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第九話 重力に支配されし世界

「エクスカリバーっ!」

「…………」

「………………」

 沈黙がいたたまれなくなって、俺は開けかけていた学長室の扉を閉めた。

 一、二、三……、五分経過。

 そろそろ落ち着いただろうか?

 コンコン、失礼しまーす!

 部屋に入ると、るり子ちゃんが素知らぬ顔で書類仕事をしていた。

「あら、ツグルお兄さん、なにかご用ですか?」

 にっこりと、まるでそよ風に揺れる春の花のような笑みを浮かべる。

 どうやら、さっきのことはまったくなかったことになっているらしい。室内の傘立てには、実にさりげない風を装って、先ほど彼女が持っていた模造刀が差してあった。

 俺は無言で、彼女の正面のソファーに腰を落ちつけてから……、

「っで、なに? るり子ちゃん、もしかして、少し早目に中二病でも患った?」

「…………ぶち殺しますよ、お兄さん」

 心の底からうそ寒くなるような声で言ってから、るり子ちゃんは一切感情のこもらない、瞳をすぅうっと微笑ませた。

「……あっは、確認しますね、おにーさん」

 音もなく立ち上がると、俺の方に手を伸ばするり子ちゃん。

 細く美しい指が俺の頬を優雅に撫でる。

「ツグルお兄さんはなにも、見なかった。ですよね?」

「いや、でも、今……」

「ツグルお兄さんは、何にも……決して、見なかった」

 ほっそりとした指は優しく、俺の首筋をくすぐるようにして肌の上をすべる。

 妖精のような、なんとも愛らしい笑みを浮かべるるり子ちゃん。

「いやぁ、でもさ、やっぱりなかなか、衝撃的だったから、ちょっと数十年は忘れられそうにな……」

「シャーイニーングウィザードっ!」

「ごふあっ!」

 俺の膝の上に颯爽と飛び乗るるり子ちゃん。黒い髪が勢いよくまいあがり、俺の鼻先をくすぐる。

 ばさり、とスカートの裾を翻して、華奢な右足が跳ね上がる。ほっそりとした太もも、普段はあまり見えない内ももの、そのマシュマロのような白さに目を奪われた刹那、脳天を揺さぶる衝撃がこめかみを突き抜ける。

 シャイニングウィザードって、確か、側頭部に膝蹴りを決める技だった……よな?

 あんな可愛い膝小僧でも、こんな威力が出るなんて、さすが、必殺技……。

「るっ、るり子ちゃん、それ、中二っぽい名前だけど……、割と本気で殺傷力高い技だからね?」

 っていうか、普通に考えて側頭部に膝蹴りを入れたりしたら、ダメだ。

「あっは、失敗、潰し損ねましたね」

「どこをっ!?」

「二つあるから、別にいいですよね、一つぐらい」

「だから、どこをっ!?」

「……ブレイン」

「だめなとこだっ! そこ、二つあるからって潰しちゃだめなとこだからっ!」

「大丈夫、るり子、思い出はハートに蓄積されるものだと信じてますから」

 るり子ちゃんは小さな胸にそっと手を当てて、瞳を閉じた。その姿は、まるで、恋する乙女のように可憐だった。

「哲学だね。確かに脳にたまるのは記憶であって、思い出じゃないとかいう人も……」

「あっは、でしょ? だから、記憶中枢を破壊されたって、るり子を見てときめいた記憶は、きっとお兄さんの心臓に残りますよ」

「そうか……、って、いやいやいや! 駄目だからっ! そもそもときめいてないっていうか、たとえ心臓にときめきの記憶が残ったとしても潰したらだめだからっ!」

 俺はこれ以上、エクスカリバーのネタを引っぱるのをやめにした。

 うん、人間、誰しも知られたくないことって、あるもんだからね。

「それにしても、ツグルお兄さん、レディの部屋に入る時はノックしないとだめですよ?」

 るり子ちゃんは何事もなかったかのように、頬に人差し指を当てて、ちょこんと首を傾げてから、

「あっは、もしかして、ツグルお兄さん、るり子の着替えを覗きたかったとか……」

「いやぁ、まぁ、それはべつに。でもさ、格好いいよね、えくすかり……うぶっ!」

「もうっ! それはいいって言ってるじゃないですかっ! ツグルお兄さんなんか、大っきらいです!」

 顔を真っ赤にして、ぷい、っと横を向くるり子ちゃん。

「ぶつぶつ……、いいじゃないですか。るり子がフィクションにハマったらダメなんですか? るり子はいつも、大人相手に政治のお話だけしてれば楽しいとでも思ってるんですか?」

