第16話 帝国からの新たな強敵
激しい雨が降り終わり、梟の低い鳴き声が聞こえる真夜中、オレたちは闇に紛れて歩を進めていた。もちろん、暗い森の中を進軍するのは土地勘がある伯爵軍とは言えども疲労は隠せない。
「さすがジジイ。いや、ハノファード公爵様だぜ。悔しいが解放軍だけではこんなにうまくことを運べなかっただろうな」
先ほどのゲオルグ率いるジーク軍との戦いを思い出したのだろう。彼は笑顔を見せてそうオレに話しかけてきた。
「伯爵には時間がないのよ。この戦いを短期間で終わらせて旧王都プロテアを攻略しないといけないのよ。その後も、大変よ。きっと、帝国軍が攻めてくるでしょうからそれに備えなければならないしね」
オレは馬上で彼を見つめながら水を差すような言葉をあえてかけた。いや、かけざる得なかったと言うべきだろうな。ここで油断していると足元をあのクソ野郎に持ってかれるからね。
「そんなことはわかってるよ。帝国からの独立を勝ち取るためには奴らと戦わないと行けないことくらいさ。あとさ、この戦いなら結構有利に進むだろうぜ。あのクリ坊がいろいろ情報を持ってきてくれたしな」
レオナードが言う通り、クリスが帝国兵に変身してジーク軍の情報を持ってきているから有利に今の所は進んでいる。でも、戦争はそれだけで常にうまくいくとは限らないのだ。
「意外に楽観的なのね。まだ、敵の本陣とも戦ってもいないのにそんなことを考えているの? 呆れるわ。クリスの情報ではジーク軍があの森の向こうに待ち構えているらしいのよ。ここからが本番と思って欲しいわ」
長かった。ここに来るまでに一体どれだけの時間がかかったのだろうか。ジークの奴を殺すためだけにオレは…
「皆の者、この森の向こう側に敵の軍がいるようじゃ。心の準備は良いな? よし、進め!!」
伯爵の合図で我に返ったオレはレオナードが操る馬から落とされないように彼に必死にしがみつく。レオナードの奴め、先ほど戦ったばかりなのに疲れていないのか? 嬉しそうに馬を走らせてやがる。コイツ、まさか敵を殺したくてウズウズしてやがるのか!?
「一番乗りっ…」
森を駆け抜けるなり、そう言って場違いな雄叫び声を上げようとした奴の口を手で押さえる。おい、夜襲をわざわざしているのに不意打ちする前に相手にオレたちの居場所を知らせてどうするんだよ!! って、レオナードの表情がおかしいぞ。
「どうしました? そんな驚愕したような顔をして?」
オレが彼の顔を訝しみながら手を離すと、
「なぜ、こんなに兵士が多いんだ…」
と漏らすように声を出すレオナード。いや、その前に夜なのにまるでこちらを待ち構えていたかのように陣をしいているんだ!? そっちにまずは驚くべきだろう。こっちの情報が漏れていたのか!
「いえ、むしろ、夜襲に備えていた方に驚くべきではないかしら?」
オレの言葉なんてどうでもよいと言わんばかりに奴は振り返りもしなかった。しかし、何かに怯えるように恐々と口を動かす。
「ば、バカなことを言うなよ。あの家紋を見ろよ! ああ、厄介な奴が来ているのかしれないな」
レオナードが旗を見て頭を抱えていると次から次へと後続がこちらに駆けてきた。どうやらようやく伯爵が到着したようだ。そして、彼は敵軍の状況を確認するなり、
「バンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵の旗じゃのう! 奴が来ているのか! あの帝国最強の魔術師と言われた奴が!!」
と険しい顔でハノファード伯爵はそう言うのだった。




