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第六話 魔王少女は癒し系

「殿ヶ池殿、少しよろしいでしょうか?」

 教室に戻ろうとしたところで、呼び止められる。

 誰だろう? と後ろを振り向くと、そこに立っていたのは……、

「アンネリースさん。どうかしたんですか?」

 カステヘルミの従者、アンネリースさんだった。濡れ羽色の髪、その漆黒はどこまでも深く、彼女の白磁のような肌と美しいコントラストを作っていた。

 今日も紫色のレオタードのような服を着ているアンネリースさん。ちなみに、魔族の服は人間とさほど変わらずに多彩である。むしろ、自由度が高過ぎるぐらいだ。

 ある者は黒いドレスのような物を着ているし、カステヘルミのように最近の日本の若者のような服を着ている者もいる。

 宇宙人が着ていそうな銀色にテカってるような服を着てる人もいれば、アンネリースさんのように動きやすそうで、ちょっと目のやり場に困るような服を着ている人もいる。

 ともかく、まぁ、統一感のないこと甚だしい。

 アンネリースさんは大体、このレオタードのような服を着ていることが多い。

 肌にぴっちりと張りついた薄い布地、均整のとれたモデルのようなボディラインや、腰のくびれなんかがはっきり見えてしまって、目に毒なことこの上ない。

 ハイカットから覗く、すらりとした白くしなやかな太ももは、まさに猛毒、テトロドトキシンに勝るとも劣らない。

 おお、俺はどうやら、魔族の毒に当てられてしまったらしい。おのれっ! 恐るべき魔族! 俺を社会的に抹殺しようとしているということかっ!

 ……まぁ、さ、要するになにが言いたいかっていうとだ、同い年の女の子がこんな格好してたら、つい目が行ってしまっても、不思議はないだろうってことなんだ。

 不可抗力だよね?

 しかし、これは何かしらのこだわりがあるんだろうか? と思って聞いてみると、

「これは、姫さまが考案された魔族の女幹部の服です」

「…………は?」

「こちらの世界と繋がった際、いくつかの漫画、アニメなどを参考にして、姫さまが作られたのです」

 と言い、いささか恨みがましい目でこちらを見つめてくる。いやいや、そんな目で見られても、俺が作ってるわけじゃないしな。

「なるほど、てっきり趣味でやってるんじゃないかと思ってたんですけど……ひっ!」

 アンネリースさんは槍を握りしめてプルプル震えていた。

「殿ヶ池殿……、もしや誤解をしているのではありますまいか?」

「なっ、なな、なにをですか?」

「私は誇り高きバンパイアです。吸血鬼です。しかし、どうも貴殿の言いようを聞いていると、もしや、私のことをサキュバスと誤解されているのではないですか?」

「サキュバスと?」

 サキュバスというのは、異性を誘惑し、その精気を吸うモンスターのことだ。必然的にその格好は相手を誘うような扇情的に描かれることが多い。なるほど、魔族の中でそれっぽい衣装を着てる人も何人か見かけたような気がする。

「確かに、吸う物が血か精気かという違いはあれ、同じ吸うのには違いない。ええ、そうでしょう、確かに間違われても仕方のないことかもしれません。が、あくまでも我々は吸血鬼、吸うのは血であって、あのような相手に媚びるような態度は、決して取ることはありません!」

 どうやら、バンパイアにとってサキュバスと間違われることは不快なことらしい。

 つまり裏を返せば、アンネリースさんはカステヘルミが考案した衣装を着るのが恥ずかしいと思ってる、とそういうことか。

「なるほど……、いろいろ大変なんですね」

「ご理解いただければ、幸いです」

「まぁ、それはさておき、どうかしたんですか? なにか、魔族の側から要望なり苦情なり出ましたか?」

「いえ、魔族としては特に問題はございません。互いの技術を提供し合えるような関係を構築したいとは思っていますが、それも先の話ですから」

 魔族では人間の持つ科学に非常に興味を持っているらしい。まぁ、人間の側でも魔族の魔法技術には興味があるから、それはお互い様だけど。

「なるほど。では、なにか?」

「はい……」

 と言って微かにうつむいてしまうアンネリースさん。それから、うっすら潤んだ切れ長な瞳で俺を見上げてくる。

 まっ、まさか、これは……、こっ、告白っ!!

 ……ハハハ、なぁんて、そんなわけあるはずがないだろう。落ちつけよ、深呼吸して。

 ひっひっふー……、違うっ! こいつぁラマーズだっ!

