修学旅行編
御一読頂けたら幸いです
澄み渡る青空。
知らない風景、知らない町並み、知らない人々、全てが知らない環境。
僕達は今、修学旅行に来ている。
「今野君?」
今僕の横には荻野さんがいる。
そう、荻野さんが横にいる。
「今野君、どうしたの?」
「……、どうもしないよ?」
僕は笑った。
「そう、なら良いけど」
「うん」
彼女は退院した。彼女は結局三ヶ月半入院し、今はリハビリも順調だ。
「今野君…。」
「どうしたの?」
「…、ごめん何でもない。」
「?」
彼女は僕の目を見ずに小走りで走り出し、班に合流した。
…。
本当に良かった。
退院できて。
彼女の力になれたかどうかはわからないけど。
「待ってよ荻野さん!」
僕も小走りで班に合流した
荻野さんと同じ班に。
〇 ● ○ ● 〇
九州北部に位置する福岡県博多、人口は約二十二万人を越す大都市であり、国内有数の観光名所である。有名なご当地グルメ、屋台のみならず、都市ならではの夜景やタワーもある。
「じゃぁ点呼取るぞー、皆居るなー、居ない奴は手を上げろー」
相変わらずやる気のない先生の点呼。
「班のやつで居ない奴いないかー?」
「だいじょぶでーす」
皆の顔がそわそわしている。なんといってもこれから…。
「よっし、じゃぁこれから自由時間だ。ホテルには夕飯までに戻ること。学生としての節度を持った行動をして…」
「先生話ながーい」
「あぁ~、何も問題起こすなよ!俺の責任になるから!以上!解散!」
蜘蛛の子を散らすように二年一組のクラスメイトは散り散りになった。
「よし!」
「じゃあ行こうか」
「うん」
「……。」
僕達4班は四人。僕と荻野さん、一年生の頃からの友人の上村謙佑、そして学級委員長の中村梓。
「じゃあ私達も移動するわよ!」
「……。」
「ちょっと上村」
「何だよ」
「なんでさっきから携帯いじってんのよ」
「ログインボーナスが貰えるから。それに携帯じゃなくてスマホ」
「ろぐいんぼーなす?とにかく皆で居るときはいじるの禁止!」
「…はいはい」
渋々ポケットにしまう謙佑。
「じゃあまずラーメン食べに行きましょ!」
「うん」
「はい」
「…、俺、冷製パスタかパンケーキが食べたい。」
「アンタ女子か!」
「謙佑、一緒にとんこつラーメン食べない?」
「そうだな!」
「何で今野君の言うことは聞くのよ!」
「今野とお前を一緒にするな!」
次の瞬間委員長の右ストレートが謙佑に決まった。
「グボバッ!!!!」
鳩尾を押さえ、膝から崩れ落ちる。
「謙佑―――!!」
叫んだ僕の横でクスクス笑う荻野さん。
「ご、ごめんね荻野さん。五月蝿くして。」
「ううん。楽しいよ?」
微かに微笑む荻野さん。僕の思い出がもうできた。
「ねぇ、早くしないと時間が勿体無いよ?」
謙佑に二度目の攻撃を仕掛けていた中村さんの手が緩む。
「そうね、こんなダニに構っている時間はないわ。早くラーメンを食べに行きましょう。」
足早に僕達は移動した。
電車内
「大丈夫?謙佑。」
「あぁ、死んだお祖母ちゃんが見えたぜ。」
電車にゆられ僕達は某有名ラーメン店に向かっていた。
僕のすぐ隣に荻野さんが座っている。
ドキドキする。
「ねぇ、今野君。」
「は、はい!」
急に話しかけられ動揺してししまった。
「ログインボーナスって何かわかる?」
「へ?」
「さっき、中村さんと上村くんが話してた…。」
「あぁ、スマホのゲームだね。」
「私、ゲームとかあまりやらないから分からないんだけど…、どんなのか知ってる?」
「あ、それなら僕も謙佑と同じのやってるからやってみる?」
慌ててポケットからスマホを取り出し、アプリを起動させる。
「にゃんこらいふ?」
「うん。色んな猫と一緒に暮らして、毎日やると懐いたり猫じゃらしとかポイントとか貰えるんだ。」
「へぇ~。」
興味津々に画面を覗き込む荻野さん。
近い。顔が近い。いい匂いがする。
「お、荻野さんもやってみる?」
「いいの?」
「うん是非!」
僕はスマホを渡し、ひと安心する。
「……。」
「……。」
あれから荻野さんは少し変わった。
入院中は心細さから少し冷めた性格になっていた。
あの時変な質問をしてしまったこともあまり気にしていないようだ。
「荻野君」
「どうしたの?」
「この子…可愛い。」
画面を指差し微笑む荻野さん。
「あぁ、それ僕の一番お気に入りのにゃんこなんだ。可愛いよね(荻野さんが)」
「今野君のお気に入りなんだ…、へぇ、えへへ」
何だ今のえへへは。心臓がもたない。
「えっと、猫に餌あげられるよ?」
「どうやって!?」
「ここをタップして…。」
「うんうん」
「ここにスライドさせて…ね?」
「食べてる…。可愛いね、今野君。」
「うん可愛いよね。(荻野さんが)」
