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花咲く頃に  作者: 優希
2/5

成長

「な…何故だ」


「えっと…ここは、こうして…」


「こ、こうか?」


「ねぇ、もしかして…蛍お姉さんってさ、」


蒼太は引きつったような笑顔で、私を見つめた。

いや、正確には私の指先を見つめている。


「すっごく不器用なの?」


私の指先には、赤い糸が絡まっている。

蒼太の指先には、綺麗な赤い橋が架かっている。


「蒼太。お前、魔法使いだったのか?」


「蛍お姉さんの不器用さが魔法並みだと思うよ」


蒼太に溜め息を吐かれ、私はムッとする。


「…もう飽きた。やめる」


指に絡まった赤い毛糸を取ろうとするが、ますます絡まるばかりだ。


「あーっ!待って待って!取れなくなっちゃうよ!」


蒼太は簡単に自分の指から毛糸を取ると、私の手を握った。


「もう、何でこうなっちゃうかなぁ。…ん、あれ?え、何でこんなに絡まってるの?」


首を傾げながら毛糸と奮闘している蒼太を見て、思わず笑ってしまう。


「ちょっと、蛍お姉さん。誰のせいだと思ってるの。…あ、解けた」


口を尖らせていた蒼太の顔に、笑みが広がる。

何故か分からないが、私の口元もさらに緩んだ気がする。

きっと、指が解放されたからだろう。


「それにしても、あやとりというやつは面白くないな」


「出来ないからでしょ?出来るようになったら面白いよ。大体、蛍お姉さんは…」


何か文句を言っている蒼太の言葉を聞き流し、私は忙しなく変わる蒼太の表情を見つめた。

あの日、蒼太と会った日。

その日から、蒼太は毎日欠かさず来ている。

最初はおどおどしていた蒼太も、もうすっかり慣れてきているようだ。

ふと気になって訊ねる。


「蒼太。お前はいくつになったっけ?」


「…十二歳だよ。ねぇ、蛍お姉さん、話聞いてた?」


蒼太は複雑そうな顔をした。

…ついこの前出会った、という感覚だったが、、五年も時が経っていたのか。

私は「聞いてたよ」と適当に答え、立ち上がって大きく伸びをする。


「よし、蒼太。かくれんぼをしよう」


「かくれんぼ好きだよね、蛍お姉さん」


「私を見つけられなくて、蒼太はよく泣くからな。それが面白い」


「そ、そんなに泣いてないよ!…五、六回くらいしか」


可笑しくて笑うと、蒼太もつられたように笑った。


「さぁ、蒼太。早く隠れろ、日が暮れてしまう」


強く背を押すと、「わっ」と転びかける蒼太。


「いきなり押さないでよ…。ていうか、何で僕がいつも隠れる役なの?」


蒼太は私を見上げ、不思議そうに聞く。


「私が本気で隠れたら、お前には見つけられないだろう。見つからないんじゃ面白くない」


私は肩をすくめて答える。

それに、見つからない、と泣かれるのも困ってしまう。

遊びは本気でしないと面白くないし、かと言って泣かすことも面白くない。

そう考えると、必然的に私が探す役になる。


「確かに…」


蒼太は恥ずかしそうに笑う。

でも、急に真剣な顔をして、両手を胸の前で握り締めて小さな拳を作った。


「でもいつか…きっと蛍お姉さんを見つけられるようになるよ!絶対!」


「そうか。まぁ、頑張れ」


適当にあしらうと、十数えてねっ、と蒼太は走り出した。

私は目を閉じて、大きな声で数を数える。


「いーち、にーい…」


『蛍お姉さんを見つけられるようになる』か。

あと何年かかるだろう。蒼太はもう大人になっているかもしれない。

大人になってもかくれんぼをするつもりか。

勘弁してくれ、と私は微笑んだ。


「ろーく、なーな…」


でも、少し。ほんの少しだけ。


「きゅーう、じゅう」


蒼太となら、


「もー、いーかい」


それもいいかな、と思った。


「もーいーよっ!」


蒼太の声が遠くから聞こえた。

私は目を開き、蒼太の姿を探す。

なるべく早く見つけてやらないと、あいつはすぐに泣くからな。

社から少し森に入ったところにある大きな一本の木。

あの木の陰に居るだろうと目星をつけて、私はそっと近づく。

…ほら、居た。

真剣な顔で隠れている蒼太の肩を、私は勢いよく叩いた。


「蒼太、見ぃーつけたっ」




―――楽しい日々は続いた。

蒼太が来るようになって、心なしか花たちも咲き誇るようになった。

それに、動物や小鳥が訪ねて来るようになった。

社の周辺は騒がしくなり、蒼太も楽しそうだ。

もちろん、私も。

自然は単純でも、蒼太の表情が忙しなく変わり、結局は笑顔に戻る日々が楽しかったし、好きだった。

花を眺めて「綺麗だね」と笑い合った日。

あの雲は何に見えるか、と真剣に言い合ってケンカした日。

反省して仲直りした日。

小鳥や動物たちと戯れた日。

ただ話した日…。

全てが、好きだった。

だから、忘れてしまっていた。

『時』がどれほど残酷かということを。

始まりには終わりがあるように、出会いには別れがあることを。


蒼太は少しずつ成長していき、私の背を越した。

あんなに小さかった手が、今では私より大きくなった。


「蛍お姉さんって言うのも、もう可笑しいよね」


そう言って、私のことを「蛍」と呼ぶようになった。

―――私の『時』はマイペースすぎる。

だから、蒼太に置いて行かれて、独りになる。

蒼太の成長は微笑ましくて嬉しくもあるが、私は寂しさと不安も覚えた。

置いて行かれたく、ない…。

いつからか蒼太の存在は、『退屈しのぎの面白い子供』から『大切な人』へと変化していた。


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