第15話 伯爵と友の息子
二人の将の争いを見守るかのように辺りは静まり返っていた。いや、魅入っているのかもしれない。彼らのまるで演舞のような戦いに…
「小僧、力の差を見せてやるぞ」
伯爵はそう言うなり、手に持っている剣を頭上に構えて振り下ろす。ゲオルグは伯爵の直線的な攻撃を回避するために半身を右にスライドさせながら、伯爵とさらに間合を詰める。
「懐に誘っているのか? だが、あえてその誘いに乗ってやる!」
斬撃を避けた後、ゲオルグは下段から剣を振り上げる。伯爵はゲオルグの剣筋を見極めるように睨んだと思ったら素早くバックステップで後退。まさに紙一重の所で彼は攻撃を回避した。
「ガラ空きじゃぞ!」
中段に構えた伯爵は右足を前に出すなり、ゲオルグの側面に向かって剣撃を放つ。するとゲオルグは最初からその攻撃が来ることをわかっていたかのような的確な体さばきで伯爵の方に向きを変え、剣を軽くいなした。
「昔よりも、機転が利くようになったではないか? 罠だと分かっていながら飛び込み。儂の攻撃を軽くさばいてしまうとはのう」
「吐かせ、ジジイ! 老ぼれのクセにまだ衰えていないとはな! だが、嬉しいぜ!」
二人は同時に飛び込むように間合を詰めると剣を互いに上段に構えて打ち合う。
「打ち合いはもうやめじゃのう。小僧、離れろ!」
しばらく、剣を打ち合っていたと思ったら、今までと同じような伯爵の攻撃でなぜか吹き飛ぶゲオルグ。予備動作も余りない攻撃であんな風になるのか!? いや、冷静に見ると、
「あの姿勢…。力強い腰の捻りで無理やりゲオルグを押しのけたのかもしれないわね」
とオレはそう呟き、緊迫する彼らの戦いにまた視線を移した。
「グッ、俺の方がデカいのに力負けするだと!!」
立ち上がり、伯爵を睨むゲオルグ。確かに彼は巨体で逞しい。だが、奴に比べて伯爵は小さいかもしれないが一般の兵士と比較したら遥かに巨体だ。
「年季が違うわい。お前のようなヒョロイモヤシのような腕と違って儂のは逞しいじゃろう?」
そう言って、剣を右手に持ち高々と腕を見せつけるように掲げる伯爵。
「公爵軍の中で最も力が強いと言われている俺の腕が細いだと!? くっ、だが、ジジイの腕は確かに太い! これは認めざるえないじゃないか!!」
伯爵の腕と自分の腕を見比べた後、イヤそうに顔を歪めてそう叫んだ。実際、伯爵の腕はゲオルグが若木だとしたら大樹のように太いのだ。
「儂と小僧の差は力だけじゃないがのう。もうわかったじゃろう? 主では儂には勝てぬよ。引くならばここでは見逃してやるぞ!」
伯爵は剣を下段に構えることをやめないまま、ゲオルグを真剣な目つきで見ながらそう言った。
「クッ、おめおめと逃げ帰れるわけないだろう!!」
「最後のチャンスは与えたぞ。この愚か者め!」
そう吠えるようにゲオルグが言うのを確認した伯爵はなぜか泣きそうな顔を笑わせる。聞くまでもなく最初からそんなことは無理だと分かっていたはずなのに…
伯爵が上段から剣を振り下ろす。それをゲオルグが素早く剣で斜めから叩き落とした。
「ジジイ、油断したな! さてと、今まで舐めたことを散々してくれたが…」
「ほう、やるのう! じゃが相変わらず目が節穴じゃのう。いや、甘いと言うべきかのう。小僧、儂が両刀遣いなのを忘れてはおらぬか?」
ゲオルグが得意げに話しているのを無視して伯爵がそう言うや否や飛び出した。彼は落とされた剣に目もくれずに飛び出した前傾姿勢のまま、腰にあるもう一つの剣を取り出し、耳元までたぐり寄せるとゲオルグに鋭い突きを放つ。
「油断したのう。さらばじゃ、我が友の小倅…。いや、ゲオルグよ」
「タダでは殺られん! うぅぉぉおおおおおお!!」
ゲオルグは伯爵の攻撃を避けられないと考えたのだろう。奴は防御を捨てて雄叫びを上げながら伯爵目掛けてカウンターを仕掛けた。
「腕を1本か。俺の命を賭けた攻撃はジジイの腕1本にしかならなかったか」
伯爵の鋭い突きは彼の狙い通りゲオルグの胸元を貫通。飛ぶ散る血しぶき。そして、ゲオルグのカウンターをモロに受けた伯爵の肘から血が滴る。伯爵の逞しい腕の途中で剣は止まっているがあれではもう使い物にならないかもしれない。
「小僧にしてはよくやったと褒めてやるべきなのかのう?」
大地に力なく横たわるゲオルグを見て、力なく伯爵は微笑む。
「最後までそんなことを言うのかよ。俺はもうガキじゃないんだよ。親父の友人であるあんたに憧れて剣を握っていたあの頃とは違う。ジーク様を支える4人の侯爵の一人なんだからさ」
彼はどこか誇らしげに言う。
「随分と売国奴のブランシュタットの小倅に入れ込んでおるな」
「あの方は今は帝国の公爵に過ぎない。だが、何れは帝国すら内部から喰い破り、世界を手にするお方だ」
「なるほどのう。大それた夢じゃな。まぁ、良い。現実を見せるために儂が奴に引導を渡してやろう」
壮絶な戦いでも想像したのだろうか。伯爵は嬉々とした表情でそう言う。
「伯爵でもジーク様を殺すことはできまいよ。あの方は人間を超えている」
「まるで、ブランシュタットの小倅が神にでもなったみたいじゃのう」
「神か。ゴフ、っチ、もう時間がないようだ。そうだな。神になったのかもしれない」
口から血を吐き出しながらもゲオルグは言葉を吐き出す。これが最後の一言だと言わんばかりに…
「ああ、あなたに勝てなかったのは心残りだ。だが、最後の相手があなたでよかった。俺の人生は素晴らしい戦いばかり、で、ま…」
もの言わなくなったゲオルグの瞼を閉じて、数秒ほど黙祷を捧げる伯爵。
「死んだか。やはり、友の息子を殺すのはさすがに堪えるわい。丁重に弔ってやれ」
部下にそう命じて彼は辺りに響き渡るような声で、
「貴様らの大将であったゲオルグは儂の手によって打ち取られたぞ! 逆らうものには容赦しないが、武器を捨て投降するものに関しては命を助けてやる!!」
と叫ぶ。すると、蜘蛛の子を散らしたように駆けていくゲオルグが率いていた兵士たち。
「なんじゃ。ゲオルグの敵討ちに多少は骨のある奴が来ると思ったのにこいつは人望もなかったのかのう。どうやら、友よ。息子は人を見る目がなかったようじゃな」
ヤレヤレと言わんばかりにため息を吐いた後、
「しかし、ゲオルグの小僧は中々、気になることを言っておったのう」
と呟き、考え込むように目を瞑る。
「神か。いや、わからぬことは考えても仕方ない」
そう声を漏らした後に彼は辺りを見渡し、兵士らに向けて声を張り上げる。
「ものども敵将ゲオルグは儂らによって討たれた。次は大逆人のジーク・ブランシュタットじゃ! 儂らの王国の復興のために進め!!」
先ほどまでの合戦がなかったかのように伯爵による前進の号令の下で一糸乱れず、彼の軍は進んで行くのであった。




