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エアツェールングの宿泊帳  作者: 翡奈月あみ(旧・陽向あみ)
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月夜の踊り子

 夏の日。夜のエアツェールングは、それほど暑くはない。過ごしやすい日ながらも、食堂はのんびりしたディナータイムだった。泊まっているお客さんにご飯を出すと、あとはぽつりぽつりとした入店だけ。昨日やってきたゲオルクという冒険者は、酒場が開く時間になると、早々に出掛けていった。

 人がいなくなった食堂の席では、ラルフが念入りにテーブルを拭いている。


「暇そうだな!」


「あ、ヴィクトルさん。お出掛けですか?」


 宿のカウンターでメリスが日誌を書いていると、後ろからひょっこりと顔を出したヴィクトル。手には大きな荷物を持っている。


「ああ。副隊長殿同伴で、花火の打ち上げ実験に行ってくる」


 言いながら振り返る。なんとなく楽しそうな雰囲気はそのためか。ヴィクトルの視線の先を見ると、ジークヴァルトが階段から降りてきていた。


「爆発の1件から、実験の際は必ず騎士隊の誰かを同伴させる事になってな。面倒だがまぁ、実験を続けさせてもらえるのは有り難い」


「また爆発させんなよ」


 ヴィクトルの台詞を聞いたラルフが、テーブルを拭いていた手を止める。


「その辺りは自分が気を付けさせます。お2人にはご迷惑が掛からないよう、尽力しますので」


 楽しそうなヴィクトルとは対照的に、ため息をつかないのが不思議なくらいの様子で、ジークヴァルトはそう言った。


「お疲れ様です、ジークヴァルトさん」


 本日の騎士隊の職務は終わったというのに、未だ制服を着用したまま、気が抜けない様子に、メリスは心からの言葉を送る。


 2人が出掛けていくと、しばらくしてゲオルクが帰ってくる。旅支度と違って、鎧を身に付けないラフな格好をしている。


「ゲオルクさん、お帰りなさい。早かったですね」


「ただいまっ。メリス嬢に会いたくなっちゃった」


「遠慮なくゆっくりして来てきて良いって。そして帰ってくるな」


「ラルフっ、お客さんなんだから」


 軽口が絶えないゲオルクとラルフは、短い付き合いながら、すっかり気を使わないやりとりをするようになっている。店員とお客さんである以上、メリスとしては気が気でないのだが、ゲオルクもそんなやりとりには慣れているらしく、あまり気にしないようだった。