「可愛い…、食べてる…、えへへ」
次は~〇〇駅~、〇〇駅~。
「あ、ここだね」
「ありがとう今野君」
「いえいえ、どうだった?」
「とっても可愛かった。」
「そっか」
アプリに感謝。
「あ、謙佑、中村さん、次で降りて…。」
慌てて二人に伝えようとしたらニヤニヤしていた。
「どうしたの?二人とも…。」
『別に~。』
見事にシンクロした。
「あ、えっとその…。」
「今野君、電車内ではお静かに。」
「ごめんね、中村さん。」
「おい暴力女、今野を注意するなんて百年早い。」
「あ?」
「あ?」
睨み合う二人を慌てて静止する。
すると後ろから優しくポンポンと叩かれた。
「今野君」
「え?どうしたの?」
「降りないと…。」
電車のドアを指差す。
「あぁ!早くしないと!」
僕は思わず荷物と荻野さんを手に取り降車した。
「ハァハァ、間に合った。」
「あの…中村さんと上村くんが…。」
「あぁ!」
時既に遅く、二人は僕達を見ながら悟った顔で笑顔で過ぎ去った。
「どうしよう…。」
「追いかけるのは無理だもんね。」
「うん。」
得とせず二人きりになってしまったことに喜びではなく焦りと不安を感じている僕に、一通のメールが届いた。
「どうしたの?」
「……、謙佑からメールだ」
《今野へ。こっちは心配するな。暴力女は今、自己嫌悪に陥っている。次の駅で降りるから、店で合流しよう》
ーー返信ーー
《わかった。こっちのことは心配しないで。気をつけて来てね》
「上村くん、なんだって?」
「次の駅で降りるから、お店で合流しようって」
「そう、よかったね」
良くない。非常に良くない。
「あ、あの…荻野さん。」
「はい?」
「行こうか?」
「うん」
見知らぬ土地で二人きり。
頼れる男にならないと!
以下 二人行動
「えっと、荻野さん」
「はい」
「僕、福岡は初めてだけど、荻野さん、来たことある?」
「ないです」
「そっか、じゃあ迷子にならないようにしないとだね。」
「今野君大丈夫?」
「へ?」
「尋常じゃないくらいの汗だけど。」
「えっと、その、あっと…。」
「はい。良かったら使う?」
そこには桜柄で淡い桃色のハンカチ。
「え!いいよ!悪いよ!」
「気にしないで。私、全然平気だから」
「あばばばばばば。」
「今野君!?」
次の瞬間、頬に優しい感触がした。
「今野君、大丈夫?」
彼女が僕の頬を拭いていた。
僕の頬を。
「あ、ああああありがとう荻野さん。」
「別に良いけど、汗止まらいね。」
「も、もう大丈夫。うん大丈夫。」
僕は慌ててスマホを取り出す。
「えっと、取り敢えずお店に向かわないと。」
「そうだね。中村さん達と合流しなきゃね。」
汗で中々反応せず、駅の検索マップが開かない。
「えっと、えっと。」
「どうしたの?」
「荻野さん、ちょっと待ってて。」
「うん」
指先を服で拭き、なんとか反応した。
「えっと、この駅の南口を出て、大通りに出よう」
「うん。わかった。」
その後も僕は役に立たなかった。
駅の南口も必死に探したが荻野さんが先に見つけ、
お店の場所も荻野さんが言った方角にあり、僕は真逆の方向を指していた。
「…ごめん。」
「何が?」
「僕、全然役に立てなくて。」
「別に気にしてないよ?」
女性の《気にしてないよ》は《本当は気にしている》という意味だと週刊誌で読んだことがある。
僕は更に落ち込んだ。
「荻野さん。疲れてない?大丈夫?」
「うん。平気。」
「そっか。足とか痛くなったらすぐに言ってね?」
「うん。」
こうしてなんとか僕達は目的地に着いた。
「着いたね。」
「中村さんと上村君はまだ来てないみたいだね。」
「じゃあ先に並んでよう。」
三十分後
「全然動かないね。」
「うん。」
会話が続かなくなったその時、後ろから嫌な声がした。
「あれ、君可愛いねぇ。」
そこに立っていたのは金髪でピアス、派手な服を来た二人組のいかにもな人達。
「あ、あの、何ですか?」
「君じゃなくてそっちの女の子」
「え?あ、私…ですか?」
荻野さんはただ震えていた。
「そうそう。君今暇?」
「え、暇じゃ…ないです。」
「えぇ~いいじゃん。どっか行こうよ~。」
「あの、やめて…もらえませんか?」
勇気を出してそう言った。
「あ?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「えっと…今、ご飯食べに並んでて…。」
「お前に話してないんだけど?」
泣きそう。
「えっと、本当にやめてもらえませんか?」
「だからお前じゃねぇよ!」
僕は逃げ出したかった。本当に怖い。
でも気付くと僕は荻野さんを後ろにしていた。
小刻みに震え、僕の服を掴みながら今にも泣きそうになっていた。
守らないと。荻野さんを守らないと!
