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笑い声が離れていくのを聞いていると箱の扉が鈍い音を立てて開いた。彼の仲間の男がそこにいた。シルバーブロンドの短髪男は黒の装束を纏い、口元はマスクで覆っていた。その場で私に一瞥くれてから、乗り込み彼が手にしたのは「千桜の剣」と呼ばれる宝剣だった。
国宝級の代物に私は息を飲んだ。どうしてこんな場所にあるのだろうか、主様は国に献上した筈なのに。
声の出せない私に抵抗も何も届きはしないとわかっている。けれどこのままただ連れていかせる訳にもいかない。
『その子を離して!』
背を向けた短髪男がぐるりとこちらを向いた。
まさか、聞こえているのだろうか。
彼は剣を手にしたままこちらに戻ってきた。
「赤子のようなおまえに何ができる」
彼は私の前に千桜の剣の立てた。光を反射する程に研かれた剣身に正反対な私の醜い姿が映る。
「おまえとこいつを一緒にしておく訳にはいかない。おまえが目覚めたのなら、これは不要だろう。これは盟約だ。おまえは主を裏切るのか」
『主様を、裏切る……?』
「……識らぬことを識れ。おまえは産まれたばかりなのだから」
産まれたばかりなのは自覚している。私は主様のことしか識らない。主様との思い出が私のすべて。
『ど、どうすればいいの……!?』
やり方なんてわからない。動けない私に頼れるのはあなただけ。私の声が届くあなただけ。
「俺はおまえに手を伸ばしてはやれない」
『私の声はあなたにしか聞こえないのに』
「人殺しと一緒にいたいのか」
『っ私は、人じゃない、から』
人ほど畏れはしないし、躊躇いもない。主様はきっと護る側に立たれるだろうけれど、でも。
『もうあの暗闇には戻りたくない……!』
こんな気持ちを持ってしまった私にはもう閉じ込められるのは耐えられない。戻ることのない主様を思ってただ待てるような時間はとうに終わっている。
誰にも聞こえない、けれども啜り泣く私を男はただ黙って見ていた。そして立ち上がり、背を向けた。
「求めろ。おまえが本当に欲しいものはなんだ」
『欲しい、もの』
「おまえにはあるだろう。大事なものが」
『主様……』
主様、主様と子供が親を求めるように伏せ泣く私を置いて彼は箱から出ていってしまった。
主様を返して。主様に会いたい。
体を、言葉を、力を、ちょうだい。
そうしたら今度こそ主様の役に立てる筈だから。簡単に死なせたりしない。