「姫さまを、助けていただけませんか?」

「ひっひっふ……、へ? カステヘルミを?」

 俺はふと昨日のカステヘルミの様子を思い出してみた。

「んー、そう言えばちょっと元気がなかったですか?」

 そう言えば、心なしか羽がしぼんでいたような気がしないではない。

「はい、実はここ最近、姫さまはいつになく落ち込んでおられるのです」

 痛ましそうな顔でうつむくアンネリースさん。

「カステヘルミになにかあったんですか? あっ、もしかして、お父さんに怒られた、とか?」

「は? 魔王さまは姫さまを叱りませんよ」

 きょとん、とした顔で言うアンネリースさん。

「溺愛し過ぎてて、逆に姫さまにウザがられてて、いつもしょんぼりしてます」

 うわぁ、哀愁漂ってそうだな、魔王さん。

「先日など、お風呂にいっしょに入ろうか、と言って、なぐられたとか。もし仮に、私が娘だったとしたら、相当ウザいと感じるのではないかと……」

 ああ、でも許してあげて! 娘を持つお父さんの気持ちとしては複雑なものがあるんだよっ!

 なんとなく、会ったこともない魔王の肩を持ってしまう俺である。

「話を戻しますが、実は数日前、姫さまは気づいてしまったのです」

「なにに?」

「ご自分の魔法が、普通とは違う、ということに」

「えーと、それってつまり、回復魔法しか使えない、ってことに、ですか?」

 アスセナに攻撃魔法を使った時、確かそんなことを言っていた覚えがある。

 しかし、アンネリースさんは再び首を振った。

「事実としてはそれで合っているのですが、実はその表現は正確ではありません」

「? というと?」

「姫さまはあらゆる属性、あらゆる魔法を使いこなします。火、雷、氷、風、土。全属性、ありとあらゆる魔法を使いこなす天才です」

 ……なんか、カステヘルミが天才とか言われてもいまいちピンと来ないけど……。

「ちなみに先日、アスセナさまに放たれた魔法は、雷系攻撃呪文の最高位呪文です」

「殺る気まんまんだったんじゃねーかっ!」

 思わずツッコミ。確かあの時、手加減するとか言ってたよね?

「しかし、問題なのはその攻撃呪文の効果が相手を回復させる作用になってしまうことなのです」

「えーっと、どういう意味ですか?」

「魔法のことをご存じない方に説明するのは少し難しいのですが、回復魔法しか使えないというのは、文字通り回復を目的とした魔法しか使えないことを意味します。実は現在のところそう言った魔法は確認されていないのですが、ともあれ、そういうことならば、姫さまははじめから気付かれていたでしょう」

 痛ましそうに首を振ってから、アンネリースさんが続ける。

「ですが、姫さまは攻撃を目的とした魔法を完璧に使えるのです。にもかかわらず、相手の傷が回復してしまう。雷を呼ぼうと炎を放とうと、結果的に相手の傷を癒してしまうのです。ですから、それは回復呪文しか使えないというよりは、放った呪文全てが回復効果を帯びてしまうといった方が正しいような気がします」

