第26話 受け継がれる力と記憶
「ねぇ、私の愛しい娘リリアーヌ。なぜ、フロイデンベルク公爵家の代々の当主は必ず優れた魔術師だったと思いますか?」
両手でオレの肩を掴みながら覗き込むように、こちらを見つめる母はそう尋ねてきた。こちらを伺う母の瞳は真剣であったがどこか悲しげに潤んでいる様にも感じる。
「魔術に優れた血を常に取り込み発展してきた一族だからでしょうか」
オレはそんな公爵家の核心に迫るようなことは聞いたことがない。だから、母の問の答えがわからない。それでもオレは真剣に尋ねてきた母の気持ちを考えて、わからないなりに答えを返したつもりだ。
「そうね。そういう考え方もあるわね。でも、多くの魔術師の家系が優秀な人同士の婚姻を結ばせた結果、大した魔力を持たない子供も生まれてくることがあるわ。時には全ての兄弟が魔術師になることすらできずに潰れる家もあるわ」
母は私の言葉を肯定後、そう反論してきた。
「そう、つまり、リリアーヌにとってフロイデンベルク公爵家は他の魔術師の家系と違って、必ず優れた子供が生まれる特別な一族だと言いたいのかしら?」
「そ、そんなことを申し訳ではありません。ただ、良い答えに思い至らなかったのです」
オレもそんな意見はありえないと思っていたよ。どんなに優れた人の子供でもボンクラが生まれる時はあるはずだからだ。でも、他に答えられるような考えが思い浮かばなかったんだよ。
「そう恥じ入る必要はないわ。それは仕方ないコトですもの。リリアーヌが思い至らなかったように本来ならありえないことなのよ。歴代の当主が全て優れているなんてことはね。でも、もし魔力を後天的に増やせることができればどうかしらね?」
後天的? つまり、後から何者かによって人工的に魔力を増やしたということか?
「これはフロイデンベルク一族にのみ知らされていることですから他言無用に願いますね」
母はオレの耳元で小さくそう言った後に、
「フロイデンベルク家は呪われた一族なのですよ。あなたも知っている通り、お父様には兄弟、姉妹がおりませんね? そして、同じように歴代の家系図にも誰も兄弟、姉妹がいません」
と悲しみを堪えているのか俯きながらそう言う。オレは母の言葉の意味を認識する度に嫌な予感がしてきた。
本来、王侯貴族は子供を大量に作るのが基本だ。それは後継者に何かあれば別の候補から補完するためだ。だが、フロイデンベルク家はずっと兄弟がいない。いや、そんなことがあるのだろうか? それの意味するところは…
「その顔は気が付きましたね。そうです。本当はあなたの父親であるバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵にも兄弟、姉妹を合わせて6人はいましたわ」
やはり、実際にはいたのだ。でも、オレの記憶にある限り、6人もいたという父の兄弟や姉妹に誰1人としてあったことない。それどころかその名前すら聞いたことがないのだ。
「そうフロイデンベルク家は当主となるための条件として全ての兄弟、姉妹を殺して、自らの魔力の糧にするのですわ。この魔石と呼ばれる古代の魔導具を使用して…」
思った通りだ。最悪だな。胸糞悪い。いや、王侯貴族で骨肉の争いは日常茶飯事か。だが、それでも思わずにはいれないな。兄弟たちを殺して魔石にして取り込むなんて最悪だ…
「もちろん、それだけでは常に歴代最強にはなれませんわ。だって、いくら兄弟たちの力を得ようとも、所詮は子供ですもの。常に歴代最強にはなれません。そう最後に自らの父親である当主を己が身体に取り込むのです」
母は顔を伏せていた顔を上げて、真剣な瞳でこちらを見てきた。
「ここまで言えば、もう分かりますわね。リリアーヌ、あなたは次世代の当主。当主であるバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵が亡くなりました。あなたはその力を受け継がねばなりません」
母はオレの肩から手を離して、魔石を握る手の上に自らの手をのせる。
「さぁ、あなたにはこの魔石が何かまだよくわからないかもしれませんが、時間がありません。私の詠唱に続いて文言を同じように唱えてください」
そう言う母の視線の先には倒れた伯爵に剣を突き立て、こちらを睨みつけるジークの姿が…
ここで、オレが母に魔石のことも、詠唱の文言も知っているというのは無粋だな。
「急ぎましょう。封じ込められし、力を我に与えたまえ。さすれば我は…」
「封じ込められし、力を我に…」
オレは母の詠唱に続くように口を動かす。何が力だ。何がちから…
「その記憶を受け取り、さらなる…」
「その記憶を…」
記憶を受け取ってどうするだ。もう、父であるバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵は帰ってこないんだぞ? 父は死んだんだ!!
「その力はオレノモノだ!!」
「リリアーヌ、必ず帰ってきてください。愛していますわ。あなたの相手はこの私です! この痴モノが! 絶対に私の娘に手を出させませんわ!!」
襲い来るジークに落ちていた剣を拾い飛びかかる母。オレの意識はそこで途切れてしまった。
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暗い、暗い、暗い、ここはどこだ。うん? あれは明かりだ。何もない暗闇の中、オレは光に吸い込まれるように明かりがある方に駆け寄る。眩しい!? 一瞬の光に目が眩み目を閉じる。そして、再び瞼を上げるとそこには男の子がいた。
「ナゼダ! ナゼ、オレガオトウトニコンナコトヲシナイトイケナインダ!?」
その男の子は槍に貫かれた小さな幼児に覆い被さり、泣いている。その姿は打ちひしがれ、弱々しい。あれ? あの顔は誰かに似ていないだろうか。いや、オレはこの顔を知っている。この男の子は小さい頃のお父様!?




