表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬空に、光

作者: 夜薙歌茅

「ねー、オトコとオンナの間に、友情は成立するっておもう?」


 愛美まなみが聞いた。

 僕の隣で、桜色のネイルチップをいじりながら。


 僕らは中庭のベンチに腰かけていた。

 広場を取り巻く桜の樹は、まだ冬の眠りの最中だろう。


 この春から、愛美は勤め人になる。

 学生時代の名残を惜しむように、彼女は長い髪を赤く染め、まつげを何倍にも厚くして、網タイツを履いている。


「するんじゃねえの」


 そっけなく答えた。

 僕も、内定を決めた。


 この春、僕らは離れ離れになる。学生時代の思い出を、胸にしまいこんで。


 僕も内定はかなり前にもらったのだが、小ざっぱりと切った髪は、黒いままだ。

 大人になることに、憧れを抱いていた。愛美とは違う。


 早く大人になりたい、そう考えるようになったのは、三回生の冬のことだった。


 僕は、今の恋人の佳菜かなさんと知り合った。

 サークルのOBの先輩の紹介で、年上だった。


 ーーおまえら、音楽の趣味が合うんじゃね?


 初めは、LINE。それから、メール。会って、話して。それから。

 彼女は社会人だ。一人暮らしして、自分で給料を稼いで、家賃も生活費もまかなっている。

 貯金もしているそうだ。将来、家庭を築くときのために。

 まだ、そんな予定はないんだけどねーーライブ帰りに立ち寄った公園のベンチで、彼女はそう言った。

 けれど、彼女の部屋に、無料の結婚情報誌があったことを、僕は知っている。

 電灯に照らされる彼女の横顔は、どこか、疲れてみえた。


 抱きしめたい。そう思った。


 けれど、できなかった。

 僕が楽をさせてあげる。幸せにしてあげる。一緒に家庭を築いていこう。

 言いたかった言葉を、全部呑み込んだ。


 早く、早く、大人になりたい。彼女の隣に並びたい。



「ねー、そしたらさ。……あたし達、ずっと友達でいられるかな」


 愛美が言う。彼女はサークルの同じバンドで、キーボードを担当していた。たまにボーカルもやったが、お世辞にかろうじて上手いといえる程度の、技量だった。


 僕はまだ芽の硬い、桜の枝を見上げながら言った。


「さあ。今だって友達だろ? やめない限り、そうなんじゃねえの」


 不意に、背中に衝撃を感じた。

 僕の身体がベンチから浮いた。


 愛美が、僕に抱きついていた。


 おい、どうした、と声を掛けようとした。

 すぐに、出来なくなった。

 愛美は、静かにすすり泣いていた。気づかれまいとするように。


「……やめないで、ね」


 その涙の意味も。

 わけも。

 僕は知らなかったのだ。

 愛美と過ごした四年間、ずっと。


 なんで、今になって気づくんだろう。


 いや、気づいていたはずだ、僕は。

 彼女が、誰よりも僕を気づかってくれたこと。

 忘れ物をしたら、自分のを貸してくれた。

 平気だから、と笑って。

 練習で帰りが遅くなっても、いつも最後まで付き合って残ってくれた。

 恋人の話もした。相談にのってくれた。どこか寂しそうな、笑顔を浮かべて。


 友情、だと信じていた。

 慣れて、頼って、信じきっていた。

 さながら、相棒ーーのようだと。


 僕が、前ばかり向いて歩いてきた一年間。

 彼女は、ずっと僕の背中を見ていたんだろうか。


「ごめん」


 なにも、返してあげられないんだな。


 僕には恋人がいる。彼女は、今の僕の、すべてだと思っていた。彼女に追いつく、それだけが望みだった。

 そのことだけを、考えつづけていた。


 僕は身をよじって、振り返る。


 置き去りにしてしまわないように。

 確かに、僕らの歩いてきた時間を。


「ーーずっと、友達な」


 僕は残酷かもしれない。

 僕は愛美のものにはならない。

 なのに、友達でいろ、と言うなんて。



 愛美は鼻水をすすりながら、顔を上げた。

 寒さのせいだろうか、鼻の頭が赤かった。


「うん、約束ね」


 あどけない顔に笑って、そのまま、枝を見上げる。

 小鳥の群れが、続けざまに舞いおりてくる。渡りの途中で、羽を休めるのだろうか。


 僕らは同じ道を歩いてきたのだろう。同じ講義を受けて、サークルで走り回って、何気ない時間を過ごして。

 その道は、ここから二つに分かれていく。

 二度と交わることがないとしても、

 きっと、会いにゆくことはできるだろう。

 どちらかが心細いとき、励ましにゆくことは、できるだろう。


 僕は、そう信じて、先へ進む。




「ーーあ、見て」


 風が吹いて、鳥たちがざあっと飛び立っていく。


 薄青い冬空に、解き放たれていく。





お読みいただき、ありがとうございました。

感想など、お気軽にいただけましたら、幸いです。


夜薙歌茅(ヤナギカガヤ)と申します。

かってに短編強化週間、4作品めです。毎朝7〜8時ごろ、掲載予定。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に甘酸っぱくて、切なくて、むずむずとした何かが僕の躰を刺激しました。 こんな感じの恋愛モノは好きです。
2014/11/26 09:41 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