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第十話 風邪ひきニノンとドワーフの力

 学長室から出るころには、辺りは暗くなっていた。

 と言っても、夜になってたというわけじゃなくって。

「そういえば、夕方から雨が降るとか言ってたっけ」

 まいった、傘、持ってきてないんだけどな。

「降りだす前に走って帰るか」

 という判断自体は正しかったわけだが、いささか、学長室を出たのが遅かった。

 家までちょうど半分といったところで、降りだした雨は、昨今の流行りのごとくゲリラ豪雨。

 雨宿りできそうな神社に着いた時には、全身ずぶ濡れだった。

しかも、雨の降り方は熱帯っぽいくせに、気温はやたら低いというたちの悪さ。

 くっそー、カゼひきそうだ。あったかいココアでも飲みたいもんだ。

「あれ? ツグルさん?」

「んっ? ああ、ニノンじゃないか」

 雨の中、鎧をガシャガシャ言わせながら歩いてきたのはドワーフ族の代表、ニノンだった。

 どうやら、俺と同じく傘を持ってきていないらしい。

「なにしてるんですか? こんなところで」

「見ての通り、雨宿りさ。ニノンは平気なのかい?」

 金属の鎧とは言え、濡れたらやっぱり気持ち悪いだろう。

「あ、はい、そうですね……」

 ニノンは少しだけ考えてから、手甲に包まれた手を空に向けた。

「ボクたちドワーフにも魔法のような力がありまして。火の竜よ、我に力を示せ!」

 小さな手の平に、雨が落ちた次の瞬間、じゅわっと蒸気が上がる。

「へぇ、すごいな。今のはなんだい?」

「火の竜の力です。ボクたちドワーフ族は生まれた時、各々、火の竜か水の竜の力を得ることができるんです。火の竜の力は鍛冶に必須の力ですし、水の竜の力は宝玉などの装飾品を作るのに重宝される力です」

「なるほどね、それで雨でぬれても大丈夫ってわけか」

 鉄を精錬するなら、それなりの温度が出せるのだろう。濡れてもすぐに乾く。むしろ、濡れる前に蒸発させてしまうってわけだな。

「無論、温度を低くすることもできます。どうぞ、こちらへ来て下さい」

 ニノンはそっと手を差し出した。

 俺は恐る恐るニノンの手を握る。と、

「おっ、あったかい」

 まるで、温泉に使っているかのような、じんわりした温かさだ。

「こうして、温度はある程度、自由になるのです」

「へー、便利だなぁ」

「……そう、ですか?」

 心なしか、元気のない声でニノンが言う。

「まぁ、エルフ族にしろ、魔族にしろ、似たようなことできそうだけど、俺たち人間にはそういうのないからなぁ」

 冬には必須の力だよなぁ。なぁんて思いつつ、俺はニノンの鎧を抱きしめる。もうちょっと全身温まりたいし。

「きゃっ!」

 次の瞬間、まるで女の子みたいに可愛い悲鳴を上げて、ニノンが飛び上がった。

「んっ? どうかした?」

「あっ、えっと、あの、なんでもない、です」

「そう? あ、もしかして、ちょっと馴れ馴れしすぎたかな?」

 生徒会が女の子ばかりだからだろうか。なんとなく、ニノンには親しみを覚えてしまうんだよな。

 なんていうか、親戚が女の子ばっかりで、数少ない従兄弟の男の子と仲良くなる、みたいな感じだろうか?

「ニノンはあんまりくっつかれたりするの、好きじゃないかな?」

「え、ぁ、いえ、そそ、そんなことはないんですけど……」

「そう? なら悪いけど、もう少しあったまらせて」

 思ってた以上に、体が冷えていたらしい。本当に風邪をひいてしまいそうだ。

「んー、しっかし、本当、寒い日には必須の力だなぁ。よし、冬の間はずっとニノンのそばにいることにしようかな」

 と言いつつ、俺はぎゅうっと腕に力をこめた。

「ぇ……ぁぅ、はぃ」

 ニノンはなぜか、戸惑いのにじんだ声で、そうつぶやいた。


 とまぁ、そんなことがあった次の日、生徒会室でのこと。

「あの、ツグルさま、どうでしょうか? 今日こそカジュアルな物を、と仕立てていただいたのですが……」

 おずおず、と言った感じでアスセナが近づいてきた。

「うん、いや、まぁ、可愛いんだけどね?」

 今日の彼女は薄い緑色を基調とした、実にカジュアルな…………鎧を着ていた。

 頭にはドレスでつけるようなティアラを少し派手目にしたような兜、上半身は薄っすら緑がかった光沢を放つ胸当てと肩甲だけの軽装の鎧をつけて、肘にはしっかりと金属製の肘当てをつけている。