「お願いです。やめて下さい。」
「馬鹿か?テメェはよ。やめるくらいならはじめからやらねぇよ。」
金髪男が荻野さんに触ろうとした時、思わず相手の手を叩いてしまった。
「あ!」
「テメェ何触ってんだきめぇな!」
「ご、ごめんなさい。でも彼女は僕の大切な班のメンバーなので…。」
「もうその女寄越せよ。そしたら許してやるよ。」
「い、イヤ…です。」
「さっきからウジウジしてキメェんだよ!」
「ご、ごめん…なさい。」
「つーか早くそこどけよ。俺はそこの女に用があんだよ。」
「ど、どけません!荻野さん嫌がってるんで…、もう…。」
「どかなきゃサンドバックになるか?」
「む、無理…です。もう、やめて…ください」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
「やめねぇよ。ばーか。」
「馬鹿はてめぇだ。」
聴き慣れた声と共に、次の瞬間金髪男が視界から消えた。
「え?」
「あぁ?何だてめぇはよ!?」
もう一人の男も『バキッ』っという音と共に膝から崩れ落ちた。
倒れた男の先にはひと組の男女がいた。
「…謙佑、中村さん。」
「大丈夫か今野。」
「何もされてない!?」
まるでヒーローの登場シーンのようだった。
「何だお前…、いきなり…殴りやがって…。正気かよ…。」
お腹を押さえながら男二人は震えながら喋った。
「黙れ産業廃棄物。有害物質垂れ流しやがって。テメェらの放射能で俺の今野が汚染されたらどう責任取んだ?あぁ?地中深くに埋めてやっから覚悟しろ。」
その後ナンパ男達は謙佑と中村さんに全身をボコボコにされ、写真を撮られ、警察に通報され、もう二度と関わらないことを約束した。
へらへらしてた顔はボコボコに晴れ上がり、僕達に土下座で謝罪した。
□ ■ □ ■
「荻野さん、大丈夫だった?」
「うん。平気だよ。」
「ゴメンね。守ってあげられなくて。」
「……。」
「僕、怖くて何もしてあげられなくて。」
食べ終わったラーメンを見ながら、僕はさっきのことを思い出していた。
情けなかった。あの時、謙佑が来てくれなかったら荻野さんを守れなかった。
本当に、悔しい。
「今野君…。」
「僕がもっと強かったら、荻野さんに怖い思いをさせずに済んだのに。」
「何を言ってんのよ!悪いのは全部あのゴミ二人でしょ?」
「今野、お前は何も悪くない!」
そんな風に励ましてくれる謙佑と中村さんの言葉も僕には届かなかった。
「今野君。格好よかったよ。」
「え?」
「私、思わず今野君の後ろに隠れちゃったけど、今野君が私のこと必死に庇ってくれてたでしょ?」
「……。」
「だから…、助けてくれてありがとう。」
「荻野さん…。」
真っ直ぐ僕を見る荻野さんは笑っていた。
本当に荻野さんは優しい。
本当に。
「あの~、僕達のこと忘れないでね?」
「はっ!」
気付くと中村さんと謙佑はまたニヤニヤしていた。
「何でにやにやしてるの?」
『べっつに~~』
またも同時。
「二人とも…仲いいね。」
「やめてよ荻野さん!こんな奴と!」
「荻野さん!やめて!吐き気がでっから!」
「あぁ?また泣かせてやろうかぁ!」
「グボバァ!!!」
今度は中村さんの右ブローが謙佑の脇腹にヒットした。
その後僕達はお店を出て、観光地を巡った。
荻野さんは終始笑顔だった。
それが何よりも嬉しかった。
つづく
▽ ▼ ▽ ▼
御一読頂き有難う御座いました