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エアツェールングの宿泊帳  作者: 翡奈月あみ(旧・陽向あみ)
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小さな郵便屋さん

 宿屋を始めて、2年目の春。3階には、音楽家シュトルクと、奇術師スヴェンが引き続き滞在していた。朝御飯には起きてくるスヴェンと談笑しながら、仕事の関係で朝はなかなか起きてこないシュトルクの朝御飯をトレイに準備する。それが日課になってきて、賑やかな朝を迎えられるのが、嬉しいメリスロッテだった。


 洗濯と宿内の掃除を終えて、食堂を開けるまで買い物にでも行こうかな? と思っていた時だった。


「おい」


「はい?」


 声のしたほうを振り返ると、シュトルクが階段の踊り場、手すりにもたれ掛かり、こちらを見ていた。最初は気難しくて苦手だった彼だが、ここ数日で少しは打ち解けられたかと思う。


「何ボーッとしてるんだよ」


 つんけんした態度は相変わらずだが、これが彼の個性なのだと思えるようになってきた。それにめげずに応対していれば、意外と普通に会話が成立した。弟のラルフは、相変わらず苦手だと言っているが。


「どうかしましたか?」


 階段から少し距離があったメリスは、階段の下へ移動すると、2階にいるシュトルクを見上げる。それを見て、シュトルクも階段を降りてきた。


「この街に、郵便局はあるのか?」


「郵便局ですか。ありますけど……」


 街の反対側まで歩くうえ、少しメイン通りから入ったところにあるため、説明するのが難しい。地図を描くにも目印があるか怪しい。どうしたものか悩んでいたメリスに、シュトルクは怪訝そうな表情を返す。


「あ、そうだ。良かったら私頼まれましょうか? 買い物ありますし」


 何の用事ですか? と尋ねる。


「いや、いい。これから定期的に使うから、場所を覚えたい」


「そうですか、じゃあ、ちょっと道順を説明するのが難しいので、案内しますね」


 すると、少し驚いたように、髪と同じ薄紫の瞳が開かれる。


「宿は大丈夫なのか?」


「はい、買い物もありますし、食堂が開くまではラルフ1人でも店番頼めますから」


 そう言って微笑んだメリスを見て、少しだけ考えた後でそうか、と呟いた。


「じゃあ、頼む」


 支度を済ませてくる、と言うシュトルクと別れ、メリスも買い物の用意をする。仕込みを終えて休憩していたラルフに、宿の店番を頼むと、外に向かう。今日は暖かいなぁと、風を受けながら、空を見上げた。

 ハイルング王国は、四季が楽しめる国だ。それゆえ、観光名所のある他の街には、観光客が沢山訪れる。団体も多いらしく、暖かく過ごしやすい春などは、宿を取るのも一苦労だよ、と旅人が言っていた。エアツェールングは、これといった名物がないので、泊まり客はそんな観光地を避ける旅人がほとんど、と言うわけだ。この街から出たことのないメリスにとって、旅人の土産話ほど面白いものはない。聞きながら、異国の地や、物語に思いを馳せている。


 そんな事をぼんやり考えていると、シュトルクが現れた。ノートほどの大きさの封筒を小脇に抱えている。


「じゃあ、行くか」


「あ、はい」


 出てきたばかりのシュトルクに、すぐに置いていかれそうになり、慌てて隣に並ぶ。いつも少し距離をとっていたため気づかなかったが、改めて隣に並んでみると、シュトルクは思ったより身長があった。160センチの自分とそう変わらないかなと思っていたが、ラルフより少し低いくらいだろうか。とすると、170センチに届くか届かないかだろう。


「郵便、お仕事のものですか?」


 脇に抱えられた封筒を見て、尋ねる。知人宛にしては大きいかなと思った故の質問だ。


「楽譜」


 こちらは見ずに軽く頷いて、短く答えが返ってきた。メリスはシュトルクから視線を外し、なるほど、と頷く。


「スヴェンさんが感心してました。名前を聞かないのが不思議だって」


「名前、出してないからな」


 予想外の言葉に、メリスは再びシュトルクを見る。


「そうなんですかっ? 良く分からないけど、勿体ないんじゃないですか?」


 シュトルクは一瞬だけ視線をメリスに向けると、すぐに前を向いた。少し言葉を選ぶような沈黙のあと、口が開かれる。


「ずっと旅してるからな。名前出ると旅先で色々面倒なんだよ。名無しとか、偽名で出してる。それでも僕が作った曲に違いはないし、報酬は出るし」


 あまり有名になると旅をしにくいらしい。それはなんとなく分かる気がする。


「演奏者としては顔出すから仕方ないけど、僕が作曲もやってる音楽家だって知ってるのは、泊まった宿や下宿先の人間だけだろうな」


 即興曲もやるし、必死で隠してる訳じゃないからバレようが構わないし、と続ける。メリスがそうなんですか、と頷くのを確認すると、それに……と言葉を繋ぐ。


「旅先で演奏者として名が知られるようになったら、また遠くに行くし」


「なんで旅をしてるんですか?」


「それはお前には関係ないだろ」


 音楽の事について饒舌だったのでついでに聞いてみたが、それは駄目だったらしい。険しい顔をしているシュトルクを見て、やっぱり難しいなぁと思う。すみません、と答えながら、郵便局への道のりを急ぐ。