下半身には膝上十センチぐらいのミニスカートをはいていた。そこにも防御力を求めてか、両足の間に一枚、太ももを横から守るようにして二枚の金属板が下に垂れていて、鋼鉄のスカートをはいているようにも見える。

すべらかな太ももに視線を滑らせていくと、突如、無骨な膝当てが目に入ってくる。

 それはまるで、自転車通学をする小学生のようだった。

「やはり……あの、おかしいですの?」

 心配そうな声で聞いてくるアスセナ。

「大丈夫、よく似合ってると思うよ」

 んー、確かに似合ってるし、可愛い格好だとは思うんだけど、あれ、鎧としてどうなんだろう? 実際の戦いなんかでスカートなんかはいてたら大変だと思うけどな。

「そうですか? やっぱり、ニノンに頼んで正解でしたわ」

 可愛い声が華やかに踊った。

「ニノンに?」

「そうですわ。カジュアルな見栄えのいいものをと言ったら、これを作ってくれたのですわ。しかも、ミスリル銀に風の魔石を組みこんでいるとかで、夏でも冬でも快適な着心地なんだそうですわ」

「なるほど、ドワーフ製の鎧だったのか」

 ということは、防御力とかの面でもきちんと考えられてるんだろうな、きっと。

「ほっほーう! なるほどのぅ。確かに田舎者にしては、趣味の良い物を着ておると思ったが、やはりニノンのセンスであったか」

 ふふん、と鼻を鳴らしたのは、話を聞いていたカステヘルミだった。

 途端にアスセナが不機嫌そうに眉根に皺を寄せる。

 が、言い返そうにも、カステヘルミの方がファッションセンスにおいて圧勝しているのは事実。悔しげに唇を噛みしめることしかできない。

 んー、アスセナの方はセンスは良くても鎧だし、コーディネート自体はニノンのものだから、服に着られてる感じなんだよなぁ。あれじゃあ、なかなか反論もしづらいだろう。

「そうじゃ。今度、余の服を一着プレゼントしてやるが、どうじゃ? 余の素晴らしいセンスの余光を浴びれば、そちのセンスも少しはマシになるやも知れぬぞ?」

「うーがーっ!」

 あっ、キレた。

 アスセナはカステヘルミの腰にタックル。そのまま、マウントポジションをとってカステヘルミを押さえにかかる。

「なんじゃ、そち、もしや余と今この場で雌雄を決するつもりか?」

 組み伏されてもあくまで余裕なカステヘルミ。その態度は実に王族に相応しい堂々たるものだった。のだが……、

「いえいえ、そのようなマネ、するわけがないじゃありませんか?」

 すまし顔で言うと、そのまま、抱きすくめるようにして、カステヘルミの背中へと手を伸ばす。

「……そち、なにをしておる?」

「いえ、小耳にはさんだんですが、偉大なる魔族代表のカステヘルミさんには弱点があるとか?」

「ふん? 余に弱点じゃと? くだらぬ、そのようなもの……ひゃんっ?」

 アスセナが翼の付け根をつついた途端、カステヘルミが可愛らしい声を上げた。

「あら? どうかなさりましたの?」

 にんまーり、といじめっ子な笑みを浮かべるアスセナ。

「なっ、あっ! そっ、そち、まさか、まさかぁっ!」

「そうですわ。情報収集は戦略の基本。あなたの弱点はしっかり、シルフに調べてもらってありますの。そう、翼の付け根をくすぐられると弱いということも!」

 そう言って、アスセナはカステヘルミの翼に両手をつっこみ、わきわき指を動かし始めた。

「やっ、やめぇっ、うっ、くふっ、きゃ、はははは、やっ、やめ、やめぇ、あーっ!」

 体をよじって、なんとかアスセナから逃れようとするカステヘルミ。バタつかせた両脚に跳ね上げられて、ミニスカートが翻り、ちょっとあられもない格好になっている。

しかし、アスセナの方は両太ももでカステヘルミの脇腹をがっちりホールド、逃がそうとしない。

 どうやら、ファッションのことでからかわれて、相当、ストレスがたまっていたようだ。わりと容赦なくくすぐっている。

「だっ、誰かっ、助け、きゃははは、あっ、アンネリース、これっ、アンネリースぅっ!」

 泣き声で叫ぶカステヘルミ。

 しかし、当のアンネリースさんの方は我関せずといった感じで見ていた。

「あの、アンネリースさん、助けなくってもいいんですか?」

「助ける? なぜです?」

 きょとん、と首を傾げるアンネリースさん。もしかして、自業自得とでも思っているのだろうか? などと心配していると、

「姫さまにも、仲の良いお友だちができたようで、とてもうれしく思います」

