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第一話 世界は理不尽で満ちているなぁ

「世界というのは、理不尽に満ちたもの、と、そうは思いませんか? ツグルお兄さん」

 四葉学園学長、九瑠璃るり子は実に身も蓋もないことを言った。

 長いサラサラの黒髪を軽くかきあげ、未だあどけなさの残る顔に、どこか含みのある笑みを浮かべる。

 変わってないなぁ……。

 ちなみに、お兄さんと呼んでいるけれど、別に妹というわけではない。彼女、るり子ちゃんは俺が中学に入るまで、うちの隣にいた幼馴染なのだ。

 ちなみに言うと、俺より五歳年下である。

 まるで、日本人形のような整った顔、小さな鼻とふっくら赤い唇、すべすべのほっぺたにはほのかに紅が差し、なんとも可愛らしい。

 黙って笑ってれば……、いや、むしろ歌でも歌ってればすごく可愛いんだけど……。

「ツグルお兄さん、今、何か変なこと考えてませんでしたか?」

「いや、ごく常識的なことだよ。というかですね、九瑠璃学長……」

「昔のようにるり子、とは呼んでくださいませんか?」

 悲しげに瞳を伏せるるり子ちゃん。だが、すぐに晴れやかな笑みを浮かべて顔を上げると、

「あっは、そうだ。では、学長命令です。るり子と呼び捨てにしてください」

「まぁ、それは置いといて……。理不尽な対応に抗議に来た生徒に対し、言うべき言葉がそれっていうのはどうなのかな……」

「どれですか?」

「世界に理不尽が満ちてるとかなんとか……」

「事実ですから」

 るり子ちゃんは、遠い目をして窓の外を見た。

「ツグルお兄さんは、こんな形で世界が終わるなんて、予想してましたか?」

「いや、べつに終わってないと思うけど……」

「いいえ、終わりましたよ。少なくとも、人類の意向が大きく歴史を左右していた、今までの世界は終わってしまったんです」

 窓の外にそびえ立つ巨大な木、そのそばに浮かぶ、島のように巨大な建造物。

 さらに、その奥には、赤茶けた巨大な火山が堂々たる威圧感をこちらに送ってきていた。

 そう、あれが現れた日に確かに、世界は変わってしまったのだ。

「まったく、あと、一、二年あれば国連を牛耳ることも可能でしたのに、タイミングが悪いったらないですね」

 黒い笑みを浮かべてから、るり子ちゃんはそっとため息を吐いた。

「でも、実際、誰も想像できませんでしたよね。まさか、異世界が三つも同時につながってしまうなんて」

 あの三つは紛れもなく異世界のものだ。

それも異世界の一部がこちらの世界にちぎれて飛んできたというわけではない。

 文字通り、あれは異世界へと続いており、あの景色のある場所はこの世界とは違う時空に存在しているのだ。

 世界中の科学者が検証に躍起になっているが、皆目、見当のつかない現象。

 ただ、途中の理論をすっとばして、事実だけが押しつけられている。

 あそこから先は異世界なのだ、と。

 確かに、それは理不尽なことだ。

なにしろ、これは、世界中どんな怪しげな予言者も、よしんば科学者も、想像もしなかった事態なのだ。

 誰が予想しただろう? 日本の、こんななんの変哲もない小さな地方都市に異世界が繋がってしまうという異常事態を。

 しかも一つではない。三つも同時にだ。

 さらに、その世界にも住人がいるなんていうのは理不尽を通り越して滑稽ですらある。

もし、この事態を正確に予想している人間がいるとするなら、それは予言者でも科学者でもない。ただの小説家、それもどちらかと言うと三流な方だ。

「まぁ、そんな理不尽のさなかでも、割と上手く事が運べたのでいいんですけど」

「ああ、やっぱり、この状況を作ったのはるり子ちゃんだったんだね」

 我知れず、ため息がこぼれる。

 繋がってしまった異世界に住人がいるということに、世界は極めて緊迫した状態に陥った。

 あれは侵略者なのではないか? もしや、戦争が起きるのでは?

