4
隣が煩い。金属の音がガンガンと響く。様々な声と音が入り交じって壁を揺らす。きっと血も広がっているのだろう。
――血の中に埋もれるあなたは綺麗ね。
――そうは思わない? ――
――私を選びなさいよ。 !――
怒り狂った女の顔。けれどどこか愉しそうにも見えて怖かった。
それは私を呼んでいるのか、主様を呼んでいるのか、私は最後までわからなかった。
あんなもの、手にするべきじゃなかった。いくら功績をあげても主様が死んでしまっては意味がないのに。
彼女は怖い。私の大事なものをすべて壊していった。
「下がれ、私が相対する!」
突然体に響いてきたその声にビクリと震えた。
騎士だろうその人の声は、声だけはどの声とも違ったから。だからすぐわかった。
『だめ……主様っ!』
これが主様の声なのだと。彼が主様なのだと。
けれどここには彼女もいる。
『千桜がいる、から……逃げて下さい……!』
私は震えた。
主様のところへ行きたくて、けれども動く手段が私にはない。だから精一杯の力を振り絞った結果が剣身を震わせることだった。今の私にはこれしかやれない。でもこれでは間に合いっこない。
主様、主様。
お願い、死なないで。
だれか、私はどうなってもいいから、あなたが生きていてくれればいい。
もう人どころか果物も切れやしない剣身では生け贄にすらならないかもしれないが。
「ぬし、さ、ま……っ!」
なんでもっと優秀な剣に生まれられなかったんだろう。もっと頑丈で錆びない鉱石で剣身を誂えて、束ももっと主様の手に合うようにして、そうしたらもっとちゃんと守れるのに。
「主様ぁ……っ!」
ただ叫ぶしかできない私が憎らしい。
剣なのに感情をもって、感情を持ちながら人ではない、生き物ですらない。中途半端な私が憎い。
「貴様ら、人まで捕らえていたのか!?」
「どうだろうねえ。覚醒してたとは知らなかったけど、元々君のモノだしねえ。ね、ヴァンクリーフ君?」
「気安く呼ぶなッ!」
「僕は君がご主人様で少し安心してるんだよー敬意の印だよお? まあさ、時が来るまでは「彼女」は預かっておくから。もっともっと強くなんなきゃ、ねっ。……またあの子を死なせる気だったら僕が君を殺しちゃうかも。レイヴンのが先に手を出しちゃうかもねえ、あー見えて僕より短気なんだよ?」
何が起こっているの。声しか聞こえない、体がもっと重くなった。只でさえ動かないのに。
「君よりも人殺しの傍の方がマシだって思ったら拐いにきちゃうかもよ。精々大事にしなよね、ヴァン君!」
じゃあねと叫ぶような声がして、私は箱の中から彼等が去っていく姿を見た。にこりと笑って投げキスまで送ってくる。そして寂しそうな顔をした。
あの表情を知っている気かするけれど、思い出せない。