 などと、微笑ましそうにしていた。

 なるほど、まぁ、そういう見方もあるか。ケンカするほど仲がいいとも言うし。

 だけど、この手のもめごとを避けるためにも、早いうちに制服とか作った方がいいかもしれないな。うん、よし、今度るり子ちゃんに相談してみよう。

「それはそうと、殿ヶ池殿、今日の議題はなんでしょうか?」

「ああ、そうそう。あと一か月と少しで夏休みになるわけなんだけどさ、休みの間の生徒の行動についてのルール作り。しっかりしたものができたら、それを基本方針として、各世界の町と生徒との交流を勧めるべきだと思うんだ」

 外国旅行の時なんかも思うことだけど、国が違えば町を歩く時に注意すべきことも変わってくる。手荷物から目を離さないなんてマイナスのものだけでなく、チップを払うとか頭を撫でたら失礼にあたるとか、地球だけでもいろいろな想に基づいたルールが存在する。

 各世界間の交流は頻繁に行うべきだけど、どういうルールで行っていくのかを決めるのは重要なことだ。

「ってことで、二人とも、そろそろ、ストップね」

 俺に止められて、名残惜しそうにカステヘルミの上からおりるアスセナ。

「はぁ……は……ぁ」

 一方のカステヘルミの方は、肩を揺らして、息を吐いている。涙やら鼻水やらよだれやらで、顔じゅうぐちゃぐちゃになってる。鼻の頭が赤くなってるのを見ると、さすがにもうちょっと早く止めてあげるべきだったかな、なんて思う。

ずり落ちたキャミソールの肩ひもを直し、スカートの裾を整えてから、カステヘルミは静かに立ちあがった。

 赤い瞳に薄っすら涙をためて、カステヘルミは言った。

「おっ、おぼえておれよ、アスセナ」

「ふふん、ええ、もちろんですわー。また、たぁっぷり可愛がって差し上げますわ」

 それを見て、アスセナは得意げに鼻を鳴らした。

 あー、あれだな。アスセナも調子に乗り過ぎる方だな。それで、ガツンと手痛いしっぺ返しを喰らうタイプだ。

しっかし、なんか、自分を見てるようだな。なるほど、るり子ちゃんをからかった時は、あんな感じだったんだな、きっと。

「とまぁ、それはさておき、だ」

 俺は先ほどアンネリースさんにしたのと同じ説明を二人にする。

「ふむ、なるほどのぅ。長期休みは異世界間交流をするには良い機会じゃろう」

「そうですわね、先日のお祭りでお互いの世界に対する興味を抱いている方も多いと聞きますし」

 そう、あれはいいきっかけになった。

今年の十二月にはまとめとして、全世界協力しての文化祭を開ければと思っている。

 そのためにも、夏休みはぜひ有効に活用したいところだ。

「最初は個人で行くよりは使節団的に、いくつかのグループを作って行ってもらうのがいいかもしれないね。でも、ともかく、やり方は後で詰めるとしても、注意項目なんかをまとめてもらえると嬉しい、んだけど……」

 と、そこで気づく。

「ところで、ニノンがいないな」

「それでしたら、先ほど殿ヶ池殿が来る前に連絡がありましたよ?」

「連絡? どうかしたんですか?」

「風邪をひかれたとかで、今日は休まれるそうです」

「風邪、ですか」

 驚いたことに、風邪という病は、全種族に等しく確認される病の一つだった。るり子ちゃんの言い草に従えば、病原菌でさえ重力に縛られる、ということになるだろうか。

 でも、俺の方が風邪引きそうと思ってたのに、これじゃああべこべだ。一応、お見舞いとか行った方がいいかな?

昨日あっためてもらったお礼もあるし、今日の生徒会の議題のことなんかは、ちょっとした作業になるから、早めに話しておいた方がいいだろう。

それに、一度、ドワーフの大火山を見ておくのも悪くない。

「よし、じゃあ今日は生徒会のみんなでニノンのお見舞いに行こうか」

「お見舞い、ですの?」

 アスセナが小さく首をかしげた。

「それと、これもやっとくべきかな、とは思うんだけど、生徒会メンバーで各世界に一度、挨拶に行った方がいいと思うんだ。夏休みの前にね」

「ふむ、なるほどの。確かに、学園の統治機関である生徒会が先に行くのが筋じゃろうな」

 うむうむ、と頷くカステヘルミ。他のメンバーも文句はないらしい。

「そういうこと。だから、まぁ、その前哨戦ってことで。それじゃあ、早速行こう」


次回更新は月曜日になります。いざドワーフの世界へ!

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