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第20話 公爵の秘密の種

 公爵の不意打ちによって己の剣を失った伯爵。オレの全身から吹き出す汗は止まらない。いくら、熟達の魔術師であっても完全武装の人間の前に徒手空拳で生き残れる可能性は絶無といっても過言ではないだろう。


 どうにかして彼を助けなければこの軍はジークの野郎に復讐する前に崩壊する。オレは慌てて詠唱をはじめた。間に合え! 間に合ってくれ!!


 オレは祈りに似た気持ちで呪文を唱えた。だが、世の中は毎度のことだが理不尽でイヤらしいほどにオレの都合などお構いなしだった。オレが伯爵を助けるために行動を起こした矢先。彼に対して容赦のない一撃が襲ってきたのだ。


「お、おじ…」


 無意識にオレの口から声が漏れる。伯爵の脳天に目がけて凄まじいスピードで振り下ろされたフロイデンベルク公爵のハルバード。誰もが伯爵の死を覚悟したと思う。だけど、オレにはそんな絶望的な状況であっても彼は不敵に笑っているように見えた。いや、確かに笑っている。そう伯爵はそんな状況であっても笑っていたのだ。


「右腕はくれてやるぞい! 捕まえたのじゃ!!」


 鋭い一撃に飛び散る血しぶき。大地に転がる伯爵の右腕。そのような状態であっても残った腕で彼は親父を捕まえていた。そして、自らの怪我などまるでないと言わんばかりに伯爵は力強い声で、


「それ豚の丸焼きにしてやろう!!」


 とそう言った後に盛大に火炎魔術を左手から捕まえている公爵に対して放つ。


「は、離せ!」


 その火炎を避けるために暴れる公爵。しかし、伯爵の膂力は凄まじかったのだろう。全くと言って良いほどにビクともしない。フロイデンベルク公爵の全身を炎が包む。もちろん、公爵が逃げないように離れていない伯爵自身にも普通だったら火が及ぶはずだが炎除けの武具でも装備しているのだろうか。彼には一向に燃え移る気配はなかった。


「ッチ、顔の右側を少し焦がしただけじゃったか。おっと、先に炎で止血をしなくてはのう」


 そう言って血が滴る肩口を炎で炙る伯爵。いくら血を止めるためとは言っても自らの肩口に魔術を放つとは相変わらずだな。オレにはとても真似ができそうにないぞ。


「痛い、痛い。ハノファード、許さん! 許せんぞ!!」


 公爵は憤怒のために真っ赤に染め上げた顔で伯爵に飛びかかる。それを察した伯爵は素早く落ちていた剣を拾い上げ、襲い来る親父の攻撃を華麗に捌いていった。


「スゲェな。ジジイの奴、片腕であの熾烈な攻撃を仕掛ける公爵の野郎を翻弄しているぜ」


 おかしいぞ。レオナードの口から漏れた言葉は現状を見ている全ての者がそう思うことだろう。でも、オレは違和感を拭えない。なぜだろう。オレには伯爵の卓越した技量というよりも親父の動きが鈍っているように感じる。


「やはりのう。数度ほど打ち合ってわかったわい。主はその獲物を自在に使えておるわけじゃないのう」


「何が言いたい!!」


 親父は痛みで我を忘れているのだろう。普段の親父から想像もできないような荒げた声で伯爵に問い返す。


「バレてはいないと思ったのかのう? 滑稽じゃな。魔術に使われておったから気付けなかったのかのう。もう、すでにその魔導具は役目を果たしておらぬぞ? 片腕の儂を仕留めることができておらぬことが何よりの証拠よ」


 伯爵の言葉を聞いてオレは今までの疑問が氷解した。なるほど、片腕になった伯爵が明らかに不利な筈なのに優勢だった理由はそう言うことだったのか。


 だって、武器が自動で戦ってくれていたんだからな。そんな魔導具は聞いたことないだろうと誰もが思うかもしれない。だが、フロイデンベルク一族は帝国随一の魔導具の製造家だ。自動で動く武器を実現していても驚くに値しないよな。まぁ、だから、オレは親父が武芸に優れた人だなんて聞いたことがなかったんだな。それは当然のことだったんだ。