 宿から伸びるメイン通りをまっすぐ進むと、街の反対側に、王国騎士隊が暮らす駐在所がある。此処には、治安維持のために、王都の騎士隊本部から派遣された騎士が十数名配置されている。郵便局に行くにはそこまで進まず、途中を曲がっていく。曲がると、民家が建ち並び、街の人しか分からないような路地や、裏通りなんかが存在する。間違ってそれに入らないように、大きい通路を進む。シュトルクがあたりをキョロキョロと見回す。


「目印になりそうなもの、ないですよね」


「思いっきり民家だな」


 しかしまぁ、細道に入らないように気を付けて歩けば、少し開けた場所に出る。そこにあるのが、喫茶店、郵便局、パン屋だった。


「道順、わかりました?」


「あぁ」


 じゃあ……と言ってシュトルクが郵便局に向かうと、丁度中から、配達員の格好をした小さな女の子が、猫と、郵便物が入った箱を積んだ台車を引いて出てきた。度々郵便局に来るメリスも、初めて見る顔だった。


「あ、いらっしゃいませー!」


 女の子は台車を避けて、こちらにお辞儀する。ではではー、と進もうとする女の子を、シュトルクが待て、と制止する。


「これ、今日の集配か?」


「はいー、配送車さんが門の外で待っているので、リーケと副局長が持っていくのですよー」


 副局長とは、台車に乗った小さな灰シマの猫の事だ。こちらはメリスも良く出会う。局長さんが拾ってきた野良猫で、副局長は役職ではなく名前だった。こんにちは、と声を掛けると、行儀良くすましてにゃあと鳴いた。


「間に合うか? これ」


 シュトルクは、封筒を掲げながら尋ねる。リーケはお任せください、と頷く。


「リーケ待ってますんで、中で局長さんに切手と判子もらってきてくださいー」


 女の子は、間延びした口調でにこにこと告げる。それを受けて、シュトルクは郵便局に入って行った。待っていようかどうしようか迷っていると、女の子と目が合う。


「こんにちは、お姉さんは街の方ですかー?」


 にこにこと、人好きする笑顔で小首を傾げる。柔らかい、オレンジに近い明るい茶髪が揺れる。


「はい、端の宿屋のメリスロッテです」


「ああ! 宿屋の方でしたかー。地図で見ましたよー。リーケ、今月からこの街の郵便局に住み込みで雇っていただいてる、リーケと申しますー。明日から配達に出ますので、見掛けたらよろしくですよー」


 言ってから、思い出したように、被っていた帽子を脱いでお辞儀した。両端、上の方で小さく結わえた髪の毛が、お辞儀の拍子に揺れる。再び帽子を被るとリーケは続ける。


「リーケ、ハイルングの端の村から出てきたばかりでお友達いないので、仲良くしてくださいねー」


「もちろんですよ。良かったらうちの宿、食堂もあるから、ご飯食べに来てくださいね。忙しくない時だったら、色々お話もできるので」


「本当ですか? 嬉しいですー」


 握手を求めてくるリーケに応じると、メリスは提案した。メリスも街になかなか年の近い友達がいないので、

申し出はとても嬉しい。学校で一緒だった友達は、ほとんどが他の街や都市に働きに出てしまっている。そんな理由もあって、良く手紙を出しに郵便局に来るのだが。


 そうこうしていると、シュトルクが出てきて、リーケに封筒を手渡す。


「じゃあ、頼む」


「お任せくださいー」


 シュトルクから封筒を受けとると、他の郵便物と同じく、箱に詰めた。ではでは、とシュトルクとメリスにお辞儀すると、副局長を肩に乗せ、台車を押して通りを抜けていった。 


「じゃあ、私は買い物して帰りますね。シュトルクさん帰りは、お1人で大丈夫ですか?」


「子供じゃないんだから多少迷っても大丈夫だろ」


 少し仲良くなれたような気がしたけれど、やっぱりいつも通りの険しい顔をして、じゃあな、と背を向ける。そのまま歩いていくシュトルクがピタリと止まった。なんとなく見送っていたメリスは、振り返ったシュトルクに、どうかしましたか? と声を掛けた。


「礼を、言ってなかった。助かった」


「いえいえ、お客様の役に立てたなら幸いですから!」


 まあ、それもそうかと納得したように、じゃあ、とまた歩き始める。気を付けて帰ってくださいと見送って、メリスはそのまま買い物に向かうため、雑貨屋までの近道である脇道に入った。


 それは、宿屋を始めて2度めの春。暖かい風が吹くなかで、音楽家との思いがけないお散歩と、笑顔が可愛い小さな郵便屋さんと出会った日だった。


『小さな郵便屋さん』end


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