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エアツェールングの宿泊帳  作者: 翡奈月あみ(旧・陽向あみ)
18/33

幕間 誕生日の夜に


 それは、スヴェンとシュトルクが3階に宿泊する少し前の春風の導き亭、2年目の春の始まり。まだ少し暇があった頃に迎えた、双子の誕生日の出来事。


「ラルフおはようっ、誕生日おめでとう!」


「ああ、おはよ。メリスもおめでとう」


 朝、仕事を始める前。まだ少し外が薄闇に包まれている時間、ラルフとメリスはお互いに誕生日を祝い合う。ラルフがラッピングされた小包を取り出すと、メリスも、後ろ手に隠し持っていた小包を取り出す。

 交換して、包みを開ける。お互い、毎年大したものではないが、こうやってプレゼントの交換をしている。小さい頃に両親から、誕生日は相手がこの世に生まれた事を感謝する大事な日なんだよ、と教わり、どちらから言い出した訳でもないが、いつからか始まり、今でも続いている自然な行事。自分達は特に、同じ日に同じ人から生まれた事を感謝できる間柄だ。


 ラルフは、包みから取り出した物を見て呟く。


「誕生日プレゼントが新しい調理器具って……」


 フライ返しとおたま、木篦を手にしたラルフが苦笑すれば、メリスも、ラルフこそ、と口を開いた。


「これ仕事用のエプロンじゃない」


 手にしたのは、宿の仕事でいつも着けている、腰に巻くタイプの白いエプロン。今まではシンプルな物を使っていたが、裾に少しフリルが着いていて可愛らしい。


「しかも、それなりに嬉しい自分がいる」


「それは勿論、私もだよ」


 一瞬だけ顔を見合わせて、声を上げて笑う。


「ありがとう、ラルフ!」


「こっちも、ありがと。交換のタイミングを伺ってはいたんだ」


「だろうなって。私もこのエプロン、買い換えようかと思ってた所だよ」


「繕って使ってたの知ってたし。俺はどれが良いとかよく分かんないから、ヒルデ姉さんの見立てだけど」


「そうだったんだ」


 それにしても、とメリスが少し笑って、言葉を繋ぐ。


「お互い自分に買わないで、誕生日プレゼントにする辺りが流石だね」


「だな」


 早速今日から使おうかと、お互いに準備を進める。宿屋は、誕生日だって例外なく休めない。今日からまた頑張ろう、と決意新たに仕事に望む。


 いつも通りの1日が進んでいくが、誕生日だということ、新しい道具があるということで、なんだか新鮮な気持ちになる。


「ありがとうございましたー!」


 ディナー帯最後のお客さんが帰っていく。宿泊を利用のお客さんは現れなかった。普段なら気落ちするところだがラルフは、よし、と少し満足そうに笑う。

 何故なら、晩御飯を余所で済ませられるからだ。お酒が飲めるようになったら、ライナーが営む『月の隠れ家』で頼みたいと、メリスと良く言っていたのだ。


「ねぇ、晩御飯どうしようか、今日」


 考えている事はメリスも同じだったようで、にこにことそう尋ねてくる。客商売がお客さんが来なくて喜ぶなんてどうなんだ、とラルフは自分の事を棚に上げて考える。


「泊まり客いないし、ライナーさんの店、行くか」


「うんっ!」


 その答えを待ってましたとばかりに、メリスは嬉しそうに勢いよく頷いた。


「こんばんはー、ライナーさん、ドーラさん」


「いらっしゃい」


 相変わらず、穏やかな笑顔で迎えてくれる2人がいるこの店は、居心地が良い。カウンター席に通されると、そこに用意されたものに、ラルフとメリスは顔を見合わせた。


「お誕生日、おめでとうございます」


「おめでとうございます、お2人共。お2人が産まれた記念日にご一緒できて、嬉しいですわ」


 目の前に小さなデコレーションケーキが登場したのだ。チョコプレートには自分達の名前と、ハッピーバースデーの文字。

 メリスが、ケーキとライナーとを何度も見返す。そこにあるものが幻でもなんでもなく、現実のものだと理解して、顔を綻ばせた。


「わぁ、どうしたんですか、これっ」


「以前、誕生日の話をしましたからね。もしかしたら来るんじゃないかと思って、用意してました」


 何でもない事のように、さらりと言うライナー。簡単に用意したと言っても、見たところケーキは手作りだし、手間も時間も掛かっただろう。その苦労を全く伺わせず笑顔を作るライナーに、ラルフは関心して頷く。