 どうやら、ホントにすねてしまったらしい。時々、こんな風に子どもの顔を覗かせるんだから、注意が必要だ。

「ごめん、ごめん、ちょっとからかい過ぎたよ。それで、今は何にはまってるの?」

「はい、実はケルト神話に」

 と言いつつ、取りだしたのは古びた外国語の本だった。

「って、原典の方っ!? それをもとにしたゲームとかじゃなくって、原典なんだ!」

 やっぱり、るり子ちゃん、侮れない。

「はい、エルフ族とかドワーフ族とか、出てくる神話があるじゃないですか。もしかしたら、それって、昔はこちらの世界とあちら側が繋がっていたということの証拠になるんじゃないかと思いまして」

「しかも、学術的興味に突き動かされていらっしゃるっ! なんか、からかったりしてすみませんでしたっ!」

 思わず詫びを入れつつ、ふと思う。

「まぁ、でも、昔は繋がってたって言うのはそうなのかもね。こんなにも似通ってるって言うのは、やっぱりおかしいと思うし」

 宇宙空間の中で、人間と同じような生物を見つけるのが極めて難しいように、異世界で人と同じような存在を見つけるのがどれほど難しいことか……。まして、先日判明したことであるが、異種族間でも交配が可能なのだという。

これによって、異種族間の壁をぶち壊すのがますます容易になったとるり子ちゃんは喜んでいたけど、これはなかなかにすごいことなんだと思う。

なぜなら、人間は人間同士でしか子をなすことができないからだ。

例え人に近い遺伝子を持ったチンパンジーなどとであっても、人は子をなすことができない。

逆に言えば、子をなすことができる、その一事をもって、相手を人間と言うことも可能なのではないか?

言ってしまえば彼らは異世界に生きる“人間”なのだ。

距離的な差はあれど、俺たち日本人から見て地球の裏側のブラジルや、遠いヨーロッパ、アフリカなどに住む人間たちと、異世界に住む彼らとは、大差ない存在なのではないか?

そう強弁できるほどに、その事実は重大だった。

「科学者の間では同一重力種族という考え方が提唱されてるみたいですよ?」

「同一重力種族? なにそれ?」

「ちょっとアカデミックな話になるんですけど重力って、すごく小さいんです」

「どういう意味?」

「えーとですね、とっても難しいので計算式は省きますが、理論上、本来、重力はもっと大きい力のはずなんだそうです」

 そこで、るり子ちゃんは机の上に置いてあったオレンジジュースのストローをくわえた。

 ふっくら柔らかげな赤い唇を可愛らしくすぼめて、ちゅぅ、っとジュースを吸う姿は、なんというか、ジュニアアイドルの写真集のワンカットとしても成立しそうなぐらいに、可愛らしかった。

 ちらり、と小さな舌を出して唇を湿らせてから、るり子ちゃんは再び話し始めた。

「では、なぜ、重力は弱まっているのか? もしかしたら重力が他の場所、異世界に流れ込んでいるのではないか? 宇宙とは多元的で、重力はその宇宙の壁を越えて働く力なんじゃないか? と、そう言う考え方があるんだそうです」

「つまり、俺たちの世界しか存在しなかったら地球の重力はもっと大きな力だった、ってこと?」

 簡単な理屈だ。オレンジジュース180mlあったとして、俺とるり子ちゃんで分け合えば、その分量は90ml、もう一人他にいれば、60ml。

 180ml飲めるはずだった重力が、18mlしかなかったとしたら、残りの162mlを消費している存在がいる、そういうことなのだろう。

「そして、世界の壁を越えて、同一発生源の重力下で生活している私たちは、当然似た形になる。同じ重力ゆえに似通った自然環境が形成され、生物が生成され、文明、社会も自然、似た形をとる」

