだから。

 それはきっと格好よくはないかもしれないけど、でも“最強”だ。

 そして、カステヘルミに相応しい魔王の形なんじゃないかと思う。

「だから、まぁ、魔王っていうのもさ、全員同じ形じゃなくって、いろいろいてもいいって言うかさ、カステヘルミらしいのを目指せばいいんじゃないかなって」

「むー、じゃがなぁ、それ、あんまり格好よくなくないか?」

「んー、ま、そうだけど、それはそれでカステヘルミらしいんじゃないかな」

 俺にはどうしても、カステヘルミが敵陣に突っ込んで敵をなぎ倒すイメージが湧かないというのもある。死体の山の上に立つのは、この子にはたぶん似合わない。

「らしさ、か。まぁ、そういうのも悪くは……、って、かっこう悪いのが余らしいとはどういう意味じゃっ!」

 カステヘルミは小さな拳を作り、ぶんぶん振りながら言った。

「そち、余が魔法を使えぬからと言って、馬鹿にしておるじゃろう!」

「いや、べつにそういう意味で言ったわけじゃ……」

 どうやら、怒らせてしまったらしい。俺は慌てて言いわけしようとすると。

「ええい、うるさい。余には頼りになる部下がいるということを忘れるでないぞ! アンネリース」

「……御意」

 音もなく、背後に現れたアンネリースさん。そのまま、絡みつくようにして俺をはがいじめにする。


 背中に柔らかな感触、走る!


 ――こっ、ここ、これはっ!

「ふふん、では、余が手ずからくすぐり殺してやろう!」

 はっと前を見ると、わきわきと指をうごめかしながら、近づいてくるカステヘルミの姿があった。

 その姿は今までに見たどんな彼女の姿よりも残忍で、容赦のないもののように映った。

「わっ、わっ、ちょっ、まっ、はっ、話せばわかるっ!」

「民衆の支持を一身に集める魔王候補のくすぐりじゃ。甘んじて受けるが良いっ!」

「ぎゃああああああああっ!」

 その後、カステヘルミに加え、なぜか恋歌さんまで混じって、寄ってたかって俺はくすぐりまくられることになったのだった。

 はた目から見たら、美少女まみれで実にうらやましい光景であったことだろう。


美少女にくすぐられるシチュエーションは以前、別作品で書いたことがありますが、健全なイチャラブとして非常に良いシチュエーションだと思います。

ということで、カステヘルミ編は今回にて終了。次はドワーフ族のお話ですね。

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