「でも、来れなかったらどうするつもりだったんですか」


「その時は、わたくしが届ける予定でした」


 ラルフの問いに答えたのはドーラ。そこまでしてくれようとしていたのか。以前会話の流れで話した、誕生日を覚えていてくれただけでなく。これは、女性が騒ぐわけだ。


「ありがとうございますっ。ライナーさん、モテるでしょう?」


 ラルフが感じた事を、メリスが問いかけた。


「あはは、どうですかね。未だ独身でいるのが答えだと思うんですが」


 それより、とライナーは時計に視線を移しながら言葉を続けた。 


「最初に食事にしますか? この時間に来たと言うことは、まだですよね?」


「はい、お願いします!」


「かしこまりました。空いてますからね、すぐできますよ」


 その言葉に違わず、注文した料理は10分と経たずに出てくる。軽めのものを頼んだという事もあるが。


「あと、私が2人に選んでおいたお酒です。アルコールもさほど強くありませんから、大丈夫だと思います」


 ラッピングされた瓶を取り出す。


「これも、私とドーラからのプレゼントにさせてください」


「わあ、ケーキだけでも嬉しいのに……! ありがとうございます」


「ライナーさん、ドーラさん、ありがとう」


 2人でお礼を述べると、ライナーとドーラはいえいえ、と笑った。


「喜んでもらえたなら、それだけで嬉しいですよ」


 初めて口に含むお酒は、まるでぶどうジュースのような、飲みやすいものだった。仄かに、アルコールの香りが鼻先をくすぐる。メリスとラルフは顔を見合わせて、美味しい、と呟く。


「それは良かった」


「なんか、もっとこう、苦いとか、ピリッとするとか、なんか、ふわーっとか、そんなイメージでした」


「語彙力……」


「ラルフ、うるさいっ」


「あはは。確かにそういうのもありますよ。でも最初ですから、美味しい、と思って飲んでもらえるものの方が良いかと思いまして。ワインの中でも渋味が少ないものを選んでおいたんです」


 へぇ、と思いながら、ラルフはまた口に含む。

 しばらくそうやって、話やお酒、料理にケーキを楽しんでいたのだが、突然、メリスが潰れた。かくん、と机に頭を預けたかと思うと、動かなくなる。


「ちょ、おい、メリス?」


「なんか、ふわふわしてきたー」


 眠い、と口を動かすと、再び動かなくなる。


「ああ、お水だけ飲ませてください。それだけでも明日の朝、大分違いますから」


 ライナーが水を手渡す。上体を起こして水をやる。飲み終わると再び机に身体を預けさせて、なんだか幸せそうに笑った。全く……とため息を吐くと、ライナーがクスリと笑う。


「一気に飲み過ぎちゃいましたかね。ラルフは大丈夫ですか?」


「うん。平気」


 ドーラが、上掛けを取ってきて、それをメリスに掛けてくれた。


「ああ、すみません。すぐ連れて帰ります」


「大丈夫ですわ。お疲れでしょうし、ゆっくり寝かせてあげてくださいな」


 微笑むと、他のお客さんに呼ばれて去って行く。ライナーがラルフにも水を出しながらメリスを見る。


「背負って、送って行きましょうか?」


「大丈夫。俺でも背負えますよ」


「大きくなりましたもんねぇ。小さな頃は、ラルフが泣きながらメリスに手を引いてもらってたのに」


 危うく水を吹き出しそうになって、慌てて飲み込む。


「いつの話だよっ」


 これだから、幼少の頃を知る年上は厄介だ。


「いつぐらいですかねぇ。私が街の学校に通ってた頃ですから、6、7歳くらいですかねー?」


「記憶にないし」


「確か……2人で外門を潜ろうとして門番に怒られたんですよ。何でそんなことしたのか街の誰にも一向に喋らなくて、ラルフは泣きやまないし、メリスはお姉ちゃんだから、って一生懸命泣くの我慢してて。問い詰めるのも可哀想になって、家に帰したんです」