 そんな不安をよそに、日本と国連は共同歩調をとり、各異世界に調査団を派遣した。

 結果としてはこれが成功だった。

 彼らはほどなく、異世界人と言語的コミュニケーションが可能であることを発見する。それはもう、俺なんかからすれば、アメリカ人と英語で会話するより、よほど自由に話をすることができる。なにしろ普通に日本語を話せば、あちらに通じてしまうのだから。

 これまた原理的にはよくわかっていないことではあるが、まぁ、実のところその辺りの理屈は後々調べていけばよい。最悪、解明できなければ、魔法の力と言ってしまったっていい。

重要なことは『彼らと意思の疎通ができる』ということなのだから。

 それがわかった後の行動は、さらに迅速を極めた。

 さして日を挟まずに首脳級の会談が開かれ、その翌年、すなわち今年、各種族の子弟が互いを知り、親睦を深めることを目的とした一校の学校が誕生することになる。

 それこそが、俺がこの春から通うことになっている、ここ、四葉総合学園である。

四つの世界の邂逅が、未来の幸福へと繋がるものであるように、との祈りをこめてつけられた名だった。

「まったく、国連のおじい様方は頭が固いったらなかったですよ。まぁ、それはどの種族のトップもさほど変わりませんでしたけど」

 そんなことを言って笑うるり子ちゃん。椅子の背もたれに細身の体を預けて、足を組みかえた。

 華奢な太もも、その傷一つない玉のような肌は幼さと同時にほんの一欠けら、なまめかしさをも伴っていた。

 それはそう、まるで小悪魔のような、少し危険な美しさだった。

「あっは、あんな頭の固い人たちに任せてたら良くて不可侵条約、下手すれば戦争になりかねないって思ったので、こういうことにさせてもらったんです」

 こういうこと……、と彼女が気楽に言っているのは、ある一つの取り決めについてだった。

 すなわち、各種族の今後のあり方、世界の動向を決める権利を、彼女は獲得してしまったのだ。

 無論、彼女個人が、ということではない。

四葉学園生徒会、各種族の代表者からなるこの生徒会の話し合いによって、今後の世界のあり方を決める……というルールを作ってしまったのである。

無論、反感を抱く者たちもいるかもしれない。されど、この学校の生徒会ということは、いわば自分たちの子どもたち、次世代を担う若者たちの代表者ということになる。

前代未聞の異世界との融合という事態に接し、多くの大人たちは思ったのだ。

新しい時代のあり方を決めるのは、子どもたちに任せるのが筋ではないだろうか、と。

そして、るり子ちゃんのことだから、たぶん、そうした心理を巧みに利用したんじゃないだろうか。

「あんな老人たちより、若者の方がよっぽど頭が柔らかいですし、自分のところだけじゃなく他種族のことをも、きちんと考えて決定を下せると思ったんです」

「いや、それはそうかもしれないけど……」

 まぁ、そこまではいい。百歩譲って、それはまだ理解できる理屈ではある。

けれど、問題は、

「でもさ、じゃあ、なんで俺が生徒会長にならなきゃならないんだい?」

 そここそが、大問題だった。

「あっは、いやですね、ツグルお兄さん、聞いてなかったんですか? だから、世界が理不尽に満ちているからです」

 最初に戻ってしまった。

「いや、ここまで話をまとめたんだからさ、るり子ちゃんがやればいいじゃないか?」

「るり子は裏から牛耳るのが大好きなんです」

 理不尽な話である。

「というか、裏から牛耳ることにある種の快感を覚えます」

「ほんとに理不尽な話だよっ!」

 肘のあたりを握りしめ、悶絶するるり子ちゃんは、ふと思いついたように頬に人差し指を当てた。

「まぁ、さらにぶっちゃけますと、るり子が生徒会長をやった場合、なんか、ブチっとやってしまいそうじゃないですか?」

「は? なにを?」

「異世界の代表者を……」

「……、ああ、なるほど」

 確かに、るり子ちゃんが生徒会長をやると、いろいろな意味でやりすぎてしまうかもしれない。

「あっは、正直、首脳国の政治家と同じような、他愛ない子ばっかりだったら、どうしよう、という不安があるんですよ」

 十一歳の女の子に他愛ないとか言われてしまう、首脳国のお偉方に軽く同情してしまう。

「なので、まぁ、他愛ないツグルお兄さんをとりあえずですね」

「今、各国首脳に同情したばっかだったよっ!」

 たちまち、俺も他愛ない人々に仲間入りである。いや、確かに他愛ないけどさ。

「いえいえ、お兄さんは他愛なくなんかないですよ? 期待してます」

「感情がぜんぜんこもってないっ! っていうか、棒読みだっ!」

「あっは、あいかわらず、いいツッコミです。るり子、思わず惚れちゃいそうです」

「まだ、棒読みが続いてるよ! せめて、惚れちゃいそうってとこはもう少し、感情こめてほしかったっ!」

「あれ? ツグルお兄さんは、十一歳の女の子に惚れられると嬉しくなってしまう方でしたか? これは、陽菜子ちゃんに連絡しなければ……」

「なっ! ゆっ、誘導尋問かっ! それで、脅そうと言うんだな」

 ハメられたっ!

