第18話 亡国最強の魔術士
草木が生い茂る平原で待ち構えていた敵兵をモノともせずに伯爵が率いる軍隊は突撃を開始する。それとは対称的にフロイデンベルク公爵。彼は自らの軍の最奥に控え、機動力のある騎馬兵を左右に展開して伯爵を迎え討った。
フロイデンベルク公爵、もとい親父は伯爵軍からの熾烈な火炎の魔術に対して、防壁を張って騎兵を守っている。それも親父は騎馬の速度が落ちない様に防壁を張っているのだ。彼は人の技とは思えない神業を披露し、伯爵軍の猛攻を防ぎながら、こちらに対して攻撃の機会を伺っているようだ。
「土を防波堤のように変化させて儂らの火炎系魔術を防ぐとは…」
伯爵は自慢の髭を馬上でひとなでした後にそう吐き捨てる。
「ハノファード閣下の得意な魔術は古今東西に鳴り響くほどに有名ですからね。もう既にフロイデンベルク公爵らはこちらの手の内がわかっているのでしょう」
伯爵の腹心である初老のバルドレン準子爵が近寄ってそんなことを言って微笑む。
「バルドレンの言うことも、最もじゃな。フム、なるほどのう…」
伯爵は深く考え込むように眉間に皺を寄せながら敵軍を睨んだと思ったら、
「ならば! 儂が奴らを打倒する手はこれしかないのう」
とそう言ってニヤけた表情を作る。その後、音声拡大の魔術を使ったかのようなデカい声で、
「所詮は臆病者の帝国魔術師様じゃな!! 本人は一番奥でガタガタ震えとるようじゃ!!」
と伯爵は叫ぶ。だが、それだけでは彼の罵倒は止まらない。奥で指揮を取る真当な魔術士タイプの司令官に対して罵り、嘲笑し、侮辱した。
「意気地無の怖がりの腰抜け公爵。やはり、そんな雑魚を公爵にする帝国もしょうもない所じゃな」
それはもうオレが聞いたこともないような数の罵詈雑言をまくしたてる伯爵。そんな彼の言葉が突然に止まったと思ったら辺りを見渡した後に、
「モノども、儂はあちらの雑魚で前にも出れぬアホとは違う。儂こそが稀代の魔術師にして最も魔法使いに近い男じゃ! その証拠に見よ! 儂の魔術を!!」
と力強くそう言って魔術を唱える。相も変らず、バカの一つ覚えみたいに火炎系の魔術を放った。
「おい、おい、ジジイの奴は何をやってるんだ!? 大げさなことを言っておいて、また火炎系の魔術かよ! さっき、敵の土系の魔術の所為で全て防がれたんだぞ!?」
レオナードが馬上で驚愕したのだろう。そんなことを叫んだ。まぁ、誰もがレオナードと同じような気持ちになっただろうな。もちろん、オレも同じ気持ちだよ。
だって、神代の時代に消え失せた魔法使いと大ボラをかました後にさ。先ほど失敗した魔術を繰り返して放ってまた防がれるのが目に見えてるじゃん。そんな状況だと指揮は下がる一方だぞ。
ああ、伯爵は本当にどうするつもりなんだよ。どう考えても親父の魔術、もしくは部下の魔術でまた防がれて終わりだ。せめて、土を押し流すような水系の魔術で応戦しろよ!!
オレがそんなことを考えていたら、やはり思った通りに相手の騎兵の前で土が盛り上がり、伯爵の炎から守る。ため息を吐いて、考えるために少し視線を戦闘現場から離すと、
「おい、まじかよ!? 狂ってるねぇ。ジジイ、イカすね!!」
とレオナードの興奮したような声が聞こえてきた。慌てて視界を戻すオレ。すると眼界に魔術燃え盛る火炎が盛り上がった土嚢をまさに包み込む光景が見えてきた。
「嘘でしょう!? 土を溶かすほどの炎ってどれだけ高温なの!?」
伯爵が放ったその炎は土の魔術で出来た防壁を溶かし、まるでマグマの様に飲み込む。
「土を燃やす? いや、溶かすのか? そんなこと今まで聞いたことないぜ! あれが炎を極めた魔術士か。かつてこの国にハノファードありと言われた伝説の魔術士さまかよ!!」
レオナードのこの言葉を吐く気持ちがわかる。こんなに大規模で高温な炎を放てる人など神話の中でしかオレも聞いたことがない。ヴァルデンブルク王の時代の記憶を遡っても、昔のおじさんはこんな魔術を使えなかったはずだ。よほど、鍛錬したのか。それとも…
「フロイデンベルクよ。儂の燃え盛る炎は土などに防げるものではないぞ。そのまま、後ろでコソコソと隠れているつもりなら儂の炎に飲み込まれて死ぬがよい!!」
オレが考え事をしていると自らの性格も炎の様な伯爵のそんな苛烈な宣言が辺りに響き渡った。ここに帝国最強の魔術士と亡国歴代最強の魔術士の戦いは始まったのであった。