「弟くんひどいなー。折角お客さん連れてきたのに」


「お客さん?」


 言われて、ゲオルクの後ろを除き込むと、露出の多い派手な格好をした女の人が立っていた。 


「踊り子のイゾルデです。よろしくね?」


 鈴のような声でふわりと笑った女性に、一瞬見入ってしまったメリスだが、慌てて口を開く。


「はい、いらっしゃいませっ。お泊まりですか?」


「うん、4泊お願いしまーす。でも助かっちゃったー、ここ宿ないのかと思って」


 月夜の明かりに照らされた姿が、とても艶やかな女性だった。骨が透けそうなほど白い肌に、桃色の髪の毛が良く映える。


「何処か泊めてもらえるところ、交渉しようかと思ってたのよ」


 イゾルデの横で、ゲオルクも同意を示す。


「俺も最初はそう思ってた」


「街の端ですからね。見つけにくくて、すみません」


 イゾルデを中のカウンターに通して、宿帳を記入してもらう。白い指が、ペンを受け取った。


「酒場で踊ってたらゲオルクに声掛けてもらって、宿に泊まってるっていうから連れてきてもらったのよ」


「見境ないな」


「綺麗な女性には声掛けないと失礼ってもんだろ? 弟くんにはまだ早い?」


 言ってろ、とラルフは調理場のほうに入って行った。


「あなた達は、姉弟で宿やってるの? あなたがお姉さん?」


『イゾルデ 踊り子』


 宿帳を記入して、ペンを返しながら、イゾルデはメリスを見つめた。少し首を傾げるような仕草に、髪がふわりと揺れる。


「そうです。姉のメリスロッテと、弟がラルフロットです。と言っても、双子なんですけど」


「そうなんだぁ! 可愛い顔立ちがそっくりだものね! メリスちゃんて呼んで良いの? 弟くんはラルフくん?」


「あ、はい」


 よろしく、と笑うイゾルデに、メリスも笑顔を返す。


「あたし、ハイルングの北出身で、踊り子として旅を始めたばかりなの。フェアシュプルッフェン地方を往復するように旅する予定だから、定期的に寄らせてもらうわね?」


「わあ、ありがとうございます!」


 言いながら、イゾルデの荷物を運ぶために預かる。すると、2つの曲がり刀に目を止めた。


「気になる?」


 それを見たイゾルデは、メリスの視線の先に気づき、にっこり笑う。


「わ、すみません。じろじろ見ちゃって」


「良いわよー、別に。これはねぇ、剣舞用で護身用。街の外壁の外はそれなりに物騒だものね」


 イゾルデが刀を抜いて見せると、素人のメリスが見ても、良く手入れされているのが分かった。ゲオルクは、へぇ、と感心したように頷く。


「ただの踊り子さんの身のこなしじゃないなぁとは思ってたんだよね」


「あら嬉しいわ。現役の冒険者さんにそう言って頂けてー」


 ところで、と。刀を仕舞いながらイゾルデが言葉を続ける。


「ご飯って、まだ食べられる? なんかお腹減っちゃったぁ」


「大丈夫ですよ、ラルフに声掛けてきますね」


 メニューこれです、と手渡す。イゾルデは飛び付く勢いでメニューを見る。


「わぁい。あたし結構料理にはうるさいのよー」


「あ、メリス嬢、俺にはワインよろしく」


「分かりました」


 準備しようと、背を向けると、イゾルデが言葉を発する。


「あたしもお酒飲もうかなぁ」


「一緒に飲む? 俺奢るよ?」


「わぁい、メリスちゃん私にも同じワインー」


「了解です」


 呼び掛けられた声に、振り返って返事をする。イゾルデはゲオルクと一緒のテーブルについた。


「メリス嬢も一緒に飲む?」


 ゲオルクはメリスに視線を移す。


「いえいえ、そういう訳にはっ」


「料理は何が良いかなぁ?」


 さっきまで静かだった店内が、いっきに賑やかになる。それを聞き付けて、調理場からラルフが顔を出した。


「料理なら、肉料理おすすめだけど。あとワインのつまみだったら、チーズ類もすぐ出せるし」


「あ、じゃあラルフくんに任せるー。お手並み拝見しちゃう」


「了解。ゲオルクは?」


「俺もワインに合うものお任せで。軽いのが良いな」


「了解」


 決まったところで、メリスは最初にワインとチーズを2人に出すと、イゾルデの荷物を2階の部屋に運ぶ。シーツと布団を確認して、少し整えた。ろうそくと、ランプ油の補充も大丈夫そうだ。

 よし、とラルフを手伝うために急いで食堂に戻ると、宿の扉が開く。


「ただいま帰ったぞ!」


「あ、ヴィクトルさん、ジークヴァルトさん、お帰りなさい。花火、どうでした?」


「ただいま戻りました。不発もしくは、近隣に被害が出ない程度の爆発でしたよ」


 と言うことは、やはり失敗らしい。ヴィクトルは、少し火薬の臭いをさせながら、こういうこともある、といつも通り前向きだ。

 

「おー、ジーク。良かったらお前もこっち来て飲めよ。ヴィクトル先生も一緒に」


 食堂からゲオルクが、2人に向かって手招きする。


「いや、自分は」


「宴会か! 良いな、行くぞ副隊長殿」


 断りかけたジークヴァルトが、ヴィクトルに連れられて渋々といった様子で席につく。


「メリス嬢、グラス2個とワイン1本追加でー」


 すかさずゲオルクからの追加注文。メリスは再び、お疲れ様です、と心の中でジークヴァルトに声をかけた。

 ワインを出して、調理場の中に入ると、ラルフがてきぱきと調理を進めていた。


「ヴィクトルさんとジークヴァルトさん、料理は?」


「晩御飯食べてるからいらないって」


「じゃあ、ゲオルクとイゾルデさんの分、もうすぐ上がるから。サラダだけ盛ってくれる?」


「分かった」


「今日は少し残業だな」


 時計を見ると、ディナータイム終了の30分前。食堂からは賑やかな声が止まず、メリスは笑った。


「でも、ラルフ楽しそうだね」


「まあ、料理作んのは楽しいから……」


「それだけかなぁ?」


「なんだよ」


 まるで、両親がいた頃のように響いてくる賑やかな声。それが嬉しいメリスは、恐らくラルフもそうなんだろうと思ったが、それ以上何も言わず、別に? と笑った。


 料理を準備して、ラルフと2人で運んでいくと、4人は、こちらを向く。


「今話してたんだけど、メリス嬢と、弟くん晩飯は? まだなら一緒に食おうよ」


「え?」


「もうすぐ店終わりでしょ? 閉めて飯にしちゃいなよ」


「店主殿達も交流を深めようではないか」


 ヴィクトルはジークヴァルトの肩に腕を乗せる。さりげなくそれを外すと、ジークヴァルトも頷いた。


「自分達のことは、客と思わなくて結構ですよ。貴女は?」


 イゾルデに視線を移すと、イゾルデも、大丈夫ーと笑った。 


「あたしも気にしないよー」


 でも……とラルフを見ると、良いんじゃない? と頷いた。


「お客さんがこう言ってくれてるんだし」


「そうそう、メリス嬢、隣おいで?」


「それはやめろ」


 ゲオルクとラルフのやりとりに笑った後で、メリスはじゃあ、と口を開いた。


「お言葉に甘えちゃいます」


「おぉ! では私が奢ってやろう」


「貴方のどこにそんな余裕があるんです」


 胸を張って立ち上がるヴィクトルに、ジークヴァルトの冷たい突っ込み。一瞬固まったヴィクトルは、何も無かったかのように静かに席についた。イゾルデが、何かあったの? と興味津々で尋ねている。


 まかないを用意しに調理場に戻ったメリスとラルフ。いつものように、残りもので用意したご飯だが、きっといつもより美味しく食べられそうな気がした。


 月が綺麗な夜のこと。

 新しく知り合った踊り子と、お客さんと。賑やかなディナーを楽しみました。


『月夜の踊り子』end



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