第24話 大切なモノは気が付いた時に
真っ白な世界から視力が戻ると彫りの深い髭を蓄えた優しそうな男が手を広げて立っていた。この顔は…
「り、リリアちゃん。無事かい。よ、よかった」
お、親父。どうやら、目の前にいたその人物はオレの親にしてバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵であったようだ。
「さ、さぁ、ここにいては危険だ。母上のいるあちらの場所に行きなさい!」
指された先を見ると小さな城壁のように土嚢が積まれていた。あれでジークの魔術を防いだのか? いや、それにしてはやけに規模が小さいような気がするが…
「グッ、ま、まだここで倒れるわけにはいかない」
何かが落ちる音に反応して、視線をそちらに向けると額には酷い汗、痛みを堪えたように引きつる顔の親父が立ち上がる所だった。
い、いやな予感がする。これはもしかして…
「お父様! 怪我をして…」
気が付きたくなかったが親父から人が焼けたようなイヤなニオイ。オレは慌てて親父の背中を覗くと皮膚が焼け爛れていた。ああ、やっぱりだ。
きっと親父はオレを庇ったのだろう。眼前の土嚢は確かに積まれているが後ろにある土嚢とは違い所々がえぐれるように消えている。その消えた土嚢の箇所から漏れた魔術を相殺するために自らを盾にして、オレを守ってくれたのだ…
「わ、私の所為でお父様ゴメンなさい」
なぜだろう。もう枯れたと思っていた雫が知らぬ間に頬を伝っているように感じる。
「気にするでない。我が勝手にやったことだ。それに娘のために身体を張れないわけがないだろう。我は君の父親なのだからね」
どこか誇らしげに胸をそらしてそういう親父。痛くないはずないのに。
「あ、あなた! リリアーヌ!!」
声に反応して後ろを振り返ると積み上げられた土嚢を越えて母が駆け寄ってきた。そして、母が父を見るなり、その顔が驚愕から悲しみの色に染まっていた。
「う、嘘よ! あ、あなた!? ど、どうして!!」
「ソフィア、失敗してしまったよ。でも、最後に大切なものを守れた。満足だ」
「最後なんて言わないでください。すぐに治療できる施設に移送させますから…」
母は父に駆け寄り、その手を取って泣きすがる。
「我はもう既に助からぬ。自分の身体ことは誰よりも一番にわかっている。だから、せめてこの時くらいは我の話を聞いてくれないかな?」
「い、いつも、聞いておりますわ」
「魔導具の研究で部屋に篭っている君が? 研究したさで旦那を放っておいてこんな辺境まで来ているのに?」
「ごめんさない。こ、こんなことならもっと、あなたの近くにいるべきでした」
顔を伏せ悲しみの声音で話す母は本当に悔いているのだろう。いや、オレも悔いている。悔いてはいるが…
「ああ、すまない。責めている訳ではないんだ。ただ、家族の会話をしたくてね。思えば血塗られた魔術師の家系なのに君たちのような家族が持てたのは幸せだった」
親父は最後を悟っているからだろう。自らの胸の内をとつとつと話し始めた。
「魔力を増やすために一族の掟に従い兄弟たちを喰らう。そんな最低のことをした我が良き妻と娘を得られた。そして、我の娘のリリアよ。君が生まれた時から何かを抱えていたのは知っている。君がどんな存在であろうとも我の愛娘だ。でもね。できれば自分の道を進んで欲しい」
お、親父。いえ、お父様。もしかして、お父様は全てを最初から知っていたのですしょうか。オレが亡国の王の記憶を植え付けられた存在だということを…
「リリアーヌ、生まれてきてくれてありがとう。ああ、もう目が見えぬ。どうやら、時間がないようだ。だが、これだけは言いたい。いや、言わせてくれ」
お父様の目から輝きがなくなり、光が急速に失われていくのがわかる。も、もっと話したい。なぜ、こんなことになってしまったんだろう。いや、理由はわかっているオレの所為だ。オレが復讐に捕らわれてこんな場所に来てしまったから…
「ソフィア、リリアよ。君たちを愛している。必ず、し、幸せに…」
