月夜の脱獄
「乗れ!」
乱暴な口調に横柄な態度。下の兵達にはちゃんと教育が行き届いていないな。これでは、馬鹿丸出しだ。おまけに脇ががら空きで、隙だらけ。なってない。
「耳元で言わなくても聴こえている」
「おい、五月蝿ぇぞ!」
いちいち怒ると、器の小ささが知れるぞ。馬鹿な奴だ。声はでかいし、頭に響いて迷惑。血の気も多くて阿呆ばかり。人員不足は深刻らしい。
街中の人間が寝静まった夜中、私達は護送用の馬車に乗せられて、王都から少し外れた街にある、処刑台付きの牢獄へと向かう。馬車の中は広くも狭くもないが、当たり前と言ってはそれまでだが快適とは程遠い。埃っぽいし板が所々腐っていた。脚を置く度に埃がまい、ギシギシと床が鳴る。今にも抜け落ちてしまいそうだ。
「すんません。便所に行きたいです」
オッサンーー仲間であるカイヤ 前の牢に入っていた奴ーーは何時もと変わらず、やる気も緊張感も無い口調と声。兵の一人が舌打ちし、オッサンの手錠を外しす。身体に巻かれた縄に縄を付け、二人で草陰に連れていった。
警備の兵は五人。今し方二人居なくなったおかげで三人。中にいるのはたったの一人だ。護送用馬車に乗っている罪人は私を入れて三人。そのうち一人は眠っている。
「悪いが私も不浄に行きたい」
一人の兵が立ち上がり、悪態をつく。やけに面倒そうで、動きが相当遅い。足首を廻しながら待っていると、やっとのことで手錠を外す。それと同時に溝落ちに拳を叩き入れて気絶させた。寝ていなかった一人の罪人も気絶させ、念のために寝ている奴の方も、首筋を叩いて気絶させる。
「おい、何ださっきの物音は」
異変に気付いた兵の一人が馬車の中に入ってくる。それを待ち伏せし、頭を殴って気絶させた。一応辺りを見回し、オッサンが帰って来る様子が無いのを、確認して馬車から飛び下りる。
「ったく、遅えな。何やってんだよ」
馬の番をしている兵は、ぼやきながら酒を飲んでいた。後ろから近付き沈めよう。
バキッ!
しまった!足元に注意が行っていなかった。
「何やってんだお前!!」
反射的に叫ぶ兵士。意外にも冷静に警笛を吹いた。やばいが問題ではない。大丈夫。平気だ。ここにいた兵士二人は気絶中で、残りは三人だけなのだから、なんとか成るだろう。
「嘘だろ…………」
だが次の瞬間、私の想定は事の見事に裏切られた。考えが甘すぎた。物影から十人以上の兵が出てきたのだ。これじゃあ逃げられない。
「ハッ!馬鹿が。逃げられる訳ねえだろ」
鼻で笑い、勝ち誇った笑みを浮かべている。どうする。ただでは逃げられない。武器があるのと無いのでは、大きく違う。
「あっ、そうか」
無いのなら奪えば良いだけの話しじゃないか。運良く私の持ってた短槍を、持っている奴もいる。軍の支給品として宛がわれたのだろう。
「お前等、運が悪かったな」
「何か言ったか!?」
返事はしない。そのまま、私の短槍を持ってる奴に向かって走る。いきなりの行動に、意表を突かれて動けないでいる。そいつの手首を蹴り上げて、片手が短槍から放れた。私の攻撃に対応する時間を与えず、私は片手で短槍を持ち、肘の下の関節辺りを強く蹴る。腕が痺れて手を放した。と同時に短槍を構える。まず一人目。
「ゆっ油断するな!」
声が上擦っていて、怯んでいるのが良く分かる。だが遠慮はしない。
後ろからの足音に気付き、振り返って短槍を凪ぐ。それが合図だったかの様に、一斉に攻撃が開始された。右にいた奴の腹に、刃の反対側である石鎚を叩き込んだ。抜いて刃を振り下ろす。剣で阻まれ、押し返される。が、その反動を利用して、下から一気に顎を打ち上げる。
数が多い。チンピラならまだしも、訓練された兵だ。大人数を相手にするのは難しい。
咄嗟に反応し、態勢を低くする。頭の上ギリギリを刃通過し、髪が一房飛んだ。地に片手を付き、周りにいた数人の脚をなぎ払う。跳ねる様にして立ち上がり、前の奴を蹴り倒して、次の相手に短槍を振り下ろす。肩に入った短槍を、腹を踏んで引き抜く。血が飛んで顔に着いた。気にしている暇は無く、振り下ろされた剣を防ぎ、弾き返している隙に飛び蹴りをして、後ろに居た兵と一緒に地面に沈めた。
牢に入っていた間ろくに運動していなかったためか、体力の消費が激しい。もう既に息が上がりそうだ。
左右から突いてきた剣をギリギリで避けて、左側の奴の手首を掴んで、右の奴の腹を刺した。そのまま、左側の奴も右の奴によって胸を切られる。そいつら二人を踏み倒して進む。さっきの攻撃が効いている様で、相打ちを避ける為か、あまり手を出さなくなっている。
今が好機だ。大きく短槍を一振りする。途中で止められるが、手首を使って短槍を回転させ、剣をはじき飛ばした。そして兵の一人の肩に刺さる。さらに動きが鈍くなった。
卑怯でセコい手だが、これ以上の上手いやり方が無いのなら、やるしかない。
態勢を低くして短槍を逆手で持ち、構える。勇気のある何人かは、剣を大きく振りかぶって走って来た。だが、脇ががら空きで隙だらけ。斬るのに何の障害も無い。剣を受け止めて鋭く睨みつければ、情けのない声を出す。
「とっ止まれ!!」
上擦って叫んでいるが無駄だ。私は歩みを止めない。
彼等は気付いているのだろうか。私の命を奪おうとしていたのに、いつの間にか制止させることが目的と化していることに。もう既に、戦意なんてありはしないのだ。とっくに心が折れている。そんなんで私を殺せると思わないでほしい。嘗められたものだ。
息は上がっているものの、負けるなんてことは無いだろう。逃げきれる。
一点目掛けて突っ走る。邪魔する者は少ないが、いないわけではない。端から短槍で切り伏せる。そして生まれた突破口。そこからは、取り合えず全速力で逃げた。
オッサンを助けに行くの忘れてた。どうしたものか。自力で逃げていてくれると助かるんだが。
私は一旦、細い路地に入る。この状況では、数の利はほとんど無い。
だが突然物陰に引っ張られた。
「しまった!」
目の前のことに気を取られすぎた。まさか、回り込んでいた奴がいるとは思わなかった!
「馬鹿、静にしろ」
そいつはそのまま、路地の裏の方に私を連れていく。一体、どういうつもりなんだ。短槍を片手でも、対応出来る様にして構える。
「おい、お前。何のつもりだ」
低く抑えた声音で問うと、そいつは振り返った。
「相変わらず、失礼な奴だな。せっかく、追われてるから助けてやったのに」
飄々とした態度で、脳天気に喋る目の前の男には、覚えがあった。
「シダ…………」
「よっ。久しぶり?」