第25話 父の形見
辺りに響く不快な高笑い。その男のイヤらしくニヤけたツラ。どれも気にくわない。いや、それはあの時から変わらない。殺したいほど憎い。憎くて、憎くて…
「オレは貴様を殺したかった。いや、今も殺したい」
「今のおまえはタダの小娘だ。いったい何ができるというのだ? 幾人もの熟達の魔術師たちの力を取り込んで人を超えたこのジーク・ヴァルデンブルクに対して!!」
オレの言葉を聞いた奴はバカにしたように鼻で笑った後にそんなことを言ってきた。
「何ができるかだと!! 貴様を殺すことならできるわ!!」
オレは喋り終わるや否や自らの肉体を魔術で再度強化し、奴に突撃を仕掛けた。
「フン、何度も言わせるなよ。ガキの身体能力に魔術を付与してもたかがしれているとな。やはり、思った通り、記憶が混濁してきちんと定着しなかったな。父親が目の前で死んで錯乱しているとは…」
だが、それを易々と避けたジークは攻撃が外れて転んだオレを見て、さらにニタニタと笑う。この状況が面白くて仕方ないようだ。クソ、クソ!!
「まぁ、良い。安心しろ。すぐに貴様もこの肉体に取り込んでやるよ。そしてオレに感謝するんだな。この体の中で最愛の父親と一緒になれるのだからな!!」
オレは奴のあまりの言いように血が頭に大量に昇るのを感じる。それは奴の挑発だ。分かっている。分かってはいても、オレは怒りに身を任せて立ち上がる。そんなオレはもう現状を把握し、理性に従うほどの冷静さを失っているのかもしれない。本当にガキみたいだ。いや、ガキなのかもしれない。
「ふざけるな!!」
オレがそんな言葉と共に無謀な突撃をジークに仕掛けた体勢から攻撃に入ろうとした瞬間、
「相変わらず、爪が甘い。あまり、遊ぶと痛い目を見ると何度も父親に言われておっただろうにのう!!」
と言って、いつの間にかジークに近づいていた伯爵が残った片腕を器用に使って切り掛かったのであった。
「ハノファード!! 貴様」
突然の攻撃に避けられない奴の顔が憤怒に染まる。
「フム、腕を1本だけか。まぁ、こんなものかのう」
伯爵の言う通り、先ほどの攻撃でジークの腕が大地に転がり、小さな血の池を作っている。え、なんだ? その落ちた腕の手が何かで光輝いている。あ、あれは!? 魔石!
「オ、オレの腕が!! 貴様、この身体のためにどれだけの…」
「何をブツブツと言っておるのだ? ああ、これで儂とお揃いで嬉しいのかのう? シャイな奴じゃな!!」
「ハノファード!!」
挑発的な言葉で激怒したジークはこちらのことを忘れたように一心不乱に伯爵に攻撃を仕掛ける。
「お、お父様が飲み込まれた。魔石を…」
オレは急いでクソ野郎の腕を拾い上げた。う、うう、まだピクピクと動いてやがる。気持ち悪い。だが、この魔石は奴が持っていてはいけないものだ。お父様が生きた証として、この世に残した最後のとても大切な形見だ。
オレは意を決して奴に切られて間もない生暖かい腕から魔石をもぎ取る。
「お父様…」
「リリアーヌ!!」
オレが形見となってしまった魔石を感慨深げに見ていたら、いつの間にか目の前に母がいた。
「お母様、無事ですか?」
「先ほどの公爵。いえ、元公爵の所為でかなり怪我をしたわ。もしかしたら、もう持たないかもしれない。」
嘘だろ!? お父様だけでなく、お母様も失うのか!? いや、そんなバカな…
「いえ、それでも、もう私はいいわ。だって、ヴェルがいないんですもの」
「そ、そんなことを言わないでください!!」
母の気持ちも痛いほどわかる。最愛の人であったヴェルことオレの父であるバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵はすでにこの世にいないのだから…
「フフ、冗談よ。あなたを残して死んだら、きっとヴェルは私を許さないわ。それにあんな汚い言葉を発する娘を世に出してはフロイデンベルク家の恥だわ」
そう言ってキッとオレを睨む。母は顔が整っている分、無表情で真剣な表情をすると、怒っているようで怖いのだ。
「先ほどのジークと私の話を聞いて驚かないのですね。お母様はいったいどこまで私のことを知っていらっしゃるのですか?」
「フフ、秘密よ。って、そんな場合じゃないわね。ハノファード伯爵がヴァルデンブルク元公爵と戦っているうちに…」
「戦っているうちに?」
途中で顔を伏せて言葉を止めた母。そんな母の言葉をオレは促すために口を動かす。
「本当はあなたにこんなことをして欲しくなかった。でも、それは私の勝手な願い。彼はそれを望んでいたわ」
そう言った後、母は顔を上げてオレの両肩を掴む。
「リリアーヌ、フロイデンベルク公爵家の最大にして最悪の秘密を教えるわ。心して聞きなさい」
母は真剣な瞳でこちらを見て、そう言ってきた。私は彼女の言葉を聞いて驚愕せざるをえなかったのであった。