口も徐々に動かなくなってきているようだ。呂律がまわらず、徐々に意識が遠のいていくことが見ていてもわかる。
「あいし、て、いるよ…」
「あなた! あなた!?」
事切れたお父様はまるで物言わぬ人形のように固まり、二度と話しかけてくることはなかった。そんな父の胸元に母は顔を埋めて泣きじゃくる。まるで小さな女の子のように…
いや、最愛の人を亡くした一人の女性として旦那と最後の時間を過ごしているのだろう。
きっと、もっと母は父と話したかったことがあったはずだ。だって、オレですらこんなことなら生きているうちにもっとたくさん話しておけばよかったと思っているのだから。
爆発音に慌てて視線をそちらに向ける。どうやら、この残酷な世の中はそんな悲しみにくれることすらオレたち家族には許してはくれないようだ。オレは防壁を壊して入ってきた侵入者であるジークを睨みつける。
「フ、フハハハッ、フロイデンベルクの奴は死んだか」
奴はオレたちを見て第一声にそんなことをのたまってきた。
「母様、離れて!!」
「こ、この人を置いていけません!!」
「邪魔だ! どけ!!」
やはり、思った通りにジークの奴はそう言って母を片手で掴んでゴミのように投げた。くそ、人の親をなんだと思っているんだ! このクソ野郎!! オレは自らの肉体に魔術で強化して奴に目掛けて拳を振るった。
「遅い。ガキの身体能力に魔術を付与してもたかがしれているとわからないとはな。ああ、父親が死んで何も考えられなくなったか?」
だが、悲しいかな奴とオレとの身体能力の差は歴然で簡単に避けれらた後に捕まってしまった。くそ、オレとしたことが…
「っく、離せ!!」
「放してやるよ。ホラ、そこで待っていろ!!」
急にジークに掴まれたかと思ったら、地面にゴミのように叩きつけられたオレ。その体は自分でも信じられないくらいにゴムボールのように軽くバウンドして飛んで行ったに違いない。何度か地面に当たりながらも遠くに飛ばされたのだから…
「さてと、ようやく。この力がオレのモノになるのか。長かった。ふふふ、オレに吸収されるがよいフロイデンベルク。さぁ、古の力をこの宝玉に封じ込めん。汝にさらなる飛躍を与えん」
詠唱をするジークが宝石を押し当てるとみるみるとお父様の亡骸が氷のようにとけて宝石に吸収されていく。あれは魔石だ。くっ、このままでは奴にお父様の魔力が奪われる。しかも、この状況を考えるにあの魔石は吸収された人の死体も取り込むようだ。させるか!!
「やめろ! このクソジーク!!」
「あ、あなた!?」
オレは痛みに耐えながら立ち上がり、奴からお父様の遺体を取り戻そうと駆け寄るが、
「遅いわ! ハハハ、やったぞ。手に入れた帝国で最も強い魔術師の力を!!」
それよりも早く奴の詠唱が終わり、亡骸が魔石に飲み込まれてしまった。あ、あんなちっぽけな宝石に…
その生きていた最後の証拠である骸すら残せなかった。お父様は死体すら残すことが許されない存在だとでもいうのか! このオレが娘で生まれたからか! いや、そんなことはないはずだ!! ジーク、奴さえいなければ…
「ジーク、私はあなたを絶対に許さない!!」
「何を許さないのかな? おお、よく見るともう一人、素晴らしい存在がいるではないか。まったく、貴様の方からこんな所にノコノコ出てきているとは本当に僥倖だ」
どうやら、オレが奴に話しかけるまで、こちらの存在に気が付かなかったらしい。奴にとってオレはその程度の存在なのだ。
━━━ふざけるなよ。人の運命を狂わせるようなことをしておいて!!
「ああ、今日は素晴らしい。オレに親のように吸収されてに来たのか。フロイデンベルク公爵の愛娘。いや、ヴァルデンブルク王の移し身リリアーヌよ」
そう言って笑みを一層と強くしたジークの野郎がこちらに歩み寄ってきた。記憶にあるヴァルデンブルク王から全てを奪っただけでは飽き足らずにオレのお父様まで自らの欲望のために殺すだなんて!!
オレはそんな奴を絶対に許さない。そう絶対に許さない。例えこの命が失われても、貴様だけは必ずコロス!!