 ああ、ちなみに陽菜子というのは、俺の可愛い妹である。毎年バレンタインにはちゃんと手作りチョコを用意してくれる素直ないい子だ。

「まぁ、それは冗談としてですね……カチャ」

「ボイスレコーダーっ! いま、ボイスレコーダーとめてたっ!」

 俺は慌てて、彼女の手からボイスレコーダーを奪い取る。

「あっは、もう、お兄さん、強引ですね。るり子、思わず、惚れちゃいそうです」

「棒読みだよっ! だから、惚れちゃいそう、ってとこだけは、せめて感情こめてほしかった!」

「あれ? ツグルお兄さんは、若干十一歳の女の子に惚れられると嬉しくなってしまう変態さんでしたか。これは陽菜子ちゃんに連絡しなければ……」

「ループっ! ループしてるよ、会話が!」

「そうですか……。まぁ、それはさておいてです、ツグルお兄さん、少し真面目な話をしてもいいですか?」

 一転、るり子ちゃんは、美しい瞳で上目遣いに俺の顔を見つめてきた。

「……学費、免除してあげましたよね?」

「なっ!」

 その言葉に俺は愕然とする。

 そう、確かに俺は学費免除の甘い言葉に誘われて、この学院に入学を決めた。

「さらに、安全保障費として毎月いくらかお金を支給しているように思いますが……」

 さらに痛いところを突かれた。

我が殿ヶ池家は現在、父親の失踪によって破産の危機に陥っていた。

 俺だけなら、まだしも、妹の陽菜子は今年で小学四年生だ。

本当ならば、俺は高校などに行かずに働くつもりでいたのだ。

そこに学費免除、あまつさえ、異種族との共学ということで、安全保障費として毎月、お金を支給してくれるという破格の話を持ってきてくれたのは、他ならぬ、るり子ちゃんだった。

『本当は高校に行きたいのではないですか?』で始まった一時間近い演説に、俺は滂沱の涙を流し、彼女に感謝の言葉を述べたのは記憶に新しい。

「なるほど、おかしいとは思ったんだ。あの安全保障ってのは、このことだったのか……」

「あっは、お金ってとってもわかりやすいです力ですよね? これはるり子の持論ですが、優秀な人材は貧乏な境遇にいた方が後々、便利なんですよ。あっは、ツグルお兄さんが貧乏で良かった」

 ひっ、酷いっ! さすがは、若干五歳にして、俺を泣かせまくっていた生粋のいじめっ子気質だ。

しかも、未だにボイスレコーダーをいじっている辺りが、実に恐ろしい。

 のっぴきならない状況に追い込まれて、俺は思わず天を仰いだ。

 これが、本当の意味での理不尽であれば、まだ抗議のしようがある。声を荒げて反論もできる。

 けれど、彼女の整えたこの状況は取引であり、しかも条件としては悪くはない。

 せいぜい無難に、あたりさわりのないように生徒会を運用すれば、学費無料どころか給料付きで高校生活を送れるのだ。

 家族の生活だって少しは楽になるだろうし……。

「無論、これは考え抜いた人事ですよ? 幼馴染のツグルお兄さんを、口には出さなくっても、るり子は心から信用しているってことを察してもらえると嬉しいです」

 そう言って、るり子ちゃんは、あどけない笑みを浮かべた。

 その裏表のない愛らしい笑みに、俺は半ば諦めに近い感情を抱きつつ……、

「だが断るっ!」

 堂々と言い放った。

それはもう、胸をはって、これ以上ないってぐらいに威風堂々言い放ってやりましたよ!

だって、悪魔と契約するだなんて、後々でものすごく怖いことになりそうじゃないか!

 瞬間、しん、とつめたぁい空気が、部屋を流れた。

「……あっは、本気、ですか?」

「いえ、まぁ、言ってみただけかな」

すごすごと俺は引き下がってやりましたよ!

いや、だって、るり子ちゃん、ものすごい笑みを浮かべるもんだから。後々どころか、今すぐに怖い目に遭いそうな感じの……。

俺はどちらかと言うと、笑って脅す人間の方が怖いと思うんだ。うん。


ところで、この話に出てくるキャラクターは別の作品にコンバートしていたりいなかったりします。

九瑠璃るり子は個人的にお気に入りだったので再利用したキャラですね。

Sっぽい年下少女っていいと思うんです。

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