 重力があらゆるものの形成に影響するとしたら……、生物を生み出し育む、あらゆる物質に大きく関係していて……、それこそ重力がすべての物のありようを決める根源的な力であると仮定するなら、なるほど、確かにその理屈は面白いのかもしれない。

「確かに……、理屈は通る。ただ……」

 るり子ちゃんはここで、言葉を区切り、小さく笑みを浮かべた。

「ここまで世界が完成されていると、るり子、ついつい疑ってしまうんですよ」

「なにを?」

「何らかの知的生命の介入を」

「えっと、それって、神さまがいるとか、そういった類のこと?」

「はい、まぁ、別に、神さまでも何でも構わないんですけど……。この世界のありようをよくよく考えると、どうしたって何者かの秩序だった設計が必要なんじゃないかなって、るり子そう思ってしまうんですよ」

 この世界は、完成し過ぎている。

 俺たち人族のことだけ考えたって、それは明らかだ。いったいどれほどの偶然、どれほどの奇跡が重なれば、コンピュータを作りだす生命体が生まれるというのか?

 もし仮に人が栄養価の高い海にできた泡から発生したのだとしたら、それこそが逆に、高度な知的存在の介入を証明するものにはなり得ないか?

 偶然の一言では片付けられない事柄であっても、なんらかの意志が介入すれば納得できるようになる。

 それを神と呼ぶか、はたまたるり子ちゃんのように、高度な知的生物と呼ぶかは人によって違うんだろうけど。

「星、自然、生活環境、文明、それらはもしかしたら、重力に影響を受けるのかもしれない。でも、じゃあ言葉は? なぜ、人間と他の種族はコミュニケーションをとることが可能なのでしょう? それはつまり、いずれ全ての種族が一堂に会し、言葉を交わす機会がある、と想定され、供えられていたものではないか、と」

「言葉……か」

 なるほど、確かに。万の偶然が重なる奇跡と、強大な力を持った知的生命が介入している可能性。天秤に載せたら、はたしてどちらに傾くものか……。

「どこかで、何かが整合性をとっている、って、そう考える方が、まだ理にかなっているように思いませんか?」

 悩ましげに瞳を伏せるるり子ちゃん。

 そう、異なる世界が繋がる可能性なんて、その異世界の住人の言葉が通じて、交流が始まる偶然なんて……。

 一体どれだけの奇跡が重なれば起きるのだろうか?

「あっは、まぁ、現在の状況さえ何もわからない我々が、世界の構造について想いを馳せてるなんて、ちょっとおこがましかったですかね?」

 思わぬ方向に行ってしまった話を正すように、るり子ちゃんは言った。

「まぁ、過去どうやって、この宇宙ができたのか、なんて、どうでもいいです。今は四つの種族の行く末だけで、るり子、手いっぱいですから」

 と、そこで、笑みを浮かべて、るり子ちゃんが続ける。

「というわけなので、ぜひ、ご協力お願いいたしますね、殿ヶ池生徒会長」

「……やれやれ、でもまぁ、協力しますよ」

 なんか、やたらとスケールの大きな話をしてしまったけど、正直な話、あんまり日々の生活には関係ないわけで。

「まぁ、毎日を一生懸命生きるしかないってわけだな」


重力が小さすぎるから別時空に流れ込んでる、みたいな話は実際にあるみたいですね。以前、何かの本で読んだか、誰かに聞いたかしたことがあります。

それはさておき、人間の発生には知的な存在が介入しているのか、あるいは自然発生的に生じたものなのか、というのは意外と深刻な問答のような気がします。

自然発生によって生じた命であるならば、そこに生来の意味はなく、ゆえに自ら生きる意味を見出さねばならず、知的存在(それを神と呼んでもいいですが)が関わっている場合には、生まれる前より生きる意味が設定されている可能性もあって。。。

なんてことを考えておくと、いざ明日隕石が落ちてきて地球が滅ぶとなった時に落ち着いていられるかもしれませんね。

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