「……ふうん」


 微かに、蘇った記憶があった。ただそこに、自分達以外の誰が居たかまでは覚えていない。


「ライナーさん、何でその場に居たの?」


 俺ら送るの頼まれたとか? と尋ねる。

 両親が居なくなったばかりのあの頃は、引き取り手はなかったけど、かわりに色んな人が面倒を見てくれていた。お前達の両親には世話になったから、と。

 しかしライナーはいいえ、と首を振る。


「私は、通り掛かっただけで、迎えに来ていたのはアーダルベルトさんだったかと」


 再び、蘇った記憶があった。男が泣いてばっかいるんじゃない、と言っていた声は、確かに若かったアーダルベルトのものだった気がする。


「じゃあ、これ以上思い出話聞かされる前に帰ります」


「おや、残念です」


 楽しそうに笑うライナー。話す方はそりゃあ楽しいだろう。しかし、聞く方は自分の幼い頃の話なんて、耳を塞ぎたくなるような事がほとんどだ。


 会計を済ませて、メリスを背負うと、ドーラが駆けてくる。入り口のドアを開けてくれた彼女に、すみません、と頭を下げた。いいえ、とふわりと笑うドーラと、カウンターで手を振るライナーに改めて礼を述べる。ドーラが押さえてくれているドアを潜り、帰路を歩く。


 帰る途中に、先程のライナーの話を思い出す。幼い頃、あれは確か、両親を探しに行こうとしていたのだ。

 暇だった冬。ずっと休みなく働いていた2人は、久しぶりに宿を長期休みにして、旅行にでも、と出掛けて行った。メリスとラルフはまだ幼いからか、冬の寒さの中だから置いていかれたのか、理由は覚えていないが、マルタとルドルフ夫妻の所に預けられたのだ。数日だから、と聞いていたのに両親は帰ってこず、いつの間にか自宅の宿屋に戻され、街の人達が面倒を見てくれていた。

 幼い頃は、両親がもう帰って来ない、それどころかこの世にいないかもしれないなんて事は、中々理解できなかった。


『もう、帰って来ないのかな』


『帰り道が分からなくなったのかな?』


『じゃあ、ぼくが迎えに行く!』


『ラルフ、ダメだよ!』


 外門を抜けようと走り出した自分を、メリスは追ってきて、結果2人でこっぴどく叱られて、ラルフは泣き出し、メリスはごめんなさい、をただ繰り返した。


「あー……」


 思い出したものの、幼い頃の自分の行動に、なんだか居た堪れないような気持ちになり、考えるのを止めた。

 いつからか、両親はもう帰ってこず、もう会うこともできないんだと納得した。それからは大人になったと思うけれどそれまでは、意外とメリスや街の人達に迷惑をかけたんだなぁ、と振り返る。そんな自分も、メリスを背負い、酒も飲めるようになった。


「んん……?」


「起きた?」


「んー……起きたような、眠いような……」


 ここどこ? と背中で身動きする気配に、ライナーさんとこからの帰り道、と答えて背負い直す。んー、と納得したのかしないのか分からない返事。


「ラルフと双子で良かったなぁ……」


 寝言なのか何なのか満足そうな呟きに、微笑を溢す。再び聞こえてきた寝息に頷く。


「俺も」


 メリスが眠っている事を確認した上で、ラルフは呟いた。


「双子で良かった」


 お姉ちゃんだから、と歯を食い縛るように泣くのを我慢していた双子の姉。それは、自分があまりにも頼りなかったからだろうと今は思う。ラルフが泣き虫から卒業するのと同時期くらいから、メリスは口癖のようになっていた“お姉ちゃん”から卒業した。双子じゃなかったら、自分が本当に年下の弟だったら、そうはいかなかったのかもしれない。


「今までありがとう。俺も、もっと頑張るから」


 聞こえていないのが分かっているとはいえ、自分がこんなに素直に言葉を紡げるのは、アルコールの力なのだろうか。たまには、悪くないかもしれない。


 また明日から、頑張ろう。


『幕間 誕生日の夜に』end




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