成長
「な…何故だ」
「えっと…ここは、こうして…」
「こ、こうか?」
「ねぇ、もしかして…蛍お姉さんってさ、」
蒼太は引きつったような笑顔で、私を見つめた。
いや、正確には私の指先を見つめている。
「すっごく不器用なの?」
私の指先には、赤い糸が絡まっている。
蒼太の指先には、綺麗な赤い橋が架かっている。
「蒼太。お前、魔法使いだったのか?」
「蛍お姉さんの不器用さが魔法並みだと思うよ」
蒼太に溜め息を吐かれ、私はムッとする。
「…もう飽きた。やめる」
指に絡まった赤い毛糸を取ろうとするが、ますます絡まるばかりだ。
「あーっ!待って待って!取れなくなっちゃうよ!」
蒼太は簡単に自分の指から毛糸を取ると、私の手を握った。
「もう、何でこうなっちゃうかなぁ。…ん、あれ?え、何でこんなに絡まってるの?」
首を傾げながら毛糸と奮闘している蒼太を見て、思わず笑ってしまう。
「ちょっと、蛍お姉さん。誰のせいだと思ってるの。…あ、解けた」
口を尖らせていた蒼太の顔に、笑みが広がる。
何故か分からないが、私の口元もさらに緩んだ気がする。
きっと、指が解放されたからだろう。
「それにしても、あやとりというやつは面白くないな」
「出来ないからでしょ?出来るようになったら面白いよ。大体、蛍お姉さんは…」
何か文句を言っている蒼太の言葉を聞き流し、私は忙しなく変わる蒼太の表情を見つめた。
あの日、蒼太と会った日。
その日から、蒼太は毎日欠かさず来ている。
最初はおどおどしていた蒼太も、もうすっかり慣れてきているようだ。
ふと気になって訊ねる。
「蒼太。お前はいくつになったっけ?」
「…十二歳だよ。ねぇ、蛍お姉さん、話聞いてた?」
蒼太は複雑そうな顔をした。
…ついこの前出会った、という感覚だったが、、五年も時が経っていたのか。
私は「聞いてたよ」と適当に答え、立ち上がって大きく伸びをする。
「よし、蒼太。かくれんぼをしよう」
「かくれんぼ好きだよね、蛍お姉さん」
「私を見つけられなくて、蒼太はよく泣くからな。それが面白い」
「そ、そんなに泣いてないよ!…五、六回くらいしか」
可笑しくて笑うと、蒼太もつられたように笑った。
「さぁ、蒼太。早く隠れろ、日が暮れてしまう」
強く背を押すと、「わっ」と転びかける蒼太。
「いきなり押さないでよ…。ていうか、何で僕がいつも隠れる役なの?」
蒼太は私を見上げ、不思議そうに聞く。
「私が本気で隠れたら、お前には見つけられないだろう。見つからないんじゃ面白くない」
私は肩をすくめて答える。
それに、見つからない、と泣かれるのも困ってしまう。
遊びは本気でしないと面白くないし、かと言って泣かすことも面白くない。
そう考えると、必然的に私が探す役になる。
「確かに…」
蒼太は恥ずかしそうに笑う。
でも、急に真剣な顔をして、両手を胸の前で握り締めて小さな拳を作った。
「でもいつか…きっと蛍お姉さんを見つけられるようになるよ!絶対!」
「そうか。まぁ、頑張れ」
適当にあしらうと、十数えてねっ、と蒼太は走り出した。
私は目を閉じて、大きな声で数を数える。
「いーち、にーい…」
『蛍お姉さんを見つけられるようになる』か。
あと何年かかるだろう。蒼太はもう大人になっているかもしれない。
大人になってもかくれんぼをするつもりか。
勘弁してくれ、と私は微笑んだ。
「ろーく、なーな…」
でも、少し。ほんの少しだけ。
「きゅーう、じゅう」
蒼太となら、
「もー、いーかい」
それもいいかな、と思った。
「もーいーよっ!」
蒼太の声が遠くから聞こえた。
私は目を開き、蒼太の姿を探す。
なるべく早く見つけてやらないと、あいつはすぐに泣くからな。
社から少し森に入ったところにある大きな一本の木。
あの木の陰に居るだろうと目星をつけて、私はそっと近づく。
…ほら、居た。
真剣な顔で隠れている蒼太の肩を、私は勢いよく叩いた。
「蒼太、見ぃーつけたっ」
―――楽しい日々は続いた。
蒼太が来るようになって、心なしか花たちも咲き誇るようになった。
それに、動物や小鳥が訪ねて来るようになった。
社の周辺は騒がしくなり、蒼太も楽しそうだ。
もちろん、私も。
自然は単純でも、蒼太の表情が忙しなく変わり、結局は笑顔に戻る日々が楽しかったし、好きだった。
花を眺めて「綺麗だね」と笑い合った日。
あの雲は何に見えるか、と真剣に言い合ってケンカした日。
反省して仲直りした日。
小鳥や動物たちと戯れた日。
ただ話した日…。
全てが、好きだった。
だから、忘れてしまっていた。
『時』がどれほど残酷かということを。
始まりには終わりがあるように、出会いには別れがあることを。
蒼太は少しずつ成長していき、私の背を越した。
あんなに小さかった手が、今では私より大きくなった。
「蛍お姉さんって言うのも、もう可笑しいよね」
そう言って、私のことを「蛍」と呼ぶようになった。
―――私の『時』はマイペースすぎる。
だから、蒼太に置いて行かれて、独りになる。
蒼太の成長は微笑ましくて嬉しくもあるが、私は寂しさと不安も覚えた。
置いて行かれたく、ない…。
いつからか蒼太の存在は、『退屈しのぎの面白い子供』から『大切な人』へと変化していた。