「なるほど……」

 確かに、回復魔法しか使えないのであれば、解決するのは簡単だ。攻撃魔法を覚えればいいだけの話である。

けれど、カステヘルミの場合はそんな簡単なことでもないらしい。

「でも、それならそれで使い道が十分ありそうな気もしますけど……」

 世界で唯一の傷を回復させる魔法の使い手。その活躍の場は十分すぎるほどあるように思えるのだが……。

「いえ、姫さまは……、強い魔王に憧れているのです。いつの日にか、魔王軍を率いて無双の働きをするのが、姫さまの夢なのです」

 確かに、あのカステヘルミならば、そのような夢を抱いていても不思議はない気がする。

 両手を腰に当て、思いっきり胸を張りつつ、敵を見下ろすカステヘルミ。その姿は、なるほど、容易に想像できた。

「それで、カステヘルミには内緒にしていたんですね」

「ええ、そうです。姫さまの軍団には回復魔法でもダメージを喰らう我々、アンデッドを配置して、バレないように、細心の配慮を行っていたのですが……」

 あー、愛されてるなぁ、カステヘルミ。

 軍隊の配置を変えてまで、彼女の夢を守ろうだなんて、きっとすっごく大事に大事に育てられたんだろうなぁ。

「ああ、そういえば、アンデッドはきちんとカステヘルミの魔法でダメージを喰らうんですね」

 ゲームなんかではそうなってるけど、現実のアンデッドという存在もどうやら、その性質は持ち合わせているらしい。

「はい、そうなんです。私もこちらの世界に来て、ゲーム等のその設定との符合には非常に驚いているところなのですが……」

 アンネリースさんは難しい顔をして体を抱くようにして、腕組みする。

「我々、魔族の間では、アンデッド系の生物と通常の生物とは活動に使う生命エネルギーが真逆であると考えられています。そして、姫さまの魔法はどうやら、その生命エネルギーに近い性質を帯びているがゆえに、アンデッドにはダメージになると考えられています」

「アンデッド系の生物、ですか……」

 それは、いささか違和感のある表現だった。

 そもそも、俺たちがアンデッドと呼ぶものはゾンビだったり、グールだったり、そしてもちろん吸血鬼、バンパイアなんかのことである。

 それはざっくり言ってしまうと、人間が死んだ後に変化した存在であって、『生物』すなわち、生きている物としては扱われないものなのだ。

 だが、どうやら魔族の間では違うらしい。まぁ、それもそのはず、魔族の住む魔界には人間は存在していないわけで。

 だから、ごく当たり前の話として『人間の死体』なんかは存在しない。

 あるいは、魔族の死体がもとになっているのか? と聞いてみるが……。

「いえ、あくまでも我々は生まれた時からアンデッドとして生まれてきます。ちなみに、ゾンビやスケルトンというのはそもそも魔族の仲間ではなく、魔界では討伐すべきモンスターに分類されます」

「へぇ、ああいう恐ろしげなモンスターを従えてるのが魔族ってイメージでしたよ」

 最近はそうでもないけど、普通、魔族と言ったら人間の天敵としてとらえられることが多いし。

「そうですね。そういうイメージもきちんと払拭していく必要があると思います。が、そういったことをじっくり話し合うためにも、お願いいたします、殿ヶ池殿。どうか、姫さまの相談にのっていただきたいのです」

「なるほど、言いたことはわかりましたけど……」

 とここで、俺は根本的な疑問を呈して見る。

「なんで、俺なんですか?」

 それはごくごく根本的な疑問だ。なにしろ、俺は魔法なんかまるで使ったこともないし、魔法に対し深い造詣があるわけでもない。

 カステヘルミの悩み相談といっても、せいぜいが愚痴を聞いてやるぐらいしかできないような気がするのだが。

 アンネリースさんは俺の言葉を聞いてきょっとーん、とした顔で首を傾げた。

「? なにをおっしゃるかと思えば、あなたは人間界の代表、勇者ではないですか」

「しまった、まだ、その誤解解いてなかったんだったっ!」

 そうだった。カステヘルミたちは俺のことを勇者、自分たちのライバルとして認識しているんだったっけ。

 誤解を解くタイミングを逸してしまったため、厄介事は雪だるま式に膨れ上がっているようだった。

「この世界における魔王と勇者とは宿敵にして、互いをわかり合う友と聞いております。ですから、ぜひ、殿ヶ池殿にお願いしたいのです」

 いやいや、そもそもその解釈自体おかしいから……、とは思うものの、さすがに魔族の代表者に帰られたりしたら、大変なことになる。なんとかせざるを得ない。そして、それ以上に、

「だめ、でしょうか? やはり、そのようなことを言われても迷惑ですか?」

 などと、美しい肩を落とすアンネリースさんを見ていると、放っておくことなんか当然できるわけもなく。

「んー、まぁ、相談に乗るのは問題ないんですけどね。でも解決できるとは限りませんよ?」

 そもそも俺は勇者じゃないし、魔法についても門外漢だ。正直、話を聞くぐらいしかできないと思うんだけど……。

「はい、期待しております」

 ホッと安堵の息を吐き、それから柔らかな笑みを浮かべるアンネリースさん。

 まいったなぁ、そんな顔されたら、頑張らないわけにはいかないじゃないか。


回復魔法を使うキャラで問題を解決というストーリーは私が、人生で初めて小説を投稿した時から考えていた話なのですが、なかなかロジックを考えるのが難しいのです。何度か企画立てたことがありますが、その都度、一緒に出した別の企画が通るという……。回復魔法キャラをメインに据えると企画が通らないという呪いなんじゃないかと思うようにしています(作者の実力不足という話もある)

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