「気付いておったのか。くっ、不覚であったわ」


 親父が悔しそうに顔を歪ませながら歯ぎしりをする。


「ただのハルバードにしては装飾が多いしのう。それに主のような体術も学んでいそうにない豚に儂を抑え込めるような卓越した武芸があるとは思えぬからな」


 伯爵の明らさまな侮蔑の言葉に親父は激怒した。


「無礼な!! 豚だと!?」


 伯爵が主の体型は豚そのもので無礼もクソもないじゃろうと言って笑い出した。いや、伯爵の気持ちもわかるよ。小太りの親父はどう見ても動けるような体型じゃないもんな。まぁ、多分だけど親父も若い頃は武芸を嗜んでいたと思うよ。でも、伯爵みたいにガチで訓練はしていないことはあの体型から容易に想像できるけどね。


「おっと、話が逸れたのう。いかん、いかん」


 そう言ったあとに伯爵は咳払いをして、


「じゃから、儂は思ったんじゃよ。そのハルバード自体が魔導具であり、儂の攻撃を自動で防いでいたのじゃとな。やはり、思った通りであったな」


 と言いながら公爵を睨む。


「いつから気がついていた?」


 伯爵の言葉を聞いて公爵は苛立たしいと言わんばかりに吐き捨てるようにそう問いかける。


「最初からじゃよ。魔術を道具に依存しすぎるダメダメな帝国魔術師が考えそうなことじゃったから楽にわかったがのう」


 そう言って口元に笑みを作りながら伯爵は帝国魔術師を罵る。


「何を言っている! ヴァルデンブルクの魔術師など強い魔力でごり押ししているだけの脳筋どもの集まりだろう!? 魔力を効率的に運用する魔導具を作成することでより良い魔術が可能となるのだ!!」


いな、効率など、どうでも良いのじゃぞ。魔術とは己を限界まで鍛え上げることで昇華する剛の術じゃよ。脳筋? 失礼な。己が鍛錬不足を棚に上げ、そのような言葉を使うとはのう。やはり、帝国魔術師は軟弱者じゃな」


「なるほど、ならばその軟弱な帝国魔術師にやられる貴様はそれ以下の存在であるな!!」


 そう言うや否や親父は朗々と詠唱を唱え出した。そして、大地が揺れたと思ったら、突然として手が地面から生えてきた。


「貴様、一騎打ちではないのか!? お館様、ここはお下がりください」


 突然に大地から這い出てきた化け物を見て伯爵の部下が飛び出す。その化け物は漆黒の鎧を身にまとい、人間の優に数倍はある体躯をしている。


「何を言っている? 我らはともに魔術師だ。魔術で戦うのが筋というものだろう。それに貴様は剣も使えるだろう? 我は騎士ではないのでね。魔導兵を使わせてもらうだけだ」


 そう言って不敵に微笑む公爵を守るように大地から生まれてきた漆黒の鎧を着た化け物が次から次へ現れる。やばいぞ。凄まじくヤバイ状況だ。なんてデタラメな魔術だよ。オレはこんな魔術を今まで聞いたこともないぞ。これがフロイデンベルク公爵である親父の切り札なのか。


「貴様! 何が魔術勝負だ。こんな大量の化け物どもを使役して多勢に無勢ではないか。帝国の公爵が聞いて呆れるわ。この卑怯者が!!」


 伯爵の部下らから抗議の声が次々と上がる。


「よい、儂はあんな魔術でできた出来損ないに負ける気はせんわ!!」


 だが、伯爵は己を庇う部下たちを手で下がるように指示を出しながらそう言って微笑む。


「よく言った。さすがはハノファード!」


 伯爵の態度を好ましいと思ったのか親父は満足げに頷いた後、


「踊れ、ハノファード! 我が魔導兵と共に踊るが良い」


 と言ってフロイデンベルク公爵は不敵に微笑んだのであった。


「ぬかせ、儂が全て焼き尽くしてくれる!!」


 そう言って伯爵が魔導兵に飛びかかろうとした。まさにその時、突如として辺りが揺れだした。な、なんだ。急に辺りが…


「な、何事じゃ!?」


 余りの眩しさに目が開けてられない。そんな眩い光が一瞬だけ通った。そう本当に一瞬だったんだ。オレが本の一瞬だけ目を閉じた。そのあいだに中心から右側にいた筈の兵士たちが忽然と姿を消したのだ。


 目を開けたオレは呆然とした。だって、オレの右側にいたハノファード伯爵、フロイデンベルク公爵の両軍の兵士が突如としていなくなっていたから…


 しかも、それどころか暗闇を照らす松明、身につけている防具なども目を凝らして見てもどこにも見当たらない。兵士が死んでいたら転がっているはずの死体すらどこにも見当たらなかったのだ。

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